東京都内のM警察署に、9月8日、ある用向きで足を運んだ、玄関に入った待合室の長椅子で、私は腰かけていた。時間がかかりそうなので、私はノートパソコンを開いていた。他には誰もいなかった。
すぐ横が受付カウンターで、電話の交換台にもなっている。
「はい。こちらはM署です」
50代の男性係官が、外線電話を受け付けている。
内容によって交通課とか、刑事課とか、地域課とか、あるいは交番へと、取り次いでいる。警察の特殊性から、相手を長々と待たせるわけには行かない。ベテランしかできない業務だ。

私は一瞬、驚いて顔を上げた。それからの数分間の顛末を再現させてみたい。
「家のなかで、二人も殺されているの。誰と誰?」
係官は冷静な口調だった。
「もういちど、家の中に入って、死んでいるかどうか、確かめてくれないかね」
係官は手慣れた態度だった。
「怖くては入れないの。困ったな」
受付まわりりには、若い警察官とか、年配の警察官とかが5人ほど執務をとっている。
「殺した相手はわかっているの?」
ずばり効いた。
まわりの警察官は聞き耳すら立てていない。
「そうなの。犯人はいつもの幽霊なのね」
うんざり顔だ。
「犯人はもう逃げて、家の中にいないと思うよ。入って確かめてみて」
諭す口調に変わった。
「お巡りさんがいないと、一人じゃ、家の中に入れないのね。交番のお巡りさんはいまね、パトロール中で、出払っているんですよ」
相手は粘っているらしい。
「家の前の公園のベンチで、お巡りさんが来るまで待っているの。それなら、電話を交番に回すから、もう一度お巡りさんに話してね」
ベテラン受付係は内線で、交番を呼び出し、その内容を簡略に伝えた。その上で、いつものことだから、家の中まで送り届けてあげて、といった。
受話器を置いたベテラン係官が、吐息を漏らし、視線が合った私の顔を見て、
「疲れますよ」と苦笑していた。
「警察も、大変ですね」
私も応えた。
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