A020-小説家

推理作家の新津きよみさん、葛飾・立石を歩く

 新津きよみさんは売れっ子の推理作家だ。彼女の作品の多くがTVドラマの原作になっている。現在執筆中の推理作品のなかで、指名手配犯にかかわる女性の住まいを東京・下町にしたいという着想があった。
 それを聞いたので、葛飾・立石を勧めた。レトロな町で人気があるし、夜の街は若いカップルも多く、『昭和の町』といわれている。これまで、日本ペンクラブの方々を立石に案内すれば、皆さんはずいぶん気に入っていますよ、とつけ加えた。


 新津さんとの話し合いで、6月14日(火)の午後3時から、立石取材の同行を決めた。と同時に、夕方5時からは新津さんのファンとのミニ懇親会をセッティングした。

 待ち合わせ時間に京成立石駅に出むくと、彼女は早めに来て、すでに駅周辺の繁華街を歩いていた。それならば、町なかの案内はカットし、一級河川の中川に架かる本奥戸橋に出むいた。途中で、手焼き煎餅屋に立ち寄った。
 本奥戸橋は古い鉄骨構造だ。近代的な橋にはほど遠い。ところが都内とは思えないほど、この地点は七曲りの蛇行で風光明媚だし、東京スカイツリーが近くに見える。下町の新名所である。そんな説明をした。
「TVロケも使えるわね」
 新津さんは、すでにテレビ化を視野に入れていた。

 駅近くに戻り「葛飾区伝統産業館」にむかった。火曜日は休みだった。下町職人の技と工芸品の展示があり、交代制でつめる職人がみずから工芸の手法から製品化まで説明してくれる。新津さんには絶好の素材だと思ったが、残念だった。

 作中の「指名手配犯にかかわる女性」の住まいはどこにするか。彼女は思案していた。

「東立石の、わが家の近くには、手ごろなコーポがあるから、モデルの住居になるかも……」
 立石アーケード街から2、3分の原稲荷神社、原児童公園へと案内した、駅から近い割に静寂である。

「公園には子どもが多いね」
「町工場の跡地にマンションが次々にできているから、若い世代が多いんですよ」
「最適ね。このコーポは私のイメージ通りよ」
 彼女は小説のなかの住居を決め、デジカメで撮っていた。

 彼女はすでに町を見ている。5時の新津ファンとの合流まで、1時間余りある。
「一杯飲み屋にいきましょうか」
 ふたりして仲見世商店街の「うちだ」に入った。彼女はメニュー「清酒一級、清酒二級」の表示を見て、この古い表示は珍しいわね、と興味を持った。
「清酒二級を頼んでみたら」
 私は、美女と二級酒の取り合わせを愉快がって勧めてみた。
「恥ずかしいわ」
「じゃあ、ボクが頼んであげるよ」
 二級酒がきた。店員が小わきに一升ビンを抱え、彼女の前のグラスに注いだ。銘柄は賀茂緑だった。一級酒の銘柄を問えば、大関だという。
「甘口ね。私は辛口のほうが好きよ」
 彼女は飲みながらも、他の品書きを見つめていた。
「メモを取らないほうがいいよ、ここはうるさい店だから」
「穂高さん、メニューを覚えておいて」
 といわれて、記憶も面倒なので、私はテーブルの下でメニューの価格を書き取り、彼女に手渡した。彼女はバックにしまいこんでいた。

「うちだ」の後は、隣り合う、立ち食い「栄寿司」だ。昼時は主婦も立ち寄る、町の名物店である。世間のすし屋とちがい、夜は7時か、8時まで(ネタが終わり次第)。

 夕方5時には、新津さんのファン4人と京成立石駅で落ち合った。「温故知新」というネーミングが気に入り、店内に入った。ゆったりと語れた。

 4人はライフコーポレーション(スーパー・ライフ)の従業員である。新津さんは関根稔さん、小関雅仁さんと面識がある。今回は、安達修さんと佐藤恵美子さんが新津フアンとして加わった。
「人気作家に会えて緊張します」
 安達さんは色紙にサインをしてもらい、感動していた。
 
 佐藤さんの実家は仙台市若林区で、大きな被害を受けている。そうした話題を含め、新津さんとは女性どうしで、同年代だけに意気投合していた。

          
 4人が持参した新津さんの本は、関根さん『わたしはここにいる、と呟く』、古関さん『情動』、佐藤さん『情動』、安達さん『緩やかな反転』『星の見える家』だった。4人はともに満悦顔だった。

 2時間ほどして、2軒目は京成の踏み切りを渡った、「呑んべ横町」に向かった。ここはまさに戦後の面影がそっくり残る。都内でも、最古の居酒屋やスナックが並ぶ。ママが山形出身者だという「さくらんぼ」に入った。


 カラオケ三昧となった。曲が途切れることはなかった。新津さんはファンサービスで、深夜まで仲良く歌っていた。

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