小説家

第10回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 エッセイ教室は10回目を数えた。提出された作品はいつもながら、個性豊かで、バラエティーに富んでいる。あえて作品に差を付けるとすれば、文章力と表現力だろう。

 しかし、エッセイは素材が勝負だ。となると、人生経験豊かな作者ばかりで、優劣はつけがたい。エピソードが面白く、楽しませるものから、人間の本質を深く追求している作品まで、幅が広い。

 女学生のとき、自殺を予告する青年に逢いにいった。かれのマントに、双肩から包まれた、翌日、かれは死んだ。強烈な恋の想い出。
 観たい展覧会があれば、さっとニューヨークに飛び立てるシニア・女性の国際感覚。
 戦前戦後の教育の違いを語り、作者が書き残しておきたい世界で、論理を展開していく作品。
 こうした素材に差をつけても無意味だし、ナンセンスだと思う。

 講座のスタートはいつも30分間レクチャーを行う。今回は初稿を書き終えたあとの【チェック・ポイント】についてアドバイスをした。初稿はやや多めに書く。推敲で削っていく。これがコツで、削るほどに文章は磨かれる、と具体的に示した。


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掌編・ノンフィクション 4月度学友会より 『ここはどこのお宅の座敷? 間違いました』

 4月度の学友会が、19日、五反田駅前のすし屋、『五輪鮨』で開かれた。元焼芋屋が馴染みとする店だ。参加者はいつものメンバーで5人。埼玉県・岩槻から足を運んできた元銀行屋は、五反田駅は最も遠い西の外れだと、難癖をつけていた。


 かれは20代の頃、戸越銀座の某銀行計算センターに勤務していた。そのせいか、目は懐かしさたっぷり。きょうの酒と料理への期待もたっぷり。難癖をいう割には、顔は笑っていた。

 学友会は難癖、皮肉、上げたりすかしたり、すべてが自由だ。言いたいことが好き勝手にいえる。朝令暮改も結構。発言にはいっさい責任などない。同時に、批判もされない。

 ビル・テナントの『五輪鮨』の小座敷に入ると、元焼芋屋が得意とする吹聴がはじまった。かれの従弟が佐賀県・唐津市にある川島豆腐のオーナーだという。従弟は元祖『ざる豆腐』の発案者で、超有名だと講釈を述べる。

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小さな生命の旅 (2)  【掌編・私小説】

 四万(しま)は静寂な山間のV字渓谷にある、細長い温泉地だった。旅館とホテルが混在し、裸樹ばかりの山の斜面にしがみついていた。妻と温泉街から外れて四万川沿いの道を登ってみた。奥まったところに国宝・日向見薬師堂があった。


 日本史が好きだから、神社仏閣を見るのは好きなほうだ。鎌倉、室町、戦国と、それらの時代へと思いをはせるのが好きだから。しかし、賽銭は入れない主義だった。
 
 妻は財布を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。神妙な態度で両手を合わせた。そして、ふり向いた。
「拝まないの?」
「賽銭をもってない。財布を持ってきていないから。賽銭をくれよ」
 私はこいに右手を差し向けた。
「ひとから借りて、拝むものじゃないわ」
 おなじ女性と長年にわたって夫婦をやっていると、それでその話題が終わる、とわかっていた。

 私が神仏を拝まないのは宗教的なものでもない。神仏が嫌いという理由でもない。神仏の助けを借りると、自分自身に甘くなる、という信念からだ。それは山登りとは無関係ではなかった。

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小さな生命の旅 (1)  【掌編・私小説】

 八ヶ岳・硫黄岳の登山で、4月4日、迂闊にもアイスバーンで足を滑らせ、滑落事故に遭ってしまった。岩盤に当たれば即死。『死』の境地のなかで、滑落しながらも、身体を停止できた。思いのほか長い距離を落ちた。約200メートルだった。


 裂傷は一ヶ所もなかったが、身体を点検すれば、かなり傷ついていた。雪上制動の最中には、顔面は雪で擦ることから(基本)、試合後のボクサーのように腫れ上がっていた。左足の膝は転倒のときに捻ったので、じん帯を痛め、膝間接が曲がらない。右足は打撲で腫れている。制動の摩擦から、右腕は二の腕の皮膚が全体に擦り剥けている。このていどは、生命の代償とすれば、あり得る状態だと自分では納得している。

 4日後の8日には、夫婦で四万温泉の一泊旅行の予定が入っていた。全身打撲の身体だから、自家で安静にしていたほうがいい、と妻がホテルのキャンセル料を調べはじめていた。私は取り消しに応じなかった。

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第9回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 小説やエッセイをよく読む人は、『自分でも、このくらい書ける』と思ったり、口にしたりする人がいる。実際にペンを持たせると、まず書けない。一作くらいはまぐれで書けても、後にはつづかないものだ。

 プロ野球のテレビ観戦で、ピッチャーの癖、打撃のフォーム、打球の処理など、ベテラン評論家なみに語るひとがいる。実際にグランドに立たせてみると、球はまったく打てない、走れば足がもつれてベース前で倒れてしまう。ある意味で、読書家はそれに似ている。読む目は肥えているが、書くことはダメなのだ。

 創作はつねに書き続けることにある。当教室では、毎月かならず一本はエッセイを書く。良い打球もあれば、凡打もある。打ち疲れもある。それでも書き続けることで、他人が読んでくれて、なおかつ感動する作品が効率よく書けるものだ。


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掌編ノンフィクション・3月度学友会より『恋人の顔を忘れた?』

 元教授が北千住で、安価でいい店があるという。6日、月一度のゼミ学友会・5人の集まりが、『大はし』で行われた。1977(明治10)年に創業した『大はし』は、東京で最も古い居酒屋のひとつ。玄関先には〈千住で2番〉と掲げる、ユニークな店だ。


『大はし』は旧日光街道(元の街道)に面している。創業が江戸時代だったならば、『奥の細道』に向かう松尾芭蕉も、最初の宿場町・千住の『大はし』に立ち寄ったかもしれない 

 ただ、昔の旅人の主たる目的は宿場町の遊郭遊び。芭蕉はいい居酒屋があったところで、わき目もふらず遊郭に飛び込み、女郎相手に遊んだり、呑んだりしたことだろう。奥の細道には、遊郭を詠む句が遺されていないので、残念ながら、これは推量にしか過ぎない。

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第8回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 エッセイ教室では、講座がはじまると、30分間のレクチャーを行っている。今回は会話文を取り上げてみた。
 散文の会話は臨場感が出るし、読み進みやすくなる。小説と同様に、エッセイでも会話は重要だと考える。他方で、会話の上手な人は将来、伸びるといわれている。主なものとして4つあげて実例を示しながら、説明した。
  ・ありきたりの会話は書かない。
  ・人物の容姿、性格、服装などを会話で語らせる。
  ・擬音は避ける。
  ・長い説明文を会話でやらない。

 各メンバーの作品を紹介していく。

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潮 流 (第7回いさり火文学賞・受賞作品・北海道新聞社)

              第1章

 タクシー運転手の広瀬哲也は、中年夫婦を乗せて函館空港にむかっていた。夫婦は島巡りが趣味らしく、これから奥尻島の観光に出向くようだ。潮の匂いがたまらなく好きだと語り合っていた。
 哲也はその話題にそれとなく協力するように、啄木小公園にさしかかると、運転席側のガラス窓をおろした。五月の空気には、潮の匂いとともに肌寒い冷気の残りが感じられた。
斜め上空には東京発らしいANAの機体が着陸態勢に入っていた。あの旅客機で到着した客を首尾よくひろえたならば、空港行きと帰りの効率のいい運行になる、ツキのある一日になるだろう、とかれは期待した。
 過剰な期待は失望を伴うことが多い。それがわかっていながら、遠距離の客がひろえる幸運を抱いてみた。

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獄  の  海 (第13回自由都市文学賞:佳作)作品

                            ※著作権付き小説。無断引用厳禁 

 いくつもの汽笛が白い潮霧の底を這ってきた。それぞれ違う音色だが、みな警戒心に満ちていた。一九九トンの練習船が狭い屏風瀬戸をゆるやかに航行していく。
 五月の霧が切れると、七尾湾の見なれた夕暮まえの風景となった。
 カモメが何度も船上を飛来する。濃霧がふたたび海面に流れると、港の情景に幕が張られた。と同時に、操舵室の窓ガラスが白い障子紙が張られたように、湿った半透明にもどってきた。

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第7回 「元気100エッセイ教室」の作品紹介

 新しい年に、新たなエッセイを読むのは心が弾むものだ。毎月作品を書き、他人の目で読んでもらう。この継続が力量アップにつながる。確実に、レベルアップしたという実感が得られた。同時に、一つひとつの作品に,味わいが深まってきた。

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