ランナー

東京マラソンは完走。結果はワースト記録? 好記録?

 第3回目となる「東京マラソン2009年」が3月22日、9時10分に東京都庁をスタートし、ゴールは東京ビッグサイトでおこなわれた。

 今回は3度目の正直で、初出場できた。ネットタイム(自分の時計)は4時間22分44秒だった。4時間を1分でも切りたいという、念願はかなわなかった。

 過去のフルマラソンは殆どが3時間40分台で、すべて完走。ノロウイルスの食中毒でも完走した「勝田マラソン」、取材しながら走った「かすみがうらマラソン」では、4時間台があるが、記録を意識した走りで、4時間台ははじめてだ。

 結果には不満だった。最大の反省材料は気象の読み違いだった。大会当日の気温は高いと判断し、短パンのみで、防寒スパッツは使わなかった。スタート前の整列段階から、曇天と風に震えてしまった。ストレッチくらいでは、身体が温まらなかった。

 昨年は100キロマラソンで完走した次女から、『4時間22分だってね。あの強風と人混み(ランナー)の中、このタイムは凄いよ。5時間ぐらいかかるかと思ってた』というメールを貰った。やや自分を納得させられた。

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東京マラソン・ゼッケンナンバー【27237】

 東京がひとつになる日『TOKY MARATHON 2009』が、3月22日(日)おこなわれる。9時10分に東京都庁をスタートする。
 私のエントリーはフルマラソン42.195キロだ。ナンバー(ゼッケン)は、【27237】と決まった。目標は4時間前後においている。

 
 大会当日のコンディションがよければ、4時間を1分でも切りたい。抽選が7倍強で、当たった、出場チャンスだ。それだけに、大会当日はやる気持ちを抑え、タイムよりも、ゴールを目指し、完走に力点をおきたい。

 過去2回の取材インタビューで、ランナーたちは広々した東京の道路で、名所をじっくり見られる、というコメントが多かった。一方で、私も楽しむマラソンを心がけたい。

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「走るぞ」。気合を入れたら、強い雨風だった。

 東京マラソンまで、残すところ2ヶ月を切っている。大会を視野に入れると、ロング走やスピードなどに練習不足がある。そこに焦りを覚えてしまう。

 急激な練習量アップは、からだに大きな負担を与える。故障の原因になりやすい。それが怖い。両膝と、左右の踵(かかと)が鬼門だ。過去には足を痛めて、階段の上り下りなど、一歩ずつ顔をしかめるほど激痛に襲われたことがある。そうなると、短期間には回復せず、東京マラソンの出場すら危ぶまれる。

 練習不足のまま大会当日を迎えたら、これも悲しい結果になる。
 1月30日と31日は、『走るぞ』と気合を入れた。取材など予定はいっさい入れなかった。ところが皮肉なもので、30日朝から、低気圧の通過で、東京は強い雨風となった。「何で、こんな日に雨なんだよ」と天を恨む。1日のなかで雲の切れ間がないか、と期待してみたが、虚しかった。

 他方で、これだけ強い風雨ならば、天気予報以上に低気圧の通り抜けは早そうだ、と想定した。
 31日の午前中も雨脚が強かったが、午後になると、想定通り、小雨になってきた。「走りはじめて身体が温まれば、多少の雨は問題ない」と、ジョギングの身支度をはじめた。膝の安全を保つために、シューズは底の厚いものを選ぶ。

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3度目の正直となった、『東京マラソン2009』のエントリー

 抽選結果が11月7日に出た。『東京マラソン2009』の「フルマラソンの部」(42、195キロ)に出場が決まった。抽選方法の透明性については、何度か批判をしてきた。それが拭えたわけではない。だけれど、エントリーが決まったからには大会に向けて努力したい。


 12月13日の夕方、他の取材で浅草・雷門にいった。日没後、折り返し地点にはイルミネーションの五重塔と、東京マラソン・3月22日の電光掲示板が光り輝いていた。次の大会は出られるのかと思うと、感慨深いものがあった。

 ことしは同場所で、取材をした。浅草芸者が櫓の舞台で太鼓を叩く、という情景が印象的だった。それら写真は記事のなかに組み込んだ。来年はランナーの目で見ることができるのだ。


 今年は「かすみがうらマラソン」に一度出場しただけだ。その後の練習不足は甚だしいものがある。人間は不都合な理由はかんたんに見つけ出せるものだ。
「きょうは執筆に追われているから、練習は半分だ」
「カルチャーの講師の日だし、遅れられないし、止めておこう」
「雨の日はムリして走ることはない」
 そんな口実は難なく出てくる。3日も、4日も走らない日が生じていた。

 これら半年間を省みると、月間で延べ100キロくらい。身体は重くなっている。ロング走はまったくできていない。このままだと、来年の東京マラソンは3時間台で走れず、4時間を越えてしまう。

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秋のジョギングは快走。都議員には東京マラソンの参加者枠があるの?

 彼岸が過ぎた。最高気温は猛暑のピークに比べても、10度近くも一気に下がた。市民ランナーにとっては練習量が増える、快い走りができる季節だ。

 一級河川・中川の土手には、彩の花が咲きはじめた。真っ赤な彼岸花が左岸の土手にずいぶんと目立つ。昨年は数輪ていどだった。ことしは群生している。繁殖力の強い植物なのだろう。alt=

 秋の虫たちはそれぞれの楽器を奏でる。耳にも心地よい。川面をなでてくる秋風が、汗ばむ肌に優しい。とくに、川沿いの夕暮れは情緒ある。

 ふだんはジョギングの速さで、中川の奥戸橋と平和橋を回るコース(3.5キロ)を3周する。10キロがふだんの練習量だ。一週間に3、4回と不本意な回数だ。そのうえ、最近はロング走にすっかりご無沙汰だ。

 走りたい気持ちは十二分にあるが、時間が割けないのが実態だ。強引に時間を割くには、フルマラソンの大会にエントリーすることだ。


 09年東京マラソンには、今年も申し込んだ。過去には2度も外れている。フルマラソンの部は、定員3万人に対して、申込者数 22万6378人だ。7.5倍だ。くじ運は悪いほうだし、当選の予感すらない。気力はいま一つ乗らない。
 
  2007年は定員2万5000人に対して、申込者数は 77,521人で、3.1倍
  2008年は定員2万5000人に対して、申込者数は13万0062人で、5.2倍

 ネットで出場を申し込んだ折、主催者のアンケートがあった。「申込み回数(抽選外れ)を優先するべきか」という趣旨のものだ。巷には選考にたいする不公平感が漂いはじめている。それらを意識しているな、と類推できた。

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真夏日の炎天下で、15キロ走る。目標は東京マラソン2009だが?

 東京メトロのコンコースで、東京マラソンのランナー募集のポスターを見た。気持ちが燃えた。少し性根を入れて走ろうと思った。このごろは怠け癖ではないが、2日に1日のジョギングで、それも平和橋、奥戸橋をコース(3.5キロ)を2周するていどだ。走るほうに時間が割かれていないのが実態だ。

 7月最後の日だ、きょうは20キロ走ろうと決めた。3年ほど前は真夏に減量もかね、月に数回は、葛飾から台場まで往って復ってきた。レインボーブリッジを背景にした台場・花火も横目で楽しんだものだ。それは45~50キロの距離だった。現在は格段に少ない走行距離だ。

 走りながら東京マラソンを考えた。2ヶ年も連続して、抽選に外れている。3度目の正直で当たるのかな、と考えた。社寺仏閣にいっても賽銭をだして拝まないし、神頼みはしない主義だ。くじ運は弱い。頼みの綱になるものはない。そうなると、来年の東京マラソンは期待よりも、失望が先立つ。

 昨年は2度目の抽選に外れたときは、実に腹立たしかった。長年の夢だった、「東京マラソン」をスタートさせた、石原都知事の力量は評価できる。しかし、運用面では、ピントが外れていないか、と思った。

 都民税の基本は都民に使うべきだ。東京都民の特別枠を作れ。そんな八つ当たりもしたくなった。
「東京都の祭りじゃないんだ。国際的なレベルのスポーツだ。東京都民のエゴの発想だ。地域のセクショナリズムだ」という批判が聞こえそうだが、心情はそんなものだった。

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100キロか。遠いだろうな。娘よ、それを走るなんて。

 次女から、4月28日にメールをもらった。
 第18回チャレンジ富士五湖100キロに出場した、その結果と状況について記されていた。
 霧雨の中でのスタート(朝5時?)だったという。やがて快晴となり、富士山、湖、満開の桜を眺めながら、完走したというものだ。タイムは、13時間27分と記す。100キロを走るなんて、私には時間的な感覚すらつかめない。かりに20時間でも、すごいな、と思う。他方で、どのていどの肉体的な過酷さか、想像すらつかない。
 
 フルマラソン42.195キロとはまったく世界のようだ。次女は完走が目標で、「いかにして体力や筋肉をゴールまで持たせるか」それをつねに考えながら走ったという。

 私がマラソンの世界に入ったのも、次女の勧めだった。「ハーフマラソンに出たら?目標をもつと、日々の練習に身が入るから」と薦められた。横田米軍基地内を走る。それが魅力で出場してみた。面白かったし、私でも21キロ走れるんだという感慨があった。

 しかし、フルマラソンなんて、別世界だと思っていた。「42キロは、ハーフと違った、充実感があるよ」と次女から話を聞いていても、のり気ではなかった。やがて、一度は体験として出場してみるか、とエントリーした。それも、面白かった。ある意味で、フルマラソンの境地を知ることができた。

 次女から100キロを完走したといわれても、驚愕のみ。とてもチャレンジする気などない。「エイドの存在意味がすごく大きかった」と記す。13時間も走り続ければ、腹も満たさないと、とても走れないだろう。

 「あと何キロだ」と考えると、走る気をなくす。だから、「次のエイドまで頑張ろう」と考えながら走った、沿道の応援にも励まされたという。

「100キロは、苦しく過酷だった。膝はボロボロ、身体中の筋肉は痛み、深く息が吸えない、吐き気がする…体中の全てが痛みきっている感じ」とゴール後の完走を述べていた。

 私のマラソンの指南役、植松二郎さんも著書のなかで、その過酷さを描いていた。一方で、私にも100キロマラソンを薦められたことがある。
「100キロか。遠いだろうな。それを走るなんて」
 私はつぶやくばかりだった。
 

ロング走・30キロは1年数ヶ月ぶり

 霞ヶ浦マラソン大会は4月20日だ。フルマラソンにエントリーしている。ここ1年以上は練習不足である。日常のなかで、2日に1度は10キロ前後走っている。だが、15キロ以上は皆無だった。
 大会を前にして、距離に不安がある。


 私の小説仲間で、良きマラソン・アドバイザーの植松二郎さん(ランナーズの筆者)が、かつて「フルマラソンの大会前に、1度は30キロを走っておくように」と助言してくれたことがある。過去の大会はそれを忠実に実行してきた。今回は意識のなかにあるが、顕在化していなかった。

 それが大会への不安であり、目指すタイムなど見当もつかない。2年前には、同大会で3時間34分の自己新を作っている。今回は4時間台か、5時間台か?レースの組み立てのイメージすらわかなかった。
 かつては登山で足腰を鍛えているだけに、長い距離には自信があった。しかし、今回はダメだろう、と観念していた。

 4月15日には思い切って、葛飾・立石の住まいから、葛西臨海公園まで往復することに決めた。ウェストポーチには、小銭とデジカメを入れた。単なる往復は27キロだから、中川の平和橋、奥戸橋を一周(3.5キロ)してから、荒川の土手に出た。そして「かつしかハープ橋」が目立つ左岸を南下した。

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デジカメとメモ帳を持って、フルを完走=かすみがうらマラソン

 4月20日(日)には、第18回「かすみがうらマラソン大会」が茨城・土浦市で開催された。フルマラソンの部に出場した。06年12月の「さのマラソン」(栃木・佐野市)以来の、1年5ヶ月ぶりのマラソン大会だった。レース勘から遠ざかっており、日々の練習不足から完走すら不安だった。

 同大会には次女と参加する予定だった。「おたがいにあらそわない」と約束はしていても、父娘が併走すれば、競争心が芽生える。オーバーペースから、途中でダウンしかねない不安もあった。


 昨(07)年4月のかすみがうらマラソン大会は、10日ほど前に八ヶ岳で滑落のアクシデントを起し、不参加となった。その後は満足な練習(ロング走やインターバルなど)ができていない。42キロの距離とスピードには不安があった。

 次女が「富士五湖100キロマラソン大会」と「かすみがうら大会」を二股かけてエントリーしていた。二週つづきの大会出場はムリなので、次女は100キロに出場と決めた。

 こちらとしては、気楽な走りができる、と歓迎だった。筋肉痛に気をつければ、体力的には6時間の制限以内なら完走はできるだろう、と読んだ。
 スタートからのんびり42.195キロを走っていては能がない。この際はランナーの目で大会を取材してみようと決めた。

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かすみがうらマラソン・エントリー

 茨城県・土浦市の霞ヶ浦で、4月20日(日)に実施される、『かすみがらうマラソン』のフルマラソンの部にエントリーした。過去には2度走り、自己ベストのタイムがつくれた大会だ。

 昨年4月4日、八ヶ岳・硫黄岳の山頂付近で滑落事故に遭った。その後遺症で、1ヵ月ほど走ることができなかった。運動不足から、左肩を脱臼したかのように、痛めてしまった。手が触れないことは、走れないことにつながる。満足に走れない日々が長くつづいてきた。

 昨年の秋、次女とふたり御正体山(山梨県)に登ったときに、「どこかマラソンに一緒に出ようか」という話になっていた。一方で、東京マラソンには申し込んだが、倍率が5倍で、くじ運が悪く外れてしまった。取材のみでは面白くなかった。

 そこで、2月末が締め切りの、「かすみがうらマラソン」にもうしこんだ。次女と久しぶりに大会で走ることになる。ちなみに、父と娘の勝敗は、たしか3勝3敗(ハーフ・マラソン大会を含めて)だったと思う。ラストで追い抜かれて、1秒違いで、負けたこともあった。

 次女はこの冬は、ずいぶん雪山に登り、マラソン大会には連続出場している。とても、かなわないだろうな。
 

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