100キロか。遠いだろうな。娘よ、それを走るなんて。
次女から、4月28日にメールをもらった。
第18回チャレンジ富士五湖100キロに出場した、その結果と状況について記されていた。
霧雨の中でのスタート(朝5時?)だったという。やがて快晴となり、富士山、湖、満開の桜を眺めながら、完走したというものだ。タイムは、13時間27分と記す。100キロを走るなんて、私には時間的な感覚すらつかめない。かりに20時間でも、すごいな、と思う。他方で、どのていどの肉体的な過酷さか、想像すらつかない。
フルマラソン42.195キロとはまったく世界のようだ。次女は完走が目標で、「いかにして体力や筋肉をゴールまで持たせるか」それをつねに考えながら走ったという。
私がマラソンの世界に入ったのも、次女の勧めだった。「ハーフマラソンに出たら?目標をもつと、日々の練習に身が入るから」と薦められた。横田米軍基地内を走る。それが魅力で出場してみた。面白かったし、私でも21キロ走れるんだという感慨があった。
しかし、フルマラソンなんて、別世界だと思っていた。「42キロは、ハーフと違った、充実感があるよ」と次女から話を聞いていても、のり気ではなかった。やがて、一度は体験として出場してみるか、とエントリーした。それも、面白かった。ある意味で、フルマラソンの境地を知ることができた。
次女から100キロを完走したといわれても、驚愕のみ。とてもチャレンジする気などない。「エイドの存在意味がすごく大きかった」と記す。13時間も走り続ければ、腹も満たさないと、とても走れないだろう。
「あと何キロだ」と考えると、走る気をなくす。だから、「次のエイドまで頑張ろう」と考えながら走った、沿道の応援にも励まされたという。
「100キロは、苦しく過酷だった。膝はボロボロ、身体中の筋肉は痛み、深く息が吸えない、吐き気がする…体中の全てが痛みきっている感じ」とゴール後の完走を述べていた。
私のマラソンの指南役、植松二郎さんも著書のなかで、その過酷さを描いていた。一方で、私にも100キロマラソンを薦められたことがある。
「100キロか。遠いだろうな。それを走るなんて」
私はつぶやくばかりだった。
