取材こぼれ話、店名のない美味しい、お好み焼き屋=鞆の浦
鞆の浦は、瀬戸内海の中心に位置し、江戸時代に発達した、商港だ。帆船時代は潮待ち、風待ちに最適な港だった。
当時の面影が数多く残る。歴史的、伝統的な価値が高い。鞆の浦港や仙酔島の情景は国内でも最上のものだけに、大勢の観光客でにぎわう。
医王寺への登り口には、木造家屋の「お好み焼き屋」があった。暖簾(のれん)も店構えもどこか古い。昭和の最盛期に流行っていたような店だ。一見して、観光客あいてではない、とわかる。港に出入りする船員、漁船員たち、それに地場の人たちがお客だろう。
店内に入ってみた。鉄板の回りでは、地場のおばさん2人がお好み焼きで、昼食を取っていた。昭和時代の雰囲気が読み取れた。
「こっちに座りんさい」
お客どうしが隣り合わせに座った。
店主の玉井恵子さんが、鉄板の上で器用にお好みを焼く。彼女の話によると、鞆の浦・元町にはかつて「お好み焼き屋」が7軒ほどあったという。
「この元町では、もう1軒だけよ。うちだけになった」
バス停近くには観光客あいてお好み焼きはあるけれど、と補足していた。この店を選べてよかったと心から思えた。
店名を聞いたけれど、特にないと笑って答える。
「はい、どうぞ」
多めにソースを塗ってもらった。その味が格別だ。