かつしかPPクラブ

区民大学講座の「写真と文章で伝える私のかつしか」2回目講座

 区民大学講座の「写真と文章で伝える私のかつしか」の第2回の講座は、梅雨の晴れ間の暑い日でした。写真の撮り方の復習。そして、記事の書き方として「メモをふくらませる」「気取らない」など、文章を書く上でのポイントを学びました。ぜひ練習して、自分のものにしてください!」(多田) 第2回だよりを作成しました。
 

 感想メモ

・三角法、S字、斜線、曲線の構造は、ことばだけではなく具体的写真で示していただけたら良く分かる。

・文章作成時に説明が少なく間のびした。文章の完成度は低くていいから、簡単にしてほしい。個人的にはパソコンが無く文章を作る事に問題有りです。

・次回の野外実習が楽しみだ。

・くだらぬ質問ばかりしてごめんなさい!大変勉強になりました。

・記事文章の書き方は大変勉強になりました。ブログの文章づくりに参考になりそうです。

・文章作成のコツが分かりました。

・実際に書いてみて更に学びたい。

・自分で記事を書いてみないといけませんね。

・絵を描いているのですが、デッサンから仕上げまで過程が同じであるように感じたので良かった。これからも続けていきたいと考えております。

・エプソンのプリンターではダメですか?エプソンでの方法はないですか?

・取材などは未経験なので難しそうですが、頑張っていきたいです。有難うございました。

・本日は記事の書き方を行う。写真から記事の参考になる項目を20項目程書き出してから、タイトル、サブタイトル、本文を作る。仮のものをまず書いて、写真を選んで再度文章を作る。なかなか難しかった。

・「記事の書き方」の講座。1枚の写真から文章を書いていく過程を丁寧に教えていただきました。今日も大変勉強になりました。

 「写真と文章で伝える私のかつしか」の第2回だより PDFで開けます

区民大学講座の「写真と文章で伝える私のかつしか」は9年目の開催

 かつしか区民大学講座が発足して8年目である。そのなかの一つの講座『プロのジャーナリストが直伝!写真と文章で伝える私のかつしか』がことしも開催されている。同講座は前年(2008年)には、プレー開催が行われているので、9年目になる。

 2017年度の講座は5月21日~10月1日の間に6回実施される。初回の講座内容が、同区教育委員会・生涯学習課によって、第1回だよりとして発行された。

 さまざまなアングルからの撮影方法など、非常に実践的に学ぶことができたのではないでしょうか。受講者参加・体験型の講座になっておりますので1つでも多く技を吸収できるよう、一緒にがんばりましょう!(事務局から)
 
受講生から、「ひとこと感想メモ」が掲載されています。

・短い時間でコンパクトに写真のとり方のこつを学べました。さっそく冊子を作ってみます。
・写真の撮り方、基本を実習出来うれしい。
 プロジェクターの字が見づらいが何とかなりませんか。パソコンの操作手順は2度繰り返して欲しい。メモをとるので。
・撮影会は参考になり、また、おもしろかった。
・これから楽しみに伺いたいと思います。
・パソコンの操作方法が若干わからなかった。
・写真をワードに貼り付けるはこれまでやったことがないので何とかマスター出来るようにしたいです。
・出来れば定時に終えてほしかった。
・大変面白い講座です。文章もワードもあまり得意ではありませんが、この機会に勉強させて頂きます。
 
「写真と文章で伝える私のかつしか」第1回だより PDFで開けます

曳舟、風情ある散歩道 田代 真智子 (3)

曳舟七橋 & 曳舟六橋



       


 4号橋辺りから小さな花が目に入り、春の気配を感じる。



⊿おわりに⊿

 めだかの小道を目的地と定め、歩き続け、冬の終わりを感じながら、始めた旅もいよいよ終盤を迎える。


 田植えを待つ田んぼ


 途中で釣りをしている子供たちや、水のない水路で走り回る犬がいた。ベビーカーを押し、散歩する家族連れ、買い物帰りにを横切公園を歩く老夫婦。ベンチでお弁当を食べるおじいさん。バスを待つ人。自転車で走り抜ける少年たちともすれ違った。


 曳舟川は、今では公園に姿を変え、江戸の頃から現在まで様々な人々の生活を目撃してきたのだ。

 旅人の足休めとして利用された曳舟、寺社に参拝に行く人々の交通手段としての曳舟に風情を感じた歌川広重らの浮世絵師が、葛飾の歴史を後世に伝えてくれたことに感謝し、敬意を表したい。


あとがき
 取材途中で花の名前や鳥の種類などを調べたり、曳舟があった地域や四つ木付近の参拝する神社やお寺にも興味を持った。

 だが、それらは専門書などで見ることができるので、この日、私の目に映った風景の記録としてまとめてみた。

 
 取材/撮影 : 田代 真智子 平成29年3月19日(日)


 参考図書:「葛西用水」曳舟川をさぐる 発行 葛飾区郷土と天文の博物館 (2001年7月5日)
             

※ 浮世絵師 歌川広重の本名、安藤重衛門。広重は号である。かつて安藤広重と表記されていたが、本人も号と本名を合わせて名乗ったことはない。

曳舟、風情ある散歩道 田代 真智子 (2)

⊿時代の流れ⊿

 途中、曳舟川親水公園を左に見てお花茶屋の踏切を渡ると、曳舟川の存在を忘れてしまいそうな風景になるのだが、川は、まだまだ続いていく。


 川の水も澄んできて、野鳥の姿が増えてきた。


 この先は、自然再生区域として水辺の小さな生物が生育しているのだという。


⊿親水公園で出会った野鳥たち⊿


⊿この日、公園に咲いていた草花⊿


                   【つづく】

曳舟、風情ある散歩道 田代 真智子 (1)

まえがき・・・・・・1

名の由来・・・・・・1


曳舟古浄水橋からスタート・・・・・・1


中の橋までたどり着く・・・・・・1


時代の流れ・・・・・・2


親水川で出会った野鳥たち・・・・・・2


この日公園に咲いていた草花・・・・・・2


曳舟七橋 & 曳舟六橋・・・・・・3


おわりに・・・・・・3


あとがき・・・・・・3


まえがき

 サントリー美術館で歌川広重の浮世絵「四つ木通用水引きふね」を観た。四ツ木の文字が目に止まり、葛飾区の住人として興味を掻き立てられた。


 そこで曳舟の地名の由来を知ったことで、曳舟川親水公園を歩いてみることにした。

 亀有駅から歩いて四つ木道の始まりを探し、めだかの小道までの小旅行である。江戸の昔が時の風に乗って現代まで届いているだろうか。

⊿名の由来⊿

 曳舟の名の由来は、人が、綱を肩に巻き、舟を引いたことから来ていると云う。

 江戸時代後期には、その風景を浮世絵や紀行文、旅行記などに多く描かれている。その記述によると曳舟があったのは、この曳舟川だけではないようだ。

 墨田区の小梅付近、亀戸天神付近や浅草寺などにも、曳舟が行われていたことが、街道絵図などに残されている。

 曳舟は、江戸の旅人には重要な交通機関であったのだが、明治に入り、人力車が登場し、交通手段の形が変化していく中で次第に消えていった。

 曳舟川の一部が曳舟川親水公園として生まれ変わり、四季の花や野鳥が訪れる人を楽しませてくれている。

 桜が咲く直前の公園は、華やかさはないが、散歩する家族やお弁当を食べる人、犬と戯れる人や、せせらぎで釣りをする子どもたちがいた。

 ゴミが落ちてあまり管理されていないのかと感じる場所もある。曳舟十五橋から進んでいくうちに、水はきれいになってきて野鳥をたくさん見ることができた。


 冬がまだそこにいるような枯れている樹木もあるが、咲いている野花もある。何より開花を待つ桜のつぼみが目にまぶしい。


⊿曳舟古浄水橋からスタート⊿

 曳舟川の始まりを探し、たどり着いたが、実際は、亀有六丁目の一之橋があることを後で知る。


 十四橋にはバス停がある。その昔の曳舟は、陸路になっていた。

⊿中の橋までたどり着く⊿


                  【つづく】
  

清貧の曙を開け「第8回かつしかミライテラス」 = 隅田 昭

まえがき

 新たな年を迎え、春が待ち遠しい1月29日の日曜日に、恒例の第8回かつしかミライテラスが、テクノプラザかつしかで開催された。
 この日は26社と9団体が集まり、個性あふれる地産商品を並べた。

 入口に向かうと、10時の開始を待ちきれない来場者であふれている。行列のお目当ては一番人気で表紙を飾る、お菓子作り体験コーナーだ。
 出展する菓子組合の職人から、PRを兼ねて実演していると伺った。
 取材は今回で3度目になるが、来場者数は増加傾向にあり、地域の祭典として更なる発展が見込まれる。

もくじ

1.小さなチャレンジ/和の喜びを知る
2.ぬり絵よりも簡単/夫婦で二人三脚
3.真剣つかみどり/地元民のたのしみ
4.べっ甲ひと筋半世紀
5.手作りのキズナ
 あとがき


1.小さなチャレンジ


 600円のクッキー作りは計6回で、各10名が貴重なチケットをゲットした。初々しいなりきりパティシエが生地を練るなか、ひときわ小さな女の子がいた。

 亀有から来場した上原栞子(しおりこ)さんだ。スマホで動画撮影中のお母さん、紗綾(さあや)さんにうかがう。
「フェイスブックで見つけて、前回も参加しましたけど、失敗しちゃいました。家にはオーブンがあるので、休日にはリベンジで、ときどき作らせています」
 今年はバレンタインで、大好きな父親にプレゼントするのが目標だそうだ。彼女のチャレンジは必ず身を結ぶだろう。

     和の喜びを作る


 和菓子作りは総勢100名の子供職人が腕をふるう。
 青戸から訪れた、二児の母の髙橋裕紀子さんに聞く。「広報紙を見て、初めて参加しました。手作りの和菓子が作れるなんて素敵ですね。
 クリスマスは家族みなでケーキを作りましたが、来年は正月で和菓子に挑戦です

2.ぬり絵より簡単

 松井形紙店が千円で、伊勢形紙の体験教室を開いていた。着物などの生地を、一定の柄や紋様に染色するために作られた、伝統ある技法だ。
 ゆるキャラを描いていた女の子に声を掛けると、「幼稚園のぬり絵よりも、カンタンだよ」と話してくれた。
 4月から地元の小学生になる、山田恋(れん)さんだ。

    夫婦で二人三脚

 伊勢形紙の体験教室で、恋さんにピッタリ寄り添う父親の山田賢一さんは、向かいで出展する若きオーナーだった。
 金属加工製品を扱い、終戦直後から立石に根ざしている、ミツミ製作所だ。
 奥さまの舞さんは白鳥の出身だが、結婚するまでは普通の会社員で、町工場の仕事に全く知識がなかったそうだ。
「出展する一昨年までは無我夢中で、夫と二人で会社を運営していました。ミライテラスはネットで知りました。試行錯誤ですが、アルミ製のコマやドングリ回しの体験販売をしています」


3.真剣つかみどり

 地元でお馴染みの北星鉛筆は、色鉛筆のつかみ取りゲームを開催していた。 亀有から来場し、お子さん二人と参加している、斉藤真理子さんが話す。

「回覧板を見て、去年は友達と来ましたけど、とても楽しい会場ですね。今年は初めて子供を連れてきました。何をしようか、ワクワクしています。とりあえずクッキーと和菓子の体験教室が面白そうでしたので、30分行列に並んで、チケットを頂きました。
地元の者でも町工場や工芸品には縁遠いですから、勉強にもなりますしね」

     地元民の楽しみ

 JAかつしかでは、大根や白菜、小松菜などの地産野菜を格安で販売する。奥戸から来場した、主婦の坂元康代さんから伺った。
「スーパーや商店街でも野菜はよく買いますけど、こちらの品物は毎回新鮮です。きょうは野菜鍋にします」


4.べっ甲ひと筋半世紀

 会場の一角でどこよりも人手をかけ、展示品が最も多そうなブースがあった。仕切るのは職人暦47年を誇る、山川べっ甲の山川金作さん(62才)だ。
 定番のカンザシや耳かき、靴べらはもちろん、ブローチやピアスにイヤリング、変わった品では、ギターピックやリングなどがズラリと並んでいる。

 記者は「べっ甲製品は海亀から採るのに、今でも制作できるのですか?」
「塩化ビニールより、優れている点を教えてください」と愚問する。氏が苦笑しつつも、丁寧に答えてくれた。

「海亀は世界中で泳ぐけど、ワシントン条約で規制されてから、輸出入が禁止されてしまった。個人的には復活してほしいけど、当分のあいだ原材料が入手できないな。ただ職人の技があれば、創意工夫でしのげるんだよ。在庫も合わせれば、俺が死ぬまで作れると思うけどね(笑)」


「試しに、これを触ってみなよ」(メガネを渡される)
「柄の部分がザラザラして、すべり止めの役割をしているだろ? 温もりがあるし、独特の味わいも出せる。もし赤ん坊が飲み込んでも胃酸で溶けるし、土に埋めても何年か後になくなるよ」


5.手作りのキズナ

 和菓子体験教室で父親が技を見せ後ろでは若い母子が声を枯らせた


あとがき

 町工場の製品というと、昔気質のコワモテな男が作るイメージがあるが、良い意味で時代とともに変わりつつある。
 ただ、べっ甲職人の山川さんに伺って、心が動かされる話があった。それは記者が明治や大正の文化が好きで、小説も読むと雑談した時だった。

「日本の明治や大正、元禄時代の芸術は、後世に残る力作ばかりだ。それじゃ、いまの物とどこが違うのかと言えば、昔の職人は自分の利益のためじゃなく、他人の喜ぶ顔を想像しながら働いているんだよな。
いまの人は苦労もせずに儲かりたい、有名になりたい、そんな身勝手ばかりを考えているよね。自分も偉そうに言える立場じゃないけどさ」

「昔の職人は最高傑作を愛弟子に譲ったり、娘の嫁入り道具で持たせたりするために、一心不乱に制作していた。金もないのに時間をかけ、様々な物を研究して、ていねいに仕上げている。俺も一生に一つくらい、あんな魂を込めた工芸品を手がけたいと思うよ」

 某国首相や大統領にも聞いてほしい。昔の職人は「清貧」で働いていたのだ。地位や財産より大切なのは、未来に生きる者へ貴重な歴史を残すことだ。

 自戒も含め、日常生活で実行すれば、清貧の心がきっと理解できるだろう。


◆ 写真・文・編集: 隅田 昭

◆ 撮影:平成29年1月29日

◆ 発行:平成29年2月17日


 一部あるいは全部を無断で複写複製することは、法律で認められた場合を除き、著作権の侵害となります。

願う下町の発展 第32回産業フェア(工業、商業、観光展)=隅田 昭


 表紙を飾るのは、地元の新宿中学校吹奏楽部の華やかな顔ぶれである。
 お馴染みフーテンの寅さんやジブリ映画のテーマソング、アイヌ民族のおごそかな調べに続き、軽快なマーチで締めくくり、会場は一体となった。


もくじ
  まえがき
1.父兄のまなざし/貴方色に染めて
2.日本のよろこび/お手軽な季節感
3.女心に応えます/童心にかえって
4.リユースは重要/親子の絆で経営
5.サルのあたしもひと仕事
  あとがき


まえがき

 ようやく猛暑が終わり、秋も深まった。心地よいシーズンの到来だ。そんな10月中旬に、第32回産業フェア(工業・商業・観光展)が、テクノプラザかつしかで開催された。
 このフェアは区内の産業と地域の発展、次世代を担う児童・生徒の育成という目標を、高らかに掲げている。



1.父兄のまなざし

 FMかつしかの司会から、演奏の感想を聞かれた新宿中学校吹奏楽部の顧問は、「今日は反省しないといけない。区民の皆様が喜んで聞いているのに、緊張で笑顔がない」と手厳しい。

 部員のひとりでユーフォニューム担当、佐保亜季さんの両親である、孝之さん、昌子さんご夫妻から話を伺った。
「部員はみな女生徒で、28名と聞いています。ウチの娘は受験生ですけど、家でも毎日、練習をしています。
 ずっとバイオリンを習わせていましたが、仲間と一緒が楽しいみたいです」


      貴方色に染めて

 ハロウィーンのカラフルな手ぬぐいが目立っていた。
 染付けの体験会を主催するのは東京和晒(わざらし)の社長、滝澤一郎さんだ。
 「最近は若いデザイナーに制作を任せています。100枚単位で制作し、約350種類あります。熱心なコレクターが多く、外国の方向けの


2.日本のよろこび

 香ばしい匂いに誘われ、福島県塙町の名産展で好物の焼き団子と干しぶどうをゲット。切り盛りするのは、ブラジルから帰化したサントス鈴木店長と店員の下重吉夫さんだ。

 店長は「日本で様々な方と話すのが大好き」と微笑んだ。
 鮎焼きを250本、団子は150本を用意したと語る。


       お手軽な季節感

 若きイケメンが、来場者に愛らしい鉢植えを薦めている。青戸サンロード商店会で老舗のハナヒデ花園だ。
 その加藤久弥さんから話を聞いた。
「祖父の話では、先祖は日本で初めてカーネーションを栽培した農家だったそうです。私もそれを誇りに、リッツカールトンで修行しました。
 新たな季節の訪れを手軽に味わえるのが、生花の大きな魅力だと思います。最近は保存技術の進歩で生まれた、プリザーブドフラワーが人気です。水分を除去しているので、3年ほどドライフラワーに近い感覚で楽しめます」


3.女心に応えます

 500円ハンドマッサージを声掛けするのは、青戸銀座商栄会ノエビア化粧品の社長、竹内恵子さん(写真右)だ。
 薬草を使用したオーガニックで、リンパ腺を刺激する。
 彼女は「女性はいくつになっても、若くて美しくなりたいという本能があります。  
ウチではご要望にお応えできます」と彼女は胸を張った。


     童心にかえって

 おもちゃの会で熱心に修理に励むのは、代表者の鈴木敏夫さんだ。75才の後期高齢者で子供向けの玩具ばかり触っている、と無邪気に笑う。

 国の研究機関で定年まで、長きに渡って専門技術職に携わっていたという。区民大学で講師の経験もあり、体力の続く限り奉仕したいと張り切る。

 「テレビゲームや時計じかけの玩具は、商売がたきになるから断っているよ。それにお宝鑑定団に出るような、高価な品も扱わない。純粋におもちゃを直して、喜んでもらいたいだけだからね」


4.リユースは重要

 プラスチック工業連合会では、実行委員のひとりである奥山孝一さん(写真)が、クリアファイルとカップを来場者に無料で配っていた。

 株式会社オリタニの若き経営者、折谷征晴さんが語る。 
「最近は回収されたペットボトルから、ハンガーや卓上カレンダーなど、様々な製品にリユースされています」


      親子の絆で経営

 ねじ連合会では古き良き昭和の工作機が、懐かしい音でネジを作っていた。 株式会社KYOEIの三代目、木村邦芳さん(33才)だ。

「ネジ制作の実演は13年前から始め、当時から人気だと聞いています。 弊社では携帯電話から自動車用まで、オーダーメイドで対応しています。
 中小企業は自分の考案した企画で、顧客から感謝されるのが励みです。

 子供の頃から家族の働く背中を見て育ったので、会社勤めをしたいと考えた経験は一度もありません」と語った。


サルのあたしもひと仕事

 静岡県出身のミルクちゃん(2才)人間に例えると、女子中学生かな?


あとがき

 産業フェアの今年のテーマは、「下町の宝/発見~葛飾の技術と味・匠の技」である。
「日進月歩」という熟語もあるが、デジタル技術の進展により、近年は「時分日歩」と言えるのかもしれない。今や死語かもしれないが、かつては、「ドッグイヤー」という言葉も存在した。

 IT業界では技術の進歩があまりに速いので、1年間が犬のように、7年分に相当するという意味だ。(もっとも最近はペット業界の医療技術も進歩しており、7年が5年分ほどに短縮しているそうだが・・・)
 恐らくその目まぐるしい変化が、様々な業界に浸透しているのだろう。
 ただ、いくら技術革新しようとも、最終的に使う人間の役に立たなければ、まったく価値を持たない。

 このフェアでは、取材に応じていただいた、いずれの組織も「お客様に喜んでもらえるが楽しい」と口を揃えていたので、記者は心から賛同ができた。
 1つだけ気になったのは、来場者には地域のお年寄りやお子さんが多く、休憩所やトイレの利便性が悪い点だ。次回からはぜひ改善してもらいたい。

 来場の皆さんがにこやかな表情だったので、来年以降も発展するだろう。


◆ 写真・文・編集 : 隅田 昭

◆ 撮影:平成28年10月15日

◆ 発行:平成28年11月18日


本冊子の一部あるいは全部を無断で複写複製することは、
法律で認められた場合を除き、著作権の侵害となります。

葛飾区中央図書館で、一か月間の展示コーナー(下)郡山利行


 数人の当クラブ会員が、それぞれ自分の特技を分担作業しての、手作り展示会だった。


 穂高先生紹介パネルの前の、ガラスケース上には、同区立鎌倉図書館と中央図書館のご協力により、先生の出版書≪海は憎まず≫、≪二十歳の炎≫、≪燃える山脈≫を、3冊ずつ、図書館貸出書として、展示期間置いてもらった。


 作品14冊の他には、2枚の当クラブ紹介パネルと、1枚の穂高先生紹介パネルを、展示し、壁面上部にはささやかながら、クラブ名の釣り飾りをした。

 今後、ほかの会場でさまざまな内容で展示する機会があるとすれば、葛飾区の行事・イベントや場所・景観・人物などのテーマでの開催も考えられる。 


 当クラブは、昨年までは同区教育委員会主催の穂高先生講師による、≪区民大学講座≫の修了者でなければ入会できなかったが、今年度からは、同区の≪区民大学≫卒業生で、当クラブ会員の推薦があり、会長が許可した方は入会できるようになった。


          写真・文 = 郡山利行

葛飾区中央図書館で、一か月間の展示コーナー(上)郡山利行

 今年2017(平成29)年3月1日から31日までの1ヶ月間、当クラブとしては初めての、作品展示会だった。

 今回の展示作品は、特別なテーマはなく、14名の会員の各人お気に入りの作品だった。


 図書館内の展示コーナーは、図書館事務所横の通路で、延長約10mの壁面とガラスケースだった。

 原本の作品の大きさは、A4を中折りにしたA5サイズだが、各ページをA4縦に拡大印刷して、クリア・ポケットファイルで製本した。


 それを館内での閲覧展示とした。 原本は、施錠されたガラスケース内に展示した。



 作品14冊の他には、2枚の当クラブ紹介パネルと、1枚の穂高先生紹介パネルを、展示し、壁面上部にはささやかながら、クラブ名の釣り飾りをした。


 数人の当クラブ会員が、それぞれ自分の特技を分担作業しての、手作り展示会だった。


        写真・文 = 郡山利行 

自分史への試み「保育園から高校まで文化的な事がら」(5)郡山利行

  1964(昭和39)年10月10~24日  第18回オリンピック 東京大会



  高校では、オリンピック競技の、入場券を学校に提示すれば、その日は出席扱いだった。 姉と銀座で徹夜して並んで買った、券である。


 前の席の、外国人女性の金髪が、午後の日差しに、とても美しかった。

 右の写真は、同年10月15日、国立競技場スタンドにて。



  1964年10月15日 15:40 男子100m決勝スタートの瞬間


 写真の中央付近、スタート号砲の白煙が、残って見えている。レースでは、第1コースのボブ・ヘイズが、10.0秒で優勝した。



 1964(昭和39)年から3年間、NHK総合テレビで、『 虹の設計 』 という、TVドラマが放映された。
 建設業界を舞台とした、数々の男たちのドラマの中で、天草諸島に橋を架ける設計の話で、
 筆者は土木技術者に憧れた。
 ≪島と島を結ぶ橋を、海の上に架ける!≫  船乗りになることをあきらめた、自分を見た。

 優しい顔立ちの少年が、たくましく変貌を遂げて、中央大学理工学部土木工学科へと出陣した。

 
【 5.編集後記 】

 高校生までの少年時代の文化的活動を振り返り、主要な事がらを並べてみた。はっきりとした記憶に残る人達は、家族と学校の先生と、小中学校の三人の級友である。

家族 母 郡山トシ、姉 益代、兄 孝丸

 特に、姉益代と兄孝丸の二人は、古希を迎える現在にまで、決定的な影響を与えた存在であったと、改めて強く思った。

 益代姉からは、小学1、2年生の頃、国語の教科書を1冊まるごと覚えてしまうまで、声に出して読まされた。本を読むということに、慣れさせられてしまった一方で、中学高校生時代には、文学本をたくさん買ってくれた。
 そして孝丸兄からは、本の推薦では、弟が好きそうなものを選んで、タイミング良く知識を伝えてくれた。



小学校の先生 大楽先生(1年)、本田先生(2,3年)、大迫先生(5年)

中学校の先生 見上先生(テニス部)、会沢先生(2年)

高校の先生 栗原先生(3年間担任)

小中学校級友 宮城君(小学6年)、山田君(中学1年) 伊澤君(中学2,3年同級)

 少年期を過ぎた後の本読みは、完全な乱読となったが、その結果として、幅広い知識欲おうせいな大人になることができた。

  姉と兄の二人に共通していたのは、外国航路船長だった父から買ってもらった、ドイツ製小型カメラを使った写真撮りだった。
 この趣味の世界を、筆者はストレートに受け継いだ。

 本小冊子の次のステップは、『青春篇』ともいえる、大学生時代を経て、社会人となった土木工事技術者としての、結婚後の家庭生活と、文化・旅行・スポーツ・親類行事などに、分類編集する構想である。
 自分の後世代に残すべき、強い記憶の事がらの瞬間・状況を、穏やかに素直に表現していきたい。