小説家

第18回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

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 今回のレクチャーは、読む側に立った「読者の特性」と、書く側に立った「作者の特性」の2点について話した。

 エッセイにかぎらず文学作品は、他人に最後まで読んでもらう。これが大前提だ。そういう書き方がもとめられる。
 初期の段階では、作者の自分をよく見せたい、上手く書きたいと思うばかりに、『恥ずかしくて、他人に見せるのがイヤ』という人が割りにいるものだ。そういう人は日記を書けばよい。少なくとも、エッセイを書く発想がスタートから間違っている。

 読者が共感できる作品とはなにか。他の人生の追体験がでる内容のものだ。少なくとも、作者の自慢話を聞きたくて、エッセイを読むのではない。仮に1度はがまんして読んでも、2度目は読みたくなる。

 作者の姿勢としては、作中の「私」を飾ったり、メッキしたり、きれいな衣服を着せたり、鎧兜で身を守ったりしないことだ。

    ①「私」の目線を低くする。
    ②「私」を冷たく突き放す
    ③「私」をいじめ加減で書く
    ④「私」の素裸をさらけ出す

 この4点を念頭に書くことだと説明させてもらった。

 完成度の高いエッセイとは、面識のない読者でも、最後まで読んでくれる作品だ。読者の立場から作風の好き嫌いはあるが、それでも途中で投げ出させず、最後まで読ませてしまう。読者が最初に扉を開く、作品の書き出しは重要。読者をどれだけ引き込めるか。

 今回の作品紹介は、書き出しに絞り込んでみる。そして、受講生にむけた【講評】を紹介する。

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第17回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

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 30分間の冒頭レクチャーは、「題名」について取上げてみた。
 

 本を買うか否か、作品を読むか否か。読者は「題名」自体で決めたり、書き出しの数行と合わせて判断したりする。読者が作品の最初に出会う「題名」が悪ければ、手に取らず、作品を読まずになったりする。

 過去からプロ作家による、「エッセイ作法」「小説作法」の書籍は多く出されている。『題名』となると、どれも決定打がない。
 この「題名」はクセモノで、定石はない。作品の内容がよくて感動すれば、「題名」は光ってくるものだ。

 そこで、タイトルのチェック・ポイントタイトルを決めるまでサブタイトルの3点つについて、講義をした。

 今回のエッセイ作品には、良い題名が多かった。それらも事例研究とした。

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新企画・『TOKYO美人と、東京100ストーリー』は4月上旬から掲載

 ここ数年はジャーナリストの活動に傾斜していた。多くの人に接し、多くのことを学び、さらには活動範囲がずいぶん広まった。知識、精神面で得るものが大きかった。他方で、なにかしら自分自身の気持ちのなかには、物足りなさがあった。それは「小説」の執筆に向かい合っていなかったことだ。

 小説を書き始めから30年間。執筆活動の集大成として、「短編小説を100編」を書くと決めた。その日から、途轍もなく、集中力、アイデア、体力と気力が自分に要求された。これまで登山、マラソンなどをやって持久力はあるほうだから、精神面ではやれるだろうと思っている。ただ、漠然と書き散らせば、ストーリーやアイデアが枯渇し、行き詰まる。そこで、主人公は1人と決めた。


 小説で描く美人の顔となると、『鼻梁が高い、目鼻立ちがはっきりした』という表現で、ワンパターンになってしまう。100篇も書けば、みな類似的。これでは読者がついてこない。これをクリアするためには、「小説+写真」でいこうと決めた。これならば、ポートレート撮影が好きな自分の領域で処せる。当然ながら、10人が10人の顔はみな違う。読者も、次はどんな女性かと興味をもってくれる。

 小説では背景となる場所が重要だ。主人公が全国を飛び回れば、バリエーションはある。それでは写真撮りは不可能だ。東京のメジャーな場所を使う。東京ならば、100ヶ所ぐらいあるだろう、と決めた。これらの着想から、『TOKYO美人と、東京100ストーリー』というメインタイトルが浮かんだ。

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「ペンの素顔」第4回は浅田次郎さんのインタビュー記事

 日本ペンクラブ・メールマガジン「P.E.N.」は、「ペンの素顔」を掲載している。第1回の阿刀田高会長からはじまった。高橋千劔破常務理事がインタビュアー、鈴木康之副委員長が編集、穂高健一がインタビュー記事を書いている。


 昨年は、二番手として下重暁子副会長、三番手は井出勉国際委員長と続いてきた。

 08年の新年第1回は、浅田次郎専務理事である。インタビューの場所は、日本ペンクラブ(東京・茅場町)。浅田さんは冒頭から、「世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」をぜひ成功させたい」という意欲に満ちていた。

 浅田さんはエネルギッシュな作家だ。「他人(ひと)がやりたいと言ったことは、そのひとに譲りなさい。誰もやりたがらないことは、自分が進んでやりなさい」という信条が根幹になっていた。

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Powerpointの家庭教師を依頼

 家庭教師を頼む。それは人生かえりみても、初めての経験だった。
『元気に百歳』というクラブで、中西成美さん(新日鉄OB)がパソコン教室を開いている。中西さんに、個人指導をお願いした。1月に2度ばかり、自宅にきていただき、Powerpointを教わった。

 シニア大樂の講師なかまでも、Powerpointを使った講演をおこなうひとが出てきた。従来は紙資料の配布、そしてOHPのスライド、いまやPCとプロジェクターを組み合わせたPowerpoint時代だ。


 日本ペンクラブの世界P.E.N.フォーラムの打合せが、12月にスペース・ゼロ(渋谷区)でおこなわれた。吉岡忍さんが中心になり、朝倉摂さん、エプソンの技術者と打合せするようすを取材した。プロジェクターを使い、災害の写真や動画をスクリーンに写す、という内容だった。このときも、Powerpoint時代だとそれを痛切に感じた。


 12/30に、愛用のノートパソコンの開閉シャフトが折れてしまい、元旦にPANASONICのCF-T5を購入した。中西さんが自宅にいらっしたとき、『マイクロソフト2003』のテキストを用意してくれていた。しかし、Vistaとなると、手順などが異なる。その面では、中西さんに苦労させてしまった。

 

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第16回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

 今回のレクチャーは、『エッセイは他人のことばでなく、自分のことばで書く』という点を強調させてもらった。
 世のなかには、文章を書くのが苦手だという人がずいぶん多い。理由のひとつに、言葉の不足を挙げる。それは間違っている。他方で、気取った文章を書こうとするからだ。自分の言葉で、気取らずに書く。それが読者に心を打つ作品を書く原点なのだ、と。

 多くのものが子どものころから、「本を読みなさい」といわれ、それなりに読んできたはずだ。小、中学校でも、教科書以外でも読まされてきた。ときには名文を暗記させられたものだ。作文のなかで、「一蓮托生」「鵜の目、鷹の目」「百花繚乱」などを使えば、先生が利口だとほめてくれた。

 作文から踏み出し、エッセイの創作で、それらの用語を使うと、駄作になってしまう。それは他人の借物の文章、文体であるからだ。つまり、他人の軒下を借りた、創造性のうすい作品で、魅力が乏しくなってしまうのだ。

 エッセイは「私」とか、自分とかをしっかり見つめる創作活動だ。作者みずからが、文章とか、言葉とかを創りだす心意気が肝要だ。

次の4点は避けるように、極力使わないように、とを強調させてもらった。

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ノンフィクション07.11月学友会 外国はいずこに

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 学友会5人は待合せ場所や約束時間で、折々、不本意ながらずっこけが起きていた。前回はヤマ屋の連絡ミスから、1名の不参加を出してしまった。ミスを引き起こした張本人のヤマ屋は、このたび念には念を入れ、「11月29日だぞ」と全員に出席の再確認をおこなったようだ。つまり、万難を排したのだ。

 今回も隠されたアクシデントが発生しているが、文末に『お詫び文』として掲げている。

 ヤマ屋は、日暮里から北千住にむかう快速電車に乗った。車窓は日没の情景で、夜の帳が下りはじめていた。かれの真横には、20代の女性が白人男性と腕を組む姿があった。彼女は満足な英話もしゃべれず、ひたすら「アィシー、アィシー」とうなづくばかりだ。欧米人と連れ添えば、優越感を覚えるのか。まわりの人間が、凄い、と見てくれる。そんな妙な錯覚をもった女性に思えて仕方なかった。

 白人男性は日本にきても、会話が赤子以下の東洋女となると、知識の吸収にもならず、面白くもないはずだ。それでも笑顔で応対する。これも男の下心が見え隠れしているように思えて仕方なかった。

 それ以上の詮索する余裕もなく、北千住駅に着いた。広い改札から一歩街に出ると、まだ11月末なのに耳にはChristmas・ソングが流れ、目にはツリーが飛び込んできた。なぜ、こうも1ヶ月余りも早くから、街なかをChristmas関連で騒々させるのか、不可解だった。

 Christmasはキリスト教の宗教的な催し物だ。12月22日頃ならばわかるが、なにも街なかで騒ぎ立てる必要はないと思う。別段ナショナリストではないが、ヤマ屋には日本人の異常な姿に思えるのだ。

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日本ペンクラブ・メルマガは会員にも配信で、大幅な購読数アップ

 日本ペンクラブが発行する、メールマガジンは「ペンの素顔」を特集している。第1回は阿刀田高会長、第2回目は下重暁子副会長のインタビュー記事だった。3回目として、国際委員会の井出勉委員長である。

 井出さんは元日本航空・広報室に勤務していた。NGOジャパン・プラットフォームの事務局長として出向。アフガン、東チモールに滞在した経験をもとに小説を書き、出版した。そして、文筆家になった。


 井出さんはインタビューの記事のなかで、国際会議の交流や海外交渉の場で、英語、フランス語、スペイン語の3カ国語が堪能に話させる、と語っていた。

 来年2月には同クラブ主催「世界P.N.E.フォーラム」が開催される。通訳ボランティアが必要ではないか、と私は質問を向けてみた。「ただ英語を話せる、フランス語を話せるだけではダメなんですよね。国際会議の経験者でなければ」という言葉が印象的だった。


 今年度から阿刀田高新会長の下、広報委員会(高橋千劔破委員長)が設立された。同時に、メルマガも54号からリニューアルした。
 私は広報委員に選任されて、メルマガの記事担当になった。『ペンの素顔』『直撃インタビュー』など取材を交えたものを書いている。つまり、会報とは異なる「独自制作の記事」の発行となった。

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「ペンの素顔」シリーズ・第2回は下重暁子副会長(元NHKアナウンサー)

 日本ペンクラブの広報委員として本格的な活動に入った。同クラブのメルマガの記事担当となった。ごく自然に、役員や理事、そして各委員会メンバーとの接触が多くなってきた。
 日本を代表する著名な作家が大半だ。それらの人たちにインタビューや居酒屋などを通して親交を重ねる機会が増えてきた。

 ペンクラブはプロの物書き集団。会報やメルマガの記事、編集にたずさわれる者はみなエキスパートだ。
 会報委員会から、「広報委員会も、国際フォーラムの記事を、メルマガ取材と一緒にして、ついでに書いてよ」という要請がくる。文章や文体の基本的なチェックなど必要ない。だれが上手い、下手とかの話などまったく出てこない。書けるのが当たり前の世界だ。

「編集の方向性と、原稿の枚数を指定してください」という軽い話で決まってくる。取材時間が取れるかどうか。それが中心で推移していく。

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思わぬ出会い・新津きよみさん(推理小説作家)

 人気推理小説作家・新津きよみさんとは、日本ペンクラブ・広報委員として活動をともにする。
 その広報委員会が、11月5日の夕刻から行われた。来年2月開催「世界PENフォーラム」のメルマガ取材記事は、広報委員のなかで、どのように担当を割り振るか。それも議題の一つ。

 井上ひさしさん書き下ろし演劇、新井満さんの歌、俵万智さん選による短歌、俳句、大江健三郎さんの基調講演。どれも魅力的なものばかり。
 
 他方で、広報委員会は、高橋千劔破委員長(人物往来社・「歴史読本」の元編集長、編集局長)、松本侑子さん(テレビ朝日・ニュースステーション・元キャスター)、新津きよみさん(日本推理作家協会会員)をはじめとして、物書きばかり。「それぞれ、好きなのを取材して書いたら」とみな鷹揚に構えている。得意、不得意をいう人はいない。
 編集の鈴木康之さんが割り振ることになりそうだ。
 

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