小説家

日本ペンクラブ・役員の暑気払いに、取材で潜入してみたが?

 日本ペンクラブは、2010年に、国際ペン・東京大会が内定している。現在はロンドンの本部の正式決定を待っている。
 日本側としては大会の受け入れ態勢をどうするか。準備委員会をどう立ち上げるか。その下打合せが各委員長、副委員長のレベルでおこなわれている。それら予備の打合せのあと、東京・一ツ橋の如水会館のガーデンハウスで「暑気払い」がおこなわれた。

 私は広報委員として、特別に同席させてもらった。私的な飲み会だし、あらたまった取材できる雰囲気ではなかった。鈴木康之編集(広報委員・副委員長)と話すうち、「取材をやめて、穂高さんも飲みに徹したら」、といわれた。「そうしますか」
 
 私の右席は阿刀田高会長だった。バーベキューの区割りが境目となったので、左席の山崎隆芳さん(企画事業委員長)との話が弾んだ。山崎さんはかつて大手出版社の文藝関係の名編集長だ。ユニークな話が多かった。佐藤愛子のユーモア小説の話はとくに面白かった。

 ハワイアンが今日が誕生日の人に、歌をプレゼントしていた。吉岡忍さんは茶目っ気がある人だ。「穂高さん、きょうが誕生日だといいなよ。どうせ、身分証明書は求められないし」という乗りから、出て行って、歌を一曲貰った。
 ガーデンハウスの人が、みな誕生日だと、信じた。ちょっと乗り過ぎかな。吉岡さんはとくに愉快がっていた。作家の実像となると、こうした茶目っ気がたっぷりあるものだ。

 この日が本ものの誕生日の女性がいた。ワインを一杯プレゼントしたらといわれて、薦めにいった。どんな方々ですか、と女性から問われた。
 浅田次郎さんとか、何人かの人を教えたら、「ほんとうだ」とおどろいていた。だれもが普段の顔だから、居酒屋などにいっても、名の売れた作家でも目立たないものだ。

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第4作目はサスペンス。「神楽坂」で、取材

『TOKYO美人と、東京100ストーリー』は、現在は3作目で、ミステリー『心は翼』を掲載中である。写真モデルは森川詩子さん。少女誘拐事件の真犯人はだれか。容疑者が浮かびはじめ、事件解明の核心へと入ってきている。


 4作目のマドンナは、野中郁子さん(一級カラーリスト)で、神楽坂の料亭に入った若女将だ。ある日の、料亭の客がテロリストだった。そこからストーリーが展開される、サスペンスである。

 8月15日は月遅れのお盆のさなか。「神楽坂」にくわしい杉森正瑞さん(一級建築士、江戸文化史研究家)に会って、料亭や土地柄などの取材をおこなった。

 都内の料亭は全体的に、その人気に陰りが出ている。その理由は後継者がいない、遊びの形態が違ってきた、若者には高額などだという。神楽坂でも廃業、転業がつづいており、料亭はもはや6軒のみだった。一方で、新業態の明るい店が建ち並び、街には活気があった。

 杉森さんからは料亭の事情を聞く一方で、特徴ある石畳の兵庫横町など各路地を案内してもらった。細い路地に沿った黒塀の料亭には、風格と威厳と歴史が感じられた。
「泉鏡花は芸者を妻にした。そんなことから、神楽坂では人気が高い作家です」と教えてくれた。他にも、江戸時代の天狗党の話など、エピソードがずいぶん聞けた。これら取材は小説のリアリティーを高めるために、数多く、4作目の作中に織り込んでいく。

 小説を書きはじめたころ、『小説新潮』の編集長から「取材に基づかない小説は面白くない」という話を聞いた。いま現在も、それを常に肝に銘じている。
 4作目はサスペンスだけに、幅広い取材を行っていく。


ノンフィクション・『いい加減な会』に、北から農夫が来たる

 今回の『いい加減な会』は、6月21日夕方5時、京成立石駅だ。このところ、昭和の街で脚光を浴びる町だが、同会が「学友会」としてスタートした、ルーツの街だ。こんかいは札幌市から、約30年ぶりに、学友の農夫がやってきた。新しい刺激があった。


 一方で、元銀行屋が上司にうまく嘘がつけず、業務に磔(はりつけ)になり、今回は欠席だ、という情報が入っていた。前回において、それぞれ『細君同伴』という提案・意見があった。元焼き芋屋が過去の恥部をばらされるといい、うまく成立しなかった。

 唯一、ヤマ屋のみが妻と同伴で、京成立石駅の改札口にやってきた。約束時間よりも10分まえだった。遅刻常習犯のヤマ屋にしたら、過去にはあり得ないことだ。真面目な女房に尻をたたかれた、ヤマ屋がしぶしぶ時間前に応じたらしい。
 改札ふきんには誰もいなかった。
「早く着くと、待ち人は現れずか、やたら待たされるか、どちらかだ。これが俺のジンクスだ」
 ヤマ屋がつぶやいた。
「日にちを間違ったんじゃないの? 一人もいないだなんて。ほかの人は真面目だから、定刻前に来ているはずよ」
 妻の不信の視線が、ヤマ屋に突き刺さった。
「そんなはずはない。きょう21日だ」
 ヤマ屋は首を傾げた。
「……、もう五分前よ。おかしいと思わない?」
 妻の顔から、夫への不信の表情が消えなかった。
「こんかいの幹事は元教授だ。変更があれば、かれから連絡がしてくるはずだ。奴が連絡を忘れたのかな?」
「きっとあなたに落ち度があるのよ」
 妻はそう決め付けた。彼女はすべてにわたってヤマ屋を信用していない態度だった。過去からの亭主の失態をしゃべらせたら、CD-ROMなみにデータが豊富で、緻密だ。

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第22回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

 私的なことだが、小説を書きはじめたころ、『小説作法』関連の書物はずいぶん数多く読んだものだ。どの本も出てくるのが、決まって「テーマ」についてだった。

(テーマとは、実際にどういうものなのか?)
 それが理解できなかった。いろいろ考えてみた。テーマとはこんなものかな、という模索がつづいた。明快な答えがいつまでもつかめなかった。まわりの小説仲間にも、テーマってなあに? と真剣に質問したものだ。そんな状態が数年つづいた。


『テーマとは作品を一言で、言い表すもの』
 と理解できたのはずいぶん先のことだった。
(テーマを言い表すことばが、短かければ短いほど、求心力の強い作品が生まれる)
 それが解ったとき、長年のモヤモヤがすっと消えた。

『テーマが統一されていない作品』
 それは作者が何を言いたいのか、何を書きたかったのか、それが解らない作品になってしまう。長編の場合はとかくテーマから外れやすい。話があちらこちらに飛んでしまう。ならば、と一つの作品の執筆がはじまると、私は日々、目にする壁に「テーマ」を貼り付けておいた。
「外れたらだめだぞ、外れるなよ」
 と私自身に言い聞かせていた。

 エッセイは短文だ。ストーリーよりも、『テーマの絞込み』が重要だ。テーマ自体が作品の優劣に、大きく関わる。
 教室のレクチャーでは、演習の素材を提起し、全員に「テーマ」を発表してもらった。


 今回も、質の良いエッセイが数多く提出された。1作ずつ紹介してみたい。その前に、注釈をすれば、(こんな体験をしているのか、すごいな)
 と思ったり、ずいぶん参考になるな、教えられるな、と思った素材が多かった。

 読者は作品を読んで、新たな知識が得られたら、うれしいものだ。このエッセイ教室は経験豊富な作者の集まりだ。
 近頃は、全員の文章がずいぶん磨かれてきた。書きなれてきた。切口が良い。となると、必然的に読者の心に触れる作品が多くなる。率直に、そんな印象をもった。

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写真小説の第3作目・「心は翼」は、8月1日より、掲載

 第3作目の『心は翼』は、ジャンルとしては、ファンタジーにミステリーを組み込んだものである。

 マドンナは詩人で、26歳、大使の娘である。彼女は6歳の時に、スキー場で誘拐事件に巻き込まれた。2週間後、雪峰の八ヶ岳を越えた、反対側の山小屋で発見された。

 この奇怪な事件が、マドンナにはトラウマとなっている。誘拐犯がいまや彼女の心のなかで、悪魔に育ち、呪縛しているのだ。物語はこの背景から動きだす。
 主人公・井伊佳元が苦しむマドンナに、どこまで手助けできるのか。20年前の誘拐犯までたどり着けるのか。これがメイン・ストーリーである。

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第21回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

 こんかいの冒頭の講義は『結末の書き方について』だった。作品の結末は最も重要なもので、作品の成否がここにある、といっても過言ではない。
 結末が弱いと、5分の4がどんなに素晴らしくても、失敗作とみなされる場合がある。成功作品といわれるものは、まちがいなく結末がぴたっと着地している。体操競技で着地が決まったように。


 展開がラストに近づくほど盛り上がり、最後の数行で頂点に達する。そして、「なるほど、作者はこれを言いたかったのか」という、テーマと結実する。それが読者の感動であり、良い読後感となる。

「上手な結末」の書き方について、技術的には5項目述べた。
 そのひとつが、『作品はやや多く書いておく。そして、どこか手前で、すぱっと切る。(トカゲの尻尾切りのように)』というものだ。そうすれば、読後に余韻が残る、と強調した。

 今回のレクチャーは「結末」だったが、作品紹介はこんかいも「書き出し」にこだわってみた。

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『エッセイ教室20回記念誌』が発行

 06年6月からスタートした、『元気に百歳』クラブのエッセイ教室が、いまや20回を超えた。受講生は熱心で、頑張っているなと、ある種の感慨を持った。同メンバーは合計19人である。病気、所用などで欠席者が出ることから、作品提出・参加者は13~15人くらいだ。開催場所は、新橋区民センターである。

 森田さん、中村さん、二上さんの世話役の下で、同教室の運用がなされている。講師の私は添削と講評に徹することができるので、ありがたい。
 

 このたび、『エッセイ教室20回記念誌』が発行された。掲載された数は122作品だ。前回の「10号記念誌」(07年5月発行)は94作品であり、28点も増えている。
 作品が提出されても、やむを得ない事情でエッセイ教室を欠席すると、相互に評論する機会をなくす。それらの未掲載作品が4点あった 
 『エッセイ教室20回記念誌』の発行で、最もおどろいたのスピードの速さだ。発案から、1ヵ月以内で、それを作り上げたのだ。

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第20回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

 エッセイ教室は今回で、20回を迎えた。芸術や文化など創作活動は、くり返しの連続で上達するものだ。文章は苦手だ、下手だと思い込んでいる人でも、創作活動を継続すれば、まちがいなくレベルが上がってくる。 


 スポーツにおいて毎回の勝利はない。エッセイも良品ばかりではない。失敗作の連続とか、スランプとかがある。感動作品だったり、ときには平板で冗漫な作品だったりする。
「書けない」と妙に気取ったり、格好つけたりして、書かないひとがいる。これは創作活動で最悪だ。絵でも、彫刻でも、文学でも中断せず、一心に続けることだ。
 やがて、「良い作品ですね」、「文章が上手ですね」といわれるようになる。いつしか、文章力の高いレベルに達した自分を知ることになるのだ。

 受講生は20回にわたり、エッセイを創ってきた。1行、1文字にもシビアな添削とか、大勢の講評を受けてきた。それに耐えてきたこと自体が貴重な財産だと想う。

 今回の講座冒頭のレクチャーでは「文体とリズム」について説明した。エッセイの領域を超えた、小説講座に近い内容だ、という認識の下で。

 文章には大きく分けて、文体とリズムの2本柱がある。

 文体はつきつめれば、作家の体質、性格、個性などによって、作家の特徴(文体)が生み出されてくる。
 人間の顔が一人ひとり違うように、文体は作者によって違う。同一の素材で、おなじ内容でも、作品はそれぞれに違う。それは文体の違いにも寄る。
 自分の文体は、書き続けることのみで確立されてくる。

文章のリズムは作品の感動や感銘にかかわる。文章のリズムとはなにか? 音楽に置き換えると、わかりやすい。音楽には強弱(動と静)が必要である。強さばかりではだめ、弱さがなければ、曲は単調になる。エッセイも同様で、緩と急が大切。ラストに向けた、起伏や盛上がりがないと、一本調子になる。
           
 文章のリズムも書きつづけることで、会得できるものだ。作曲家が一夜にして生まれないのとおなじである。

 20回目の記念。その意識もあって、作者たちは執筆に熱が入っている。良品が多かった。作品を個々に紹介したい。

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ノンフィクション『いい加減な会』・春の初会合

 桜が散り、いまやツツジが満開だ。

 どこの世にも、ルーズな男がいるものだ。その一人が、例のヤマ屋だ。桜の咲き始めたころ、3月某日(具体的な日にちは忘れてしまった)、場所は大宮駅から近かった。それを取り上げて書く、という約束だった。


 一人ひとりからコメント、原稿、写真を集めたヤマ屋だったが、そのまま放置していた。「今年がなければ、来年があるさ。桜は来年でも咲く」という態度でいた。このルーズさはあまり類をみない。

 こんかいから、ヤマ屋が好き勝手に呼称変更した。それは、『いい加減な会』だ。かれは当初、「初期高齢者の会」を思慮していたようだ。
 これだと病気、病院、墓、仏様、数珠、法事、あの世が話題の中心に座ってしまう。およそ、赤いドレス、イヤリング、愛、恋、失恋、ロマンスなど、心弾む世界とは無縁だろう。それでは読者層が高すぎる。記事に広告がつくとすれば、セレモニー・ホールか、お寺くらいだ。

 ヤマ屋が決めたのが、『いい加減な会』だった。会はオープンにして、年齢層の幅を持たせる。会員はいい加減な性格を自負すれば、老若男女を問わず参加資格がある。

 当然ながら、面倒な会則はいっさいなし。几帳面な会計係が会費など取り立てる、という気すらない。
送られてきた原稿は取り上げる。書いても、書かなくても自由だ。そのていどの拘束だ。

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着物美人の撮影は霧雨、そして快晴=写真小説の舞台裏

 4月1日から、写真小説『TOKYO美人と、東京100ストーリー』がスタートした。第1作目はタイトル「新妻の悩み」で、3回連載。現在は(002 浅草)まで掲載している。近日中には、(003 隅田川)を載せる予定である。


 1作ごとに、女性モデルは違う。それが特徴の一つである。


 2作目は5月1日に掲載予定。タイトルは、『婚約者は刑事』で、ミステリーだ。これは5回の連載である。400字詰めで、約150枚の中編小説だ。

 写真小説の裏舞台にも少しふれてみたい。
 これまで殆どの小説は作品が完成したときに、イラストを描いてもらうのが常だ。そして、書籍や雑誌に掲載されていた。それが映画化されると、俳優のイメージが重なり合っていく。つまり、イラストレーターの絵とか、映画監督がつかう俳優とかが、読者の描く人物像になる。それは執筆中の作家が描く登場人物とはまったく別ものだ。


『TOKYO美人と、東京100ストーリー』の特徴は、まず写真撮影を先行させることにある。撮影は原則として作者自身がおこなう。その写真から、人物(マドンナ役)の特徴を立ち上げていく。同時に、作品のジャンル、テーマ、構成を組み立る手法だ。従来の小説の執筆方法とは180度ちがう。

 撮影場所は、東京都内の有名処、メジャーなところと決めている。モデルの彼女たちから、撮影してもらいたい場所を聞く。(撮影ずみの場所は他に変更してもらっている)。
 服装はすべて彼女たちに任せているので、洋服から和服まで、幅が広い。むろん、持ち物、小物、アクセサリーなども、彼女たちの考えによるものだ。

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