カメラマン

写真で観る、情熱、発散、熱気=東京・大井どんたく(上)

「踊り」には、観客を喜ばせる、感動させる、そんな魅力がある。
 
東京・大井町の駅前に、カメラをもって出かけてみた。

カメラを通して、感動を求めている自分を発見する

 単なる美しさでなく、動きのなかに、究極を求めてみる

 そんなカメラワークも意識のなかにおいた。

 踊りの演目を知らなくても、踊る人の熱意が感じ取れる

 からだ全体で、物語を表現している。

 明るいストーリーを脳裏で描いてみた。


「青春」

 とても好きなことばだ。

 記憶は曖昧だけれど、昭和になって、作家がこの言葉を創った。

 


 沖縄の獅子舞だ。

 舞う人の顔は見えなくても、真剣さはまちがいなく伝わってくる


 華やかさな踊り手には、からだ全体で表現する熱気がある

 それは見せびらかす熱気だ

 観せられて、心地よい情熱だ


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第10回さつき会は華やかな演舞で、心を魅了する=写真で舞う (下)

さつき会の舞台に立った踊り手は、26人である。それぞれに1年間にわたる指導されてきた尾上五月さんには敬服する。

 舞台は踊り手だけではない。大道具、照明、音響、衣装の着付け、メイク、後見、諸々の協力者の支えがあって成立する。

 スタッフの汗も、本来ならば撮影したいけれど……。

 清元「玉屋」の深町麻子さん。女優であり、日本舞踊を永年学んでいるという。

 踊り手のそれぞれ職業、人生観、生き方、経験など千差万別だろう。

 素顔(ふだんの顔)と、メイクされた顔とでは、まったく別人に思えたりする。

 深町さんは彫の深い顔だから、以前から、記憶のなかに留まっているひとりだ。


 清元『野路の月』 尾上れい さん


 野路には、旅の淡い叙情が感じられる。伴の相手(男性?)が見えずとも、なにかしら切なさが漂う。哀愁も感じられる。

 舞踊の姿が奥深い。身体を投げ出す、心の底が垣間見られる

 そんな表現になるほど、悲哀の踊りに思えてくる。


 長唄『大津絵藤娘』 尾上月乃 さん

 娘が黒の塗り笠に、藤づくしの衣装で、藤の花枝をかたげている。

 会場は、その華やかさで、どよめきが起きる。日本舞踊で、あでやかさは随一かも知れない。

 藤の花房が色彩豊かに、踊り手を引き立てている。


 長唄『助六』 尾上菊朝 さん


 助六が蛇の目傘を差して、粋に登場してくる。

 ここは江戸の下町。上野か、浅草か、深川か。

 雨降れば、傘の一つさして、踊りの一つもみせましょう。

 どこまでも粋だ。

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第10回さつき会は華やかな演舞で、心を魅了する=写真で舞う (中)

 第10回さつき会だが、発足は13年前にさかのぼる。

「ごく簡単な『ゆかた会』でした。尾上菊礼さんの『あやの会』と合同の、ほんとうに手作りの舞台だったことを思い出します」と、尾上五月さんは語る。

「さつき会」として、毎夏に開催されてから、今回で10回目を迎えた。



 長唄「外記猿」を舞う小池良さん。同会で、数少ない男性の踊り手の一人である。

 踊り終えて、観客席に戻ると、続く舞台の一人ひとりを凝視していた。と同時に、手つきを見ると、微細に自演しているのだ。

 熱心で、向上心の高い人なのだろう。


 長唄「都鳥」を踊る山田春恵さん。

 都鳥のストーリーは知り得ていないが、優雅な踊りだった。踊り手がシルエットが狙いやすい場所で舞ってくれていたので、思い通りの撮影ができた。

 田中優子さんが、江戸時代の風流な商売を舞っていた。演目は、大和楽「うちわ売り」だった。

 現在ではもはやあり得ない風物詩だ。そういえば、「金魚売」もいないな、と行商人の消え行く時代を感じさせられた。


 「春の海」を舞う尾上禎さん。どんな海だろうな。春って。

 淡い恋の海かな。春嵐の荒れ狂う海かな。それとも、長い冬から解き放された、春曙の海かな。

 

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第10回さつき会は華やかな演舞で、心を魅了する=写真で舞う (上)


 第10回ともなると、十年一昔と言うか、苦節十年と称すべきか、確固たる形が作られてくる。さつき会の踊りを観ていると、それぞれに上達したな、会の形ができたな、と思う。

 さつき会がことし(2014)も、7月12日に、東京・大井駅前のきゅりあん小ホールで開催された。主催者は元宝塚歌劇団の人気・男役の尾上五月さんである。


 日本舞踊は、長い伝統を持った、美の世界である。美とは何か。それは踊り手の自己表現だと思う。

 からだの曲線、手の動き、眼線のむけ方、つま先までの緩急の運び方、諸々のファクターが一つに統一された時に、美の世界が表現できる。

 生意気なことを言うようだが、それをどこまで写真で表現できるか。そんな気持で、シャッターを押している。

踊り手 加藤浩子さん
演目  藤音頭

 美空ひばり「みだれ髪」のメロディーに乗って踊る、根本美智子さん。音楽はよく知っているが、カメラではメロディーなど写し撮れない。
 そうなると、背景の映像で、いくらかでも、「塩屋崎」に近づく。

  作詞家・星野哲郎さんの歌碑が、塩屋崎の一角にあった、このメロディーが流れていた、と思い起こした。1月の雪降る日だった。


 長唄・「岸の柳」を踊る松本美智子さん。踊りはきっと3分くらいだろう。1年間の集大成には間違いない。

 撮影する側としては、本番の3分間の流れのなかで、構図を考える。無駄な空間を作らず、シルエットを考える。

 踊り手の動きのなかで、柳、蛇の目傘を配置していく。まばたきの瞬間も考える。

「もっとこっちに寄って」というスチール写真とは違う、瞬時の世界だ。


 端唄「梅にも春~ 梅は咲いたか」を踊る伊藤章子さん。紅梅と白梅を観賞する情景の踊りである。伊藤さんの目が梅の木に向いていると、単純すぎる写真になってしまう。

 春の風(東風)を感じている。それを写しだす。

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シニア大樂・「写真エッセイ教室」1泊2日の合宿

 シニア大樂「写真エッセイ教室」は3年目に入った。今年(2014)は夏合宿をしましょう、という企画が年初からあった。またたく間に、半年が経った感じだ。

 事務局・幹事の杉さんのプラニングで、8月12日から奥多摩に1泊2日の合宿に出向いた。参加者は、講師の私を含めた7人だった。

 合宿地は奥多摩・御岳山。最寄駅は御嶽駅である。月遅れのお盆で、世間は休日であり、家族連れが多かった。


 これが東京都か、という古風な宿坊が点在し、風情がある。だから、御岳山は都民に人気なのだ。



 主たる目的は、写真の撮り方の課外実習である。

 「なにを強調して撮るか」

 下車駅のホームで、、まずカメラの使い方のレンチゃーである。写真の構図と狙い方を中心に展開した。

 


 立川駅に10時に集合し、御嶽駅で午前中を費やし、駅近くの有名な日本蕎麦屋にいった。

 12時の昼時にぶつかったので、かなり待たされてしまった。

 雨模様でも、客は多い店だった。



 登山仲間、ハイキング仲間ならば、駅から歩きだが、「写真エッセイ教室」の課外活動だから、ロープウェー山麓駅まで、バスだった。


 滝本駅は標高407メートルで、一気に800メートル台まで運んでくれる。

 関東で一番の最大勾配を登る。約25度くらい。

 レールは山肌に立ち上がっている感じだ。

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尾上五月・尾上はる『あやめ売り』より=写真で観て、愉しむストーリー

 おどりの会・「第23回地域友好の集い」が、2014年5月5日(祝日)に行われた。主催は若竹会で、場所は品川区荏原文化センターの大ホール。踊りの演目は32におよんだ。
 
 元宝塚歌劇団の男役・尾上五月さん(左)が出演するので、カメラを持って出かけた。尾上はるさん(右)とともに、『常盤津あやめ売り』を踊った。

 
 尾上五月さんは粋な男役だった。日本舞踊の男役はとても似合う。

 演目の「あやめ売り」の商売は、現代では皆無だ。

「あやめ」と「カキツバタ」とはどう違うのか。

 堀切菖蒲園(葛飾区)などに行けば、園内に説明書がある。何度か読んだけれども、記憶する気がないから、頭にとどまらない。ともに、花ショウブの一種だろう。そんな軽い気持で、舞台を観ていた。


 尾上はるさんは、ここ数年にわたって『さつき会』で観てきた踊り手だ。純日本風の女性で、艶な踊りがいつも印象に残っている。

 時代小説で女性を描くならば、良きモデルだろう。美麗な容姿からの想像もたやすい。濃くなく、淡くもない、男女の愛情物語にすれば、展開がうまく運びそうだ。


 背後の男性は、「後見」の帆之亟さんである。日本舞踊、歌舞伎、能などで不可欠な存在だ。この踊りの会が終わった後、杯を交わした。彼から聞くまで、「後見」という職業があるとは知らなかった。

 彼は忠臣蔵で大石力を演じた、名俳優である。「後見の出来しだいで、舞台の成功も違ってくるのです」と教えてくれた。プロ俳優だから「後見」ができる、大変厳しい職業だという。つまり、演じる人のすべての状態を知り尽くさないと、よき後見とはなれない。

「後見」の見習いの男性が、酒の席に同席していた。先輩(帆之亟さん)のアドバイスを一字一句という感じで聞き取っていた。
 そばで見ていて、芸の道、芸能の世界はじつに厳しいなと思った。


 尾上五月さん、尾上はるさん、ふたりの呼吸がぴたり合っている。舞台そのものが江戸時代になる。浮世絵の世界に入った心持にもなれる。

 そこには大川(隅田川)の河岸で舞う、芸妓の華やかさがただよう。


 この情景を書くとすれば、どんな描写だろう。

 大川の岸辺で、若夫婦がなにやらもめているな。まだ新婚のようだ。大店の息子かな。ちょっと遊び人風にも見えるけれど。

「なに拗(す)ねてるんだい。それとも、焼きもちか」

「知らない」

「わかった。ちょっと寄り合いがあって遅くなっただけだよ」
  
「花ショウブを観に、堀切菖蒲園に出かけるから、時間を守ってね、とあれほど約束したのに」

 短編小説なら、こんな書き出しのセリフが浮かんでくる。

 こんどはカメラマンの目で見てみる。一瞬にして、最も妖艶な姿に魅せられてしまう。

 解析すれば、野暮ったいけれど、身体の線、斜めの首筋、手の上下において、艶(あで)やかさがただよう。均整が取れた、なまめかしさ、色っぽいさ。まさに 妖(あや)しいほどに美し過ぎる。


 「ちょっと待ちなよ」

 「もういいわよ。ほっておいて」

 「そんなにも怒ることはないだろう」

 こんな経験はだれにもあるだろう。男と女の間で、ときにはこんな愛の表現も必要だろう。


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春の風物詩・潮干狩りは大人気=千葉・船橋海浜公園

 ゴールデンウィークの潮干狩りは、おおかた大混雑だろう。そう予測しながらも、あえて5月4日に都心から一番近い潮干狩り場で有名な、『ふなばし三番瀬海浜公園』に出かけてみた。
 東京駅からは京葉線で30分ていどで、二俣新町駅(市川市)に着く。駅前のバス停はやや遠いが、そこから京成バスで約12分だ。この間、両側には自家用車がずらり駐車していた。
 それだけでも、潮干狩り場の混雑ぶりが想像できた

 潮干狩り場(船橋市)は、砂地の面よりも、人間のほうが多く見えてしまう。

 予想はしてきたけれど、あまりにも人間が大勢すぎる。

 どこに視点を合わせて、写真を撮ったらよいのか、それすらわからないほどだ。

 まあ、1-3枚くらい撮っておくか。

 最近はピーチパラソルが殆どなくなり、大半がテントだった。世のなかは変わったね。


 海岸線はどこにあるのだろう。
 
 そこを確認すれば、砂浜は「潮干狩りの」群集だ。圧倒されてしまう。

 5月の海辺を楽しむ、そんな雰囲気をはるかに超している。

 背伸びをしても水打ち際はわからないが、ともかく海は見えた。

 手前にはピーチパラソルがあったので、大きく取り込んでみた。

 ここは砂地というよりも、粘土質の泥に近い。

 歩いても、硬い。

 まさか、東京湾を埋め立てた残土ではないだろうな。そんな疑問もわいた。

 親子連れが小さな空間で、手狭なスペースで、鍬を持ってかたい泥を掘りだす。

 やがて、親の方が夢中になっていく。
 

 「あっちがたくさん掘れるよ」

 「こっちだよ、ぜったいアサリが多いから」

 兄弟が言い争っていた。

 実際に、どこが多いのか、掘ってみないと判定ができない。

 兄弟っていいな。

 見渡すと、一人っ子がずいぶん多い。きょうだい喧嘩が好き勝手にできるほど、たくさん産んでほしいね、世のお母さんたち。 


 一人っ子の親は、手を添え、あれよこれよ、と掘り方を説明する。そのうえ写真を撮り、ビデオをまわす。

 ともかく、過保護のオンパレードの光景だった。


 つい最近も、深夜に震度5弱の地震がきた。東日本大震災3.11以来の大きさだと気象庁は発表した。
 もし、もうすこし震源地が浅ければ、揺れが強く、震度6は間違いなし。

 この昼間ならば、津波は20分以内に、この潮干狩りの場に押し寄せる。

 避難場所の看板をじっくり読むと、避難先の収容人数がわずか1250人だった。実に微細な文字で小さく、小さく人数が明記されていた。

 それも徒歩で15-20分の距離だ。

 大地震・大津波が来たら、この潮干狩り会場だけでも、3万人以上は死ぬだろうな。

 関東大震災って、いつ来てもおかしくない周期になっている。それには頬被(ほほかぶ)りして、

 「予期せぬ、想像を超える津波だった」と文字を小さく書いた当局は、そのように責任逃れするのだろうな。
 だって、行政がやることだもの。

 いまどき、ホテル・旅館だって避難経路の説明をするのに、迷子の呼び出しばかりで、こんなに大勢いて一度も防災に関する放送はなかった。

 そんなことすれば、潮干狩りに来る人が減る、収入の低下だと案じているのなら、危機管理不足だ。

 3.11の教訓はまったく生きていないな。

 「僕どのくらい採れたの」

 「見せてあげる」

 「ずいぶんとれたね。アサリの味噌汁かな」

 「さあ?」

 料理まで関与しないない顔だった。


 僕はアサリを採らずに、すねているのかな。こんなところで、砂遊びなんて。

 親から、なにか小言を食らったのかな。

  きみは間違いなく、一人っ子じゃないね。他の兄弟と、差をつけられたのだろうな。

 それにしても、四六時中、迷子の放送ばかりで、うるさいな。

 親が貝掘りに夢中になりすぎて、子どもから目が離れてしまうからだ。

 ふいに気づいて、あたふたするのだ。

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広島・尾道は水色の桜と文学の町=カメラで訪ねて

 輝く球体のシャボン玉の、極薄の被膜を通して、うすべに色の桜花を撮ってみたい。

 この構図が長く私の頭のなかにあった。

 花の咲く時期はわずかだ。そうチャンスがあるものではない。

 成功したから、華やかな気持ちになれた。



 尾道市・千光寺公園で、シャボン玉で心地良い時間を過ごす若者たちがいた。私なりに撮影の趣旨を説明したところ、快く承諾して協力してくれた。

 それが「みこちゃん」「みかさん」「モッチーさん」の3人の女性だった。(順不同)。

 最高のショット写真が撮れるまで、彼女や、ともにいた男性が何度もなんども、風船をつくってくれた。

 敬意を表したい。

 

 尾道は古寺が多く、往年の文豪が住んでいた、古きよき時代を偲ばせる。

 若者の観光客が多い。それも、なぜか若い女性に人気がある。

 

 林芙美子の「放浪記」の第2部の1節は、汽車の車窓からみた尾道の情景だ。

 『海が見える 海が見えた 五年ぶりに見る尾道の海は懐かしい』


 山陽本線の踏切を渡れば、林芙美子の通った小学校、さらに千光寺への細い道になる。


 『ちんちんちんちん』
 最近は都会で、ほとんど聞けない音が残っている。

  踏切を渡れば、どの路地も曲がりくねり、千光寺の山頂へとつながっている。

  いずれも急坂である。3、4分で、眼下には尾道水道が見えてくる。


  視線を手前に引けば、眼下には土堂小学校がある。
 
  ここは林芙美子が通った母校。恩師小林正雄と出会ったところだ。


 ともかく狭い急坂を上る。両手を膝について登っている人が多い。
 
 途中の一服で、ふり返ると、港町が拡がる。

  もうこんなにも登ってきたのか、と驚かされる。



 ソメイヨシノは咲く期間が短い。この季節は春雨が多い。満

 開のうす紅色の桜と青空が重なり合う。このタイミングが合えば、快い花見見物になる。そして、心は冬からの脱却し、さわやかな気持ちになれる。

 桜が左右から包み込んだ、半円形の展望台がみえてきた。花見客が小粒で浮かぶ。

 まだ距離がありそうだ。

 尾道駅からもよく見える、「尾道城」だが、同市の観光パンフレットには載っていない。

 まったく無視されている。三層のお城は観光図にも載らない。全国でも皆無だろう。


 「尾道の歴史には、こんなお城はなかった。偽ものを堂々とさらす。尾道の恥だ」

 現代人がかつてに「尾道城」をつくったけれど、ついには廃墟になった。

 住民の批判で落城したのだ。 

 取り壊さないところが、微妙に観光的だ。

 千光寺から見える、尾道水道は絶景だ。

 天然の美と、人工的な橋や建物が一体化している。

 春日差しと潮風が快い。若者たちは恋を語りにやってくる。

 

 行楽日和のなかで、アコーディオンの音が流れる。

 平安・鎌倉時代から、尾道は海運の発達した港町だった。いまなお船員が多い。


 船員帽子をかぶった奏者が、心地よく、昔懐かしい曲をかなでている。


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小説取材で、お伊勢参り=三重・伊勢市


 
 幕末の長編歴史小説は脱稿前まで来た。取り上げた「神機隊」が戊辰戦争で、奥羽鎮撫使にむかう(会津戦争)。かれらの乗った軍艦が大嵐で、伊勢の港に入港した。

 そして、伊勢参りをしている。
 
 その時の雰囲気をつかみ、描写するために、伊勢神宮に出かけた。



 過去には、20代のころに一度、伊勢神宮に来ている。

 境内で、思い出そうとしても、当時の伊勢神宮の情景は、なに一つ記憶に残っておらず、

 重なり合うものがなかった。


 
 鳥居がある都度、深々と頭を下げる、参拝者が多かった。

 失礼だから、撮影はご遠慮した。

 幕末に日本にやってきたイギリス人女性が、

 「日本人ほど、あらゆるものに手を合わせる民族はいないだろう」

  と最もおどろいたものの、一つに挙げている。

 そう言われてみると、朝日にも、地蔵さんにも、太陽にも、富士山にも、神社仏閣の宗派を問わず、手を合わせる。

 そして、さい銭を入れる。

 なかには池にさい銭を投げ込む人もいる。

 内宮には、 天照坐皇大御神 (あまてらしますすめおおみかみ)が祀られている。

 この石段から先は、撮影禁止だから、

 大半の参拝者が、ここで記念撮影をしている。

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  国軍の軍人さんの参拝(現在は自衛隊員と称する)は、皇国史観から、なんとなくわかる。

  わたしには襟章を見ても、階級が判らない。

  かれらは戊辰戦争をどんなふうに捉えているのだろうか。


  五十鈴川は、霊水と称するのだろう。

  とても澄んで、清らかだった。

  

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京都らしい、京都を撮る=春華やかな祇園

 京都の祇園はとても着物が似合う街だ。

 「どう、こんなポーズは?」 華やかな姿が艶やかだ。

 若い女性の着物姿はどんなアングルでもさわやかで心地良い



 祇園は情感豊かな坂の街だ。

 若者には人気がある。

 カップルで旅するならば、この町だろう


 言葉にしなくても、写真が語ってくれる祇園の街

 こんな撮り方だろう

 ちょっと狙ってみた。



 待ちゆく女性が、カメラを向けると微笑んでくれた

 微笑みは写真にしても、文章で表現しても、女性が光ってくる



 神社仏閣は、なにかしら縁起を売り物にしている。

「結びの神」

 神頼みでなく、自らが突き進む。

 そんな努力よりも、神さまにお願いしたほうが、手っ取り早いのかな


 八坂神社の石段は、夕暮れ時になれば、

 殆どのひとがおりてくる。

 だから、いつも夕方に来る。

 逆だと、大勢の登っていくお尻を撮影することになる。

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