小説家

第11回『元気100エッセイ教室』作品紹介

 教室が始まる冒頭、受講生の賀田恭弘さん(松戸市)の死去が伝えられた。悲しみの暗い気持ちになった。
 ソニーの黄金時代に同僚だった河西和彦さんが、12回の提出作品で、追悼エッセイを書いてくださった。穂高健一ワールド、トップ参照 葛西さんの作品を読みながら、冥福を祈った。

 新しく濱崎洋光さんがメンバーに加わった。提出されたのは「散歩道」で、情景描写のすぐれた作品だ。人は視点、見る角度によって、情景の感じ方がちがう。物事の見方も、同様に捉える角度によってちがってくる、という内容だ。

 今回の教室のレクチャーでは、喜怒哀楽の感情表現について述べた。人間の複雑な感情をいかに巧く言い表せるか。それが優劣を決める一つになる。
 月並みなことばで、……うれしかった、悲しかった、泣いた、腹が立った、なさけない、等とストーレートに書くと、思いのほか読者には、作者の心情が伝わらないものだ。激怒とか、慟哭とか、ことばが大袈裟になれば、作品がしらけてくる。

 それを解決するには、平たい感情のことばに、反対の言葉をちょっと添えてみることだ。『ことばは料理と同じ。甘いものには、少量の塩味が利く」というコツを述べた。

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河西和彦さんの作品『賀田恭弘さんを悼む』より

 エッセイ教室が10回の節目を越えた。それを一里塚として、『エッセイ教室十回記念誌」が刊行された。
 この教室は昨年6月、私が取材に出向いた『元気に百歳』の幹事から依頼されてスタートしたものだ。同クラブは博報堂、新日鉄、日立のOBが多い。ある意味で、エリート・シニアクラブだ。当初の受講生は9人。メンバーは月を重ねるごとに増えてきた。現在のメンバーは16人。第11回目となる、今回の作品提出は13作。提出率が良いので、おどろいてしまう。

 河西和彦さん『賀田恭弘さんを悼む』は今回の提出作品だ。賀田恭弘さんは教室の最初からのメンバーだった。他方で、ソニー創業者の盛田昭夫さん、井深大さんの腹心だったと知る。

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小さな生命の旅 (3)  【掌編・私小説】

 ダムを見上げていた私は、先を行く妻との距離を意識した。同時に、頭のなかから27歳の出来事だった奥日光・根名草山の滑落と遭難騒ぎを打ち払った。
 ここは妻の気持を尊重し、四方ダムの堤に上がることを断念した。そして、渓流沿いの舗装道を引き返えしはじめた。
 数日前の八ケ岳・硫黄岳で傷めた右一歩を踏みだすごとに、膝関節のじん帯を引きつる鈍い痛みがあった。関節はほとんど折れ曲がらず、まるで丸木の義足を付けたような歩行だった。すくなくとも、先を行く妻を追う足取りではなかった。

 私は渓流から湧きあがる音を意識した。雪解け水のような、私の身体の血液までも、冷え冷えさせる響きだった。眼下を見た。渓流の小波が陽と木影をきらめかせる。流れる水は底まで透明に澄む。

 川魚が岩間の藻と戯れていた。あちらにピクッ、こちらにピクッと、水中で跳ねる。回ったり、止まったりして遊び回る。
 私はふと小さな川魚そのものの生命を意識した。

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第10回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 エッセイ教室は10回目を数えた。提出された作品はいつもながら、個性豊かで、バラエティーに富んでいる。あえて作品に差を付けるとすれば、文章力と表現力だろう。

 しかし、エッセイは素材が勝負だ。となると、人生経験豊かな作者ばかりで、優劣はつけがたい。エピソードが面白く、楽しませるものから、人間の本質を深く追求している作品まで、幅が広い。

 女学生のとき、自殺を予告する青年に逢いにいった。かれのマントに、双肩から包まれた、翌日、かれは死んだ。強烈な恋の想い出。
 観たい展覧会があれば、さっとニューヨークに飛び立てるシニア・女性の国際感覚。
 戦前戦後の教育の違いを語り、作者が書き残しておきたい世界で、論理を展開していく作品。
 こうした素材に差をつけても無意味だし、ナンセンスだと思う。

 講座のスタートはいつも30分間レクチャーを行う。今回は初稿を書き終えたあとの【チェック・ポイント】についてアドバイスをした。初稿はやや多めに書く。推敲で削っていく。これがコツで、削るほどに文章は磨かれる、と具体的に示した。


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掌編・ノンフィクション 4月度学友会より 『ここはどこのお宅の座敷? 間違いました』

 4月度の学友会が、19日、五反田駅前のすし屋、『五輪鮨』で開かれた。元焼芋屋が馴染みとする店だ。参加者はいつものメンバーで5人。埼玉県・岩槻から足を運んできた元銀行屋は、五反田駅は最も遠い西の外れだと、難癖をつけていた。


 かれは20代の頃、戸越銀座の某銀行計算センターに勤務していた。そのせいか、目は懐かしさたっぷり。きょうの酒と料理への期待もたっぷり。難癖をいう割には、顔は笑っていた。

 学友会は難癖、皮肉、上げたりすかしたり、すべてが自由だ。言いたいことが好き勝手にいえる。朝令暮改も結構。発言にはいっさい責任などない。同時に、批判もされない。

 ビル・テナントの『五輪鮨』の小座敷に入ると、元焼芋屋が得意とする吹聴がはじまった。かれの従弟が佐賀県・唐津市にある川島豆腐のオーナーだという。従弟は元祖『ざる豆腐』の発案者で、超有名だと講釈を述べる。

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小さな生命の旅 (2)  【掌編・私小説】

 四万(しま)は静寂な山間のV字渓谷にある、細長い温泉地だった。旅館とホテルが混在し、裸樹ばかりの山の斜面にしがみついていた。妻と温泉街から外れて四万川沿いの道を登ってみた。奥まったところに国宝・日向見薬師堂があった。


 日本史が好きだから、神社仏閣を見るのは好きなほうだ。鎌倉、室町、戦国と、それらの時代へと思いをはせるのが好きだから。しかし、賽銭は入れない主義だった。
 
 妻は財布を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。神妙な態度で両手を合わせた。そして、ふり向いた。
「拝まないの?」
「賽銭をもってない。財布を持ってきていないから。賽銭をくれよ」
 私はこいに右手を差し向けた。
「ひとから借りて、拝むものじゃないわ」
 おなじ女性と長年にわたって夫婦をやっていると、それでその話題が終わる、とわかっていた。

 私が神仏を拝まないのは宗教的なものでもない。神仏が嫌いという理由でもない。神仏の助けを借りると、自分自身に甘くなる、という信念からだ。それは山登りとは無関係ではなかった。

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小さな生命の旅 (1)  【掌編・私小説】

 八ヶ岳・硫黄岳の登山で、4月4日、迂闊にもアイスバーンで足を滑らせ、滑落事故に遭ってしまった。岩盤に当たれば即死。『死』の境地のなかで、滑落しながらも、身体を停止できた。思いのほか長い距離を落ちた。約200メートルだった。


 裂傷は一ヶ所もなかったが、身体を点検すれば、かなり傷ついていた。雪上制動の最中には、顔面は雪で擦ることから(基本)、試合後のボクサーのように腫れ上がっていた。左足の膝は転倒のときに捻ったので、じん帯を痛め、膝間接が曲がらない。右足は打撲で腫れている。制動の摩擦から、右腕は二の腕の皮膚が全体に擦り剥けている。このていどは、生命の代償とすれば、あり得る状態だと自分では納得している。

 4日後の8日には、夫婦で四万温泉の一泊旅行の予定が入っていた。全身打撲の身体だから、自家で安静にしていたほうがいい、と妻がホテルのキャンセル料を調べはじめていた。私は取り消しに応じなかった。

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第9回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 小説やエッセイをよく読む人は、『自分でも、このくらい書ける』と思ったり、口にしたりする人がいる。実際にペンを持たせると、まず書けない。一作くらいはまぐれで書けても、後にはつづかないものだ。

 プロ野球のテレビ観戦で、ピッチャーの癖、打撃のフォーム、打球の処理など、ベテラン評論家なみに語るひとがいる。実際にグランドに立たせてみると、球はまったく打てない、走れば足がもつれてベース前で倒れてしまう。ある意味で、読書家はそれに似ている。読む目は肥えているが、書くことはダメなのだ。

 創作はつねに書き続けることにある。当教室では、毎月かならず一本はエッセイを書く。良い打球もあれば、凡打もある。打ち疲れもある。それでも書き続けることで、他人が読んでくれて、なおかつ感動する作品が効率よく書けるものだ。


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掌編ノンフィクション・3月度学友会より『恋人の顔を忘れた?』

 元教授が北千住で、安価でいい店があるという。6日、月一度のゼミ学友会・5人の集まりが、『大はし』で行われた。1977(明治10)年に創業した『大はし』は、東京で最も古い居酒屋のひとつ。玄関先には〈千住で2番〉と掲げる、ユニークな店だ。


『大はし』は旧日光街道(元の街道)に面している。創業が江戸時代だったならば、『奥の細道』に向かう松尾芭蕉も、最初の宿場町・千住の『大はし』に立ち寄ったかもしれない 

 ただ、昔の旅人の主たる目的は宿場町の遊郭遊び。芭蕉はいい居酒屋があったところで、わき目もふらず遊郭に飛び込み、女郎相手に遊んだり、呑んだりしたことだろう。奥の細道には、遊郭を詠む句が遺されていないので、残念ながら、これは推量にしか過ぎない。

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第8回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 エッセイ教室では、講座がはじまると、30分間のレクチャーを行っている。今回は会話文を取り上げてみた。
 散文の会話は臨場感が出るし、読み進みやすくなる。小説と同様に、エッセイでも会話は重要だと考える。他方で、会話の上手な人は将来、伸びるといわれている。主なものとして4つあげて実例を示しながら、説明した。
  ・ありきたりの会話は書かない。
  ・人物の容姿、性格、服装などを会話で語らせる。
  ・擬音は避ける。
  ・長い説明文を会話でやらない。

 各メンバーの作品を紹介していく。

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