登山家

第3回大崎上島「山の日」神峰山フォーラム2019 世界的な琴奏者・酒井悦子さんを招く 

 超党派議員で祝日「山の日」が決まった。それから4年目である。漸次、国民の祝日と定着してきている。
 広島県・大崎上島においても、『第3回大崎上島「山の日」神峰山フォーラム2019』が開催されます。


 離島なのに、なぜ山の日なの? その疑問から3回目である。島には名峰・神峰山がある。悲哀の地蔵さんが数多くある神峰山だから、山の日に、皆で祈ってあげよう。これがテーマです

 出演してくれる「酒井悦子」さんは、世界のサミットが日本で開催されるとき、昼食会で琴を演奏される。とても著名な方だ。酒井悦子の琴を聴こうとおもえば、クイーンエリザベス号、豪華客船・飛鳥などに乗船するのが手っ取り早いだろう。
 このメンバーとして著名な作曲家の菊地慶太さん、東京芸大出身の尺八演奏の豊嶋貞雄さんが共同出演してくれる。

 なにを隠そう。小説「神峰山」 を読まれて、「そんな悲哀のある神峰山ですか。琴や尺八を奏でて、お祈りしてあげたいです」と3人は無報酬で東京から来てくれるのだ。
 
 離島・大崎上島に移住されたキューバ音楽の奏者である三須磨さん夫妻、ディビット松井(バタ・ベル)、照井博恵(コーラス)たちは毎年出演してくれる。
 
            *

 超党派で国会で成立した法律だからと言い、昨年は寺田稔代議士が挨拶にきてくれた。ことしは寺田さんからバトンタッチで、新谷正義代議士が来島予定である。

 司会は、「丸子ようこ」さん。「NHK広島放送局の番組キャスタ」など12年間の経験があるプロアナウンサーである。この方も、「神峰山」を読んで涙しました、と無報酬で司会をしてくれる。

  著名な方々が、自費で参加してくれる。むろん、参加費は無料である。

  広島には、自費で戊辰戦争に参戦した「神機隊」がいる。私はかれら320人を歴史小説で描いた。こうした縁が回っているのかな、と思う。

「将来とは若者たちのもの」である。こうしたイベントは将来につなげるものである。大崎海星高校、広島商船高専の生徒による、学校の行事や催しの一端を語ってもらう場としています。


 令和元年8月11日出演者・曲目

〇キューバ音楽(2部構成)
1部 太鼓と奏でる神々の唄
 1 エレグア(儀式の始めと終わりを受け持つ)
 2 オバタラ(愛と創造の神)
 3 オサイン(病を治す薬の神)

三須磨 大成 (Vo・コンガ・バタ)
三須磨 利香 (Vo・シェケレ・バタ)
ディビット松井(バタ・ベル)
照井 博恵  (コーラス)

2部 キューバのポピュラー・ダンス音楽
 1 カチータ  おいでカチータ一緒に踊ろう
 2 ラグリマス・ネグラス  黒い涙
 3 神峰山(かんのみね)
 4 ボラレ
  
  
三須磨 大成 (ギター・Vo)
三須磨 利香 (Vo・コンガ・シェケレ)
ディビット松井(ベース)
照井 博恵  (コーラス)

〇邦楽演奏

 昭和歌謡ヒットメロディ
・見上げてごらん夜の星を
 ・鉄人28号
 ・日本わらべ歌
 ・それいけカープ
 ・瀬戸の花嫁・
 ・憧れのハワイ航路
 ・海ゆかば
 ・昔話メロディ

   酒井悦子  琴
   豊嶋貞雄  尺八
   菊地慶太  作曲

【関連情報】

  神峰山はアマゾン(ここをクリック) 、全国の書店で購入できます。

奥多摩の低山・戸倉城山(434m)  佐治ひろみ

日時:2019年1月29日(火)晴れ

メンバー : リーダー・佐治ひろみ、栃金正一、野上とみ、中野清子、宮本武

コース : 武蔵五日市バス9:31 → 上町 ~ 光厳寺10:30 ~ 城山山頂11:36 昼食12:10 ~ 盆堀山12:55 ~ 荷田子峠14:00 ~ 登山口14:20 ~ 瀬音の湯15:00/17:18バス → 武蔵五日市駅17:30



 天気は晴れだが北の、風10メートルの予報だったので、どんなに極寒かと恐れをなしていた。だが、実際はそれほど寒くなく、幾つものピークを登り下りして、汗をかいた。

 集合は武蔵五日市である。右手に見える尖がった山が、きょう登る戸倉城山だ。標高は434mと低いが、ちゃんと多摩百山に入っている。

 まずは上町までバスで行き、そこから秋川まで下って、川沿いを上流に向かって行く。民家の庭先にはロウバイが良い香りを漂わせる。梅の蕾もかなり膨らんで、春も近い感じがする。

 沢戸橋を越え、山に向かって歩いて行くと「戸倉しろやまテラス」の手前に、小さくてステキな『小春日和』というお蕎麦屋さんがあるのだが、私のお薦めの蕎麦屋さんなので、本当は寄りたかった。

 急な舗装道路をグングン登って行くと、登山口のある光厳寺に着く。とても立派なお寺で中を見学し、すぐ近くにある樹齢400年の大きなヤマザクラも見に行く。ここで身支度を整えて、登山を開始する。


 最初は山の裾を巻きながら、林の中を進む。稜線に出ると、あとは一気に頂上まで稜線を直登である。

 上に行くにつれて岩が出てくるし、傾斜もきつくなる。落ち葉が積もっているので、滑らないように注意! 左側は断崖になっていて、眺めが良い。

 山頂直下は大きな岩場になっていて両手を使いながら登るのだが、落ちないように左側にてすりが付いている。
 登る時間は1時間程だが、面白いルートだった。


 山頂はとても良い眺め。東側が開け五日市の町並みや周りの低山、それらを眺めながらベンチで30分のお昼休憩。

  ここからは荷田子峠まで、1時間の行程だと高をくくっていたが、それは大間違いだった。林の中を登ったり下ったりの連続である。
 名前の付いているのは盆堀山だけだが、他にも小さいピークをたくさん越えるのだ。


 展望の開けたところで休憩を取りながら、山頂から2時間で分岐の荷田子峠に着いた。ここを下れば温泉が待っている。

 急坂を20分程下り道路に出る。あとは瀬音の湯の案内標識道通りに、里山の梅の花など見ながらダラダラと下る。

 15:00に音の湯に到着する。ゆっくり温まり、みんなツヤツヤになってビールで乾杯。お疲れ様でした。


       ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№233から転載 

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三浦半島の最高峰・大楠山(240m)  岩淵美枝子

2018年2月25日(日)  曇り

参加者 : リーダー・上村信太郎、渡辺典子、野上とみ、中野清子、宮本武、古賀雅子、岩渕美枝子  
コース : 京急安針塚駅9時30分集合 ~ 塚山公園(安針塚) ~ 大楠山 ~ 前田橋バス停(14時49分発バス乗車⇒逗子駅着)


 大楠山は、三浦半島の最高峰である。
 山というよりは丘陵ゆえに、頂上にとりつくまでに塚山公園がある。舗装道路の歩きが長すぎる。大楠山と三浦按針はセットだから、はずせない。

 三浦按針(ウイリアム・アダムス)は、日本を訪れた最初の英国人で、航海士。江戸時代には、幕府の外交顧問として、重用された。
 この地に領地をもらいうけ、日本人妻を迎えて帰化した。按針夫妻の慰霊のために作られた供養塔が、立っている。


 按針塚を後にして、林の中を歩くと思ったら、住宅地の中も歩いていく。途中、無人販売あり、早春の香りの ふきのとうあり、春を手に入れほっとする。

 遠くに、白い鉄塔が、見えてきた。頂上までは、まだ230段の階段が待っている。
 この階段、歩幅と合わず、てこずる。快適ではない。登りきったところで、リーダーから昼食休憩の合図。ゴルフ場横目に、楽しいランチタイムである。


 目の前の風景を見ながら、30数年前に来た大楠山のことを思い出す。そう、あのときは、前田橋から入り、阿部倉温泉の方へ、1月だったので正月料理、お風呂が売りだった阿部倉温泉、帰りには、塗り箸がお土産についてきて、ご主人から一言もらう。


             (福の箸・『阿部倉』)

 あの時代、人情も厚く、時間もゆっくり流れていた気がする。今はもう阿部倉温泉は時代とともに消えていったことが、残念だ。
 ただ、この塗り箸だけは、しっかりと残っている。阿部倉温泉様ありがとう。なんだか久しぶりの大楠山で思い出の山行記になってしまいました。皆さんお疲れさまでした。


  ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№222から転載

8.11山の日 第3回大崎上島・神峰山大会 全国公募=『俳句募集』

 2019年は「山の日神峰山」恒例のイベントに加え、大崎上島の名峰神峰山(かんのみね)を句材に俳句募集を行っています。四季は問いません。
 優秀作品には大崎上島の特産品を贈ります。ふるって応募ください。

〇募集方法
 ハガキ若しくは封書で投稿ください。(電話番号を記入ください。)
 町内の方は投句箱(役場本庁・木江支所・情報プラザ・エル・観光案内所・NPOかみじまの風に設置)に作品と住所氏名を記載の上投句ください。

 ※ 複数の募集か。だだし、俳句は1句につき、1枚のはがきでお願いします。

〇選者
  石本秋翠先生(地元) 大久保昇先生(東京在住)

〇締切日(必着)
  2019年7月3日(水)

〇郵送受付場所
  〒725-0301 広島県豊田郡大崎上島町中野1834
     NPOかみじまの風「山の日神峰山実行委員会」宛て

〇お問い合せ
 月~金(祝日は除く)10:00~15:00にお願いします
  ℡ 0848-67-5530(NPOかみじまの風)

 8月11日「山の日」の大崎上島・神峰山大会は、2016年度から施行されています。ことし(2019)は3回目です。

 風光明媚で神峰山は、山頂から115もの多島美が堪能できす。
 里山・里海が一瞬で満喫できる大崎上島・神峰山で、国民の祝日8月11日「山の日」に、イベントを開催し、恒例行事として、規模を充実させていきながらは、数年先には全国大会を開催することを目指しています。

 近い将来は「海の日」も連携させて、「まち残し」を推進するものとしています。
『山と海に親しむ機会を得て、山と海の恩恵に感謝する』
 このコンセプトにおいて、島内の子ども、学生らと、山と海との自然循環教育を継承することにあります。そして、島内外の人たちにも、大崎上島の良き自然環境を知ってもらう活動として継続的に開催しています。

(情報提供)大崎上島のシンボル神峰山(かんのみね)


 古より語り継がれている「市杵島姫命」の伝説があります。姫が平和で美しい、安住のできる土地を求めて遍歴の旅に出られた。瀬戸内海に浮かぶ美しい島を眺めながら、船を進めていくうちに、やがて姫は大崎上島の神峰山を見つけられました。

 さっそく姫は、その方に向かって船を進めました。神峰山に登ってごらんになると、そこからの眺めは、また一段と素晴らしいものでありました。姫はこの地こそ安住の地であるお住まいになりました。


 やがては厳島弥山にご鎮座されますが、それ以前は神峰山で生活されたと言われております。

 史実として、幕末の史家で儒学者である頼山陽が、広島県・竹原出身であり、著作『舟游記』に神峰山を記述しています。

 一説には、長禄4年(1460年)「明」の僧侶「奇山禅師」が、国の混乱を避けて海を渡り日本に来られた。
 関前灘を過ぎると、海は荒れ狂って船は転覆しそうになりました。神仏に加護を願う。
 山々が重なりあって崖が切り立つ。一番高い山に畏敬の念を抱いて、一心に祈ると、やがて海は不思議と穏やかになった。

 その有り難い山々の中央にそびえ立つ一番高い山を「神峰山(かんのみね)」と名づけたと伝えられています。

 地元の人々は、この禅師を「神僧」と崇め「堂主」として滞在を懇願したので、庵を神峰山頂に結ばれたと伝えられています。


  俳句は全国公募ですから、どうぞ奮って応募ください。


【参考資料】

 穂高健一著「神峰山」(未知谷(みちたに)、2000円+税)が全国の書店およびネットで発売される。
 5編の中編小説です。

 右の「神峰山」の写真のうえで、左クリックすれば、アマゾンに飛べます。

富士山は雲の中だった大蔵高丸(1770m)=大久保多世子

1 登山日 :2018年6月9日(土)晴れ                             

2 参加メンバー : L佐治ひろみ、栃金正一、武部実、中野清子、開田守、金子直美、大久保多世子

3 コース :甲斐大和駅 ~ 湯ノ沢峠登山口 ~ 湯ノ沢峠~大蔵高丸 ~ ハマイバ丸 ~ 米背負峠 ~- 大谷ケ丸 ~ コンドウ丸 ~ 大鹿山分岐 ~ 景徳院 ~ 甲斐大和駅


 8:40 甲斐大和駅に集合する。予約してあったタクシーで約20分、湯ノ沢峠登山口に到着した。中止もあり得る雨予報だった。だが、終日最高のハイキング日和になり、緑を満喫した爽やかな1日になった。


 降車するなり、春ゼミの大合唱と、ウグイスの鳴き声が迎えてくれた。落ち葉が柔らかくなった山道は、足に優しく歩きやすい。

 沢沿いに歩いたりクリンソウを愛でたりして、1時間で到着した避難小屋は、室内も綺麗に整えられていた。
 その小屋からしばらく歩くと、尾根に出た。草原が広がっている。

 可憐なスズランやキンポウゲの花が、目を楽しませてくれた。大蔵高丸は秀麗富士12景で展望は良いが、肝心な富士山は雲のなかに隠れたままである。

 朗らかな健脚2人組に会い、集合写真のシャッターを押してもらった。


 なだらかに起伏した尾根が続き、ゆるい登り下りを繰り返し、11:25にハマイバ丸に到着した。ここで昼食となった。

 山頂の脇に「破魔射場丸」との表示があり、珍しい山名に納得できた。

 山頂から少し下ったところは、露岩が散在した荒地で、破魔射場と呼ばれるそうだ。急な下りや笹やぶ・灌木帯を過ぎて少し登ると、【大きな岩=天下石】がある。

 ここから先は広葉樹林帯が続き、木々の緑が一層美しい。下りきって、米背負峠に着き、正面の坂を登ると、大谷ケ丸に到着。先着の3人組が、「1時間ほど前に、すぐそこにクマが出た。」と教えてくれた。

 若い男性とにらめっこを2回して、離れて行ったと話す。皆、緊張して顔を見合わせる。この山の西側から南アルプスも見えるそうだが、それよりクマ鈴を身に着けたり、話し声を大きくしたり……。幸い、熊に出会うことはなかった。

 滝子山への分岐や滑りやすい急な下りを過ぎると、カラマツ林に変わる。地図には「防火帯に入らない」と注意書きがある通り、やや戸惑った。
 右側に目印のリボンが5~6個ついていて、難なく進むことができた。大鹿山への分岐で、男性3人は山頂まで往復し、女性はそのまま下ることになった。

 急な下りに時間がかかり、30分ほどで合流できた。大鹿山への往復は10分弱だったという。男性陣は皆、健脚揃いだった。

「間もなく景徳院だろう」
 と思われる所。左にコンクリートで固められた山道、右に手すりのある急な細道があり、無標識なので全員で相談して、右に進んだ。だが、2か所も大きな柵で、塞がれていて大変であった。

 二つ目の柵を過ぎてから、左の道が正解だったことが分かった。西日が強く、どっと疲れが出たが、傍らのヒメレンゲの群生が美しかった。

 景徳院で休憩後、県道に出て、4:22のバスで甲斐大和へ向かった。

 全体を通して、何か所か急な下りはあったが、最後まで歩きやすい柔らかな道の連続で疲れが少なかった。


 ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№226から転載


全山錦秋の雨飾山(1,963m) = 佐藤京子 

登山日 : 2018年10月14日~16日

 
参加メンバー : L武部実、SL開田守、中野清子、佐藤京子の計4人


コース: 1日目 東京駅から新幹線で糸魚川へ。駅からジャンボタクシーで雨飾山荘(泊)

      2日目 雨飾山荘 ~ 梶山分岐 ~ 雨飾山 ~ 梶山分岐 ~ 笹平 ~ 荒菅沢 ~ 雨飾山登 山口 ~ 雨飾高原キャンプ場 ~ 小谷温泉 雨飾荘(泊)

3日目 雨飾高原~(バス)~南小谷駅~信濃大町~松本駅~新宿駅


 今回のテーマは、「紅葉と秘湯の山旅」である。東京駅を昼過ぎに、のんびりと出発した。

 雨飾山には、新潟県の糸魚川側から登る今回のコースと、長野県の小谷温泉から登るコースがある。
 糸魚川は、初めての場所である。糸魚川断層の博物館もあるようだが、予約のタクシーで、まっすぐ雨飾山荘へ。
 そこは日本秘湯を守る会の加盟の1軒宿である。自家発電の山小屋で、9時には消灯となる。 今回は、男女別で泊まれた。

 5時の夕食まで、たっぷり時間があるので温泉につかる。食堂は、木造りで明るい。主人がにこやかに見守っており、客に声をかけていた。
 玄関前の露天風呂には、男性陣が暗闇の中ヘッドランプで入る。夜空にはカシオペアがみえる。明日の天気がいいことを願い、7時半には寝床に入る。

 隣の部屋からいびきが聞こえてきたそうだが、私は疲れていたため、ぐっすり眠れて幸せ。


 2日目。8時間は歩くというので、5時に朝食をとる。6時には出発。登るにしたがって、ブナの林が広がり、ナナカマドは赤みを増していく。

 日本海と糸魚川市街も見渡せた。登りは結構きつく、到着が正午頃とだいぶ時間をとられてしまう。

 山頂は、双耳峰である。南方に着いた時は、全方位が見渡せたが、それもつかの間だった。すぐ雲がかかってしまう。

 下りも時間がかかりそうなので、のんびりはできない。残念だが、北方には登らず、山頂直下の分岐で昼食。下山を急ぐ。
 笹平を過ぎると、進行方向が全山が錦秋である。

 梯子を二つ降りただろうか。 荒菅沢で、すこし休憩し先を急ぐ。途中「携帯トイレ使用場所」という看板のある建物があった。


 長野県側の道には、登山口まで、2/11、7/11など、11分割の標識がかけられていて目安になった。ふもと近くの道には、木道がかけてあり、沢沿いに泳ぐ魚も見えた。岩魚のようだ。


 二日目の宿泊先となる雨飾荘についたのは、4時頃だった。予定を超え、10時間の行程になった。
こちらの温泉は、ぬるめ。いつまででも入っていられる。

 夜の献立は、たいそう立派なものだった。清流岩魚の姿造りを、生のわさびを擂っていただく。手打ち蕎麦にもまた擂る。


 翌日は、宿で土産を買ってからバスに乗り込む。乗り換え駅の信濃大町の立ち蕎麦もおいしくいただきスーパーあずさに乗り込んだ。

  リーダーの武部さんほか皆さまには大変お世話になりました。


ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№230から転載
   

「はやち」は「疾風」を意味する早池峰山(1917m)=武部実

登山日 : 2018年6月30日(土) 晴れ

コース : 盛岡駅バス ~ 小田越 ~ 早池峰山 ~ 小田越 ~ バスで盛岡駅


 大人の休日俱楽部東北4日間15,000円パスを使って、丁度この時期、6月上旬~8月上旬の土日に盛岡駅から早池峰山の登山口まで直通バスが運行されるということで計画した。

 盛岡に前泊し、7:00に出発。2時間弱で、登山口である小田越に着いた。(8:55)。


 登山口で登山者に呼び掛けているのが、携帯トイレの販売である。山頂に3か所の携帯トイレブースがあり、使用した袋を登山口の返却ボックスに入れるというもの。利尻山でも勧めていたが、自然保護ということだけで、定着するのはなかなか難しそうだ。そう思うのは、私だけか。

 歩き始めは樹林帯である。緩やかな登山路を進むと、所々に一斗缶とこん棒がつるされているのが目に入る。クマよけの音だしだ。

 30分弱ほど歩くと、樹林帯を抜け、森林限界になり、見晴らしのいいところに出る。ここが一合目である。蛇紋岩の岩がゴロゴロしているところを登る。
 当日は風が強くバランスをくずさないように慎重に登るが、登山路に張られているロープを掴む登山者もいた。

 すると、下山中の登山ガイド(?)が
 「ロープは緩くて危険ですから、ハイマツを掴んでください。根っこが一本位抜けてもすぐ生えますから」
 と大きな声で怒鳴っていたのが、印象的だった。

 “はやち”とは風が強いこと、ここから早池峰山と名付けられたことがよくわかる。

 一合目あたりから、ミネウスユキソウをぼちぼち見かけてきた。

            【ハヤチネウスユキソウ】

 下山中のの登山者が上のほうに行けば、ハヤチネウスユキソウがたくさん見られるとのことで、少し様子をみる。周りを見渡すと、紫色のミヤマオダマキがいっぱい咲いていた。

 今回の高山植物の主役は、この花に間違いなし。その他にミヤマアズマギク、ミヤマシオガマ等が良く咲いていた。

 しかし、この山で有名な高山植物は何といっても早池峰が頭につく、固有種のハヤチネウスユキソウだ。
 登るにつれて、たくさん咲いていた。
 綿毛が特徴らしいいが、以前に見た礼文ウスユキソウとの違いがよくわからなかった。だが、なんとなく納得できた。

 山頂の直下では、途中の登山路で見かけなかった、イワカガミ、コバイケイソウ、チングルマ等咲いていた。
 剣が峰と山頂との分岐には11:10に着く。ここから山頂は15分で到着した。残念ながら、ガスが出て見晴らしは無かったし、記念の山頂写真は小さな標識しかなくて、少しがっかり。


 今回の東北の旅は、山以外にも10年ぶりの友人に会うこともでき、とても有意義な旅だった。


 ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№228から転載

発売から1か月半の『神峰山』が大きな反響=若き女性の悲哀な人生で、涙が止まりませんでした

 1945年8月15日、終戦、敗戦という言葉だけで、戦争は終わらない。終戦後の悲惨な庶民の生活こそ、「2度と戦争をしてはならない」という歴史的な証言である。5作品の中編小説が収納された「神峰山」のメイン・テーマです。
 戦争が残した非情さ、抗うことができない運命のなかで、瀬戸内の港の遊郭街で、前向きに必死に生きる10代、20代の女と男たち。彼女たちは必死に生きているけれど、結果はとてつもない不幸だったりする。


 ことし(2018年)の11月1日の発売から、実に多くの反響が寄せられています。ご紹介させていただきます。


 【 読 者 感 想 】         


 ☆ 良かった。心に響きました。「初潮の地蔵さま」で泣きました。無念で、悲しくて泣きました。いまの自分(投稿者)の幸せがありがたく、泣きました。「女郎っ子」も、その急展開が、どうしようもなく悲しくて、泣くしかなかった。

 私(投稿者)は、昭和22年生まれで、団塊の世代です。「人の多さ」だけに気を取られて、噛み締めるべき真実の、二面あるはずの裏面が視野に入って来なかった。時代が大きく動いた時の、陰の事実に気が付いていないなことを深く突きつけられました。

 この作品は、映画・ドラマ化するべきです。大きな反響を呼ぶと思います。時代の隠れた面を知ってこそ、歴史といえるのではないでしょうか。

「あとがき」も切り口が鋭く、名文だと思いました。筆者の気迫に押されました。私の三男が広島にいます。神峰山を訪れ、ご冥福をお祈りしたいと存じます。
                     (小坂隆昭さん・横浜)    


 ☆ 現在を生きる私には想像もつかない世界。それでいて、昔も今も変わらないであろう、「女」を生きる女性たちの心。……読み進めるごとに、その悲しみが伝わってきました。特に「初潮のお地蔵さま」の(主人公)絵梨には逃げ切ってほしかった。もっと生きてほしかった。雄太先生(広島商船高校生)との物語を、穂高さんが書いてくださったのに……と(死が)残念でなりません。
                     (神山暁美さん・宇都宮)


 ☆ 装丁が良い。本文活字も読みやすく知的な感じです。広島のみならず、戦後の日本人の悲哀と欲、女性史を学ぶ絶好の一書だと思います。
                    (平木滋さん・広島) 


 ☆ 電車の中で読んでいたら、主人公が悲しくて、切なくて、ハンカチを出して、涙を拭きながら読みました。作中の小学6年生の博が遭遇した「紫雲丸事故」をより知りたくなりました。ネットで調べました。木江南小学校と校名が書かれていました。作中の人物の犠牲者たちが、瀬戸大橋が架かる、大きな要因になったのですね。
 神峰山にぜひ行きたいです。
                    (鷹取利典さん・葛飾区)


 ☆ とてもいい本です。しみじみと心にしみ込んでくる本です。情景が浮かんできて、情緒があって、よい純文学です。男性のなかに、女性が物悲しく語りかけてくるのが美しいです。不条理の世界にこそ、究極の愛があるのでしょうか。
                     (竹内真一さん・広島)


昭和30年5月11日・高松港沖で、紫雲丸海難事故が発生。写真の中央部


☆ 「女郎っ子」が悲しくも胸を打ちました。元女郎の優衣子が選んだ大工は、性の問題で不仲になったけれど、心底から話し合って和解する。ともに心優しい人です。かれは義父の立場で、連れっ子だった「女郎っ子」博少年が不良少年にいじめを受けても、「将来は広島大学、東京大学に行かせてやる、世のなかのためになれよ」と励ます。その場面は感動です。
 少年・少女らが海難事件の紫雲丸事故で、不運にも遭遇してしまう。母親の優衣子が少女の棺を開けて語りかける。小説として、悲しみが昇華した最高の場面です。
                    (J.Mさん・目黒)   


 ☆ 私の父親は、戦前・戦後、瀬戸内を航行する内航海運の機帆船を持っていました。木江港の「おちょろ舟」の話しは、子どもの頃、父親や船員からなんどか聞かされました。わからないままにきいていました。作品「神峰山」に描かれた女郎の姿が、そうだったのか、と重なってきました。
 当時は焼玉エンジンから、ジーゼルへと変化する時代だったと思います。
                    (東 力秀さん・福岡)


 ☆ 戦後の女性史を静かに語る名作である。確かに、終戦・敗戦という言葉だけでは戦争は終わっていなかった。「女郎っ子」ひとりの少年の心の情景と、その背景を大切に掘り起こして紡ぎ、静かにかつ心底からの「反戦への想い」を綴っている。
 瀬戸内海の離島という自然風景と共に、運命に翻弄された女性たちの生きざまを、リアリティに満ちた描写で描ききっている。
 女性史を学ぶ絶好の小説と思う
                     (アマゾン・カスタマービューより) 


 ☆ それぞれの人生がかなしい。切ない。戦争したのは日本だ。戦後に、どん底に突き落とされたのが庶民だったし、暗い社会でも人間は生きていかなければならない。善悪で読むのでなく、女郎屋の楼主・女将すらも戦後の困窮のなかで生きるために、その職業を選んだとおもう。
「ちょろ押しの源さん」が、若き女郎が亡くなるたびに、お地蔵さまを神峰山の山頂にかつぎ上げる。仏教思想で、死して仏さまになり、苦しみから女性は解放される。書かれていないが軍人は死んで軍神になったと祀られる。死後における『仏』『神』の違いを考えました。
 掲載された5編は、一冊ずつ「神峰山」①~⑤の長編にすれば、よかった。もったいないな、と思いました。若い世代に読んでもらいたい。
 私は神峰山に行ってみたい。
                    (吉武一宏さん・千葉)

干支の数にちなんで12山だ。めざすは単独山行・甲斐駒ケ岳(2967m)=武部実 

平成26年10月17日(金)~18日(土)

参加メンバー:武部単独

コース:長衛小屋~仙水峠~駒津峰~甲斐駒ケ岳~駒津峰~双児山~北沢峠



 今年の干支はウマ。ということで馬・駒の名がつく山を登ろうと思いついた。

 干支の数にちなんで12山だ。一月に奥多摩の馬仏山(723m)に最初に登り、甲斐駒の前で9山を数えるまでになった。
 ところで駒ヶ岳と名のつく山は全国に20座位あるといわれているが、その最高峰が甲斐駒ケ岳で、最低峰は2月に行った越生駒ヶ岳(363m)だ。
 甲斐駒は本来なら会山行(L佐治)で行く予定であったが、残念ながら雨で中止。その後の皆さんの日程が合わないということで、今年中に何としても登りたかった私の単独になってしまった。              


 今回泊まった長衛小屋は、北沢峠から10分ほどの所にあり、最近リニュアルしたということで小奇麗だ。当日の宿泊客は7~8人なのでゆったりと過ごすことができた。
         
 翌朝5:00出発。外気温はマイナス1度である。ダウンジャケットを着こみ寒さ対策はバッチリ。満天の星空を眺めながら、真っ暗闇のなかを歩き始める。
 登山者と会うこともなく、暗闇の中を一人で歩くのは気持ちのいいものではない。 

 30分で仙水小屋に着。この辺りから空が白々としてくる。と同時に気温が上昇してきたのか、ダウンを脱ぐ。               

 6:10仙水峠に着いた。樹林帯を抜けて見通しが良くなる。正面に摩利支天が、東には鳳凰三山の地蔵が岳のオベリスクが、そして振り向けば雪を被って真っ白な仙丈ケ岳を眺めることができた。
                      
 峠を越えると急な登りになってくる。一時間ほど登り、振り返ると雪で真っ白な北岳が見えてくる。ここから眺める北岳は、尖鋭な形に見えて恰好いい。
    
 7:40駒津峰(2752m)に着。ここで一休み。西に目をやると、今年の8月に登った御嶽山の噴煙が見られ、東には地蔵が岳の後方に富士山が眺められた。

 数日前に降った雪が所々に残っているが、特に問題は無い。しばらくして直登ルートとまき道の分岐になり、今回はトラバース気味に登る。

 9:15山頂に着いた。360度の展望だ。近くの南アルプスはもちろんのこと、中央アルプスや北アルプスまでも一望できて大感激だ。

9:30出発。摩利支天はパスし、先を急ぐ。駒津峰は朝と違って登山客で一杯だ。双児山を通り北沢峠に12:50着。
 13:30発のバスに間に合いひとまずほっとする。ウマ年の山は、駒津峰と甲斐駒2座を加えて11山になる。目標達成まで残りはあと1山だ。


  ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№216から転載

秀麗十二景の10番目の九鬼山(970m)= 開田守

平成30年2月14日(水) 

参加メンバー:L武部実、岩渕美枝子、中野清子、古賀雅子、開田守の計5人

コース:禾生駅~杉山新道~九鬼山~紺場休場~分岐~田野倉駅



 九鬼山は大月市選定の秀麗十二景の10番目の山稜である。集合は富士急行線の禾生駅9:50である。
 富士急線の大月駅から3つ目の禾生駅(421m)から、国道139号線を大月方面へ15分ほど歩き、リニア新線の高架手前の桂川を落合橋で右に渡ると、九鬼山への表示があった。
 平行して古いレンガ造りの落合水路橋がある(発電用のものだそうです)。

 その水路橋のトンネル(天井から氷柱があった)を抜けると道標があって、左は愛宕神社経由の道、右の杉山新道へ行く。枯れ沢に沿ってチラホラ雪のある道を行く。途中には水道用ホ―スの穴が空いていて、その水の飛沫が凍ってきれいな氷になっている。
 急坂をジグザグ登る道は倒木が目立ちます。やがて凍りついた雪道になったので各自アイゼンを付ける。

 何回かのピークを味わい、ようやくさらにもうひと登りで富士見平になる。見事な富士山が自己主張していた(12:07)。天気が良くてよかった。
 ここで日当たりのよい暖かい所で昼食をとる。20分ほど昼食休憩してから山頂へ向かう。数分で九鬼山の山頂には12時47に着いた。

 以前には富士山が眺められなかったと聞く。今は少し伐採されていて見られます。三角点にタッチしてから、北東になるのか尾根を下っていく。
 急な雪面もあって危ない道である。トラロ―プもあったがたるんでいて、これも危険だ。岩場もある。ゆっくり慎重に行く。

 やがて小広い平地へ。ここが紺場休場か、でも道標はない。少し行ってから田野倉駅への分岐へ。まだ雪があるけれど、そろそろアイゼンを外そうかと思って下る。

 雪もなくなったところで、もういいかとアイゼンを外す。やがて林道へ出る。ここは少し凍っているので注意を要する。田野倉駅へと歩きだす。15:23発の大月行にようやく間に合った。

 天気がよいのが何より。私は秀麗十二景の登ってないところは4つほどまだあります。富士山が眺められるのは五分五分、季節は冬がいいのでは。都留市にも二十一秀峰が選定してあるそうだ。

 大月市の山の道標で、真ん中に紫色のロゴがあるのは、猿橋を似せたものかと思っていましたが、大月市郷土資料館の職員さんに聞いたところ、旧笹子トンネルだそうです。反省会は大月で。


ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№223から転載