小説家

小中陽太郎さんを囲む「ヨタロウ会」の暑気払いは、鰻屋の老舗で

「ヨタロウ会」は8月4日、東京・南千住の鰻屋の老舗「尾花」で行われた。
 小中陽太郎さん(作家)が、「この猛暑を乗り切り、元気を付けるために、鰻を食べよう」と提案したもの。同会の幹事・瀧澤陽子さんの案内書には、「尾花は超人気の店で予約できない、遅れると入れないかも」という趣旨の添え書きがあった。


 私はそれなりに時間を気にしながら、千住大橋から徒歩で、南千住・駅前の鰻屋に出むいた。7、8分ほど遅れた。和風の座敷に上がろうとすると、店員がストップをかけてきた。順番の割り込みだとみなされ、嫌な顔をしていた。ここは厚かましく、事情を説明し、仲間12人の席につくことができた。

 長テーブルで隣り合うのが、堀佶さんだった。堀さんはかつてポプラ社の名編集で、いまはフリー編集者だ。このたび日本ペンクラブの広報委員会の委員になられた。来年の国際ペン・東京大会にむけて、会報、メルマガで、ともに力を合わせる仲間となった。それらを中心に話が弾んだ。

    

 真向かいは相場博也さん(創森社)である。相場さんは出版社「家の光」の編集部で、主として単行本を手がけていた。出版に思うところがあって、若くして独立し、単行本を発行する会社を興した。社長として、つねに企画のアンテナを張っているという。「一に企画、二に企画、三、四がなしで、五に企画だ」と強調されていた。
 私が42回地上文学賞(家の光)を受賞したというと、同社にいた相場さんは「すごいですね、地上賞の受賞ですか」とおどろかれていた。当時の編集長や選者の名まえが酒の肴になった。

 小中陽太郎さんが席にやってきた。「大原雄さんは急に葬儀に参列することになった。何でもNHKの先輩らしい。こればっかりは予定が付かないからな」という。残念だが、葬式ではしかたない。
「穂高君は伊藤桂一さんの教え子だ」と小中さんが皆に紹介したことから、伊藤桂一さんの話題がひときわ盛り上がった。高齢で頭脳が明晰、80代半ばで再婚した、と多くの人が知る。

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化粧する少女 さとう良美(小説の書き方・受講生)

化粧する少女


                        さとう良美 

 電車内で、少女が化粧をはじめた。
十五、六歳になるだろうか。肌は健康そうな、ピンク色をしていた。ついこの間まで、青空の下をかけずり回っていたような、幼さが見えた。

 電車の車内で、少女が化粧する場面を、目にするようになったのは、ここ十年ほどのことだ。はじめはとても違和感があった。時と場所をわきまえなさいと、しかりつけたい衝動に駆られた。
同じような場面に、しばしば出会うようになり、しだいに衝撃も薄れてきた。最近は、ああ、またこの子も、これも時の流れなのだろうと、軽く受け止めるようになった。

 この日、出会った少女は車内で、ベージュ色の大きなバックを、ひざにのせた。そして、B5版ほどの鏡をとりだした。これまで車内で見かけた鏡のなかでは、一番大きかった。もはや手鏡とはいえない代物だった。
 少女に興味がわいた。わたしは読みかけの本を閉じ、隣席の彼女に目をやった。これから、彼女はどんな化粧をするつもりなのだろうか。
 少女は、自分の顔がよくうつるように、バックの上の鏡をセットした。手を差し入れ、底のほうから化粧道具の詰まった化粧ポーチを取り出した。
 彼女は、そのなかから平たいプラスチックケースを出した。ケースのふたを開けた。青や茶のアイシャドーの、固められた粉が並んでいた。
 少女は化粧筆に茶色の粉をたっぷり含ませた。筆がまぶたの上を何度か往復した。少女は、出来上がりを確認するため、鏡をのぞき込んだ。両まぶたには、アイシャドーが重ね塗りされた。少女の顔が、少しだけ女になった。
 少女は鏡に向かって、目をパチパチさせ、小さくほほえんだ。どうやら合格らしい。

 次に、バックから取り出されたのは、マッチ箱ほどのプラスチックボックスだった。つけまつげが何組か入っていた。
 少女は、最も長くカールした、つけまつ毛を選んだ。左の親指と人差し指でつまみあげると、右手に持った、小さいチューブに近づけた。
 白い糊がチューブから、にょろにょろと押し出されていく。それがつけまつげの根元に塗りつけられた。1ミリくらいの、白い線になった。糊のついたつけまつげは、手早く、少女の本物のまつげ、その上に運ばれた。実物のまつげと重なり、浮いたようになった。少女は細いプラチックの棒で、まつげの根元をぎゅっと押しつけた。目じりから目元まで、なじませていく。
 つけまつげはついに、実物まつげと一体になった。彼女が瞬きをするたびに、ばさばさと音が聞こえてきそうだ。まばたきは重くないのだろうか。わたしはそれが気になった。
 少女の顔が、大きく変わった。アニメに登場する、美少女のようになった。

 鏡をのぞき込む少女は、出来上がりに満足したのか、緊張した表情をゆるめ、ふっとため息をついた。
 少女の化粧が一段落したことで、わたしはふと周囲をながめた。昼下がりの、私鉄電車はすいていた。立っている乗客はなく、七人がけのシートに数人の客が座っていた。

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32回「元気エッセイ教室」作品紹介

 エッセイ作品では一般的に会話文が少ない。私はできるだけ、会話を入れなさいと指導している。
 上手な会話文の挿入は読者を引き込むうえ、登場人物が立ち上がってくる。散文において、会話の効果は高いものがある。小説でもいえるが、上手い会話は文章を生き生きさせる。

「会話文」は、「話しことば」とは違う。ここが最も押えどころだ。
 日常会話をそのまま文字にすると、ダラダラと冗漫な会話の連続になる。必要で、外せない、限られた会話文のみに限定することだ。



会話文の技法(コツ)として


①ムダな言葉は書かない。とくに時候の挨拶、別れのことばは省略する。
 おはよう。暑いですね。さようなら。お元気でしたか。久しぶりですね。
②会話のなかで、説明文を展開しない。
作者の説明が会話で入ると、読者が遠のく。
④読者が予想しなかった、会話を連ねて行く。
⑤会話から、人物の動作や心理がわかるように書く
⑥双方の意見が違う。対立する。それを会話にすると、良い流れがうまれる。

これら①~⑥の項目について、会話文の実例をもって説明した。


 今回の作品紹介は、心に響くもの、国内外の物珍しい体験、旅行先で心痛むもの、過去に遡って両親を想う懐古の情などと、幅が広い。他方で、日常の些細な出来事だが、一気に読ませるもの、動物、植物との心底からの触れあいの作品が並ぶ。

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31回「元気エッセイ教室」作品紹介

 1年間に10回の講座回数で歩んできた。「エッセイ教室30回記念誌」が作られた。30回におよぶ作品の創作活動は、その都度において緊張感が伴う。「いろいろな人が読む」という緊張と刺激が力量を押し上げてきた。
 この先も、新たな飛躍のためにも、今回のレクチャーはあらためて「エッセイの基本作法」の確認をおこなった。

 主たるポイントとしては、
①素材は、自分自身が体験したものを抽出する。他者から聞いた話は避ける。
②テーマは、絞り込んで、絞り込んで、最小のものにする。
③構成は、現在、過去、現在の組み合わせをする。
④書き出しはできるかぎり情景文にする。
⑤結末には、作者の説明は入れない。


文章の上手な書き方」についても、確認をおこなった。


演習】は情景文と説明文の使い分けである。受講生たちはそれぞれ一枚の写真(花壇に立つ、二人の少女の像)を見て、書き出しの描写をおこなった。


作品紹介」として、
 受講生はみな力をつけてきた。作中で「人間の生き方」について、それぞれシャープに切って見せてくれる。それ自体に魅力があり、読み応えもある。光る文章、感銘することばなども拾い上げてみた。

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旭日中綬章の祝賀会は、一人2000円台の居酒屋

 日本ペンクラブは来年9月に、国際ペン東京大会を開催する。25年ぶりの開催となる。昨年の世界フォーラム「災害と文化」をさらに上回る、大型イベントである。テーマは「環境と文化」に決定している。
開催までの一年半にむかって毎月一回、準備委員会が同クラブ大会議室でおこなわれている。
 

 5月12日は、阿刀田高会長、浅田次郎専務理事、西木正明、吉岡忍、高橋千劔破(ちはや)各常務理事、中村敦夫さんなど各委員長および副委員長が集まった。
 今回は「環境と文化」に対する副題とか、国内外へのPR活動、海外作家の招聘などについて討議された。日本を代表する作家たちだけに、副題のことば一つにも、微妙な言い回しにこだわっていた。

 運営面となると、25年前の井上靖会長の下で行われた東京大会がつねに話題にあがる。当時の経験者たちは、記憶をよみがえらせ、それらを参考にしている。と同時に、井上靖会長の大きさが折々に語られている。


 準備委員会が終わると、茅場町の居酒屋・「浜町亭」に流れる。六人掛けテーブルが二つ。詰め込んで13人が座った。それぞれが多様な話題を持ちだす。

 阿刀田高さんが2つのテーブルをかけ持った。双方で、今春の旭日中綬章に対する乾杯の盃を掲げていた。
 こちらの席に移ってきたとき、
「受賞の理由はなんですか?」
 私は聞いてみた。当局からは受賞の理由は何も教えてくれなかったという。「昨年色っぽい小説を書いたから、少子化対策に寄与したからかな?」
 阿刀田さんはブラックユーモアなど「短編の名手」らしく、切り口よく笑わせていた。日本ペンクラブ会長として、文化的な寄与だと思われる。
「打診はあったのですか」
「まったくなく、唐突に話が来ました」
 阿刀田高さんとしては、予想外という口ぶりだった。
       

        (左:阿刀田高さん、右:高橋千劔破)

 阿刀田さんの話を受けて、高橋千劔破さんが、ある打ち明け話を披露した。
「当人に直接の打診をしないで、該当者の周りの人に、勲章は貰ってくれそうですかね、と問い合わせするんですよ。ノーベル賞を受賞した大江健三郎さんは文化勲章を断った。これは打診のしょうがなかった……、というケースでしょうね」
 

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30回「元気エッセイ教室」作品紹介

冒頭のレクチャーは、「悪文の研究について」とした。

 私が小説を学びはじめた30代初めのころ、「講談社フエーマススクールズ」に通いはじめた。直木賞作家・伊藤桂一氏から、執筆の根幹を築ける指導を受けた。当時、教室に提出した作品の講評は小説家、編集者、批評家と多彩だった。大変勉強になった。

 小説現代の川端編集長から「あなたは悪文だが、作品は面白い。ただ、編集者によっては頭から悪文を受け入れない人がいるよ」とアドバイスを受けた。

「悪文とは何か」。自分にそう問うてもわからない。答えられない。長く悩んだ。そこで、小説の神様といわれた、志賀直哉の長編『暗夜航路』を原稿用紙に書き写すことをおこなった。日々に原稿用紙で3、4枚ずつ、3年はほど続けた。ずいぶん根気がいった。それで悪文から脱皮できたと思っている。

 エッセイは「悪文」を気にすることはない。文章が劣っていても、内容(素材)に深みがあった、感動させたりすれば、味のある良品となるからだ。文章よりも、素材の切り口の勝負なのだ。

 文章作法からみた「悪文」の条件はありえる。
①誤字脱字が多い。
②区切り符号、改行、段落などの使い方が正しくない。
③慣用語の使い方を間違っている
④借り物の表現が多い。自分の目で見た文章ではない。
⑤センテンスが長すぎて、主語と述語のかかり方が悪い。
⑥文と文のつなぎが悪い。
⑦修飾語が長すぎる

 文章を書きなれてくると、書き上げた後の推敲で、「悪文」の大半が改善される。そのためにも、「良い読み手」を求めてください、と強調した。

 今回は30回目ということで、受講生は気合が入っていた。作品のテーマ、書き出し、結末、ストーリーは4大要素だ。今回はできるだけ「書き出し」と「結末」を結びつけた、作品紹介としてみたい。

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29回「元気エッセイ教室」作品紹介

 今回は、「エッセイは何のために書くのか」と,受講生には一度振り返り、自問してもらった。それぞれにエッセイに取り組む、その意義、目的、思いなどは異なる。
「私自身のために書く」
 それは全員に共通するものだ。

 エッセイと日記との違いは明瞭だ。日記は自分自身が読むもの。エッセイは他人に読んでもらうもの。この違いは大きい。

 エッセイには読者に感動を与え、共感を得る、という目的がある。突きつめると、『この世に生きてきた、いま、ここに生きている』という姿を描き、他人に読ませるもの。それがエッセイの真髄である。

 エッセイと記事の違いはどこにあるか。記事は5W1Hで、より事実、史実のみを読者に知ってもらうことだ。書き手の感情や感覚を排除した、客観性が求められる。

 エッセイは主観で書くものだ。過去、現在、将来の一部を切り取って書きつづる。五感、あるいは全身で感じたこと、想いなどを読者にも同様に感じてもらうものである。

 今回の作品紹介は、作者の意図や狙いなどを中心においてみたい。『書きあげた作品は手を離れると、一人歩きをする』。読み手の考えと、作者の意図がまったく違うケースもある。それが前提である。

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28回『元気100エッセイ教室』作品紹介

 冒頭の30分は毎回、「作品作り」の基本レクチャーをおこなっている。届いた作品を一通り読んでから、講義する内容を決めている。
 今回は「比ゆ」を取り上げてみた。比ゆには大まかに2種類ある。

直喩
「あたかも」「さながら」「まるで」「ようだ」「みたいだ」で、表現されるもの。

隠喩】(比ゆだとはっきりわかるように、表面に出さない)
「眉は三日月」「黄金色の稲穂」「疲れたネクタイ」「落葉の船」という類である。


 比ゆは成功と失敗とに極度に分かれやすい。使う場合はしっかり吟味することが大切だ。比ゆが効果的だと、文章が光る。反対に、しっくりこない比ゆ、手垢のついた比ゆなどは作品の価値を下げたり、駄文扱いにされたりする。

 作品の評価を下げてしまう、比ゆとは。

① 手垢がついた比ゆ
「抜けるような青空」「海よりも深い愛情」「山のような大波」「りんごのような頬」「借りてきた猫のようにおとなしい」「鬼みたいに怖い顔」

大げさな比ゆ
「水晶のような瞳」「噴火口のようなニキビ」「心臓が破れたようだ」「冷酷な女だ」「透き通った肌だ」

 創作とは自分の言葉で書くもの、描くものだ。「比ゆ」も自分の創作であるべきだ。借り物の比ゆは、作品の価値を落としてしまう。


 28回目となる、エッセイ作品を紹介したい。今回は奇抜な題名が目立った。『爆弾のオミヤゲ』『墓場への近道』『ムール貝のバカ喰い』『ついてない』などである。こうした題名に出会うと、どんな内容か、と興味が深まるものだ。

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原作者・新津きよみさんが、フジTV系・連続ドラマ「トライアングル」を語る

 毎火曜の夜10時からフジ系列で、連続テレビドラマ『トライアングル』が放映されている。原作者は、人気推理小説作家の新津きよみさん。関西テレビ(大阪本社)が開局50周年記念のために、依頼した、書き下ろし作品である。

 日本ペンクラブ2月例会が2月16日、東京會館でおこなわれた。同会場で、新津きよみさんに、「原作者として、TVドラマ『トライアングル』をどう見て、どう感じているか」と直撃インタビューしてみた。広報委員会委員の鈴木悦子さんも質問に加わった。井出勉・事務局長代理も興味ぶかく聞いていた

穂高 「ちまでは評判の良い連続テレビドラマで、私の知り合いは家族全員で観ていますよ。いまは何回くらいまで進んでいるの?」
新津 「あしたの火曜日夜で、七編(話)です」
穂高 「何回くらい連続する予定なの?」

新津 「さあ? TV局から台本は貰っていないし、知らされてないの。『トライアングル』HPには未定と書かれているし、判らないわ。私が書いた原作はエピソード(事件)は6、7編(話)で消化されて、終っているけど……。その先は脚本家のオリジナルだから、どうなのかしら…?」
鈴木 「TVの連続ものは、ワンクールがだいたい10回か、11回なんですよ。だから、その辺りじゃないかしら」

 作家の手から原作(作品)が離れると、TV局と脚本家との打ち合わせで進められ、原作者にはフィードバックはないようだ。
             
            鈴木悦子さん(左) 新津きよみさん(中) 井出勉さん(右)

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第27回 『元気100エッセイ教室』作品紹介

 エッセイは日常の出来事を書く、歩んできた記録を書き残す。この二つが最も多いだろう。今回のレクチャーでは、この二つについて述べた。

「日常生活の一こま」や「身辺の小さな出来事」を素材に取上げ、読者を感動させたり、印象深い作品としたりする。それには素材の切り口が大切だ。


 常識の目で見、常識的な書き方は、読み手には退屈な作品になる。素材(対象)をやや斜(はす)から見たりすると、切り口がシャープで、新たな見方、新しい考え方の作品がうまれてくるものだ。つまり、些事な素材でも、読者にはおどろきやショックや感動などを与える作品になる。


 今回の提出作品から、素材の切り口や、その処し方などを中心にみていきたい。


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