写真で観る、深夜の水揚げ~暁の女川・尾浦漁港の活気
2012年5月7日の夜明け前
宮城県・女川町の尾浦漁港では、大震災の被災後、初めて銀ザケの水揚げが行われた。
3.11の大津波で、尾浦漁港は高台の1軒を除いて、すべての家屋が流出し、大勢の犠牲者を出した。
人命ばかりか、生産手段の銀ザケの養殖施設すらも破壊されてしまった。
それから一年間、漁師たちは復興に向けた、懸命の取り組みをつづけてきた。初の水揚げである。
昨年の秋から、銀ザケの稚魚を育て始めた。いまは1尾が1キロを超えてきた。
ただ、この冬場は水温が低くて、育ちが悪かった。
例年よりも、約1か月半、水揚げが遅くなった、と漁師が教えてくれた。
養殖イカダから、銀ザケをすくい上げる漁網(タマ)は、ウインチを使った動力と人力と併用する。
それらの漁具は被災後に共同購入したものである。何度か、手入れがつづいた。
午前3時すぎはまだ、真っ暗闇だ。漁船の灯りが神秘的に浮かび上がる。
水揚げした銀ザケはすぐさま氷で冷すために、
製氷会社から購入した氷が小船で、漁船にまで運ばれてきた。
10分、20分前に泳いでいた銀ザケだけに、氷詰めされると、どこか哀れに思えてくる。

