A020-小説家

男と女の邪念こそ、生きる原点、長生きの秘訣=渡辺淳一

 日本文藝家協会の総会が5月17日、アルカディア市ヶ谷(私学会館)で行われた。夕刻6時から同会員や出版・放送関係者などの懇親会が開かれた。同会員である渡辺淳一さん(作家・医学博士)が、20分間のミニ講演を行った。


タイトルは「無題」でしたが、年老いても性に対する邪念が大切です、と強調された。講演内容を紹介します。

 男と女の側面でもある、邪念(じゃねん)は正直なものである。
 外科医として病院勤務をしていましたころ、病棟に、ある男性患者がいました。元小学校校長で、半身不随でした。
 女看護師が、「あの患者はいやらしくて嫌だ、先生(渡辺氏)、注意してください」と言われた。朝、脈をとるときは決まって手を握り返す。ベッド周りのことを行っていると、胸元を覗き込む、と訴えてきたのです。

「半身不随の患者だし、胸を見せてやっても、いいじゃないの」
 というと、私は批判されました。
 婦長ともども、策を練り、胸が覗けない制服姿で対応した。すると、その患者は2週間後には死んだ。
「胸を見せていれば、もっと長生きできたはず。見る執念が生きる原点だったと思う」


 女性も同様で、性の邪念がある。大腿骨を骨折した老婆がリハビリで、ハンサムな整体師をなにかと独り占めしていた。「ほかの患者さんもいるのだから」と注意しても、拘泥して指名する。
 イケメンに対する執念から、女性は1か月で完治し、退院して行きました。男にしろ女にしろ、知性よりも、邪念が大切。生きる原点だから、恥じることはまったくない、と渡辺さんは強調した。

 

 自然界における、オスは子作りの射精が終わったら、死ぬもの。人間だけはその使命を果たしても生きています。

 ここ50~60年間で、「サラリーマン」という仕事が確立されてきました。60歳で仕事を失う。定年退職制度ができたころ、人間は60歳くらいで寿命が来ていました。だから、それに見合っていました。
 現在は、男性は77、8歳が平均寿命です。定年後をどう前向きに生きるか、それが重要です。仕事を失うと、活気を失う。急に衰えます。


 日本人の亭主は若いときから妻に金を持たせてしまう。だから、定年後はみじめになるのです。小遣いがわずか3~4万円。そのうえ定年で、友達がいなくなる、お歳暮・お中元が来なくなる。年賀状が減る。ダイレクトメールすら減ってくる。図書館に行けば、退職後の人たちで満ちている。こういう状況下に陥ります。

 いつまでも仕事を続けるか。横の連絡を保つ。俳句でも、囲碁でも、趣味を持つか。なにかしらのサークル活動をする。

 男はかつて威張りすぎた。晩年は妻に世話になるなら、50代の頃から、妻に対して「ありがとう」と口からすぐ出てくる癖をつけることです。

「妻をほめる。感謝のことばをいう。老いても積極的に生きる、秘訣の一つです」
 渡辺さんはそう結んだ。

「小説家」トップへ戻る