寄稿・みんなの作品

眠れぬ夜の百歌仙夢語り<七十八夜>  望月苑巳

 何が楽しくて野郎ばかり三人で飲んだのか分からない。
 その時なぜかパンツの話になった。
 オイラが「俺はトランクス派だよ。風通しがよくて蒸れないから」というと、髪の毛がすだれのY君がのたもうた。
「いやいや、断然ブリーフだね。締まりがあっていい。第一漏れないからな」
「確かに」
 思わず頷いてしまったオイラはお漏らしジジイか。

 そこで黙って聞いていたむっつり助平のK君に「おい、おまえはどっち派だ」と聞いたら胸を張って答えたね。
「それがどうした、俺は紙オムツ派だ」
 心なしか目が虚ろだ。
 そうだよなあ。気がつけば古希。古来稀なりという言葉にドキリとする。坂道を上がれば心臓が鯉みたいにバクバクする。後期高齢者という棺桶に片足を突っ込んでいるんだから。
 神も仏もないとはこういうことか。
 下ネタ続きで申し訳ないが、有名なエピソードを一席。いや、これは神かけて真面目な下ネタだ。

 和泉式部といえば恋多き女として知られる。熊野詣に出かけた時のこと。本宮の近くまできたら、何と月のものが始まってしまった。不浄の身では参拝するわけにはいかない。
 仕方なくその場から熊野権現を伏し拝んだという。
 その時に詠んだ歌がある。

晴れやらぬ身にうき雲のたなびきて月のさはりとなるぞ悲しき

 月のものまで詠んでしまうという、和泉式部の歌に対する情熱にはただ脱帽あるのみだ。さすがとしか言いようがない。しかもこれには後日談がある。
 歌を詠んだ夜、和泉式部の夢枕に熊野権現が現われ

もろともに塵に交わる神なれば月のさはりもなにか苦しき

 と歌を返してきたというのだ。これは「紀伊続風土紀」にあるのだが、伏拝という地名はここからきているという。ふうむ、伝説恐るべし。いや、神様も粋なことを言うもんだ。どうです、真面目な下ネタだったでしょう?

 そんなことを書いたから罰が当たったのか、12月に入って人生初のインフルエンザB型にかかった。
「当選おめでとうございます!」
 医者の結果を伝えるとマグロの奥さん、目をウルウルさせ、ここぞとばかりに娘と孫に一言。
「近寄っちゃダメ、口をきくのもいけないの、目を合わせたらおしまいよ。それだけでうつるからね」
 俺は妖怪人間ベムか。おかげで一週間アルカトラズの独房生活を味わったぞ。
 余談だが、昔読んだ朝日新聞のコラムに工藤雅世という人がこんなことを書いていた。

「私たちは他人と出会ったとき、緊張や警戒心から、無意識に相手との間にある空間を保とうとする。この空間を、心理学ではパーソナルスペースと呼ぶ」
 そしてこのパーソナルスペースの距離は民族や文化によって違うというのだ。
確かにパリのカフェではテーブルが混みあった状態で配置されていても人々は違和感がない。アラブ人やラテン系の民族でもそうした傾向があるという。

 一方アメリカ人やイギリス人は警戒心が強くスペースを大きく取るというデータがあるそうだ。日本人もこの部類に入るのかも(ただしテロが頻発する現代ではこれらのデータは信憑性に欠けるが)。
この大きさを知る「接近実験」という方法によれば女性は男性が近づいてくると大きなスペースを確保しようとするが、男性は逆に女性が近づいても大きなスペースを取ることがないという。

 男はみんな下心があり、女性は「男はみんな狼よ」という歌(昔だから若い人は知らないだろうな)がある通り原始的な警戒心が感覚的に出るのだろう。
 なぜこんなことを書いたかというと、家族とのパーソナルスペースについて考えてしまったからに他ならない。

 さて無事に〝アルカトラズのお勤め〟を終えて久しぶりにアルコールにありついた。おでんをつまみにチビリチビリやっていると、今や安上がり制作のテレビ番組には欠かせない幻の温泉宿という番組をやっていた。
 修験者が宿の裏で瀧に打たれている。
 孫の樹が「源泉かけ流しだね」と言った。確かにその通り。むしろかけ流しというより垂れ流しと言ったほうが正しいかも。
 気がつけばもう高校二年生。先日のテストで赤点があったらしい。頭抱えて
「ドツボだ~」
それも2科目だから
「ドツボのミックスジュースだ~」
「人生の交差点で轢かれた気分だろ。きっと赤信号だったんだよ」と慰め?たら「そんなところに信号機はない」とプンプン。
「少しは勉強して人間の見本になってみろ」といったら、それは「理科室にあるよ」だと。それは人体模型のことだろうが。
 ああ言えばこう言う、社会に出ても口だけが達者な嘘つきな大人にはなってくれるなよ。
「ただいま~」
 そこへ正月のお宿下がりで、すっかり太めになってしまった長女の綾夢姫が孫の明里ちゃんを連れて帰ってきた。
 夫とうまくいっていないのか多少ノイローゼ気味か。玄関を開けていきなりマグロの女房殿に抱きついた。
「充電できた~」
 そうか、バアバはバッテリーだったのか。しかも、家にいて分かったことがある。
この綾夢姫が「(娘の)明里はいくら食べても二時間経つともうお腹が空いたっていうのよ。凄く燃費が悪くて困っちゃう」とこぼすのだ。(知らなかったよ。明里は外車だったのか!)そりゃあ、母親に似たんだろう。早く気がつけよ。


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眠れぬ夜の百歌仙夢語り〈七十七夜〉 望月苑巳

 朝起きて私と顔が合うなり、我がマグロの女房殿は言葉の十字砲火、怒りにロックオンだ。台風ならカテゴリー4くらいの強さか。
「トイレを使ったら必ず窓を開けてよね」
「え~っ、お風呂の水もう抜いちゃったの、これから洗濯に使うんだったのに~。もう勝手にやらないで」
「パンツは裏返しに干さないで、タオルは端をピンとさせてよね。いい加減常識でしょ」
 終いには付録でこんな一言も。
「何でも先にやらないと気がすまないんだから。あなたは棺桶の蓋まで自分で閉める気ね」
 よく聞くと、身体が太っているので言葉も太っている。
「あなだはがんおげのぶたもじぶんでじめるぎね」
 “立て板に文句“とはこういうことを言うのだろう。苦情のデパートだ(どこかで聞いた言葉だな)。次は「勝手に息を吸わないでよ」なんて言いかねない。オゾロジヤ~。といいたいところだが、そこは大人の対応で、額を床につけ速攻で謝る
「申し訳ございません。どうかお許しください」
(ウソダピョン?)。非常識な顔(どんな顔だよ)が、もはや条件反射になっている。悲し~い。俺はパブロフの犬か(前にも書いたな)。
 でも逆に考えれば、この言葉の速射砲、実はマグロの女房殿の健康のバロメーター。今日も元気印の証拠だと考えればいいだけ。先に逝かれちゃ寂しいからな。

 次女の希望が朝シャンしたらしく〝貞子〟のような姿で降りてきた。
「オカーサン、それじゃオトーサンが可哀想。まるでカスみたいじゃない」と助太刀に入ってくれた、と思ったら続けて「オトーサンにも生きる権利があるんだから」だと。これじゃ共謀罪が成立するぞ。ファッショだ、人権蹂躙だ、祭りでワッショイ! (おちゃらけてはいけません=天の声)
 ヤケクソで「俺を空気と思ってくれ」と言ってしまった。すると、
「空気もオナラするのね」
「それはきっと空気漏れだよ」
「空気漏れってなんでこんなに臭いの?」
「腸内フローラが悪さするからだろ」
「いいものばかり食べさせてあげてるのに恩知らずね」
「どうせ町内の不良ら、さ」
 恩知らずですみません。風評被害が怖い。これ以上言うとまた反撃を喰らう羽目になるので、ただただお腹をさするばかりのオトーサンでありました。おやっ、お腹が無礼千万にもコダマしています。アブナイアブナイ。こそこそと地下の秘密の部屋へ退散といきますか。
 気分一新、天変地異、無知蒙昧が、まさかのジャーマン・スープレックスを食らって床にはべっていた本を開く。

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眠れぬ夜の百歌仙夢語り〈七十六夜〉 望月苑巳

 忙しくて昼間洗濯ものを干せない時がある。仕方なく夜中に干そうとしたら「お月さまの匂いがつくからやめなさい」と娘(次女)の希望(のぞみ)に一喝された。
 なるほど、そうかと頷いたら続けて「かぐや姫にも笑われるし」だと。いろいろな考えがあるものだと感心。

 手をつないで寝たら同じ夢が見られると思うほどバカではないが、常識派でもないようだ。
 年賀状を書くつもりが脅迫状を書いてしまった一昨年も、はや記憶の彼方。年明けから母の一周忌法要を終えてホッとしているが、親不孝な娘たちにはいつも手を焼いている。ジイジとバアバ。神経戦は心が休まらない。

「バアバ、具合でも悪いのかな。まだ寝ているから起こしてきて」と孫の樹(いつき)に頼んだら「起きて」というべきところを、何を血迷ったか「生きてーっ」と叫んでいる。


 おいおい、勝手に殺すなよ。
 衣替えがあるんだから「子供替え」や「孫替え」があってもいいんじゃないかとバアバに提案したら「もっとひどい子がきたらどうするのよ。返品きくの?」というから私はきっぱりといいました。
「きっとクーリングオフがあるさ」
「オレオレ詐欺にあうかもしれないし」
「その時は、ボケたふりすればいいだけ」
 そんなことを言っている間に世界は大混乱に陥っていた。

 希望的観測がとんでもない結果を産むという見本が、USAトランプ大統領の登場だろう。民主主義の落とし穴が見つかったわけだ。ドナルド・ダックが世界を混沌の海にぶち込みやがって! 

 おっと、我が家のトランプは大丈夫だろうか。へっ?それは誰だって? 口が裂けても言えません。想像にお任せします。
 花金だというのに気分はブルー。マタニティでもないのにどうしてかな。こういう時は気分転換するに限る。いつものように酒瓶片手に地下世界にもぐるとしよう。

 そうだ、前回、大伴家持について少し書いてみたけど、残尿感のまま出てきたトイレ(汚くてごめん)みたいな物足りない部分があったので、今回もその続きをチョロチョロと(やっぱり残尿感だ)。

 さて真面目に! 万葉集に家持の歌は約二百二十首載っているが、とりわけ彼の持ち味が出ているのは天平勝宝二年以降に作られた作で、巻十九に多いというのが一般的な学者先生方の見解である(おいらはアカデミックな考えは嫌いだ。これって自己分析すればコンプレックスだろうな)。

 さて、お立合い。越中国守として六年の赴任がようやく解け、家持さんが都に帰って来たのは翌三年八月。この時家持は少納言になっている。つまり任が解ける一年ほど前に優れた歌がまとまって生まれたということになる。きっと心の重荷がなくなることになって軽やかな歌心を遊ばせることができたということだろう。

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多摩川の水干で、山と水に感謝  笠取山 市田淳子

山岳名 : 笠取山(1941m)
                          
期日:2018年6月2日 晴れ

参加メンバー:L栃金正一、上村信太郎、開田守、金子直美、市田淳子

コース:作場平橋駐車場~一休坂~笠取小屋~笠取山~水干(みずひ)~笠取小屋~ヤブ沢峠~一休坂分岐~作場平橋~駐車場

歩行時間 : 約6時間

 ずっと行ってみたいと思っていた「水干(みずひ)」に行くことができた。水干とは、沢の行き止まりの意味で名付けられた多摩川の源だ。
 ここから雨水はいったん土の中に浸み込み、60mほど下で、湧き水として姿を現し、多摩川の初めの流れとなる。
 一滴の雨水が多摩川の水に……。何とロマンティックなことだろう。私にとって多摩川は子ども時代から親しんできた川、自然との接点だ。

 しかし、その多摩川は小学生の頃、汚染の象徴となった。今、この清い水を目の当たりにして、下流の水を知る私は、やはり自然保護を訴えないわけにはいかない。


               *

 作場平の駐車場から、一休坂を経て、笠取小屋に着いた。小屋の前から大菩薩嶺が美しい姿を見せた。
 笠取山へ向かう樹林帯は、大菩薩嶺から丸川峠に抜ける道に似て、コケが多い。樹林帯を抜けると、急に展望が開け草地が広がる。
 かつて山火事に見舞われ、高木は燃えてしまい、その結果草地が広がるのだが、この景色は滝子山に似ている。
 ここには小さな峰があり分水嶺となり、富士川、荒川、多摩川に分かれ、市民に水を提供している。ほんの少し下ると、笠取山の山頂が見える。

 山頂まで直登であることは一目瞭然だ。あの斜面を登るか、と思うと気が重い。しかし、登ってみると、それほどでもなかった。

 後ろを振り返りながら見える景色は、辛い登りを緩和させてくれた。
 いよいよ山頂だ。初めにある「山頂」の道標は本当の山頂ではなく、その奥に本当の山頂が控える。大菩薩嶺、鶏冠山が見えるので、地図を見て山の位置を確認した。

 北側斜面にはシャクナゲの群落があり、この群落はしばらく続いている。見頃は過ぎたが、かろうじて間に合ったようだ。山頂で昼食を済ませ、水干に向かう。
 岩場を下り「水干」の看板。ここでキバナノコマノツメに出逢った。水干は雨が降ると水滴
が見えるようだが、この日は見えなかった。

 少し下ると、湧き水が現れ、流れを作り、渓流になる。水に恵まれた日本だからこその景観だ。この水があるからこそ、我々は豊かな生活ができると思うと、山の恵みに感謝の気持ちでいっぱいになる。

 砂漠の国では考えられない豊かさであり、水道の蛇口をひねると、水が当たり前に出ること
を今一度、簡単なことではないと、胸に刻みたい。

 ここからヤブ沢峠に出て、心地良い水の音に癒されながら、渓流沿いを歩き、元きた道に戻り作場平の駐車場に着いた。

 天気も良く多少の渋滞はあったものの、ほぼ完璧に予定をこなし、期待通りの笠取山の山行に感謝です! (森林インストラクター)


   ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№226から転載

ミツバツツジ 、山桜、アオダモを楽しむ=甲州高尾山 武部実

山岳名 : 甲州高尾山(1106m)

平成30年4月17日(火) 曇り

参加メンバー:L佐治ひろみ、渡辺典子、武部実、中野清子、開田守、佐藤京子、金子直美、宮本武の計8人

コース:勝沼ぶどう郷駅からタクシー~大滝不動尊~富士見台~棚横手山~富士見台~甲州高尾山~剣ヶ峰~柏尾山~大善寺~勝沼ぶどう郷駅


 世界一登山者が多い山は、ご存知のとおり高尾山で、年間260万人が訪れるという。今回登った山はその高尾山ではなく、頭に甲州がつく山梨県にある高尾山である。

 勝沼ぶどう郷駅に8時50分に集合する。2台のタクシーに乗車し、大滝不動尊には駅から15分ほどで到着した(約2000円強)。
 この山は昔から修験霊場として創建されたという。

 大滝の名の通り、石段を登った先にはいくつかの滝がある。説明板には5滝と書いてあるが、水が流れていないのもあり、見ためには2つ位しか見当たらなかった。

 山道に入ると、ミツバツツジをたくさん見かけた。ほとんどが満開で、薄紫のきれいな花弁を見せてくれていた。
 1時間弱で、富士見台に着いた。富士山は雲の中、残念ながら眺めることが出来なかった。ここから30分弱で、今回の登山コースの最高峰である棚横手山(1306m)に到着する(10:30)。

 しばし休憩し富士見台に戻る。ふたたび稜線伝いに歩いて行くと、目に留まるのが炭化している木々で、その傍に植わっている樹木はみんな若木だ。
 それもそのはずだ。4回も山火事があったのだ。不始末か、自然発火が知らないが、残念なことである。


 途中で、昼食を摂り、甲州高尾山に着いたのが12時10分である。


 地図には富士山の展望がよい、と書かれている。あいにくの曇り空で、集合写真を撮ってから、先に進む。5分ほどで、甲州高尾山の剣ヶ峰(1092m)に到着した。三角点が置かれている山である。

 花はミツバツツジに変わって、山桜がそこかしこに咲いていて、ちょうど満開である。今年はこれで何回目の花見だろうか。
 少し下がると、白い花をつけたアオダモが清楚な感じで咲いていた。

 右方向には甲府盆地の塩山駅そばにある「塩の山」を眺めながら稜線歩きがつづく。鉄塔の設置してあるところが、柏尾山のはず。だが、標識は無い。国道沿いにある大善寺に着いたのが14時10分。あいにくバスは行ったばかりで、駅まで歩くことにした。
 ぶどう畑の横を歩いて、勝沼ぶどう郷駅にはちょうど15時00分に到着する。


 今回の山行は、週間天気予報では雨だった。だが、登山中は降ることもなく、松ぽっくりや山菜等の収穫もあり、山登りのもう一つの楽しみを満喫し、快適に歩くことが出来たと思う。

 曇り空で、富士山や南アルプスの眺望はかなわなかったが、これはまたの機会に期待しようではないか。

 ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№225から転載

鎖と直立の岩場が連続する、怖れるな 妙 義 山=栃金正一

山岳 : 妙 義 山 (1103m)

1.期日 : 2010年9月11日(土) 天気:晴れ

2.参加メンバ : L 栃金正一 武部実

3.コース : 妙義神社~大の字~奥の院~白雲山~タルワキ沢のコル~相馬岳~タルワキ沢のコル~中間道~妙義神社



 今回の山行は、9月下旬に行く黒部峡谷「下の廊下」のトレーニングを目的として計画した。鎖場などで高度感に慣れておくためだ。

 朝6時ちょうどに三鷹駅を車で出発した。7時45分に、妙義神社に到着する。登山の準備をしてから、8時00に歩きはじめる。

 天気は晴れだが、残暑が厳しく、歩いているだけでも汗が流れ落ちる。神社境内の脇で登山届を出し、奥の院を目指し、登山道を登って行く。
 昨夜、雨が降ったのか、岩がところどころ濡れている。途中、短い鎖場があるが、滑って登りにくい。
 1時間ほど登ると、5メートル程の大きな岩があった。鎖がついており、試し登りが出来る。岩の上には、大きな「大」の字がつけらているため、通称「大の字」と呼ばれている。足場がしっかりしているので、登り易い。

 岩の上からは、眼下に妙義山の裾野が広大にひろがって見える。

「大の字」から更に登ると9時35分に奥の院に到着する。ここから本格的な岩登りが始まる。右手に鎖があり、いきなり30メートルの直立した岩場だ。一気に登る。
 足場をしっかり決め、3点確保で、ゆっくり慎重に登りきる。しばらく灌木の道を行くと、7メートルの2連の鎖場があり、これを登ると主稜線に出る。

 主稜線を左に少しいくと白雲山で、10時00分に山頂に着く。

 山頂からは浅間山や榛名山、赤城山、奇岩の立ち並ぶ裏妙義、それらの山々が見渡せる。稜線づたいには短い鎖場がいくつかある。岩がしっかりしているので、ゆっくり慎重に進めば問題はない。

 さらに稜線をいくと「御嶽三社大神」の石碑がたつ、大またのぞきだ。10時30分に到着する。谷を挟んで、直立する天狗岳の岩壁がすさまじい。ここは、キレットになっており、30メートルの鎖場を下る。

 股の間に鎖を置き、下をのぞきながら下る、文字通り「大またのぞき」である。

 谷を越え、一気に登ると11時30分に天狗岳山頂に着く。さらに西肩のピークを越えてしばらく下ると、人の顔をした顔面岩があった。
 このあたりから一気に下り、タルワキ沢のコルには11時50分に到着する。

 ここで昼食をとる。

 昼食のあと、相馬岳を目指し登り返す。暑さで汗が噴き出してくる。12時35分に表妙義の最高峰の相馬岳1103メートルに到着する。
 山頂からは裏妙義の奇異な山々と、山腹にへばりついているすさまじい登山道を見ることが出来る。

 タルワキ沢のコルに戻り、一気にタルワキ沢を下る。沢道は荒れており、鎖場も2か所ある。慎重にルートを確認し14時10分に中間道に到着。

 第二見晴、第一見晴に立ち寄り、妙義神社の駐車場には15時15分に無事到着する。ふもとの温泉に入り汗を流す。
 温泉からは、いま登ってきた表妙義の山容が手に取るように見へ、より深い充実感が得られた山行となりました。


      ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№142から転載

【孔雀船Vol.92】 百人一首が濡れて = 望月苑巳

垣根越しにどこからか聴こえてくる

ピアノの音をほどいて背中を軽くする

なまぐさい世界に通じるのはこの夕焼けか

アゲハ蝶のようにひらひらと

定家は筆をひるがえして、そう思う

からだの中から湧いてくるのは

凧揚げやベーゴマ、チヤンバラごっこ

すべて後鳥羽院に取り上げられてしまった

子供のころの遊びばかり

薄っぺらい矜持だけは守ったが

いやいや、戦だけはいかん

魂の輪郭までなくしてしまうから、と

定家はさりげなく呟いてみせる

伊勢のおいしそうな首筋を思い出して

ゾクリ


難波潟みじかき葦のふしのまも


歌比べをしたのは

あの人の声が陰った時だ

勾欄の影が匂った時間だ

さりさりと悲しみの粒が湧いてきて

草深い里へ夫と帰っていったから

ことさら後ろ髪ひかれるのか


逢はでこの世をすぐしてよとや


百人一首を選びながら

ピアノの旋律をなぞって

定家の呟きは

短調に濡れたままだ


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孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

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【孔雀船Vol.92】  日溜り = 藤井 雅人

池に日と空が映っていた

緑の木々のあいだ 水面の下に

ぬくもりに集う小世界のけはいがあった

蓮の葉は無数の音符となり 漂っていた

なだらかな雲のアルペッジョのうえに

日の光がゆっくりと 蜜の甘さに和むなか

自分のなかにあり 自分を傷つけていた

かたくなな幸せの形は溶けていった

宇宙のひろがりのなかに

静かで底深い 癒しの力のなかに


それは 数十年前のことだった

日溜りに 小さな歌声を絡みあわせていた

水辺の小宇宙をまた訪れようか

そして祈ろうか

おのれの心を もっと溶かしてくれるように

それが謙虚な

宇宙に宥されるものとなるように



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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船Vol.92】 水とりんご=紫 圭子

水の朝

朝の水

昇ってくる太陽

水に時間はあるのだろうか


塩漬けされたりんごは腐らない


幼年の日

祖母の家

水は山の湧き水をパイプで取っていた

水の湧く場所へ登るのがすきだった

初夏の水が音をたてて光っているなかへ

りんごを放すのがすきだった

海辺に住む幼な子は

湧き水のなかに

水平線から昇る太陽そっくりなりんごを見る

りんごをかじって 太陽をかじって

ヤッホー!

山の峰に木霊する声を両手でつかまえて草のうえを転げた


りんごは食べてしまったけれど

水はどうなったの


りんごをつつんだ水

いっしゅん、かたちを脱いで

また別のかたちをつつみにでかけたの


朝の水

手をぬらして過ぎていく

わたくしの手をつぎつぎに包み破って

水の朝は昇ってくる


昇ってきたものは

塩漬けしておいたりんごのもとへかえってゆくだろう


りんごのなかに太陽が入って

太陽のなかにりんごが入って


目を見開くと無数の光る微粒子が

蛍みたいにチカチカ

顕微鏡でのぞいた精子みたいにチカチカ

くうかんをおよいでいるのが見える


純化していく

湧き水に似た宇宙大海

みずが くうかんが

塩漬けされたりんご

記憶を呼び覚ます



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イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船Vol.92】 ひょいと=苅田 日出美

ひょいと

むこう側に

寝返りをうつようにして

転がりこむのだろうか


まし時計は

いま6時10分で秒針はすいすいと回っている

ベッドの上から

そんなシーンを眺めている


ひょいと

むこう側へ転がってしまいそうな 朝

暖房のリモコンをONにして

パジャマを脱ぐ


そういえば

これまで生きてきた時間のなかで

ぷっつりと切断された時を

二回だけ経験したことがある


手術のために全身麻酔をされて

気がついたときには何も覚えてはいなかった

夢をみるとか親しい人の声を聞くとかいうこともなく

数時間は空白で

そのままで むこう側に転んだら

なんにも無くて

白紙のようなものがプリンターから

エンドレスに出てくるのかも


ねむい眼をこすりながら ひょい ひょいと

キッチンに降りてきて朝食のパンを焼く

それがルーチンなのだろう

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

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イラスト:Googleイラスト・フリーより