小説家

美人推理作家「新津きよみさんを囲む会」が発足

 新津きよみさんは、いまや推理小説作家の第一人者だ。今年は関西テレビ放送開局50周年記念ドラマ:『トライアングル』の原作者としても脚光を浴びた。2、3ヶ月に一度は新作を世に送り出すほど、執筆は超多忙の人気作家だ。当然ながら、読者層も広がっている。


作品の一部にはスーパーマーケットの万引き事件が出てくる。新津さんはかつて近在の店舗で、犯人が捕まる瞬間を目撃したという。
 彼女が店を出た瞬間、(保安員に)背後から、呼び止められた。「一瞬ドキッとしました。何で? 私が」と思ったという。ところが、彼女の真横にいた人が万引き犯だったのだ。連行される一部始終を見ていた、新津さんは強烈な印象となり、小説の素材のひとつになった、と打ち明けてくれた。

                     (左から、古関雅仁さん、新津きよみさん、関根稔さん)


 大手スーパーの店舗管理職で、大の新津きよみさんファンがいる。新刊が出るたびに、購読している。関根稔さん、古関雅仁さん、持田重雄さんの3人だ。かれらは常々、「流行作家と生の声で話を聞いてみたい」という願望を持っていた。

 3人は日々のスーパー業務で、多種多様な万引きと向かい合う。捕捉(ほそく)した万引き犯の、生活の困窮、盗癖、社会的背景などを知る機会が多い。警察にどのタイミングで出すか。それら判断は実務の一つだ。
 推理小説の情報提供者として、新津さんにもメリットあるだろう、と橋渡しをしてみた。彼女の承諾が得られた。

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34回「元気エッセイ教室」作品紹介

 エッセイは作者の『心情』が表現されているほど、良い作品だ。出来事が小さくても、日常の些事でも、「作者の心」が十二分に表現されていれば、読み手を引き込む、求心力の強い作品になる。

書くうえでの『心情』の留意点として

① 日常茶飯事のことがらで、誰もが見逃す、通り過ぎて行く、そこに焦点を当ててみる。
② 人には数々の苦しかった体験がある。自責のミス、落ち度で窮地に立った出来事を取り上げてみる。
③ 事象と自分の心を執拗に往復させ、心理描写は多めを心がけて書く。
④ 「この程度で、読者が解ってくれるだろう」という、読者への甘えは止める


 毎回、写真を使った演習を行っている。今回の『心理描写』の演習は難しかったようだ。

 16歳の妊婦と父親(33)の写真と会話を紹介し、それぞれに「私の心情」「私の考え」「私の思い」を書いてもらうものだった。受講生の世界とあまりにも乖離し、お手上げ状態の人が複数いた。

 エッセイ作品の提出は15人で、過去最大だった。人生経験豊かな受講生だから、味のある作品がずらり並ぶ。それら作品を紹介したい。

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33回「元気エッセイ教室」作品紹介

 散文(叙情文)では、「会話がうまく書ければ一人前」といわれている。小説に限らず、エッセイにおいても「会話文」の挿入は重要。会話が入れば作品が読みやすく、登場人物の言動がとらえやすい。短い会話の行数でも、人物が立ち上がってくる。

 今回は「会話の書き方」のPART2として、応用編をレクチャーした。

① 会話を入れる場合、人物の性格とか、特徴とか、相手の表情とかが浮き出るようにする。ストーリーを追わない。

② 仲の良い二人でも、意見の違い、考えの違いがある。それを書いてみる。

③ 会話する、双方の心理が動くような内容にする。

④ 会話には、説明文を入れない。

⑤ 会話は、全体比で2、3割以内にとどめる。多すぎると、会話が目立ちすぎて、軽い作品になる。

 この5点に絞り込んで、事例を出して説明した。

 提出された7月度エッセイは、終戦記念日が近い、ということもあって、戦争が関わる素材が多かった。どの作品からも、戦争は二度としてはならない、という反戦の訴えが読み取れた。


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ノンフィクション「古写真の青春」

 東京の街路樹にも、セミが鳴いていた。8月初旬、炎天下の陽炎がめらめら舗道から立ち上がる。誰もがハンカチで汗を拭う。
 焼けた都会の太陽がやや傾いてきた。学友たちがひさしぶりに、人形町に集ってきた。
  昨年末の有楽町ガード下の屋台から、半年が経つ。すぼらな幹事のヤマ屋が6ヵ月間も穴を開けたことから、更迭人事が行われた。

 
 新任の幹事は、張り切りボーイと言われた元布団屋だ。学友会は目的のひとつが「安くて、美味しくて、雰囲気の良い店を掘り当てる」というもの。それが幹事の腕の見せどころだ。

 元布団屋は当然ながら張り切り、人形町の居酒屋「手前みそ・人形町店」を探し当ててきた。4時45分。酒場には客人が一人もいない。一番客となると、店員が揃って親切な態度で挨拶。席に案内して、懇切丁寧にメニューの紹介がはじまった。価格帯を含めて、満足できる店だった。


 今回は元銀行屋が欠席だ。理由はしごとだ。それも、前夜のメールだった。
「奴のために、七月末を変更して、きょうを決めたのに……。それなのに欠席か」とヤマ屋が文句をいう。
 元銀行屋は定年後の再就職先で、いまはバイトの身分だ。「そこでも忠誠心をつくすなんて、信じがたい。高度成長期の悪しき習慣から抜け切れていない」と批判する。
あのころは、家庭よりも親戚づきあいよりも、仕事とゴルフが優先だった。上昇志向で、深夜まで働き、休日出勤も厭わない。そんな猛烈社員がひしめいていた。

「目くじらを立てて批判いることはない。また、会えるさ。なんでも、会社関係で不幸があったらしい」
 元焼き芋屋なだめる。大学時代の友はさして利害もない。それだけに、すぐさま一件落着だ。

 元布団屋が話題づくりとして、大学時代のゼミの写真を持ってきた。著名な中国古物収集家だった父親の子だ、物持ちが良い。自家の押入れの隅々から、ゼミ時代の論文集までも掘り当ててきた。それには、誰もが驚きの声をあげた。

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いさり火文学賞・受賞作『潮流』が、日本ペンクラブ:電子文藝館に転載

『潮流』が、北海道新聞社『いさり火文学賞』を受賞したのは2004年である。すでに5年が経つ。北方領土が日本に返還されないかぎり、この作品は生きつづけている、と思う。その面では古くならない作品だともいえる。


 この素材は作品化するまで、十年余年を要した。北海道・函館で乗ったタクシーの運転手が、当時のソ連警備艇に拿捕され、ナホトカに連行された。漁船そのものが監獄で、目隠しされて、上陸は一歩も許されなかった、と聞いた。
「よく発狂しなかったな。閉鎖的な船室に閉じ込められて」
 それが第一印象だった。
 その後は何度も北海道を訪ね、その漁船員から密漁の話を聞かせてもらった。当初はミステリー仕立てにした。(四百字詰め原稿用紙550枚)。江戸川乱歩賞は二次予選を通過したが、候補作にはならなかった。そこで、あらためて純文学に仕上げようと、北海道東部に出向き取材した。別の漁船員から、特攻船の体験談なども聞いた。

「いさり火文学賞」を受賞した先が北海道新聞で大変よかった。担当部長が根室支局、釧路支局に問い合わせたり、密漁に詳しい記者を紹介してくれたり、微妙に事実と違う点を指摘してくれた。漁船員のうる憶え、曖昧な点が補強できた。その情報網はさすが北海道に根を張る新聞社だと感心させられた。

 550枚の作品が80枚にまで圧縮された。その面では濃密な、思い入れが深い作品だった。このたび日本ペンクラブ:電子文藝館の『小説』コーナーに掲載された。

 同館には島崎藤村・初代会長からの歴代会長作品、ノンフィクション、詩歌、随筆、小説などいくつものジャンルに分かれている。来年には合計1000作品に達する予定である。無料で読める。
 日本ペンクラブの正会員ならば、既発表作品に限って一年一作を載せることができる。(未発表の書き下ろしは不可)。他方では、過去の著名な作家(会員、それに準じる人)の掘り起こしが行われている。

「小説」コーナーは、既存のペン会員の作品が少ないだけに、過去の著名な作家が目立つ。「潮流」のまえは森鴎外の作品だ。さらに10作を見ても、中山介山、大岡昇平、樋口一葉らの作品が並んでいる。
 これら大物作家の作品に囲まれているだけに、日本ペンクラブの会員になってよかったな、という感慨を覚えた。

日本ペンクラブ:電子文藝館

小中陽太郎さんを囲む「ヨタロウ会」の暑気払いは、鰻屋の老舗で

「ヨタロウ会」は8月4日、東京・南千住の鰻屋の老舗「尾花」で行われた。
 小中陽太郎さん(作家)が、「この猛暑を乗り切り、元気を付けるために、鰻を食べよう」と提案したもの。同会の幹事・瀧澤陽子さんの案内書には、「尾花は超人気の店で予約できない、遅れると入れないかも」という趣旨の添え書きがあった。


 私はそれなりに時間を気にしながら、千住大橋から徒歩で、南千住・駅前の鰻屋に出むいた。7、8分ほど遅れた。和風の座敷に上がろうとすると、店員がストップをかけてきた。順番の割り込みだとみなされ、嫌な顔をしていた。ここは厚かましく、事情を説明し、仲間12人の席につくことができた。

 長テーブルで隣り合うのが、堀佶さんだった。堀さんはかつてポプラ社の名編集で、いまはフリー編集者だ。このたび日本ペンクラブの広報委員会の委員になられた。来年の国際ペン・東京大会にむけて、会報、メルマガで、ともに力を合わせる仲間となった。それらを中心に話が弾んだ。

    

 真向かいは相場博也さん(創森社)である。相場さんは出版社「家の光」の編集部で、主として単行本を手がけていた。出版に思うところがあって、若くして独立し、単行本を発行する会社を興した。社長として、つねに企画のアンテナを張っているという。「一に企画、二に企画、三、四がなしで、五に企画だ」と強調されていた。
 私が42回地上文学賞(家の光)を受賞したというと、同社にいた相場さんは「すごいですね、地上賞の受賞ですか」とおどろかれていた。当時の編集長や選者の名まえが酒の肴になった。

 小中陽太郎さんが席にやってきた。「大原雄さんは急に葬儀に参列することになった。何でもNHKの先輩らしい。こればっかりは予定が付かないからな」という。残念だが、葬式ではしかたない。
「穂高君は伊藤桂一さんの教え子だ」と小中さんが皆に紹介したことから、伊藤桂一さんの話題がひときわ盛り上がった。高齢で頭脳が明晰、80代半ばで再婚した、と多くの人が知る。

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化粧する少女 さとう良美(小説の書き方・受講生)

化粧する少女


                        さとう良美 

 電車内で、少女が化粧をはじめた。
十五、六歳になるだろうか。肌は健康そうな、ピンク色をしていた。ついこの間まで、青空の下をかけずり回っていたような、幼さが見えた。

 電車の車内で、少女が化粧する場面を、目にするようになったのは、ここ十年ほどのことだ。はじめはとても違和感があった。時と場所をわきまえなさいと、しかりつけたい衝動に駆られた。
同じような場面に、しばしば出会うようになり、しだいに衝撃も薄れてきた。最近は、ああ、またこの子も、これも時の流れなのだろうと、軽く受け止めるようになった。

 この日、出会った少女は車内で、ベージュ色の大きなバックを、ひざにのせた。そして、B5版ほどの鏡をとりだした。これまで車内で見かけた鏡のなかでは、一番大きかった。もはや手鏡とはいえない代物だった。
 少女に興味がわいた。わたしは読みかけの本を閉じ、隣席の彼女に目をやった。これから、彼女はどんな化粧をするつもりなのだろうか。
 少女は、自分の顔がよくうつるように、バックの上の鏡をセットした。手を差し入れ、底のほうから化粧道具の詰まった化粧ポーチを取り出した。
 彼女は、そのなかから平たいプラスチックケースを出した。ケースのふたを開けた。青や茶のアイシャドーの、固められた粉が並んでいた。
 少女は化粧筆に茶色の粉をたっぷり含ませた。筆がまぶたの上を何度か往復した。少女は、出来上がりを確認するため、鏡をのぞき込んだ。両まぶたには、アイシャドーが重ね塗りされた。少女の顔が、少しだけ女になった。
 少女は鏡に向かって、目をパチパチさせ、小さくほほえんだ。どうやら合格らしい。

 次に、バックから取り出されたのは、マッチ箱ほどのプラスチックボックスだった。つけまつげが何組か入っていた。
 少女は、最も長くカールした、つけまつ毛を選んだ。左の親指と人差し指でつまみあげると、右手に持った、小さいチューブに近づけた。
 白い糊がチューブから、にょろにょろと押し出されていく。それがつけまつげの根元に塗りつけられた。1ミリくらいの、白い線になった。糊のついたつけまつげは、手早く、少女の本物のまつげ、その上に運ばれた。実物のまつげと重なり、浮いたようになった。少女は細いプラチックの棒で、まつげの根元をぎゅっと押しつけた。目じりから目元まで、なじませていく。
 つけまつげはついに、実物まつげと一体になった。彼女が瞬きをするたびに、ばさばさと音が聞こえてきそうだ。まばたきは重くないのだろうか。わたしはそれが気になった。
 少女の顔が、大きく変わった。アニメに登場する、美少女のようになった。

 鏡をのぞき込む少女は、出来上がりに満足したのか、緊張した表情をゆるめ、ふっとため息をついた。
 少女の化粧が一段落したことで、わたしはふと周囲をながめた。昼下がりの、私鉄電車はすいていた。立っている乗客はなく、七人がけのシートに数人の客が座っていた。

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32回「元気エッセイ教室」作品紹介

 エッセイ作品では一般的に会話文が少ない。私はできるだけ、会話を入れなさいと指導している。
 上手な会話文の挿入は読者を引き込むうえ、登場人物が立ち上がってくる。散文において、会話の効果は高いものがある。小説でもいえるが、上手い会話は文章を生き生きさせる。

「会話文」は、「話しことば」とは違う。ここが最も押えどころだ。
 日常会話をそのまま文字にすると、ダラダラと冗漫な会話の連続になる。必要で、外せない、限られた会話文のみに限定することだ。



会話文の技法(コツ)として


①ムダな言葉は書かない。とくに時候の挨拶、別れのことばは省略する。
 おはよう。暑いですね。さようなら。お元気でしたか。久しぶりですね。
②会話のなかで、説明文を展開しない。
作者の説明が会話で入ると、読者が遠のく。
④読者が予想しなかった、会話を連ねて行く。
⑤会話から、人物の動作や心理がわかるように書く
⑥双方の意見が違う。対立する。それを会話にすると、良い流れがうまれる。

これら①~⑥の項目について、会話文の実例をもって説明した。


 今回の作品紹介は、心に響くもの、国内外の物珍しい体験、旅行先で心痛むもの、過去に遡って両親を想う懐古の情などと、幅が広い。他方で、日常の些細な出来事だが、一気に読ませるもの、動物、植物との心底からの触れあいの作品が並ぶ。

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31回「元気エッセイ教室」作品紹介

 1年間に10回の講座回数で歩んできた。「エッセイ教室30回記念誌」が作られた。30回におよぶ作品の創作活動は、その都度において緊張感が伴う。「いろいろな人が読む」という緊張と刺激が力量を押し上げてきた。
 この先も、新たな飛躍のためにも、今回のレクチャーはあらためて「エッセイの基本作法」の確認をおこなった。

 主たるポイントとしては、
①素材は、自分自身が体験したものを抽出する。他者から聞いた話は避ける。
②テーマは、絞り込んで、絞り込んで、最小のものにする。
③構成は、現在、過去、現在の組み合わせをする。
④書き出しはできるかぎり情景文にする。
⑤結末には、作者の説明は入れない。


文章の上手な書き方」についても、確認をおこなった。


演習】は情景文と説明文の使い分けである。受講生たちはそれぞれ一枚の写真(花壇に立つ、二人の少女の像)を見て、書き出しの描写をおこなった。


作品紹介」として、
 受講生はみな力をつけてきた。作中で「人間の生き方」について、それぞれシャープに切って見せてくれる。それ自体に魅力があり、読み応えもある。光る文章、感銘することばなども拾い上げてみた。

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旭日中綬章の祝賀会は、一人2000円台の居酒屋

 日本ペンクラブは来年9月に、国際ペン東京大会を開催する。25年ぶりの開催となる。昨年の世界フォーラム「災害と文化」をさらに上回る、大型イベントである。テーマは「環境と文化」に決定している。
開催までの一年半にむかって毎月一回、準備委員会が同クラブ大会議室でおこなわれている。
 

 5月12日は、阿刀田高会長、浅田次郎専務理事、西木正明、吉岡忍、高橋千劔破(ちはや)各常務理事、中村敦夫さんなど各委員長および副委員長が集まった。
 今回は「環境と文化」に対する副題とか、国内外へのPR活動、海外作家の招聘などについて討議された。日本を代表する作家たちだけに、副題のことば一つにも、微妙な言い回しにこだわっていた。

 運営面となると、25年前の井上靖会長の下で行われた東京大会がつねに話題にあがる。当時の経験者たちは、記憶をよみがえらせ、それらを参考にしている。と同時に、井上靖会長の大きさが折々に語られている。


 準備委員会が終わると、茅場町の居酒屋・「浜町亭」に流れる。六人掛けテーブルが二つ。詰め込んで13人が座った。それぞれが多様な話題を持ちだす。

 阿刀田高さんが2つのテーブルをかけ持った。双方で、今春の旭日中綬章に対する乾杯の盃を掲げていた。
 こちらの席に移ってきたとき、
「受賞の理由はなんですか?」
 私は聞いてみた。当局からは受賞の理由は何も教えてくれなかったという。「昨年色っぽい小説を書いたから、少子化対策に寄与したからかな?」
 阿刀田さんはブラックユーモアなど「短編の名手」らしく、切り口よく笑わせていた。日本ペンクラブ会長として、文化的な寄与だと思われる。
「打診はあったのですか」
「まったくなく、唐突に話が来ました」
 阿刀田高さんとしては、予想外という口ぶりだった。
       

        (左:阿刀田高さん、右:高橋千劔破)

 阿刀田さんの話を受けて、高橋千劔破さんが、ある打ち明け話を披露した。
「当人に直接の打診をしないで、該当者の周りの人に、勲章は貰ってくれそうですかね、と問い合わせするんですよ。ノーベル賞を受賞した大江健三郎さんは文化勲章を断った。これは打診のしょうがなかった……、というケースでしょうね」
 

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