登山家

南アルプスの雄峰は花盛り・北岳の山行記=市田淳子

北岳(3193m) 山行記=市田淳子

期日 :2017年8月4日夜~7日 

コース:芦安駐車場(泊)→広河原→八本歯のコル→北岳山荘(泊)→北岳山頂→右俣コース→白根御池小屋(泊)→広河原→芦安駐車場

『山行』

 北岳は、想像した通りではなく、想像を超えた素晴らしい山だった。

 ちょうど1年ほど前、インストラクターの友達がSNSで北岳の様子をアップしていた。そこには100種類以上の花を見た、とあった。
 この日私は、「来年は北岳に登るぞ!」と心に決めた。

 1週間前には、8月5日から7日は雨の予報だった。「ああ、神様!ありがとうございます!」どうやら、山に行くことを許してもらえたようだった。

 メンバーは自然保護活動をする仲間だ。ゆっくりお花と景色を眺めながら登りたい、という共通の想いがあり、コースタイムの2倍の時間で計画を立てた。

 広河原には、多摩地域でも見られるような植物が多かった。それも澄んだ空気と豊かな水溢れる環境で、ずっとずっと元気に見えた。
 登るにつれて、植物相はどんどん変わるのがわかる。雪渓が見え始めると、ミヤマハナシノブという絶滅危惧種Ⅱ類に指定されている群落が現れた。何と美しい色、何と爽やかな光景、絶滅危惧種とは思えない群落だった。
 ここまで来ただけでも、花の種類が多く、少し息が上がっても、足元に可愛い花が見えて、頑張る気持ちにさせてくれる。


 やがて、雪渓の脇を登り、やはり南アルプスだと思い知らされる厳しい道が続いた。だんだん、お天気も怪しくなるが、もう引き返すことはできない。
 そろそろ、梯子の連続だと思う頃には、岩場となり、高山植物があちこちに見えてきた。私の好きなチシマギキョウも咲いている。梯子の辺りで雨が降って来て、滑らないように慎重に歩いた。
 厳しい環境でも、夏を謳歌するように咲いている高山植物に癒されながら、登り切った。

 そこは新たなお花畑で、尾根伝いに無数の花が咲いていた。努力が報われた瞬間だ。
 山荘を目の前にして、お母さんと6羽の幼いライチョウに出逢った。再度、神様に感謝した。南アルプスでは少ないといわれているライチョウが、目の前にこんなにもたくさんいるとはおどろきだ。
 目の上が赤い幼鳥は雄だろうか。
 みんな無事に大きくなってほしい。


 次の朝は、噓のように晴れていて、雲の上に頭を出した富士山と、その左側の山から登る朝日とを拝んだ。山荘を出発すると、またしても、ライチョウの親子に出逢った。昨日と違う場所、足環の色も違うから、別の個体だろう。朝から幸先がいい。

 北岳山頂までの道は、花また花がつづく。花の名前を紙面に書いていたら、1ページがそれだけで終わりそうだ。ミヤマ~、タカネ~、シコタン~、ハクサン~…名前にこんな冠がついただけで、途端に高貴に見えてくるのは気のせいだろうか。
 山頂から下ると、また、植物が変わって来る。下界が少し近づくのを感じながら、白根御池小屋へ。

 そして次の日、広河原の駐車場へと向かう。途中で、今まで誰も見たことのない植物が現れ、話題になった。これも楽しい思い出になるだろう。
 後日、それがセリバシオガマだと判明した。こんなに贅沢に時間を使った山行であり、東京に戻っても、なおも花談議が続いている。
                  (森林インストラクター)

   ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№217から転載

春蝉鳴く倉岳山、富士は雲にそっと隠れ = 開田守

倉岳山(990m)=開田守

平成29年5月28日 (日) 晴れ

参加メンバー : L原田一孝、武部実、金子直美、開田守の計4人:

コース : 鳥沢駅~小篠貯水地~分岐・石仏~高畑山~穴路峠~倉岳山~立野峠~梁川駅


『山行』

 高畑山・倉岳山は大月市平成4年公布の、秀麗富獄十二景の9番山頂です。 集合は鳥沢駅9時。
4人 そろったのでさっそく出発した。
 線路沿いを歩いて行くと、行き止まり。おっと、最初が肝心。駅に戻って甲州街道を東へ、古い家並みを歩いて行くと、季節がらツバメが飛び交う。ヒナのいる巣 もちらほら。

 中央本線のガ-ドをくぐって、桂川を虹吹橋で渡り小篠集落に。やがて、ゲ-トのある所 に、ここが登山口である。
 ゆっくりしたペースで、山道を行くと、小篠貯水地があった。このあたりの水源になっていると聞く。池の左手をたどると広い道はすぐに終わり、植林の中のうす暗い山道となった。

 オシノ沢を渡り返し、何かいい気分にさせてくれた。新緑のうす緑からの木漏れ日が、何とも清々しくて、爽やかで気持ちがいい。まもなく石仏のある分岐にさしかかる。 まっすぐに進むと、穴路峠である。


 あとで合流しますが、右の急登の斜面を行く。やがて尾根に出ると、徐々に傾斜がゆるやかに、そして平らな道になると、小屋跡の小平地に着いた。ナベとか茶碗とかがころがっている。

 それから植林に入ったあたりは、ゆるやかになった。だが、すぐに急登となる。しばらく続きましたが徐々にゆるやかになっていく。そして、明るくひらけた高畑山山頂です。

 早いけれど、日陰で昼食を摂る。

 富士山は雲に隠れて見えません。 穴路峠へ向かい出発する。。滑りそうな急な下りを行く。急坂が終わると、ゆるやかな尾根をアップダウンして穴路峠へむかう。
 先程の分岐からの道と合流した。このあたりには可愛いギンランが、あっちにもこっちにも咲いている。
 峠から松林の尾根を進むと、苦しい急登になる。ヤマツツジがあちらこちらにまだきれいに咲いている。道の傾斜が緩み、倉岳山の山頂に着く。12時45分だった。


 春蝉が何匹か鳴いている、今年ははじめて聴く。山頂南面は立木を刈り払い、眺めはとてもいいが、富士山は雲に隠れて見えずだった。
 ここで15分ほど休み、立野峠へむけて出発する。。固定ロ-プもある急坂を下って行く。何かとても良い匂いがしたけれど、匂いの源は分からずじまい。

 狭い尾根上の立野峠から、折り返すように北西へ下って行く。薄暗い植林のなかを急降下してジグザグに行く。
 小沢を何回か渡り返しするうちに、大きなトチの樹があった。

 梁川駅の時刻が気になりスピードを上げて下って行く。梁川駅には14時45分に着いた。それでも、高尾駅行にはまだ10分ほどありました。この山は、冬に来た方がいいのかなぁ。

 反省会は高尾駅南口で。

           ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№214から転載

高山植物の宝庫の山行なり、四阿山 = 武部実

四阿山(2354m・長野県と群馬県の県境)

山行日:平成29年8月23日(水)
 
参加メンバー:L武部実、栃金正一、佐治ひろみ、中野清子、開田守の計5人

コース:上田駅からタクシー~菅平牧場~根子岳~十ヶ原~四阿山~中四阿~小四阿~菅平牧場~菅平高原ダボスバス停

『山行の記録』

 出発点の菅平牧場の標高はすでに1590m。高原の風は爽やかだ。根子岳に向けて9:00出発。登り始めて直ぐに両側には花が咲き乱れていた。
 ハクサンフウロ、ツリガネニンジン、ヤナギラン、クルマユリ、アキノキリンソウ、ワレモコウ等々。そして田中澄江が花の百名山に記述しているウメバチソウも数輪見かけたが、何といっても今回の高山植物のチャンピオンはマツムシソウだ。

 根子岳から四阿山のいたるところに、うす紫の花が群生していたのである。茎が長く、いまにも倒れそうな姿は、ここだけの品種なのだろうか。

 一時間ほど登ると樹林帯に入った。このあたりから雨がぽつりぽつり、天気予報は晴れだったのになあ、中止になった霞沢岳は逆に晴れるし、どうもこのところの予報ははずれが多い。灌木帯に入ったころころから、大勢の高校生とすれ違う。

 日体大荏原高校の生徒で150人ほどが来てるという。全員に「こんにちは」と声かけられるのはいいが、相手は一人、こちらは全員に返答するので、これだけでくたびれてしまうほどだ。

                  (根子岳山頂にて) 

 11:10、根子岳(2207m)山頂に到着した。広々として気持ちのいい山頂だが、残念ながら眺望は無い。
 四阿山から縦走してきた大学生の集団が着き、とたんに大賑わい。雨が小降りになってきたので昼食を摂り、11:45に出発。

 十ヶ原へ降るころには雨がやみ、正面に四阿山が見えはじめ、写真を撮るなど、まだ元気だった。シラビソ林の登りは、意外と急登で踏ん張りどころだ。
 稜線に出ると(11:25)、あとは緩やかな登りで、菅平牧場への分岐を過ぎ最後の階段を登り終えると四阿山の山頂に着いた。(14:00)。


 山頂は狭く、根子岳の十分の一位。天候が回復し、見晴らしも改善されてきた。南方には浅間山、その左手には、ノコギリのような妙義山がはっきりと眺めることができた。北方は残念ながら雲におおわれている。晴れていれば、北アルプスも眺められたはずだ。

 14:25に出発。登ってきた道を引き返し、鳥居峠への分岐を過ぎ、中四阿への分岐を下る。
 途中、右手に見える根子岳は、形のいい山容を見せていた。中四阿と小四阿を過ぎ菅平牧場登山口に着いたのが、17:30だった。
 靴を洗って出発したが、菅平高原ダボスバス停に着いたのが、最終18:35の5分前だった。雨に降られたが、花がいっぱい見られて、景色も良く、まあまあの山行だった。

ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№218から転載

採掘されつづける武甲山(1304m)=武部実 

平成23年10月24日(月) 小雨のち曇り

参加メンバー:L関本誠一、佐治ひろみ、大久保多世子、武部実

コース:西武秩父駅 タクシー~一の鳥居~表参道~山頂(昼食)~長者屋敷の頭~橋立鍾乳洞~浦山口駅~お花畑駅~西武秩父駅          


 初めは22日(土)に計画したが、雨天のために延期となっていた。本日・24日(月)に西武秩父駅に9時に集合した。タクシーで、一ノ鳥居までは20分弱で、到着する。(2600円)。

 9:30に出発。小雨だったが、歩き始めて10分位で雨は止み、気温は高め、上着を脱いでTシャツ一枚の仲間もいた。

 杉木立の山道を一丁目(石柱に表示)から、歩きはじめて20分ほどで十丁目だった。「もう頂上?」違うんですね。
 この丁目は、約109mの距離をあらわしているものだった。頂上までは五十二丁、まだまだ先だ。

 十八丁目の不動の滝には、水飲み場があった。約半分の二十六丁目で軽く休憩をとる。すこし歩いたところで、海抜1000mの大杉に到着した。(10:50)。

 われわれ4人が手をつないで大杉の幹回りは丁度だから、優に6mはありそうだ。

 11:40、五十二丁目の御嶽神社に到着する。ここから少し登ったところが、展望台である。残念ながら、きょうは霧の中で、採掘現場や羊が丘、そして秩父の街並みはまったく見えない。

 武甲山1304mの標識の下には、三角点(?)があり、そこには1336-41+9と表示してある。たしかに計算すれば、1304mになるが、プラス・マイナス の意味は不明である。

 昼食を摂って出発の準備をしている時に、サイレンと発破の音がひびく。頂上は震度2位の揺れがきた。毎日、定時に発破するらしいのだ。

 12:40に出発した。一時間ほど下ると、渓流沿いの道になり、少しあるくと、林道にでる。この林道には落ち葉に混ざって、クルミの実がたくさん落ちていた。さらに、ねこじゃらしによく似たチカラシバが道の両側に群生している。この先を歩けば、橋立鍾乳洞はすぐそばだ。
 ここから20分で、浦山口駅に15:10に到着した。

 予定より早く着いたので、15:23発の電車に乗ることができた。

 お花畑駅から西武秩父駅まで歩き、時刻表を見たら、ちょうど普通列車15:37発の飯能行きの電車があった。それに間に合い、飯能から急行電車に乗り換え池袋駅には17:30頃に到着する。
 池袋では軽く反省会を行い帰途につく。

 今回は3年ぶりだったが、あらためて感じたのは、奥多摩の山々とちがって急登がなく、歩きやすく、変化に富んだ山った。
 石灰の採掘によって何年後かには、山が無くなるか、あるいはもっと無残な姿にされるおそれがあるので、皆さんも今のうちに登ってみてはいかがですか。

           ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№147から転載

モンブラン初登頂者の謎=上村信太郎

 スポーツ登山の発祥は、スイスの科学者オーラス・ベネディクト・ド・ソシュールのモンブラン(標高4807m)登山とされる。

 それ以前は「高山の山頂に立つという目的」での登山行為ではなかった。また高山の氷河の上でビバークすると生きて帰れないという迷信もはびこっていた。

 ジュネーブ生まれのソシュールは、幼年時代から博物学に興味を持ち山々を歩き回るのが好きだった。
 20歳のときに植物採集を目的に初めてシャモニーを訪れ、ブレヴァンの展望台からシャモニーの谷越しにモンブランを眺めた。
 このとき、当時は登頂不可能とされていたアルプスの最高峰モンブランに登ろうと固く決心して名案を思い付く。モンブランに登頂できるルートを発見した者には、だれでも多額の報奨金を支払うと発表した。時に1760年7月24日であった。

 それ以後、ソシュール自身も含めた多くの真剣な試登が繰り返されたがいずれも失敗。ようやく初登頂されたのは27年後であった。
 1786年8月7日、シャモニーの医師ミシェル・ガブリエル・パカールと、24歳の水晶採りジャック・バルマの二人がボソン氷河からモンブラン登頂目指して出発。彼らはル・モンという村で落ち合い、その日は氷河の手前でビバーク。
 翌朝4時半に出発し、午後6時32分にモンブランの絶頂に立った。パカールは山頂で高度や気温を観測。19時前に下降を開始。真夜中に出発地点まで下降してビバーク。二人は2400m以上の標高差を一日でピストンしたことになる。
 翌朝、雪目になり両手が凍傷になったパカールはバルマに導かれて下山し、帰宅したバルマは重病だった乳幼児の娘が入山中に亡くなったことを知った。


 下山後、バルマはソシュールを訪ねて報奨金を受け取った。
 その翌年8月、ソシュールは一人の召使とバルマの他に、食料や科学実験用器具などを担ぐ18人のガイドとポーターを引き連れてモンブランに挑み、ソシュール夫人が麓から望遠鏡で見守るなか登頂に成功。
 このソシュールらによる一連の登山行為が「スポーツ登山」を誕生させ、やがて明治期にイギリス人宣教師ウォルター・ウェストンによって日本にも紹介され、やがて今日の「百名山ブーム」に至ったとされている。

 モンブラン登頂から1ヶ月後、町ではある噂が広がった。「パカールは途中で疲労して落伍した。バルマが一人で登頂した」というもの。この噂は結果的にバルマを英雄に仕立ててしまった。
 1841年、79歳になったバルマは、文豪アレキサンドル・デュマの取材を受けて「パカールは途中で何度ももう歩けないと言ったが無理やり引上げた」などと答えた。
 だがその後、ドイツの科学者ゲルスドルフがたまたまシャモニー滞在中にモンブラン初登頂の様子を望遠鏡で目撃したときの日記とスケッチが発見され、それによれば「彼らはしばしば先頭を代えて進み、6時32分に絶頂に登った」と記されていて、デュマの記述と正反対の内容であった。

 そして、初登頂からじつに143年後になって、パカール本人が書き遺した手記が発見され真相が判明して『アルパイン・ジャーナル』に掲載された。それには、「荷物を分担しょうとバルマの他に案内人を連れていこうとしたが、報奨金を独占したいバルマが断った。私たちはほとんど同時に山頂に着いた。」と記されていた。

 今、シャモニーの町の中心地に二つの銅像が建つ。ソシュールと一緒に並び立ってモンブランの方向を指さしているバルマの像と、もう一つはパカール一人が座っている像でパカールが名誉を回復してから新しく建てられたものだ。
 それにしてもバルマはなぜパートナーを生涯中傷し続け、パカールもどうして自らの山行記を最後まで発表しなかったのであろうか…。永遠の謎である。

           ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№216から転載

  
 
  


 

シモバシラ観察会=市田淳子

日 時 : 2016年12月29日(木)高尾山口駅9:00集合

メンバー:L栃金・市田 上村、武部、岩淵、中野、開田

コース:稲荷山コース~高尾山頂 11:15~シモバシラ観察 11:30~一丁平 12:15<昼食>~城山 13:10~西尾根コース~相模湖駅着15:15


 シモバシラ観察会を計画したものの、気温が高すぎてシモバシラが期待できないかもしれないという不安があり、稲荷山コースを歩きながら、もう一つの観察会を行うことにした。

 登山の愉しみは、その山の自然を知ること。高尾山は599mという低い山なのに、なぜ登山客を魅了するのか。一言で言ったら、日本で一番小さな国定公園なのに、生物多様性が考えられないほど豊かだということだ。

 高尾山はケーブルのラインの辺りで西の植物と東の植物が出会う。

 さらに沢があることで渓谷林、針葉樹林がある。植物種が豊かということは、昆虫、鳥類等も豊かになる。
 歩き出す前に、稲荷山コースに多い樹種の葉を見てもらい、それぞれの特徴を思うまま述べてもらった。1種類だけは覚えて帰ろう!という同定の目標を持って歩くことにした。

 同じカシでも葉っぱの形、鋸歯(ギザギザ)の様子が違う「シラカシ」「アラカシ」。ドングリを実らせる落葉樹の「コナラ」。鋸歯に特徴があり、薄くて壊れやすい「イヌシデ」この4種は、都内の公園や雑木林にもたくさん生えている。
 そしてもう1種は「イヌブナ」鋸歯の伸び方が超特徴的! 稲荷山コースを歩くと、南側の斜面に照葉樹であるシラカシやアラカシが目立つ。

 その中にコナラ、イヌシデが混じる。そして、なかなか現れなかったイヌブナはかなり上の方に登ると出会うことができた。植物はちゃんと自分の棲む場所を心得ている、というより適した場所で長い時間をかけて進化してきたのだ。
 こんな目を持って高尾山を歩くのもたまには良いものだ。



 さて、肝心のシモバシラ、貧弱ではあるが、何とか私たちの期待に応えてくれた。暖かい日が続いたが、この日の朝は冷え込んだため凍ったのだ。

 枯れた植物の茎から形成される氷の芸術。これを見ずに春を迎えることはできない。自然は人間と比べることができないほどの才能溢れる芸術家だ。

 しかし、この芸術家も温暖化には勝てない。10年ほど前は、「誰がトイレットペーパーをこんなに落としたんだろう?」と思うほど「氷の花」だらけだったのに。そうは言っても、今冬もシモバシラを見ることができた。来冬も変わらず見られますように。

 高尾山頂では顔を見せなかった富士山も一丁平辺りから綺麗に見えてきた。
 ポカポカ陽気の中、ほぼ予定通り相模湖駅に到着。楽しい一年の締めくくりの山行だった。(森林インストラクター)

        ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№209から転載

カメラで登る北アルプス・針の木峠~七倉

2017年9月9日から、北アルプスに入りました。


 3日間は快晴でした。朝の北アルプス連峰はとても魅せられてしまいます。

  ふだん都会で汚れた心身が洗われます。



 扇澤バスターミナルから、登りはじめる

 渓谷のガレ場をトラバースしながら、高度をあげていく。

 最初に目指すは、針の木峠です。

 針の木大雪渓は、九月ともなると、ダイナミックさが欠けてくる。

 戦国武将の富山城・藩主の佐々成政が、1584年、浜松の徳川家康に会いに行くために、厳冬期に、立山から黒部、さらに針の木峠をこえて信濃に降りてきます。

 富山・芦峅寺の中語(ちゅうご:山岳ガイド)を先導に、家臣18人とともに往復しました。

 天空に、大鷲(おおわし)が飛来する。

 瞬間の、シャッター・チャンス

 はるか遠方に、岩稜の正殿・剣岳が雲をかぶっていました。


 蓮華岳の山頂から、針ノ木峠が雄大に屹立(きつりつ)しています。

 蓮華岳から北葛岳へと縦走が始まります。

 「上り、下り」、そして休憩の単調さのなかにも、両側の美観が心を癒してくれます。



 ちょいと、ここらで休憩をとろうよ。

 とても、いい顔。


 渓谷からわきあがる白い雲が、稜線に化粧をはじめました。

 

 キレットの難解な痩せ尾根に挑戦します。
 
 まずは小休止で、精神統一です。

 統一しても、滑落する奴は事故るんだよな。

 達成感は格別だね。


 七倉小屋は、ランプと囲炉裏がある、風情豊かな山小屋です。

 売り物の囲炉裏は薪をくべていなかった。

 煙公害で、苦情でも寄せられるのかな。

 囲炉裏をとりかこんで、朝夕の食事を摂(と)ります。

 ビールとアルコールと、会話で満喫です。

 高山植物はわずかに咲いていました。

 ここらは、まだ鹿害が及んでいないようです。


 七倉岳からの下山です。顔がすべてを物語っています。


八ッ場ダム建設予定地一望の高ヂョッキ山行  栃金正一

1.期日 : 2010年4月25日(日) 天気:晴れ

2.参加メンバ : L 上村信太郎 武部実 栃金正一

3.コース : 須賀尾峠~高ヂョッキ・丸岩、八ッ場ダム広報センター

 朝の6:30に、三鷹から車にて出発する。
9:20に、須賀尾峠に到着した。道路脇には石仏があり、その脇の樹木に高ヂョッキの登山口のプレートが小さく付いていた。
「高ヂョッキ」とは「高い突起」と言う意味らしい。
 登山道にはまだ芽吹いていない雑木 林の中に細々と続いている。

  天気は快晴で、少し冷んやりとした空気が心地良い。雑木林のなかを15分位歩くと、傾斜が急になり、痩(や)せ尾根を登っていく感じになる。
 途中、平坦なところで、小休止とする。

 ここで下山してきた2人とすれ違い、見送る。道は岩を含み、さらに急になり、力を振り絞って、一気に登りきると、急に目の前が開けた。10:30、山頂に到着した。

 1,209mからの展望は良く、雪をかぶった浅間山、草津・日光白根、男体山、赤城山、榛名山などが一望出来る。そのうえ、眼下には、八ッ場ダム建設予定地の、長野原の集落が広がっている。


 展望を満喫したあと、昼食をとり、11:30に山頂を出発する。下山する途中、丸岩方面へ続くと思われる道に入るが、不明確のため、須賀尾峠まで戻ってくる。

 丸岩の登山道は、高ヂョッキの麓を回り込むようについており、30分位で、山頂に着く。展望は木々に囲まれていて、あまり良くないけれど、葉のついていない木々の間からは先ほど登った高ヂョッキが天を突くように尖って見える。

 丸岩を後にした私たちは、車で八ッ場ダムの工事地域に向かう。途中、道路からは大きく堂々とした風貌で立っている丸岩と、 その隣に尖った高ヂョッキを見ることが出来た。

 14:30、八ッ場ダムの広報センターに到着する。観光客がバスなどで、大勢して見学に来ている。
 ここからよくテレビに出ている建設中の橋を見ることが出来る。現在、橋は全部つながっている。ダムは出来るかどうかわからないが、高ヂョッキから見た河原畑地区の美しい自然や集落がダムの下に沈むのは、すこし寂しい気がした。

 15:30に出発する。帰りは高速道路がすこし混雑していたが、18:30には三鷹に到着した。高ヂョッキ、丸岩とも無名な山だが、ニュースになっている八ッ場ダム予定地の風景を脳裡に焼き付けることができた。


            ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№128から転載

前日光牧場と横根山   佐治ひろみ

日程 : 2012年5月30日(水) 曇り、晴れ

参加者 : L後藤美代子、佐治ひろみ、本多やよい、脇野瑞枝

コース : 前日光牧場駐車場~横根山~五段の滝~井戸湿原~ぞうの鼻展望台~駐車場


 7:00、都内・目黒駅ロータリーに集合した。後藤さんの車で、前日光県立自然公園へと向かう。

 ここは鹿沼と足尾の中間より、やや足尾寄りにある。牧場と湿原と、今の時期はたくさんのつつじが楽しめるようだ。

 車の中のおしゃべりを楽しみながらも、3時間。前日光牧場に到着する。今日の天気は、曇り時々晴れの予報である。
 日に焼けなくていいが、遠くの展望はどうだろう?
 駐車場にわれらの車を置き、ハイランドロッヂで、トイレや準備を済ませてから10:30にスタートする。
 標高1300メートルの高原は、清々しく、木々や牧草の緑が実にきれいだ。牧場のなかの道を横根山に向かう。
 牧場といっても、牛はいない。後藤さんが前回に来た時もいなかったようだから、夏の間だけ、下の農家から牛を預かるのだろう。

 色とりどりのつつじの花がお出迎えしてくれる。ミツバツツジの濃いピンク、淡いピンクや白のヤシオツツジ、赤い山ツツジ、オレンジのレンゲツツジ、足元には数々のスミレ、まさに高原の春の景色だ。
 急坂も無く、だらだら登ると、横根山の山頂(1372)。展望は無いけれど、回りじゅうツツジ。そこから今度は、井戸湿原へと下る。
 この道も、両側にピンク、ピンク、白と咲く。…地元のおじさんや中学生たちも、大勢来ていた。

 湿原に下り切ると、五段の滝を見てから、一周することに決めた。

 木道を歩いて行くと、森の中にせせらぎが聞こえてくる。大きな滝ではないが、数えると、五段になっている。
 写真を撮り、周回コースに戻ってくる。ちょうど、広々とした草原が見渡せる中間地点で、昼食を摂った。


 12:30、午後の部のスタートである。
 湿原の残りを半分を歩き、それからは林の中を登ること30分。ゾウの鼻という展望台に着いた。晴れていれば、関東平野、富士山、男体山、赤城山などが見えるはずだった。だが、今日は残念ながらどの山も見えない。

 すこし休憩の後、気持ちの良い道を、私たちはハイランドロッヂに向けて戻って行く。ズミだろうか? 白い花があちこちに咲いている。

 13:30、駐車場に到着した。本日のハイキングは無事に終わりました。お陰様で、1年分の美しいツツジの花を堪能するすることができました。

 運転の後藤さん、お疲れ様です。ステキな所を教えてくれてありがとう。

  ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№156から転載

黒部・下ノ廊下=武部実

 2010年9月30日(木)~10月2日(土)

 参加者 L栃金正一、武部実以上2名

【コース】

 2日目 ロッジくろよん(5時40分出発)⇒下ノ廊下⇒阿曽原温泉小屋(15時40分着)

 3日目 阿曽原温泉小屋(5時00分出発)⇒水平歩道⇒欅平(11時30分着)

【一日目】

 新宿駅7:30発特急「あずさ3号」で信濃大町駅11:01に着いた。
 扇沢までは、バス。そこからトロリーバスに乗り換えて、黒四ダムには13:45に到着した。ダム周辺を少し観光してみたが、雨が本降りになり、明日の天候回復を祈るばかりだった。
 ロッジくろよんには14:40に入る。

【二日目】全員が4:30に起床する。。窓から空を見上げると、これぞ満点の星空だった。ホッとしたのが、正直な気持ち。
 前日にロッジに頼んでいた弁当を食べてから、5:40にロッジを出発する。黒四ダムには6時過ぎについた。丁度、ダムの観光放水が始まるところで、運良く見学することが出来た。

 旧日電歩道の標識にしたがいながら、下って黒部川を渡り、1時間ほどで、内蔵助出合に着く。
 ここらあたりから、岩壁側にワイヤーが付いている。右側は断崖絶壁の幅70~80㎝の歩道が続くこととなる。
 黒部川を見ると、いまだ溶けずに残っている雪がいくつもの自然のスノーブリッジを作っていた。(写真参照)

 歩道はいまだ二ヶ所で、作業員が道の補修工事を実施していた。実際の道は危険な個所もなく、峡谷の絶景を堪能しながら、所どころで、写真を撮ったりして、ゆっくりペースで歩を進めていく。

 歩き始めてから7時間弱で、いくつかの峡谷を通りすぎた。最高の見所十字峡を吊り橋の上から眺め、さらに一時間で半月峡を過ぎた辺り、前方には黒四発電所2棟が姿を現す。

 黒四ダムから、ここ迄水を通して発電しているのだ。さらに一時間弱 歩くと、仙人谷ダムになる。
 登山道はそのダムを渡り、管理棟のドアノブを開けてから宿舎内を通る、不思議な登山道である。
 途中、有名な「高熱隧道」を横切るのだが、2~3m入っただけでも、サウナ状態になる。たしか、岩盤温度が最高で160度になったという。
 戦前に、この作業させられた人たちの苦労がしのばれる。

 宿舎を出てから、すぐにこの道で唯一の急登になる。歩き初めてから9時間後の急な登りは実にきつい。20分くらいで、また平坦な道に戻り、小屋の手前で、今度は急な下り道である。ようやく徒歩10時間で、15時40分に阿曽原温泉小屋に到着する。

 ちょうど入浴時間が男性だから、宿泊手続きをする前に、すぐ入ってほしいとのこと。小屋から歩いて7~8分の所にある野天風呂にでむく。
 旅の疲れに、温泉は最高でした。


【三日目】

 朝5時過ぎに、同小屋を出発する。まだ、暗くヘッドランプをつけた行動である。夜が明けるころには、水平歩道になる。
 こちらの道も下ノ廊下と同じく、岩壁側にワイヤーが張ってあるので、安心だ。折尾の滝に7:50に着いた。ここから一時間弱で、ななめ前方には欅平が望めるようになる。
 そして、このルート一番の絶景ポイントの大太鼓につく。
 絶壁下には、黒部川が前面には数百mはあろうか、という迫力ある赤い岩壁が聳(そび)えていて、迫力満点の絶景である。
 15分で志合谷に、沢の下をくりぬいた登山道唯一の150mあまりのトンネルである。ヘッドランプをつけても、まだ暗く、下は水浸しで濡れるし、頭は天井にぶつけるで、怖くて恐る恐るゆっくりと歩いていく。

 10:40に欅平に到着。トロッコ列車~宇奈月駅~魚津駅~湯沢駅~新幹線と乗りついて帰途につく。

 下ノ廊下は、開通期間が年間のうちで、9月から10月末までの約2ヶ月間に限られている。利用人数は2千人弱ということらしい。
 わずかな登山者しか、せっかくの絶景を見ることができないのは、本当にもったいない話だ。
 皆さんも、来年あたりに挑戦してみてはいかがでしょうか。


     ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№134から転載