いさり火文学賞・受賞作『潮流』が、日本ペンクラブ:電子文藝館に転載
『潮流』が、北海道新聞社『いさり火文学賞』を受賞したのは2004年である。すでに5年が経つ。北方領土が日本に返還されないかぎり、この作品は生きつづけている、と思う。その面では古くならない作品だともいえる。
この素材は作品化するまで、十年余年を要した。北海道・函館で乗ったタクシーの運転手が、当時のソ連警備艇に拿捕され、ナホトカに連行された。漁船そのものが監獄で、目隠しされて、上陸は一歩も許されなかった、と聞いた。
「よく発狂しなかったな。閉鎖的な船室に閉じ込められて」
それが第一印象だった。
その後は何度も北海道を訪ね、その漁船員から密漁の話を聞かせてもらった。当初はミステリー仕立てにした。(四百字詰め原稿用紙550枚)。江戸川乱歩賞は二次予選を通過したが、候補作にはならなかった。そこで、あらためて純文学に仕上げようと、北海道東部に出向き取材した。別の漁船員から、特攻船の体験談なども聞いた。
「いさり火文学賞」を受賞した先が北海道新聞で大変よかった。担当部長が根室支局、釧路支局に問い合わせたり、密漁に詳しい記者を紹介してくれたり、微妙に事実と違う点を指摘してくれた。漁船員のうる憶え、曖昧な点が補強できた。その情報網はさすが北海道に根を張る新聞社だと感心させられた。
550枚の作品が80枚にまで圧縮された。その面では濃密な、思い入れが深い作品だった。このたび日本ペンクラブ:電子文藝館の『小説』コーナーに掲載された。
同館には島崎藤村・初代会長からの歴代会長作品、ノンフィクション、詩歌、随筆、小説などいくつものジャンルに分かれている。来年には合計1000作品に達する予定である。無料で読める。
日本ペンクラブの正会員ならば、既発表作品に限って一年一作を載せることができる。(未発表の書き下ろしは不可)。他方では、過去の著名な作家(会員、それに準じる人)の掘り起こしが行われている。
「小説」コーナーは、既存のペン会員の作品が少ないだけに、過去の著名な作家が目立つ。「潮流」のまえは森鴎外の作品だ。さらに10作を見ても、中山介山、大岡昇平、樋口一葉らの作品が並んでいる。
これら大物作家の作品に囲まれているだけに、日本ペンクラブの会員になってよかったな、という感慨を覚えた。