小説家

村上水軍を訪ねて。瀬戸内海随一の景観・来島海峡(1)

 私は瀬戸内海の島出身である。
「瀬戸内海で、最も景観の良いところはどこですか」
 という質問を受けることがある。
 私は瀬戸内のすべてを見てまわったわけではないし、ゼッタイに「ここだ。この島だ、この港だ」と決定づけられない。
 香川県、岡山県、愛媛県、広島県、山口県など、それぞれの市町村で景観美を観光化して売っている。いずれも特徴がある。
 一般論でいえば、小高い丘とか、山の頂から海を望む景観は優れている。


どの島もすべて形状がちがう。一つとして同じ形はない。それだけに、多様な島が密集すればするほど、景色には立体感、奥行きが出てくる。
 地図をみて密集度が高い場所を選ぶと、まず良い景色にめぐり合えるだろう。ただ、瀬戸内海の地図にも表記されない、タタミ3畳から10畳敷くらいの極小の小島が多数ある(海図には記載)。足を運んでみないと、わからない点もある。

 瀬戸内海の潮は、1日に2回、近畿から九州へ、その逆へと、大きく移動している。瀬戸内海の海水量は一定だから、狭い海峡ほど潮流が早くなる。

 室町時代に活躍した村上水軍は来島、能島、因島の三つから成り立つ。総称して、三島村上水軍と呼ばれている。それぞれ歴史は微妙にちがっている。
 どの村上水軍の居城も、周囲に小島が多く、潮流が早いところを選んでいる。それは敵が攻めにくい難攻不落の居城となるからである。つまり、村上水軍の歴史を訪ねれば、瀬戸内でも最大級の美しい場所にめぐり合えることになる。


「しまなみ海道」の開通で、村上水軍の居城とした島の近くに訪ねることが容易になった。そこで春、夏、初冬と3度に分けて、三島村上水軍を訪ねてみた。写真でビジュアルに紹介したい。

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第44回「元気に100」エッセイ教室

「44」は、私の実家(広島県の島)の電話番号だった。死に連動する「4」は日本人が最も嫌う。それが連続しているから、幼い頃はどうも好きになれなかった。
 物書きになってからは、縁起など気にならなくなった。神仏に祈願することもなくなった。世の中でいう不幸は、物書きにとって良い素材になることもある。物事を逆転したり、斜めから覗いたりする習慣もついてきた。
44は米国人が好きな数字だと考えれば、良い気持ちになれる。「何ごとも、気持ちの持ちようだ」と思う。


 今回のエッセイ教室では、「気持ち」にからむ心理描写の上手な書き方についてレクチャーした。
 水準以上のエッセイ作品を創作するには、まず心理描写が赤裸々に書ける、という要素が必須になってくる。心理描写力はいかにして高められるか。

①一度はコンプレックを書いてみよう。
 過去の生活から、「私はこんな醜さがあります」と事例を釣り上げる。

 作者「私」には必ずや、いやらしさ、醜さ、厚かましさ、善くない気持ちなどがある。すべて善などあり得ない。それを隠さないで書いてみる。

②書きながら、こんな私をさらけ出すなんて、泣き出したいくらいだ、という気持ちになってしまう素材である。「恥ずかしくて、逃げ出したくて、つらい、実に苦しくて」そう思っても、書き切る。

③苦しみながらも、その心理を書き終えると、妙にすかっとした、喜びをおぼえるものだ。そうすると、物怖じしない筆者の勇気が生まれる。

④すべての人間は何かしら弱みやコンプレックスを持つ。読書は、それを書いてくれる作者がいると共感、感銘を呼び起こす。ときには読者が涙して読むような、感動作品が創りだせる。

「心理描写が上手になりたければ、過去の恥、生立ちからのコンプレックを書きない」と強調させてもらった。

 津軽の富豪家の息子で育った、東京帝国大卒の太宰治すら、「人間失格」と自分の弱さをさらけ出し、脱皮している。
 小説とエッセイは創作精神において強く共通するものがある。

 写真:広島県・大久野島。私の育った大崎上島の隣に位置しています。

第43回・元気に100エッセイ教室=距離感について

 良いエッセイ作品とはなにか。作者と素材の間に距離感があり、テーマが読者の心に深く入っていく。これら作品をいう。

 距離感とは何か。教室の30分間講義(エッセイ作法)で、それを取り上げました。

2010年の夏はことのほか雨が少なく、30度以上の厳しい暑さが続いた。メディアは「今年は猛暑」という言葉を連日くり返していた。
 受講生は、それら報道表現に影響されたのだろう、提出作品(提出期限は8月24日)には「今年の夏は猛暑だ」という一律的な表現が数多かった。そう書けば、読者には厳しいな暑さが伝わる、理解される、と思い込んでいる節があった。

「猛暑」とはメディアの受け売り、手垢のついた言葉であり、自分の言葉で書かれた体感ではない。作品がひとたび作者の手元を離れると、いつ誰にどのように読まれるかわからない。
 真冬に読まれたならば、「今年の夏は猛暑だ」と言うだけでは、実感からほど遠いもの。と同時に、読者にとって、満足な夏の描写になっていないので、疑似体験ができない。

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国際ペン・東京大会2010開会式(2)=奄美高校民族演劇部

国際ペンは各国にPENセンターをもつ。その85カ国、200人の文学者・作家が集まった。民族、文化を越えた人たちが一堂に会した。「言論・表現の自由」「戦争に反対」を求める世界的な団体である。


オリンピック、万博、国際ペンの開催は、世界の主要都市のシンボリックなものとして捉えられている。

東京大会の開催式が9月26日に開催された。イベントで、ノミネートされたのが、唯一、鹿児島県立奄美高校の演劇部だった。早稲田大学・大隈講堂に約1000人の前で、民族演芸を披露した。


迫力満点で、一気に観客を魅了した。



女子高校生の魅力的な踊りと歌は、南国・奄美を身近に感じさせた。


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国際ペン・東京大会2010の開会式(1)=挨拶・基調講演

 国際ペン東京大会が25年ぶりに開催された。開会式は9月26日に東京・早稲田大学の大隈講堂で開催された。
 私は広報委員として、開会式の写真撮影と、ノーベル賞作家・高行健さんの基調講演の記事・記録を担当した。
 
 多彩なイベントもあり、写真紹介します。


阿刀田高会長(第15代)が挨拶に立った。最初の東京大会は川端康成会長、2回目は井上靖会長に続く3回目である。


国際ペンのジョン・ラルストン・ソウル会長の挨拶。テーマ「環境と文学」は文学者にとって、今後は一層重要な課題になると述べた。(上)

伴野豊(バンノ・ユタカ)外務副大臣が来賓挨拶を行なった。「政治家にとって、作家は怖い存在です」と話す。(下)

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継続とは力なり=文学をめざす後輩につなげる

 今年の春だった。日本ペンクラブ総会のあと、恒例のパーティーの合間(準備中)に、伊藤桂一さん(日本芸術院会員)と出久根達郎さん(直木賞作家)とがソファーで歓談されていた。ともに知るので、私は伊藤桂一の挨拶で割り込ませていただいた。
「やあ、元気でやっているようだね。君はいつも忙しそうだ。『グループ桂』に顔だせたら、おいで」
 伊藤さんからは、もう30年ほど続く同人誌(純文学)への参加を促された。私はその発起人の一人だったが、いまは足が遠のいている。
 しかし、伊藤さんはなおも継続し指導している。

「伊藤先生は、私の恩師で数十年にわたり、小説の指導していただいたんですよ」
 私は、出久根さんに簡略に説明した。
「えっ、そうなんですか」
「最初は、(文章、小説ともに)下手だったよ、君は」
 といつもの調子で、伊藤さんは笑いながら話されていた。

 伊藤先生の口癖はもう一つ、「いずれ芥川賞か直木賞と期待していたが、君はあれこれやるから小説に集中できていなかったな」という話しをされる。
 そうだろうなと思う。いまの私は、伊藤さんが推薦してくれた日本ペンクラブにおいて、広報委員会、電子文藝館の各委員をやっているので、多少は納得、理解してくださっているようだが……。

 伊藤さんは93歳になられても、同人誌を通した後輩指導を行なっている。他方で、著名な文学賞の選考委員もやっていられる。その情熱には敬服している。
        
       (クループ桂の合評会、2008年11月3日、東京・秋葉原)


「私を育ててくれた、伊藤先生の恩返し」という意味合いもあって、各所でエッセイ教室、小説講座、ブログ講座、さらにかつしか区民大学などで、講師として教えている。
 貴重な時間を割かれるし、負担になるときが多々ある。そんなときは「超多忙な伊藤先生が指導してくれたから、いまの私がある。ボクも、後輩に恩返しするべきだ」と自分に言い聞かせている。

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第42回・元気100エッセイ教室=エッセイの虚構、事実、真実について

「エッセイは事実を書くもの。小説とは違う。虚構(フィクション)、作り物はダメ」
 多くのエッセイストはそのような指導を行なう。そこには、うそ、ごまかし、偽りは悪いもの、という思想が底流に流れているからだ。

 「事実や真実を書きなさい。客観的に」
 と求めてくる。
 それにはつよい疑問をおぼえる。


①「事実」とはなにか。
 人間の五感は人それぞれ異なる。おなじ事件、事故、出来事に対しても、見方や捉え方が違う。伝え方も違ってくる。となると、事実は形も、姿も変わってくる。

「となりが真夜中の大火事で、とても怖かった」と隣家のひとはいう。
「住宅街で、火事があった。半焼であり、家族はみな無事だった」と近在の人が語る。
「消防車がたくさん来た。見に行ったけど、たいした火事ではなかった」とアパート暮らしの大学生が話す。
 これを文章化すれば、大火事、ボヤ程度と表現はまったく違ってくる。


②「真実」とはなにか。
 火事の場合は証拠が消えてしまう。漏電、火の不始末、放火などさまざまだ。死傷者が出ない、一般住宅の家事は消防の見解すらも、経験則によるもの。失火の真の原因となると、不明瞭だ。真実とは推量に過ぎない。

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「国際ペン東京大会2010開催」・申し込みが開始

 日本ペンクラブ7月度例会が13日、東京會舘11階シルバールームで開催された。冒頭のミニ講演は、映像作家の岩崎雅典さんで、タイトル「稀少動物と生物多様性」だった。

岩崎監督は秋田県出身で、早稲田大学から岩波映画に入り、NHKや民放の動物記録映画など数多く撮ってきた。


 国際ペン大会の文学フォーラムは『環境と文学』であり、9月23日には早稲田大学・小野記念行動で、岩崎監督撮影の、動物たちの生殖生態の映画が上映される。岩崎さんと観客との対話も行なわれる予定である。


 吉岡忍常務理事から、刷り上ったばかりの同フォーラム・チラシの説明があった。「環境と文学 いま、何を書くか」というメインタイトルで、9月23日-25日において早稲田大学・大隈講堂で、6作品の一挙舞台化される。と同時に、作家が自作を語る。

 作品の朗読は、元NHKキャスター・松平定知、元NHKアナウンス室長・山根基世、俳優・松たか子、講談師・神田松鯉、俳優・吉行和子、活動写真弁士・片岡一郎の各氏である。作品によって、踊り、ピアノ演奏も入る。


 開会式は9月26日(日)で、井上ひさし群読劇「水の手紙」、ノーベル賞作家の講演も一般公開される。

 日本ペンクラブ会員はもちろんのこと、一般の方も入場できます。
 入場料はすべて無料ですが、プログラムごとに事前登録が必要です

関連情報

申し込み: 日本ペンクラブ
      FAX:03-3508-1710 FAXの期限は9月15日

外れ馬券の裏に、著名作家のサイン

 国際ペン東京大会が9月下旬に、日本では25年ぶりに開催される。会場は京王プラザホテルと、早稲田大学の二ヶ所である。同大会の予告シンポジウムが7月11日(日)に、東京ビックサイト・会議塔で開催された。

 12時半からは日本ペンクラブ専務理事・浅田次郎さんの『読むこと 書くこと 生きること』の講演会だった。浅田さんは1日の半分は読書に、後の半分は執筆に費やすという。彼は話し上手で、ユーモアたっぷりに語る。観客は常に笑いに満ちていた。

「なぜ、浅田次郎というペンネームにしたか」
 それにはいろいろ自説、他説があるという。将来、小説が売れるようになったら、書籍売り場の「あ」のコーナーで最初に並ぶ。これは目立つ。それも理由の一つだった。サイン会に話が及ぶ。浅田次郎は、割りに書きやすく、次々にサインを処すことができる。
 顔は売れているようでも、ラーメン屋にいても、どこかで見た顔だな、という程度。ただ、神田の古本屋街では、間違いなく特定されるし、サインを求められる。
競馬場で、サインを求められたエピソードに及ぶ。競馬新聞と赤鉛筆を差し出される。ひどい人になると、外れ馬券の裏に書いてくれ、という。会場は爆笑だった。

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第41回・元気100エッセイ教室=理数系と文科系の違い

 人間には右脳派と左脳派とがある。右利き、左利きがある。得意、不得意もある。理数系と文科系にも違いが出る。永年、受講生の添削を行っていると、ある種の傾向が見えてきた。


 ☆理数系・文章の一般的な特徴として、硬い文章で、隙間や遊びが無く、読者が読むほどに神経が張りつめ、疲れやすい。

 ①文章の削りすぎ
 ②漢字が並びすぎ
 ③助詞などの文字が抜け落ちている
 ④修飾が極度に少ない
 
 上記の4点が目立つところだ


 ☆文科系・文章の一般的な特徴として、もって回った言い方、くり返しの連続から、文章がゆるみ、読者には冗漫で飽きがきてしまう。

 ①文字数が多く、文章の圧縮ができていない。
 ②「のような」「という」「のだった」という不必要な言葉が多い。
 ③行空けがやたら多い。あるいは改行の多発が見られる。
 ④荒削りの文が多く、精査すべき推敲の回数が少ない

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