純文学が庶民にもどる=小説3・11『海は憎まず』皆さんの感想から(上)
これまで芥川賞などの悪影響で、純文学は読んでも訳のわからないもの。難解で、文字が読めても内容がわからず、とても読む気がしないと言い、一般庶民は純文学からはそっぽを向いてきました。
小説3・11『海は憎まず』は、私小説・純文学です。「小説は人間を書くことだ」と、まず述べています。庶民の目として、この先を読んで、むずかしい文学だと感じるでしょうか。どうでしょうか。
『海は憎まず』を手に取ると、読者は作者とおなじ目線で、主人公「私」といっしょに被災地を回われます。
TV、映画、報道ではまず味わえない、被災者たちの心理や本音が次つぎ聞くことができます。メディアが伝えきれていない、あるいは伏せてきた被災地の人々の生き方、考え方、ものの見方にも接しられます。
「えっ、こんなことがあったのだ」と読者と主人公が一緒になって、驚くことができる。「人間って、そうだよな」と、作家とおなじように感じられる。
それらが13章にわたる人間ドラマとして、克明に、わかりやすく、書かれている。読み手は次つぎに現地の人たちに感情移入ができる。だから、読み応えのある作品ですね、という評価が寄せられているのだろう。
プロ作家からは書出しからして良いね、とか、一般のオバサンたちもラストまで思わず一気に読みました、と言ってくれます。
芸術ぶって気取り過ぎだった「純文学」が、いまここに一般庶民の手にもどってきた。「海は憎まず」で、純文学・小説が庶民の手に取りもどせた。それは大げさでしょうか。
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