A020-小説家

ノンフィクション『いい加減な会』・春の初会合

 桜が散り、いまやツツジが満開だ。

 どこの世にも、ルーズな男がいるものだ。その一人が、例のヤマ屋だ。桜の咲き始めたころ、3月某日(具体的な日にちは忘れてしまった)、場所は大宮駅から近かった。それを取り上げて書く、という約束だった。


 一人ひとりからコメント、原稿、写真を集めたヤマ屋だったが、そのまま放置していた。「今年がなければ、来年があるさ。桜は来年でも咲く」という態度でいた。このルーズさはあまり類をみない。

 こんかいから、ヤマ屋が好き勝手に呼称変更した。それは、『いい加減な会』だ。かれは当初、「初期高齢者の会」を思慮していたようだ。
 これだと病気、病院、墓、仏様、数珠、法事、あの世が話題の中心に座ってしまう。およそ、赤いドレス、イヤリング、愛、恋、失恋、ロマンスなど、心弾む世界とは無縁だろう。それでは読者層が高すぎる。記事に広告がつくとすれば、セレモニー・ホールか、お寺くらいだ。

 ヤマ屋が決めたのが、『いい加減な会』だった。会はオープンにして、年齢層の幅を持たせる。会員はいい加減な性格を自負すれば、老若男女を問わず参加資格がある。

 当然ながら、面倒な会則はいっさいなし。几帳面な会計係が会費など取り立てる、という気すらない。
送られてきた原稿は取り上げる。書いても、書かなくても自由だ。そのていどの拘束だ。

 元蒲団屋が、一番に原稿を送ってきた。

『楽しい一時でした。46年前の入学式の際、記念にと学帽を購入した。被(かぶ)ることもなく、何度かの引越しでも無くならず、タンスのなかにあるのを思い出しました。それで、見せびらかしに、持参してきました』。
 だんだん、原文と逸れてきたかな?

『桜の花の下で、写真を撮ることになり、思わず学帽を取り出し、被ってしまいました。みんなを驚かし、恥ずかしい思いをさせました』とある。薄い髪の毛を隠せた、ご本人だけは満悦だったようだ。

 いい加減な会は、元焼き芋屋のためのネーミングといっても過言ではない。この男とヤマ屋が並べば、いい加減さでは見劣りがするくらいだ。

 ところが、元焼き芋屋の文章は妙に気取っていた。もしかしたら、細君に書いてもらったのか。あるいは添削されたのではないか。そんな疑いを持ってしまった。まずは紹介してみよう。

『ヤマ屋さま、今回は2回目の大宮地区開催ということで、従来の「やきとり屋」スタイルから趣を変えて、ちょっぴりグルメ嗜好の、「くらのと」という蕎麦屋でやりました』と記す。裃(かみしも)を着た、読み手の肩が凝(こ)るような文章だ。

『この店は、蕎麦ではかなり有名でかなり遠くから、人が集まります。また、夜は全国の銘酒、銘酎と旨い肴を出してくれます。この店に決める前の、事前準備でちょっとしたエピソードがありました』と元焼き芋屋は、気を持たせた内容を展開する。どんなエピソードなのか。先にそれを知れば、読者はきっと結末で落胆するだろう。


『この会には、かなり口うるさいのがいます。大宮担当メンバーで調査を兼ねて、数回も足を運んで、やっと実現しました。その実、試食・試飲の日には、私の歯が腫れ上がっており、まったく飲み食いできませんでした。それが今でも悔やまれてなりません』という。
 
 つまり、元焼き芋屋が虫歯で、下見の酒が呑めなかった、というだけの内容だ。挙句の果てには、「―それくらい客の多い店である。―」と末尾に、唐突な一行を添えている。


 会のホームグランドである、京成立石駅裏『うちだ』はいつも1500円/一人だが、『くらのと』は5000円だったとは書いていない。お金さえ積めば、全国の銘酒、銘酎と、旨い肴を出す。この自明の理がわかっていない。

 元教授のタイトル『クルーズは誤解されている』という、海外旅行者向けのアドバイスの寄稿だ。ただし、所得が高い層、パスポートを持っている層を狙っている。

 少なくとも、奥多摩駅より、2つ手前の鳩ノ巣駅で下車すれば、50円安いから歩いていく、というヤマ屋の価値基準など、対象外の内容になっている。

① クルーズは案外安い

 その一例として「西カリブ海8日間」の料金表によると、最も安い部屋だと11万円、最高のスィートでも30万円(1ドル=100円)である。
 マイアミ発着だから、これに航空運賃とホテル1泊分が必要だ。船内でのアルコール代、チップ、税金なども含めてだ。ちなみにマイアミ往復42,000円の航空券という格安を使う手もある。


 海外放浪者の元学者は、次のようにアドバイスする。『熟年世代としては、あまりケチケチ旅行もなぁ。海側バルコニー付き16万円ぐらいはフンパツしてほしい』とちょっと豪華な気分を薦める。
さらに飛行機をビジネスクラスに格上げすれば、それはもうハッピーになれること請け合いだという。

② 最近の大型船はあまり揺れない

 外国船は大型化を競って、いまや14万トンクラスで、乗客は3000人だという。つまり、14~5階建てのビルが、海上に浮かんでいる、それを連想してほしいという。船旅が安価で豪華な理由は、まさにこの大型化がもたらしたものだという。船体には、最新の「揺れ防止」機器もついていると、元学者はしっかり情報を収集している。


 日本の客船は2~3万トンクラスが主流だ。有名な飛鳥Ⅱが5万トン・乗客800人で最大だ。コスト競争では、大型外国客船には太刀打ちできないという。

「日本人の超金持ち、ジイさんバアさんだけが日本客船に乗りこみ、夕食が済むと、すぐ寝てしまう。朝早くゾロゾロ・ヨタヨタとデッキを徘徊する」と述べている。
 いまや死語となった『養老院』を思わせる情景描写だ。こういう文章は好きだな。日本人の本質を突いている。

③ 船のしきたりは、緩和傾向にある

 映画のタイタニックなどを連想して、厳しいドレスコードや船内生活の格差を危ぶむ人がいる。それは心配はいらない、と元学者はいう。
 男はダークスーツ・奥方は和服。あるいはドレスコードも楽しんでしまう。これがお勧めだそうだ。キャビンの値段で差別なんてまったくない。

「コナカには、スーツ並みで、タキシードを売っている。イブニングドレスだって、デパートのバーゲン時期には半額」と買物の仕方まで、元学者はアドバイスする。

 (注)テント持込で、登山服はダメかもしれない。

④ 船上生活で退屈なんてしない

 朝食前にはジムで、ストレッチやエアロビができる。午前中はカルチャー教室で、水彩画やダンスを習う。午後はプールでひと泳ぎして、ジャグジーでぼんやり。3時のお茶の後はカジノをひやかしたり、バルコニーで海風に吹かれたりしながら、ウィスキー片手に持参の本を読む。


 夕食が済んだらショータイムがある。ブロードウェイ・スタイルのショーや歌あり、バンド演奏あり。トークショーは理解不能。だから、どうせ解らないならと映画館へ行ったり、バーのハシゴをしたり、と元学者は勧める。
「デッキで、満天の星を眺めるなんて、というオツな趣向もある」
 と付け加えている。

(注)食事バイキングで、やたら皿に盛り上げる連中、飲み放題・食べ放題で店を損させようとする人間には、たまらない魅力かもしれない。

 元教授は、『クルーズの上手な申し込み方』までも、寄稿している。これは次回にまわす。


 元銀行屋の原稿がうしろで待っている。

これがまた、かれの硬い性格に見合った内容と文章だ。
『今年も固定資産税の納付書が郵送されてきた。例年この時期になると税について考えさせられる。自動車税についてである。
 自動車税は、固定資産税や償却資産税と同様に財産税である。しかし固定資産税や償却資産税が時の経過とともに評価額が下落し(土地のように上昇するものもある)税額も安くなっていくのが一般的であるのに対し、自動車税は毎年定額である』

 大学の授業か、税務署の説明会にいかなければ、得られないような内容だ。乗用車を持つ、マイカー族に役立つ? 免許をもたないヤマ屋には、内容の正確さなどまったくわからない。
 
 元銀行屋の自責の寄稿である。興味を持った人はこちらをクリックしてください。

 いい加減な会は、まだ事務局ができていません。現メンバーにコンタクトを取って、好き勝手に入会してください。脱退、脱会、除名の規則なんて、皆無です。


船旅の写真撮影・提供:元教授

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