カメラマン

恒例・立石飲み会=雨にも負けず、呑兵衛は集まる。

 朝日カルチャ千葉が主催する『立石を歩く』(昭和が残る葛飾・立石を歩く、撮る、語る)が11月20に開催された。参加者は8人(女性7人・男性1人)で、事務局の栗原さんが添乗員役だ。
 京成立石駅に集合にしたとたんに、大雨だ。
「最悪だな」
 講師の私はつぶやいた。昭和が残る街を歩く。そして、中川・七曲りと東京スカイツリーを被写体にした写真テクニックを教える内容だった。私は土砂降りの雨の中で、どのようにレクチャーするべきか、と思慮した。
「やるしかない」
 駅の案内図で、葛飾の地形とか、踏切の警戒音が鳴る町とかを説明してから、歩きはじめた。

 同駅から徒歩1分の葛飾区伝統産業館に出むいた。事前に話を通していたので、東京キリコの職人・女社長、および印伝の矢部さんが、店内にある職人達の手工芸品を説明してくれた。いずれも、購入が可能だ。

 仲店では、「さくらい惣菜店」の櫻井さん(写真・上)が、パンフレットを用意してくれていた。そして、商店街の歴史を語ってくれた。戦後、葛飾で最初にできたアーケード街だった。
 唯一、雨に濡れない場所なのに、写真撮影のレンチゃーをはじめた。

「写真はテクニックじゃない。構図だよ」
 過去において写真は腕前といえば、露出とか、シャッタースピードとか、こうした技術がすべてだった。だから、その道に進みたい人は写真学科のある大学に行ったり、専門学校に入学したりして、学んだものだ。
 いまはそれらすべてをカメラの高度な機械がやってくれる。その上、人間の勘や眼よりも確かだ。

「写真の公募の審査でも、技術は問わず、テーマと構図の戦いです」
 そうした前置きを行ってから、構図の黄金分割法とか、S字、三角形、斜め線、C字などを取り組んだ撮影方法を指導した。
 そして、ハイアングル、ローアングル、サイド・アングルなど、カメラマンが立つ位置の基本を教えた。


「きょうは晴れか、曇りか、いずれかの予報だった」
 そんなボヤキを語りながら、 アーケードを出た。豪雨のような空で、皆して中川に架かる橋へと足を運んだ。全員が傘をさしているので、実に難しい写真指導だ。
 強い斜雨はまったくやむ気配がなかった。それでも、中川の護岸を歩いた。雨の日は、路面の光や落ち葉を取りこむと、思わぬ良い写真が撮れるよ、と教えた。
 夕方5時過ぎに、公開講座はともかく終了した。(皮肉にも、この公開講座の時間だけが雨だった)。

 次なるは希望者による、大衆酒場『あおば』の飲み会である。

 ここから趣が変わる。『作家と昭和を語る』(何年経っても、仮題)と合流となる。

 この立石飲み会は不定期で、テーマがない。年2回ほど行っている。これまで、立石に来たことがない日本ペンクラブの作家たちにも、漸次、声掛けしてきている。だから、微妙に、メンバーが変わる。
 
 昭和20年代の「のんべ横町」が残る。戦後から立石にはヤクザがいない歓楽街で有名だった。むろん、いま現在も。
 どんな路地・横町も安全だから、飲み会の前に、町を散策してきてください、と話している。

 あいにくの雨だから、全員が「あおば」に直行かと思いきや、立石一番人気の『うちだ』に立ち寄ってきた作家もいる。大いに結構なことだ。

 飲み会の会費は飲み放題・食べ放題で、3500円/1人。飲む酒は忠実に注文通りテーブルに出てくる。だが、料理は注文しても、ママが勝手にフライの盛り合わせ、煮込み、餃子などを持ってくる。

 騒いで飲んで、立石の語りを楽しむ。それが最大目的だから、場所提供の雰囲気だけでも充分である。会計はママにやってもらう。まさに、いい加減な幹事である。

 こんかいのメンバーには、立石が常連となった日本ペンクラブのメンバーの轡田さん。朝日新聞時代の社会部の後輩を誘ってきた。すると、朝日カルチャーの石井社長とばったり。双方は朝日新聞・横浜支局時代の仲間(上司・部下)だったという。そこから話が弾む。

 テレビ朝日時代のディレクターも来ている。公開講座の参加者たちと語り合う。

 
 葛飾区民記者「かつしかPPクラブ」のメンバーもやってくる。さらには、3代続く古本屋の岡島さんも顔をだしてくれる。岡島さんは、直木賞作家・出久根達郎さんとは丁稚時代からの付き合いだと語る。
 下町・葛飾立石を語らせれば、この岡島さんの右に出る人はいないだろう。

 講談界の第一人者である神田松鯉さんが、初めて立石にやってきた。話し上手だから、一気に盛り上がった。
「神田らんちゃんがわが家で、講談をやっているんですよ」
 石戸さんが語れば、その話題でも活発な語らいの場となる。

 石戸さんはかつしかFMでレギュラー番組(1時間)を持っている。それだけに話しは上手だ。話しはあちらこちらで、割れているし、にぎやかな笑いに包まれる。


 菊池さん(作家)は前々から立石に誘いながら、実現が出来なかった。今回は雨のなか出向いてくれた。
 数人の予定者は参加できずだが、おおかた半年後には立石にやってくるだろう。立石を感じ取って、それぞれが媒体で発信してくれる。このテーマのない語りの場が、立石の町にとっても、それなりに有意義になる。
 一方で、作家とはふだん縁がない人も、土産話ができるだろう。

 幹事の私はビールで泥酔加減だ。一度「あおば」でお開きにしてから、2次会だった文学から下世話な話、卑猥の話まで盛り上がった。どんな下ネタでも、純文学調になるから、不思議な語りべが揃っていた。
 

                        「あおば」の店内写真:かつしかPPクラブ・郡山利行、

「葛飾花と緑のはがき」コンクール・第一回写真の部で、審査委員長

 「葛飾花と緑のはがき」コンクールの入賞式が11月12日、「かつしかエコライフプラ」2階で開催された。主催は葛飾区。昨年度(2013)までは「絵画の部」「押花の部」の2部門で競われていた。今年度(2014)から、誰でも写真が撮れるデジカメ時代を反映し、『写真の部』がスタートした。
 私はその審査委員長を仰せつかった。

 各部門とも、郵便はがきか私製はがきに、絵画、押花、写真のいずれかを作品化し、メッセージを添えて応募する。9月30日が作品の締め切りだった。10月中旬には審査会が行われた。そして、翌月12日に入賞者の表彰式に臨んだ。

 
 授与式では、絵画の部(小学生の部、中学生の部、一般の部)、押花の部(小学生の部、中学生の部、一般の部)、そして、写真部である。
 それぞれに葛飾区長賞他5賞が授与された。写真の部では近藤宏臣さんが葛飾区長賞を受賞した。

 青木区長の挨拶では、同コンテストのテーマ『花に親しみ、緑を拡げよう』から、緑を増やし、緑を大切にした、住みよい街づくりをしよう、と強調した。その上で、受賞作品はどれも素晴らしいと誉めたたえた。
「今年度は応募者が3部門で1700点を越えました。ここ数年は漸増しているが、今年度からさらに大幅に増した。これは区民の緑にたいする関心度が強まっている証しです」と述べられた。

 各審査委員長から、それぞれの部門の総評がなされた。
 絵画の部は田名則子さんで日本絵手紙協会公認講師、押花の部は岡田満江さんで都立農産高校園芸デザイン科教諭だった。そして、写真の部は穂高健一である。

「写真の部は初年度であり、とくに募集要項に拘泥しました。『区内の花壇に咲く花』という条件がある以上は、その基準を満たす必要があります」
 そぐわないものは外した。葛飾区からこんな大きな富士山は見えない。だから、区内ではない。
 堀切菖蒲園や水元公園は葛飾区を象徴する花菖蒲の名所である。色彩豊かな菖蒲の花弁を上手に写し取った作品もありました。それは花壇ではないから、入賞から外しました。

 募集要項のこだわりは意外だったようだ。

「なぜ花壇にこだわったか。その理由を述べてみます」
 都会はつねに古いものから新しいものに変わっていく。文化発展とはコンクリートと鉄の世界になる現状である。鉄は錆びないために塗装する。見た目に華やかでも人工の色である。

 コンクリートの灰色は、人間の心を灰色にしてしまう。灰色とは荒んだ、刺々しいもの。だから、穏かな余裕ある心が失われていく。こうした人間だからこそ、花壇を増やし、緑と花で心を豊かにする必要がある。

続きを読む...

写真で観る、情熱、発散、熱気=東京・大井どんたく(下)

 熱気がからだいっぱいに満ちている

 琉球の踊りには、

 首里王朝の盛衰がある

 何かを訴えている

 彼女はそれを演じている



 名優が日本舞踊を踊る

 指先からつま先まで、無駄がない

 微妙な手の動かし方

 指のさばき方がごく自然だから、

 名優なのだろう
 


 楽しく踊っている

 内心は緊張かも知れない

 でも、観る側には、満悦した踊りに思える



 集合写真を撮るわよ。集まってちょうだい。

 皆来て、来て、はい、パチリ

 後ろの看板「お知らせ」が気になるけど

 そんな背景など関係なく

 「どんたく」の想い出写真になればいいのだ、

 

 沿道で踊る肢体の艶っぽさ

 肩や手の美しさも気高い、

 和服の衣装が、裾でちらっと乱れて

 
 こんなふうに表現すると、時代小説になってしまいそう

続きを読む...

写真で観る、情熱、発散、熱気=東京・大井どんたく(上)

「踊り」には、観客を喜ばせる、感動させる、そんな魅力がある。
 
東京・大井町の駅前に、カメラをもって出かけてみた。

カメラを通して、感動を求めている自分を発見する

 単なる美しさでなく、動きのなかに、究極を求めてみる

 そんなカメラワークも意識のなかにおいた。

 踊りの演目を知らなくても、踊る人の熱意が感じ取れる

 からだ全体で、物語を表現している。

 明るいストーリーを脳裏で描いてみた。


「青春」

 とても好きなことばだ。

 記憶は曖昧だけれど、昭和になって、作家がこの言葉を創った。

 


 沖縄の獅子舞だ。

 舞う人の顔は見えなくても、真剣さはまちがいなく伝わってくる


 華やかさな踊り手には、からだ全体で表現する熱気がある

 それは見せびらかす熱気だ

 観せられて、心地よい情熱だ


続きを読む...

第10回さつき会は華やかな演舞で、心を魅了する=写真で舞う (下)

さつき会の舞台に立った踊り手は、26人である。それぞれに1年間にわたる指導されてきた尾上五月さんには敬服する。

 舞台は踊り手だけではない。大道具、照明、音響、衣装の着付け、メイク、後見、諸々の協力者の支えがあって成立する。

 スタッフの汗も、本来ならば撮影したいけれど……。

 清元「玉屋」の深町麻子さん。女優であり、日本舞踊を永年学んでいるという。

 踊り手のそれぞれ職業、人生観、生き方、経験など千差万別だろう。

 素顔(ふだんの顔)と、メイクされた顔とでは、まったく別人に思えたりする。

 深町さんは彫の深い顔だから、以前から、記憶のなかに留まっているひとりだ。


 清元『野路の月』 尾上れい さん


 野路には、旅の淡い叙情が感じられる。伴の相手(男性?)が見えずとも、なにかしら切なさが漂う。哀愁も感じられる。

 舞踊の姿が奥深い。身体を投げ出す、心の底が垣間見られる

 そんな表現になるほど、悲哀の踊りに思えてくる。


 長唄『大津絵藤娘』 尾上月乃 さん

 娘が黒の塗り笠に、藤づくしの衣装で、藤の花枝をかたげている。

 会場は、その華やかさで、どよめきが起きる。日本舞踊で、あでやかさは随一かも知れない。

 藤の花房が色彩豊かに、踊り手を引き立てている。


 長唄『助六』 尾上菊朝 さん


 助六が蛇の目傘を差して、粋に登場してくる。

 ここは江戸の下町。上野か、浅草か、深川か。

 雨降れば、傘の一つさして、踊りの一つもみせましょう。

 どこまでも粋だ。

続きを読む...

第10回さつき会は華やかな演舞で、心を魅了する=写真で舞う (中)

 第10回さつき会だが、発足は13年前にさかのぼる。

「ごく簡単な『ゆかた会』でした。尾上菊礼さんの『あやの会』と合同の、ほんとうに手作りの舞台だったことを思い出します」と、尾上五月さんは語る。

「さつき会」として、毎夏に開催されてから、今回で10回目を迎えた。



 長唄「外記猿」を舞う小池良さん。同会で、数少ない男性の踊り手の一人である。

 踊り終えて、観客席に戻ると、続く舞台の一人ひとりを凝視していた。と同時に、手つきを見ると、微細に自演しているのだ。

 熱心で、向上心の高い人なのだろう。


 長唄「都鳥」を踊る山田春恵さん。

 都鳥のストーリーは知り得ていないが、優雅な踊りだった。踊り手がシルエットが狙いやすい場所で舞ってくれていたので、思い通りの撮影ができた。

 田中優子さんが、江戸時代の風流な商売を舞っていた。演目は、大和楽「うちわ売り」だった。

 現在ではもはやあり得ない風物詩だ。そういえば、「金魚売」もいないな、と行商人の消え行く時代を感じさせられた。


 「春の海」を舞う尾上禎さん。どんな海だろうな。春って。

 淡い恋の海かな。春嵐の荒れ狂う海かな。それとも、長い冬から解き放された、春曙の海かな。

 

続きを読む...

第10回さつき会は華やかな演舞で、心を魅了する=写真で舞う (上)


 第10回ともなると、十年一昔と言うか、苦節十年と称すべきか、確固たる形が作られてくる。さつき会の踊りを観ていると、それぞれに上達したな、会の形ができたな、と思う。

 さつき会がことし(2014)も、7月12日に、東京・大井駅前のきゅりあん小ホールで開催された。主催者は元宝塚歌劇団の人気・男役の尾上五月さんである。


 日本舞踊は、長い伝統を持った、美の世界である。美とは何か。それは踊り手の自己表現だと思う。

 からだの曲線、手の動き、眼線のむけ方、つま先までの緩急の運び方、諸々のファクターが一つに統一された時に、美の世界が表現できる。

 生意気なことを言うようだが、それをどこまで写真で表現できるか。そんな気持で、シャッターを押している。

踊り手 加藤浩子さん
演目  藤音頭

 美空ひばり「みだれ髪」のメロディーに乗って踊る、根本美智子さん。音楽はよく知っているが、カメラではメロディーなど写し撮れない。
 そうなると、背景の映像で、いくらかでも、「塩屋崎」に近づく。

  作詞家・星野哲郎さんの歌碑が、塩屋崎の一角にあった、このメロディーが流れていた、と思い起こした。1月の雪降る日だった。


 長唄・「岸の柳」を踊る松本美智子さん。踊りはきっと3分くらいだろう。1年間の集大成には間違いない。

 撮影する側としては、本番の3分間の流れのなかで、構図を考える。無駄な空間を作らず、シルエットを考える。

 踊り手の動きのなかで、柳、蛇の目傘を配置していく。まばたきの瞬間も考える。

「もっとこっちに寄って」というスチール写真とは違う、瞬時の世界だ。


 端唄「梅にも春~ 梅は咲いたか」を踊る伊藤章子さん。紅梅と白梅を観賞する情景の踊りである。伊藤さんの目が梅の木に向いていると、単純すぎる写真になってしまう。

 春の風(東風)を感じている。それを写しだす。

続きを読む...

シニア大樂・「写真エッセイ教室」1泊2日の合宿

 シニア大樂「写真エッセイ教室」は3年目に入った。今年(2014)は夏合宿をしましょう、という企画が年初からあった。またたく間に、半年が経った感じだ。

 事務局・幹事の杉さんのプラニングで、8月12日から奥多摩に1泊2日の合宿に出向いた。参加者は、講師の私を含めた7人だった。

 合宿地は奥多摩・御岳山。最寄駅は御嶽駅である。月遅れのお盆で、世間は休日であり、家族連れが多かった。


 これが東京都か、という古風な宿坊が点在し、風情がある。だから、御岳山は都民に人気なのだ。



 主たる目的は、写真の撮り方の課外実習である。

 「なにを強調して撮るか」

 下車駅のホームで、、まずカメラの使い方のレンチゃーである。写真の構図と狙い方を中心に展開した。

 


 立川駅に10時に集合し、御嶽駅で午前中を費やし、駅近くの有名な日本蕎麦屋にいった。

 12時の昼時にぶつかったので、かなり待たされてしまった。

 雨模様でも、客は多い店だった。



 登山仲間、ハイキング仲間ならば、駅から歩きだが、「写真エッセイ教室」の課外活動だから、ロープウェー山麓駅まで、バスだった。


 滝本駅は標高407メートルで、一気に800メートル台まで運んでくれる。

 関東で一番の最大勾配を登る。約25度くらい。

 レールは山肌に立ち上がっている感じだ。

続きを読む...

尾上五月・尾上はる『あやめ売り』より=写真で観て、愉しむストーリー

 おどりの会・「第23回地域友好の集い」が、2014年5月5日(祝日)に行われた。主催は若竹会で、場所は品川区荏原文化センターの大ホール。踊りの演目は32におよんだ。
 
 元宝塚歌劇団の男役・尾上五月さん(左)が出演するので、カメラを持って出かけた。尾上はるさん(右)とともに、『常盤津あやめ売り』を踊った。

 
 尾上五月さんは粋な男役だった。日本舞踊の男役はとても似合う。

 演目の「あやめ売り」の商売は、現代では皆無だ。

「あやめ」と「カキツバタ」とはどう違うのか。

 堀切菖蒲園(葛飾区)などに行けば、園内に説明書がある。何度か読んだけれども、記憶する気がないから、頭にとどまらない。ともに、花ショウブの一種だろう。そんな軽い気持で、舞台を観ていた。


 尾上はるさんは、ここ数年にわたって『さつき会』で観てきた踊り手だ。純日本風の女性で、艶な踊りがいつも印象に残っている。

 時代小説で女性を描くならば、良きモデルだろう。美麗な容姿からの想像もたやすい。濃くなく、淡くもない、男女の愛情物語にすれば、展開がうまく運びそうだ。


 背後の男性は、「後見」の帆之亟さんである。日本舞踊、歌舞伎、能などで不可欠な存在だ。この踊りの会が終わった後、杯を交わした。彼から聞くまで、「後見」という職業があるとは知らなかった。

 彼は忠臣蔵で大石力を演じた、名俳優である。「後見の出来しだいで、舞台の成功も違ってくるのです」と教えてくれた。プロ俳優だから「後見」ができる、大変厳しい職業だという。つまり、演じる人のすべての状態を知り尽くさないと、よき後見とはなれない。

「後見」の見習いの男性が、酒の席に同席していた。先輩(帆之亟さん)のアドバイスを一字一句という感じで聞き取っていた。
 そばで見ていて、芸の道、芸能の世界はじつに厳しいなと思った。


 尾上五月さん、尾上はるさん、ふたりの呼吸がぴたり合っている。舞台そのものが江戸時代になる。浮世絵の世界に入った心持にもなれる。

 そこには大川(隅田川)の河岸で舞う、芸妓の華やかさがただよう。


 この情景を書くとすれば、どんな描写だろう。

 大川の岸辺で、若夫婦がなにやらもめているな。まだ新婚のようだ。大店の息子かな。ちょっと遊び人風にも見えるけれど。

「なに拗(す)ねてるんだい。それとも、焼きもちか」

「知らない」

「わかった。ちょっと寄り合いがあって遅くなっただけだよ」
  
「花ショウブを観に、堀切菖蒲園に出かけるから、時間を守ってね、とあれほど約束したのに」

 短編小説なら、こんな書き出しのセリフが浮かんでくる。

 こんどはカメラマンの目で見てみる。一瞬にして、最も妖艶な姿に魅せられてしまう。

 解析すれば、野暮ったいけれど、身体の線、斜めの首筋、手の上下において、艶(あで)やかさがただよう。均整が取れた、なまめかしさ、色っぽいさ。まさに 妖(あや)しいほどに美し過ぎる。


 「ちょっと待ちなよ」

 「もういいわよ。ほっておいて」

 「そんなにも怒ることはないだろう」

 こんな経験はだれにもあるだろう。男と女の間で、ときにはこんな愛の表現も必要だろう。


続きを読む...

春の風物詩・潮干狩りは大人気=千葉・船橋海浜公園

 ゴールデンウィークの潮干狩りは、おおかた大混雑だろう。そう予測しながらも、あえて5月4日に都心から一番近い潮干狩り場で有名な、『ふなばし三番瀬海浜公園』に出かけてみた。
 東京駅からは京葉線で30分ていどで、二俣新町駅(市川市)に着く。駅前のバス停はやや遠いが、そこから京成バスで約12分だ。この間、両側には自家用車がずらり駐車していた。
 それだけでも、潮干狩り場の混雑ぶりが想像できた

 潮干狩り場(船橋市)は、砂地の面よりも、人間のほうが多く見えてしまう。

 予想はしてきたけれど、あまりにも人間が大勢すぎる。

 どこに視点を合わせて、写真を撮ったらよいのか、それすらわからないほどだ。

 まあ、1-3枚くらい撮っておくか。

 最近はピーチパラソルが殆どなくなり、大半がテントだった。世のなかは変わったね。


 海岸線はどこにあるのだろう。
 
 そこを確認すれば、砂浜は「潮干狩りの」群集だ。圧倒されてしまう。

 5月の海辺を楽しむ、そんな雰囲気をはるかに超している。

 背伸びをしても水打ち際はわからないが、ともかく海は見えた。

 手前にはピーチパラソルがあったので、大きく取り込んでみた。

 ここは砂地というよりも、粘土質の泥に近い。

 歩いても、硬い。

 まさか、東京湾を埋め立てた残土ではないだろうな。そんな疑問もわいた。

 親子連れが小さな空間で、手狭なスペースで、鍬を持ってかたい泥を掘りだす。

 やがて、親の方が夢中になっていく。
 

 「あっちがたくさん掘れるよ」

 「こっちだよ、ぜったいアサリが多いから」

 兄弟が言い争っていた。

 実際に、どこが多いのか、掘ってみないと判定ができない。

 兄弟っていいな。

 見渡すと、一人っ子がずいぶん多い。きょうだい喧嘩が好き勝手にできるほど、たくさん産んでほしいね、世のお母さんたち。 


 一人っ子の親は、手を添え、あれよこれよ、と掘り方を説明する。そのうえ写真を撮り、ビデオをまわす。

 ともかく、過保護のオンパレードの光景だった。


 つい最近も、深夜に震度5弱の地震がきた。東日本大震災3.11以来の大きさだと気象庁は発表した。
 もし、もうすこし震源地が浅ければ、揺れが強く、震度6は間違いなし。

 この昼間ならば、津波は20分以内に、この潮干狩りの場に押し寄せる。

 避難場所の看板をじっくり読むと、避難先の収容人数がわずか1250人だった。実に微細な文字で小さく、小さく人数が明記されていた。

 それも徒歩で15-20分の距離だ。

 大地震・大津波が来たら、この潮干狩り会場だけでも、3万人以上は死ぬだろうな。

 関東大震災って、いつ来てもおかしくない周期になっている。それには頬被(ほほかぶ)りして、

 「予期せぬ、想像を超える津波だった」と文字を小さく書いた当局は、そのように責任逃れするのだろうな。
 だって、行政がやることだもの。

 いまどき、ホテル・旅館だって避難経路の説明をするのに、迷子の呼び出しばかりで、こんなに大勢いて一度も防災に関する放送はなかった。

 そんなことすれば、潮干狩りに来る人が減る、収入の低下だと案じているのなら、危機管理不足だ。

 3.11の教訓はまったく生きていないな。

 「僕どのくらい採れたの」

 「見せてあげる」

 「ずいぶんとれたね。アサリの味噌汁かな」

 「さあ?」

 料理まで関与しないない顔だった。


 僕はアサリを採らずに、すねているのかな。こんなところで、砂遊びなんて。

 親から、なにか小言を食らったのかな。

  きみは間違いなく、一人っ子じゃないね。他の兄弟と、差をつけられたのだろうな。

 それにしても、四六時中、迷子の放送ばかりで、うるさいな。

 親が貝掘りに夢中になりすぎて、子どもから目が離れてしまうからだ。

 ふいに気づいて、あたふたするのだ。

続きを読む...