登山家

「山の日」大崎上島・神峰山大会=『初潮のお地蔵さま』 【冒頭の一節】(4)

 うすい単衣(ひとえ)姿の13歳の恵美(えみ)が、女郎屋(じょろや)『立木屋(たちきや)』に連れてこられてから、すでに2か月半が経(た)つ。

 清楚な娘にはおよそ縁遠い場所だった。
 立木屋は、大崎上島の木江(きのえ)港にあり、『一貫目(いっかんめ)遊郭街(ゆうかくがい)』と呼ばれる目立つ場所にあった。

 朝日が昇るまえ、室内がうす暗いうちから、彼女は働きづめである。釜戸(かまど)に枯れ松葉をつかって火を熾(おこ)す。土間の窓ガラスまだうす闇で、恵美のはたらく姿が写る。
 細面の恵美は、二重瞼で、目鼻立ちがはっきりしている。艶(つや)のある黒髪は、後ろで束ねて輪ゴム一つで結ばれていた。

 台所の一角には、近所の造船所の廃材が積み重ねられていた。恵美はそれを鉈(なた)で細く割り、釜戸に入れて赤い火を大きくする。

 釜戸の火が上手(うま)くまわると、ぞうりを脱ぎ、板の間の食堂にあがり、折り畳み式の長テープを3つならべる。それぞれの四脚を開く。背丈ほどの戸棚(とだな)から、姐さんたち7人の食器、箸、湯呑み茶碗をテーブルにならべていく。

「順番がまちがうと、姐さんたちから癇癪(かんしゃく)玉(たま)を投げつけられる。この位置で大丈夫かしら」
 食器類を個々におく位置すら、彼女は慎重(しんちょう)にも慎重をきす。それとは別に、立木家の四人家族用の食器類をお盆にのせはじめた。


「もう6時まえ。急がなければ……。朝帰りの早い船員がいると、たいへん」
 彼女の視線が壁のながい柱時計にながれた。
 帰りぎわの男の顔を見たらいけない、といわれている。泊り客が帰る前に、玄関を掃除しておかないと叱られる。

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「山の日」大崎上島・神峰山大会=『ちょろ押しの源さん』 【冒頭の一節】(3)

 祖父の大学ノートが押入れの片隅から見つかった。セピア色に染まったノートの書体は古い。

 祖父はいっとき瀬戸内海に浮かぶ大崎上島の木江(きのえ)中学校の教員だった。ノートを読む私には、祖父の島嶼(しま)の生活やしごとメモにさして関心がなかった。

 一方で、克明に記載(きさい)された『ちょろ押しの源さん』には、つよくこころが引き込まれるものがあった。
 太平洋戦争の敗戦後で、世のなかがまだ食糧難のとき、ひときわキラキラ輝いていた港町があった、と祖父は特徴を書いていた。これは日記かな? 祖父は小説家に憧(あこが)れていた節があったようだから、取材メモかな。どちらにでもうけとれる内容だった。


 祖父の古い大学ノートをもった私は、真夏に、現地の島を訪ねることにきめた。呉線の竹原港から、大崎上島行きの高速連絡船に乗船した。
 瀬戸内の澄んだ青い海上に浮かぶ、どこか富士山に似た名峰があった。


 わたしの視線の方角を知ったのだろう、乗船客の年配女性が、
「あれは神峰山(かんのみねやま)よ。悲劇のお地蔵さんが数百体もあるの。いまでも、大切にされてね。夏場は、みんなして冷水をくみ上げて、お地蔵さまを水で洗って、磨いて、亡くなった若い娘たちを祈ってあげているのよ」
 とおしえてくれた。

 その数の多さにおどろかされながら、どんな悲劇なのか、と問う間もなく、高速艇が大崎上島に到着した。

 祖父が『ちょろ押しの源さん』を書いたのは昭和20年代後半だろう。祖父とちょろ押しの源さんは、ともに将棋が好きだったらしい。

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第1回 祝日「山の日」大崎上島・神峰山大会=数百体の石仏に、鎮魂の祈りをささげる(2)

 この島は、瀬戸内海で最大の離島です。名峰・神峰山(標高452m)の山頂からは、日本一の大小115島が眺望できる、絶景です。

 さらなる特徴として、多くの幼い少女、若い娘さんがお地蔵さんとして祀られています。


 室内会場:大崎上島町観光案内所2階 ( 白水港フェリー乗り場から徒歩1分)


開会の挨拶は、大崎上島地域協議会・事務局長  榎本江司 さん (左)


 国民の祝日「山の日」は、昨年(2016年)から、世界で初めて「山の恩恵に感謝する」ことを掲げました。
 このたび、大崎上島において、8月11日の祝日「山の日」に、大崎上島・神峰山大会を開催することができました。


 どんな悲哀があったのか、時代背景などを朗読・小説で知ってください。そして、鎮魂歌の演奏を聴いたうえで、皆さんで神峰山に登り、「悲哀のお地蔵さんを洗う、磨く、祈りましょう」 


 司会  平見健次 さん (右)

 朗読 三原 みずえ さん

     濱本 遊水 さん

 穂高健一が献じる、小説「神峰山物語」の朗読会

   第1部 「ちょろ押しの源さん」

   第2部 「初潮のお地蔵さま」

   木江港の遊郭街に生まれ育った作家が、亡き若き女性が石仏になった悲劇を小説化しています。


音楽演奏者

      Duo de naranjo(デュオ・デ・ナランホ)

・三須磨 大成さん(ボーカル・ギター)

・三須磨 利香さん(ボーカル・パーカッション)

  


 * キューバ音楽による鎮魂歌を聞き入る。



 悲劇の少女達への鎮魂ミニコンサート
 
 大崎上島町の木江町は、明治時代から昭和33年の売春防止法が成立するまで、瀬戸内の最大級の遊郭があった。そして、多くの悲劇が生まれた。


 * チャーターしたバスで、山頂近くの駐車場まで移動しました。~ ハンドタオルや水(ペットボトル)は事務局から参加者へ配布されました。
  
 登山道に点在する石仏を洗い、磨き、拝んでいきました。

  石仏の巾や前掛けを付け直します。
 

                       【つづく】        

第1回 祝日「山の日」大崎上島・神峰山大会=数百体の石仏に、鎮魂の祈りをささげる(1)

 大崎上島は、瀬戸内海で、最も大きな離島である。(離島振興法による)。平成の大合併では、周辺の島々は、地方都市に吸収されてしまった。
 しかし、この大崎上島町は、広島県の豊田郡で唯一の市町村として残る。

 この離島で、「山の日」をやろうよ。なぜ?「海の日と勘違いしているんじゃないの」ということばも飛びだしてきた。そうだろうな、瀬戸内海のど真ん中で、「山の日」だから、おどろかれるのは当然だ。

「神事の回伝馬競争、サマーフェスティバル、盆踊り、諸々の行事が立て込んでいる。お盆の時期は、島にはイベントがたくさんある。そんな手が回らないよ」

 8月11日は、ナショナル・ホリディ―だから、別の日にやろう、というわけにもいかない。国家が決めた祝日だから。

「ともかく、やろうよ」 

 広島県・大崎上島町で、平成29年8月11日(金)山の日(国民の祝日)に、11:00~15:00、イベントが開催された。
『第1回 祝日「山の日」大崎上島・神峰山大会』で、主催者:広島県・大崎上島町地域協議会(藤原正孝会長)、後援:全国山の日協議会(谷垣禎一会長)である。

 大会名:悲劇の石仏を「洗う」「磨く」「拝む」~神峰山(かんのみね)の石仏を清める登山の日

 瀬戸内の名峰・神峰山は、昨年『しま山100選』に選ばれた。北は利尻富士とか、南は屋久島の宮浦岳とか、その著名な山と肩を並べている。

 神峰山(標高452m)の山頂から、日本一、大小115島が眺望できる、絶景である

 この島は、明治初年からに昭和33年の売春防止法の制定まで、約100年間近く、瀬戸内随一の遊郭が発達した「木江港」(きのえこう)があった。

 明治から戦争の連続で、暗い時代だった。富国強兵だから、国税は軍事費につかわれてしまい、国民の社会福祉や民の生活向上には回ってこない。挙句の果てには、太平洋戦争の敗北で、国民はさらに飢えてしまった。

 この間、「貧乏人の子だくさん」という言葉が日本を支配していた。「口減らし」「満州や海外移民」「ひそかな間引き」とか、食糧に対する過剰人口であった。貧困や食糧難の犠牲になったのが、口減らしの対象となった少女や若き女性だった。

 遊郭に、5~10歳で売られてしまう。そのうえ、14、5歳になると、青春を愉しめず、
「日々、身を売って、親や兄弟に仕送りする」
 という貧困家庭を支える働き手になった。

 遊郭の劣悪な環境の下で、結核や性病、過酷な精神的・肉体的な負担から、いのちを落とした少女や若い娘が多い。
 遺骨が引き取られない、あるいは帰っていく先がなくて、無縁仏になる。

 この島の尼僧が、明治初期から昭和50年代まで、3代にわたり庵を守りつづけてきた。こうした不幸な子どもたちが亡くなると、お地蔵さんを作ってあげる。そして神峰山に奉じてきた。その石仏は、数百体ある。

 島人がいまなお赤いエプロンを着せてあげている。個人なのか、団体なのか、それはよく解らない。

「山の日」に、時代の犠牲となった少女・若き女性たち数百体の石仏(お地蔵さま)に、鎮魂の祈りをささげることにした。

                    【つづく】

第1回 祝「山の日」大崎上島・神峰山大会=ことしからスタート・8月11日

 目的
〇 国民の祝日「山の日」は、昨年(2016年)から世界で初めて「山の恩恵に感謝する」ことを掲げた。
 この祝日に、瀬戸内の名峰・神峰山(しま山100選)に眠る、売春の犠牲となった少女・若き女性たち数百体の石仏(お地蔵さま)に、鎮魂の祈りをささげることを目的とする。


1.主催者:広島県・大崎上島町地域協議会
後援 : 全国山の日協議会 (谷垣禎一会長)


2.開催の内容

大会名:悲劇の石仏を「洗う・磨く・拝む」~神峰山(かんのみね)の石仏を清める登山の日

開催日時:平成29年8月11日(金)山の日(国民の祝日) 11:00~15:00

会場:大崎上島町観光案内所2階

          * 白水港フェリー乗り場から徒歩1分

          * 住所:大崎上島町東野6625番地61/電話:0846-65-3455

3.参加費: 1000円 昼食、お茶、石仏を磨くハンドタオル代等として

4.スケジュール
 11:00 開会挨拶:大崎上島・木江出身の作家・穂高健一
                (日本ペンクラブ広報委員、日本文芸家協会会員)

 11:10 穂高健一が献じる、小説「神峰山物語」の朗読会

   第1部 短編小説「ちょろ押しの源さん」(400字詰め約40枚)

   第2部 中編小説「初潮のお地蔵さま」(400字詰め約60枚)

   木江港の遊郭街に生まれ育った作家が、亡き若き女性が石仏になった悲劇を小説化した

12:00 神峰山頂上へ移動

 * チャーターしたバスで、山頂近くの駐車場まで移動 

~ 山頂・展望台で昼食  

13:00 悲劇の少女達への鎮魂ミニコンサート

  南米ミュージシャン(ミスマ夫妻)が山頂で鎮魂曲を奏でる

13:20 登山道に点在する石仏を洗い、磨き、拝んでいく

 タオルや水(ペットボトル)は事務局から参加者へ配布、石仏の巾や前掛けを付け直す

15:00 山頂・石鎚神社前にて解散
          * 希望者は駐車場まで戻り、バスで案内所まで移動

【大崎上島・特徴】

・大崎上島は、瀬戸内海で最大の離島です。(離島振興法にもとづく)

・神峰山(標高452m)の山頂からは、日本一の大小115島が望める絶景です。
 北海道から九州まで厳選された名峰『しま山100選』(公財・日本離島センター)にも、神峰山は選ばれています。日本最大級の眺望です。

・大崎上島町・木江港の街には、明治時代から昭和33年の売春防止法が成立するまで、瀬戸内の最大級の遊郭があった。
(おちょろ舟で、女性が身を売っていた)。そして、多くの悲劇が生まれた。

6.問合せ先: 同実行委員・事務局 平見健次 090-1659-5722

入笠山(1955m)=武部実

入笠山 標高1955m
               
平成23年 1月26日(水)曇り

参加メンバー:L 飯田慎之輔、武部実、佐治ひろみ、石村宏昭、大久保多世子

コース:京王八王子駅 8:10 ~ 富士見パノラマスキー場駐車場9:45 ~ ゴンドラ山頂駅10:45 ~ 入笠山山頂11:50 ~ 大阿原湿原13:30 ~ 14:50ゴンドラ山頂駅 ~ 駐車場16:10 ~京王八王子 駅17:45
 
 京王八王子駅に8時に集合し、飯田さんの 車に5人乗って出発する。平日とあってか渋滞もな く、順調に富士見パノラマスキー場駐車場に 9:45に到着できた。

 ここでオーバズボンをはいたり、スパッツを取り付けたりと、雪山への備えをすます。飯田さんは、スキーを担いで滑って下山するからゴンドラの片道券の購入である。他の4人は往復券(1600円)を購入した。

 ゴンドラは10数分で、 標高1050mの麓から1780mの山頂駅まで、 一気に運んでくれる。山頂駅からは、正面ゲレ ンデのかなたに、八ヶ岳連峰が雄大な姿を見せ てくれたが、頂上付近はあいにく雲に隠れて、残念ながら見ることは出来なかった。

 10:45に、アイゼンを装着して出発する。スキー客以外で、山登りするのは我々のパーティのみ。足跡のないパウダースノーの新雪を踏みしめて、歩き始める。
 歩いて20分ほどですると、石村さんのアイゼンの調子悪いと言い、カンジキに履き替える(用意周到です)。カンジキはこの後も、新雪のところで威力をおおいに発揮したのである。道路から30分ぐらい登ると、頂上に11:50に到着した。

 山頂には我々の他には2人のみ。本来ならば、八ヶ岳連峰から富士山、南アルプスから中央、北アルプスまで一望のはずが、残念ながら雲がかかって望むことは出来なかった。

 ただ、眼下には諏訪湖が半分望めるだけであった。風がでて、小雪もちらほら舞って寒く、記念写真を撮って下山を始める。

  下山コースは登りと反対側で、急な雪道は滑り台と同じ要領で、快調に滑って行く。降りて道路に出たところが「首切り登山口」(名前がよくない!)。むかし高遠藩の武士がここを通ったさい清水で、水を飲んでいたときに追いはぎに遭い、斬られたところから首切り清水という名がついたという。

 ここから道路を20分ほど歩いて、大阿原湿原に到着する。ここで昼食だが、小雪まじりの風も吹いてきて、手もかじかむほどの寒さだった。
 しかし、飯田さんがおでんを作ってくれたおかげで、お腹も温まり、ほっと一息つけた。本当においしかった。

 昼食後は、膝までもぐりながら、雪の湿原内を散歩する。ちょっとした冬山気分で、ラッセルする大変さんを実感したりして楽しかった。

 13:50に湿原を出発する。帰りは道路を歩いて戻るコース。ここで威力を発揮したのが、カンジキの石村さん。ヘアピンカーブはショートカットで、新雪のなかを突き抜けていくのである。
 14:50に山頂駅に到着した。飯田さんはスキーで、3Kmのコースを滑走し、4人はゴンドラで下山。レストランでお茶をし、16:10に出発する。帰りも順調で、八王子に17:45着した。
 4人だけは軽く反省会をして帰途につく。飯田さんご苦労様でした。


 ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№139から転載

積雪のように見える淡雪山(706m)=関本誠一

淡雪山 標高706m

日時:2011年4月25日(月)晴れ

メンバー:L 佐治ひろみ、本多やよい、大久保多世子、石村宏昭、関本誠一 (計 5名)

ルート:穴口峠登山口 9:10 ~ 興因寺山 9:30 ~ 10:10 淡雪山 10:25 ~
千代田湖 11:40 ~ 12:00 白山展望台 13:00 (昼食) ~ 湯村温泉 15:00 (合計 5時間50分)


  集合は甲府駅に8時半だった。東京の出発組はかなりつらいが、新宿発7時のスーパーあずさで間に合う時間だ。
 今日行くところは、甲府盆地北縁にある山で、駅からは穴口峠登山口にタクシーで向かう。歩き始めて数分で、穴口峠に到着した。
 今回のコースは、旧来の古湯坊温泉からのルートに対し、約1時間ショートカットしたルートデアル。
 峠から古湯坊、淡雪山への標識を見ながら、急登の登山道に入る。それでも出発してから20分ほどで、本日の最高峰「興因寺山」(854m)に到着する。小休止したのち、尾根沿いを登ること40分で、今日の目的地「淡雪山」に到着した。
(淡雪山山頂にて)
ピークというよりも、花崗岩と白砂が露出した尾根の一部(岩場)で、山名は遠くから見ると雪が積もっているように見えることに由来するそうな。

 その山頂らしきところには、1本の松が生え、花崗岩の白砂に溶け込んでいるようで、まるで絵に描いたような景色。またこの日は天気がよく青空のむこうに雪を頂いた富士山、南アルプスが眺められるし、山の美しさに、ただ言葉をうしなう感じだ。

 写真を撮ったりなど、15分ほど休憩した後、金子(きんす)峠に向かう。
 途中宗教団体の施設らしき横を通り過ぎるが、静かで景色のよいところだけに、立派な建物はかえって違和感を覚え残念である。
 金子峠を横切って、ふたたび山道に入る。倒木、枯れ枝が散乱して、かなり歩きずらい。だが、1時間ほどで、反対側の舗装道路に出て、迂回するように千代田湖に向かう。

湖畔から白山展望台までは、階段状の登山道が続き、道の両側はヤマイワカガミの群落があった。それ以外にイカリソウなど、多くのお花が咲き乱れており、本多さんからいろいろ教えてもらったものの、あまりにも種類が多すぎて、男性陣は途中からギブアップしてしまった。

 白山展望台には12時に到着する。山頂には東屋があり、ここでランチタイム。1時間ほど休憩した後、下山ルートの八王子神社を祭っているピークなどを通り過ぎ、甲府市街を眺めながら湯村温泉に下山。バスで甲府駅へ、立川で途中下車して簡単な反省会のあと帰宅の途につく。
今回は甲府の山に詳しい本多さん推薦の

①淡雪山
②白山を巡る花山行でした。

 またスタート地点の標高が800mで、標高差が少なく一見楽そうにおもえたが、起伏の多い尾根道が結構きつく、且つ山名も登山道も地図に載ってなく、頼りになるのは赤テープのみのルートでかなり気を使いましたがとても楽しい日帰りハイクでした。

ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№211から転載

山頂は広角の展望が楽しめる青梅長淵丘陵・赤ぼっこ(410m)=栃金正一

青梅長淵丘陵・赤ぼっこ 410m

1.期日 : 2016年12月17日(土)晴れ

2.メンバ: L栃金正一 渡辺典子 武部実 佐治ひろみ 石村宏昭 大久保多世子 
市田淳子

3.コース: 宮ノ平駅~要害山~天狗岩~赤ぼっこ~旧二ツ塚峠~天祖神社~青梅駅


 今日は、青梅長淵丘陵を歩く。天気が良く絶好のハイキング日和である。

 8:45、宮ノ平駅に集合した。メンバーは総勢7名である。山歩きの支度をして出発する。
 駅前の青梅街道を奥多摩方面に行く。左側には、これから行く長淵丘陵が連なってみえる。多摩川に架かる和田橋を渡り、吉野街道に出て稲荷神社の脇を行くと天狗岩への道標がある。

 細い坂道を行き、民家を過ぎると、登山道に入る。落ち葉の積もった九十九折りの道は、急だがしっかりしている。
 しばらく登ると、尾根上の梅ケ谷峠への分岐に到着する。ここから愛宕山へピストンで行くことにする。急坂を下り、平坦な樹林帯を過ぎるとも急に目の前が開けた。9:40に、愛宕山に到着する。

 山頂には、小さな祠と古い標識がある。そばに立つと、青梅の街並みと、先ほど渡ってきた和田橋が赤く色鮮やかに見える。

 山頂で少し休憩した後、分岐に戻る。
 尾根道は広くてしっかりしているが、アップダウンが以外と多い。急な木の根の露出した坂道を登り切ると、林の中の平坦な広いところに出る。

 10:00に、長淵丘陵の最高地点・412mの要害山に到着する。ここにも古い標識がある。

 更に先に進み、急な木造階段を下り、平坦な道をしばらく行くと、天狗岩への分岐に出る。往復で20分位なので、行くことにする。
 急な幅の狭い階段を下ると、今度は急な登りになる。木の根がむき出しになっている踏み跡をたどって行くと、大きな岩場になっている天狗岩に、10:30に到着した。
 天狗岩からの展望は良く、青梅市街地や青梅丘陵などが一望できる。

 展望を楽しんだ後、足場の悪い急な下りを慎重に降り、分岐の尾根道に戻る。更に10分位、行くと左方向が開け、赤ぼっこに10:55に到着する。
 山頂は広々として展望が良く、遠くは筑波山やスカイツリーなどが見え、奥多摩方面は、大岳山、御岳山、三室山等が見える。


 昼食後は、記念写真を撮り、11:45に出発する。広々とした道をしばらく行くと、金網のフェンスがあり、その向こうには日の出町の廃棄物処分場が見える。
 フェンスに沿った道を進んで行き、旧二ツ塚を越え、整然と整理された青梅市公園墓地を過ぎると、長淵丘陵の最終地点の大きな杉の木がある。ここが天祖神社で13:00に到着した。

 お参りをして休憩後は、神社の急な階段を下り、青梅市街に向かう。昔の映画の看板等があるレトロな青梅の街並みを見学し、青梅駅に13:30到着。駅前の喫茶店で、反省会を行った。天気に恵まれ、展望も満喫出来たハイキングでした。


 ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№212から転載

今年の初登りは大山(丹沢山塊) = 佐治ひろみ

山行 : 大山(丹沢) 標高1252m

日時 : 1月14日(土) 晴れ

メンバー : L栃金正一、開田守、佐治ひろみ

コース: 伊勢原駅 → 日向薬師バス停 ~ 九十九曲入口 ~ 見晴台 ~ 山頂 ~ イタツミ尾根 ~
柏木林道 ~ 蓑毛 → 秦野

 2017年の最初の山行は大山になった。
 今日の天気は晴れ。しかし第一級の寒波が来ているので、だんだん天気は崩れてくるらしい。山頂はどうだろう。寒いかな?

 伊勢原駅に集合し、8:15のバスで日向薬師バス停まで行く。トイレもある広場で、身支度を整え歩き始める。しばらくは道路歩きだが、途中のお寺の五重の塔や里山風景を見ながらウォ-ミングアップする。

 九十九曲入口からいよいよ登山道だ。名前の通りのジグザグ道を1時間近く登って行くと、見晴らし台に到着する。
 今まで寂しく登っていたが、ここは大勢の人が休んでいて流石である。大山は人気がある。小休止した後、出発する。今までは山の陰の杉林だったが、ここからは葉の落ちた眺めの良いコースである。
 明るくて、キツくて、おまけに雪もどっさりあって、登っていても、とても楽しい。大荷物の登山部の学生さん達と、抜きつ抜かれつしながら、11:55に山頂に着いた。

 

  土曜日とあって、山頂はごった返しの大賑わい。記念写真を撮った後、ベンチを見つけてお昼にする。

 丹沢の好きな所は、この海まで見渡せる景色の明るさだ。寒波の影響で、西の空は薄暗い雲だが、幸い真上は晴れていて寒さも、それほどではない。

 12:30に下山に入る。ここからは3人とも、アイゼンを付け、滑らないように慎重に慎重に下りて行く。そのかたわらを、軽装のトレランのグループはアイゼンも付けず、早足で下って行く。滑って転んでましたけどね。

 表参道への分岐から、私達はイタツミ尾根に入る。この尾根からは、雪をまとった富士山や丹沢の秀峰が眺められるので、好きなのだが、今日はとにかく寒い。
 風の通り道になっているらしく、冷たい風が容赦なく吹き付けて、さっきまでの穏やかさがウソのよう。寒さに耐えながら、ザクザクと下る。

 13:40に、ヤビツ峠付近から蓑毛に下る柏木林道に入る。その頃には雪も無くなり暖かく、皆アイゼンを外す。
 山際の良い道をサクサクと下り、水場を超えると、舗装された道路に変わる。

 14:50 蓑毛バス停に着くと、大勢の登山者が並んでいた。やはり、大山は人気があるなあ。まだ登って無いルートが幾つもあるので、ヒルの出ない時期に、是非また登ってみたい。

 ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№211から転載

富士山、南アルプス、丹沢の全容が楽しめる高尾山 = 賀井省子 

高尾山(599m)                  

日時:2017年1月28日(土)快晴

メンバー:L上村信太郎 ・ 高橋永仁 ・ 賀井省子 計3名

コース:高尾山入口 = 琵琶滝 = 3号路 = 山頂 = ビジターセンター = 薬王院 = タコ杉 = 清滝 = 高尾山口駅


 冬晴れの朝10時に、高尾山口駅を出発した。
 稲荷山との分岐に、キンギョツバキを上村さんに教えられ何度か通っている道だが、見落としていた。

 琵琶滝(びわだき)近くになると、読経が聞こえる。その後、水行が行われるかなと思いながら、脇階段を上り、3号路に合流すると、静けさを味わい、広い道には人影もまばらである。
 上村さんから、照葉樹林、常緑広葉樹、落葉広葉樹の話をしてくださり、一休みした後、頂上への登りに入った。
                 写真はキンギョツバキ

 大岳山、御岳山が、それとわかる特異な山容が目に焼き付いた。

 山頂からの富士は高々とそびえ、南アルプス、丹沢の全容が12時頃なのにさすがであった。

 昼食後、「シモバシラが出来てるかどうかな」と、山頂から紅葉台側へ下り見に行った。だが、斜面が少し乱れ、氷の花は見えず残念である。

 高橋さんは、初めての高尾山なので、帰路は薬王院を目指す。

 茶店では、破魔弓(はまや)と節分の豆が同時に売られている。杉苗の寄付者名には、北島音楽事務所など有名人の名札の連なりを眺めて下り、「10万円かな」と話をしながら、広いコンクリートの参道をたこ杉、野草園を通り、清滝まで下った。

 そうそう!ケーブルカーの乗り口には、北島三郎の銅像が置いてあったので、びっくり。さらに京王線が人身事故で、それぞれ高尾、分倍河原経由で帰路に着く。

 私の歩数計は、22,456歩であり、うれしい限りです。久しぶりの山歩き、ありがとうございました。



ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№210から転載