小説家

掌編ノンフィクション・『1月の学友会』

 今回の会合は、元蒲団屋の本拠地である埼京線の与野本町駅に移った。案内された店は改札口から徒歩2分の高架下の立食いソバ屋だった。
(マジかよ。本気か。遠路はるばる、埼玉県さいたま市という厄介な地名のところまでやって来て、新年会がここかよ)
 それは口に出すまでもなく、あ然とさせられた。

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『上手なブログの書き方』に続いて、新・『小説の書き方』講師が決定

 目黒学園カルチャースクールで、来年1月度から、新たに小説講座の講師として採用された。
 同学園では、『上手なブログの書き方』の講師をしている。このたび、第3教室として、大鳥神社近くのビル『シェルゼパビリオン』内に教室を開講する。それに伴った、新規講座の拡大の一環である。

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『元気100・エッセイ教室』第6回・11月度エッセイの書評

 読み手の側から、『詩』と『エッセイ』の違いについて考えてみた。韻文(詩)と、散文(エッセイ)のちがいはあるが、作者の想いを文字で伝えることには共通性がある。

 詩では若手が書いた作品おいて、個性豊かな表現で驚かされることが多い。過去にない新しい表現方法との出会いがある。愛とか、恋とか、苦しみとかは、いま進行するものを詩うほうが強いインパクトとして伝わってくる。それは技法ではなく、若者たちの鋭い感性から生まれてくるものだ。

 エッセイは、人生経験が豊かな、年配者の作品のほうが勝ると思う。苦節の人生を自らの力で克服してきた、あるいは夫婦や家族と共に乗り越えてきた、という人生の深みが感じられる作品が多い。奥行きのある喜怒哀楽が含まれている。作品を読み進むにつれて、感動、感激などが湧きあがってくるものだ。

 苦悶の渦中にいると、筆には力みが加わる。かえって上手に伝えにくい。ところが、年配者のエッセイとなると、書いている今と、出来事の間には長い歳月の距離が保てている。それゆえに書く上で、力みとか、気負いとかが薄まり、余裕が生まれているのだ。

 若者の書いた詩と、年配者が書いたエッセイとは両極にあるのかもしれない。年配者のエッセイには、苦しみの時代を書き残す。作者の記録として描かれた世界が強く出てくる。

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『元気100・エッセイ教室』・第5回・10月度作品の書評

 これまでは、「元気に百歳」クラブの「エッセイ添削教室」だった。今月度からは文章添削から脱却し、受講者が作品を講評しながら、自身の批評力を高める、それが推敲力を高める結果になる、という方針に変えた。

 講師からのワン・ウェーでなくなったから、教室名においても、「添削」は不要だと考えた。コンセンサスはとっていないけれど、『元気100・エッセイ教室』としてネーミングを変えてみた。

 今回はいい素材の作品が多く、読み応えがあった。

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第4回のエッセイ添削教室 (書評)

 今月度はレベルの高い作品が揃った。これまで教室では、文章指導のウェイトを高くしていた。今回からは『読まれる作品、感動作品』の基準で、講評することにした。
 冒頭の20分間は、『良質な作品づくり』のレクチャーをおこなった。個人体験を綴った場合、「私とは何か」と問う姿勢が大切。「人間には、こういうところがあるな」と感じさせる、それが貫けた場合、作品には深みと感動が出てくると強調した。

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第3回のエッセイ添削教室 (書評)

 月遅れのお盆とか、友人の不幸とかで、作品提出者が教室に参加できない人がいた。欠席裁判を避けるために、次回送りの批評としている。
『終戦の日』の特攻隊基地の様子がリアルに描かれた上質な作品、異文化の風習をしっかり見つめている作品、心筋梗塞を宣言された自分を見つめる作品、さらには明治人の祖父を描いた作品など、読み応えのあるものが多かった。
 3回目にして筆力向上が目に見えてわかってきた。その面では収穫が多かった。

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学友の輪

 大学のゼミ仲間が、面白いほど、月を追って集まりの輪を拡大している。そこには過去からの豊富な話題と、むかしから酒好きだったという共通点があった。

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第3回目のエッセイ添削教室の講義・予定

 世に発表しても、読み応えのあるエッセイは、『読み手に興味を与える書き方」に徹すること。提出作品(9作品)を引用しながら、基本的なコツと秘策とをレクチャーする予定にしている。

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第2回のエッセイ添削教室

 作品提出者は10名、聴講生は1名で、25日、新橋生涯センターで行われた。人生経験豊かな受講者だけに、読み応えがあった。総評としては、文章力では前回に較べてレベルが上がっていた。全作品がスムーズに読めた。

 それぞれの作品の講評を記しておく。

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70歳で、ヒマラヤ・マナスル(8163メートル)にチャレンジ

 学友から唐突に電話が入った。「70歳でヒマラヤの8000メートルに登るひとがいる。会社のもと先輩だ。小説に書いてみないか」という内容だった。いま新橋の酒場で、そのひとと一緒に呑んでいるからといい、電話を代わった。

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