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【孔雀船106号 詩】  承久三年のブロッコリー  望月 苑巳

大皿の上にブロッコリーが
ストーンサークルのように配置されている
母が円形に怒鳴る
「残さないで野菜も食べるのよ」
そそくさとクラウチングスタイルのネズミ一匹
我ながら情けないと思う

藤原定家卿が扇を口に含み笑い シンプルな.pngふむ、枕草子には
野菜はブロッコリーにかぎると、あったな
清少納言の仕草を真似て
定家卿は扇を口に含み笑い
きのう化野念仏寺で密会した女子は
顔色が暗く折りたたまれていたが
後白河院の言葉をなぞれば
すべてはうつつよ、たわむれよ、となるか
十三歳年上の才女に手向けた一首を
思い出して年甲斐もなく心ときめかせる

床の霜枕の氷消えわびぬ結びもおかぬ人の契りに *

ぼくは枕草子を閉じると
ブロッコリーにたっぷりマヨネーズをからませて
ガブリと食らいつく
苦くて柔らかい愛情が口の中にだらしなく広がる
十七歳で深海魚になった弟が
欄間でアッカンペーをしている
もう喧嘩もできない淋しさが
茹でたてのお鍋から立ちのぼる
承久三年のブロッコリーが
本の中で弟の分まで茹であがった

                   *藤原定家


承久三年のブロッコリー.pdf

 【関連情報】
 孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
  発行責任者:望月苑巳

 〒185-0031
  東京都国分寺市富士本1-11-40
  TEL&FAX 042(577)0738
  メール teikakyou@jcom.home.ne.jp

【孔雀船106号 詩】 女王雌日芝(メヒシバ) 新倉 葉音

春の陽を浴びている一叢のメヒシバ
新緑を風にさらして揺れる
笹のようなしなやかな葉
その優しさを楽しんでいる間に
足下では茎が縦横に這い出し
勢威を振るっているはずだ
その音が聞こえているのは空耳なのか

茎は分岐しながら細い根を出し
踏まれても引き抜かれても
そこから再生し
生き残っていく
夏 戦いの始まりだ
日焼け止めクリームを厚塗りし
垂れつき帽を目深に被り
鎌を片手にメヒシバに向かう
負けるのはわかっている
しかし放っておくわけにはいかない
やがて花芯が立ち上がり放射状の穂から
何万個もの種子がばら蒔かれる
災害に備えて
一斉には発芽しないという種
雑草の女王と言われるメヒシバは
したたかな知恵ものだ

節をひとつひとつ
ほじくり出すと背丈ほどの株になった
匍匐前進 陣地拡大
補給は節々が担いどこまでも広がってゆく
砂利の駐車スペースに草の山ができた
草はすぐに萎れいずれ消えてゆくが
人の戦いが積み上がる瓦礫の山はどうだろう
無意味そのものだ
消せない想いが過る

有史以前から生き続けているメヒシバは
土と陽の光さえあればどこへでも
今や世界を制覇しつつあるらしい
除草剤などどこ吹く風だ

女王雌日芝  PDF.pdf


【関連情報】
 孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
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【孔雀船106号 詩】 水晶体  紫 圭子

むきだしの
眼球
麻酔が打たれた
痛みはわずかだった

眼球は見る
濁りはじめた
水晶体が剥がされていくのを
覆いかぶさるように覗く眼科医がふいに消えて
ライトが熱い

光いっしょに
眼球は色彩の海にひきずりこまれていく
不思議な音がひびいた
音楽のようだ
上から濃いピンクの塊が迫ってきて
右から黄の光が射してくる
濃いピンクの塊が消えると
青 緑 赤 光が現れて
つぎつぎに光の色が乱舞する
これはいったいなんだろう
色彩がつぎつぎに現れては消えて
また新しい色と形が迫ってくる
内なる
はなびらの出現だ
と思いきや
画面が暗転

ベージュをバックに黒い小さな三角が横にふたつ並んで三角目が現れ
た その下にすこし大きな三角形がひとつ現れて口になった 顔の形
だ 三角目玉と三角の口は鬼の顏だった これはわたしの水晶体が剥
がされていくのをわたしが見ているのだ きっと この鬼は水晶体の
剥がされたあとに付けられる人工水晶体を待っているのだ 急にわた
しの手の平に汗が滲みだした さっき見た鮮やかな色彩は はなびら
の化身にちがいない わたしの水晶体を葬るために現れたのだ 色と
りどりの光るはなびら 幾重にも重なってわたしの水晶体を見送りに
きたのだろう 千の蓮のはなびら はなびらをいちまいいちまい剥が
して あたらしいわたしの人工水晶体にいのちを吹き込む 千の蓮の
はなびら わたしの内なる千のはなびらは目から開かれていくだろう

音楽は消えて
右目は眼帯で覆われた

握りしめた手の平に
はなびら型の汗がにじんで

水晶体 PDF.pdf


【関連情報】
 孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
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2 眼科医が水晶体の施術をしているイラスト.png

【孔雀船106号 詩】 春になっても  一瀉 千里

亀は いつのまにか
いなくなった
いついなくなったのか
なぜいなくなったのか

人でも 物でも
予告もなく
突然いなくなるのは 寂しい

いてつく冬には
いつも池をみつめていた
姿はみえなくても
ーーここにいるんだよね
池の中の 泥の中
亀は
冬眠していたはずだ
池の中の泥の中で冬眠する亀のイラスト.png

桜の花が満開になり
花びらが 池の表面を桜色に彩るころになっても
亀は あらわれない
冬眠したまま
そのまま死んでしまう亀もいる
そんな覚書が
ふと 脳裏をかすめた
ーーそういえば甲羅の大きさが
  ずいぶん大きかったよね
  自分の役目は もう終わった と
  人知れず 姿を消したのかな

海まで出向いて きっと
竜宮城へ 帰ったんだな


春になっても PDF.pdf

 【関連情報】
 孔雀船は105号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
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戦後八十年 戦争責任は「国会」にある。現在の国政・代議士の認識度を問う

太平洋戦争の終結から、八十年の節目を迎えた。

「二度と戦争をしてはいけない」と声高に叫ばれる。例年のことだが、今年も、報道で奇異な現象をみせつけられる。
 国政の代議士たちが、「命を捧げられた方々のお陰で、わたしたちは幸せな暮らしをさせてもらっている。尊崇の念をもって哀悼の誠を捧げた」という。数十人の代議士はほぼ類似的な内容だ。

 かれらはいったいだれが侵略戦争をはじめたのか、と問うたことがあるのだろうか。戦争の発火点が国会にあるという、基本的な戦争責任など語ろうともしていない。
 明治時代から七十七年の間に、十年に一度は海外で戦争をした。これは国政にたずさわる政治家と高級軍人とが戦争を引き起こしたのである。多大な戦争責任は国会にあるのだ。自分たちの先輩諸氏が諸悪の根源だ、という本質をまったく理解していないようだ。

 ここで、あえて英霊といわれる一人の戦死者を悼んで描いてみる。

 かれは物心ついて小学校(国民学校)に入学すれば、皇国史観による教育で、「天皇は神の子孫である。日本人に生まれてきたからには、天皇の赤子(せきし)として、天皇のために死ぬ。それがお国のためである」と洗脳させられる。
 この教材は、明治時代に長州人の役人が、古代の神話をさも歴史的事実として創作した教育勅語である。
 やがて成人したかれは、いやおうなしに徴兵検査をうけさせられる。拒否すれば、非国民だといい、罰せられる。甲種合格となると、「赤紙一枚の命」といわれた召集令状がとどく。
「○○君、万歳」の声で、妻子から切り離される。

 遠い戦地につけば、二等兵の新兵として苛酷な訓練の連続である。軍律がきびしく、一人の失敗で、上等兵から連帯責任だといい、スリッパの裏で頬をたたかれる。日々だから、顔が腫れあがる。
 数か月後には、敵の銃弾が飛び交う最前線へと送りだされる。恐怖から逃げれば、うしろから逃亡罪で射殺だ。運よく敵弾がそれてくれても、兵站の食料がとどかず、「現地調達」の名のもとに、現地の市民に銃を突きつけて強奪する。もはや倫理観が失われている。

 戦況が悪化して「転進」という後退がはじまる。ジャングルや洞窟へと逃げこむ。蛇やトカゲを捕って食するも、やせ細り、四つん這いでしか進めない。あげくの果てには命が絶えて餓死する。遺骨が収集されて帰国する。かれの死はお国を守った英霊として祀られる。

 かたや内地は戦争末期で、米軍の焼夷弾の雨である。東京、名古屋、大坂、神戸が焦土となる。火傷で顔も衣服も焼けただれた黒焦げの遺体が、あちらこちらに山積みになる。政治家はそれでも戦争をやめない。民の生命・財産、文化を守ることが最大のつとめである、という認識が欠如している。国土は日増しにこれまで以上におぞましい悲惨な光景になる。そして原爆の投下、それにソ連軍の侵攻である。

 終戦の証書で、軍人政権が崩壊し、あらたに民主主義の政権が誕生した。あの戦争とはいったい何だったのか。
 今日の代議士たち政治家は、戦死者を自分たち家族を守ってくれた方々だ、英霊だという。特攻とかを美化する。
 歴史的な真実を掘り下げず、「お国のための戦争」「祖国のための戦争」のために命を捧げだと美化する。言葉は魔物だ。歴史の歪曲にもつながっている。

 戦死者たちは、時の政権から、自分の意思に反し、死を強いられたひとたちなのだ。お国のためでなく、政権のために死んだのだ。

              ☆     

 戦後の新しい教科書で、日本国憲法の三原則は「主権在民」「基本的人権」「戦争放棄」とおしえた。戦後八十年の現在では、「国民主権」「基本的人権」「平和主義」になっている。

「平和」ということばは、戦争に対する両刃の剣である。

 首相・東条英機は国会で、東亜の平和と自存自衛のために英米と戦争を開始したという。これは国民の目を善の戦争だとあざむくものだ。
 ナチスは「ドイツ系住民の保護・欧州の安定のため」とした。アメリカはイラク戦争で、「大量兵器を保有するテロとの戦い・中東の安定と平和のため」とした。ロシアのウクライナ侵攻は、「ロシア系住民の保護・地域の平和維持」とした。

 このように多くの戦争の名目が、「平和を守るために」というレトリックでおこなわれる。つまり、平和とは悪意を隠すための用語でもある。

 今日(こんにち)、国会へ送り込んだ代議士たちが、かつての侵略戦争の責任が自分たちの先輩諸氏にあるとは語らずして、英霊とか、特攻とか、若き死を英雄視する。そのうえで、日本列島の安全と平和のため、有事に備えるといい、軍備拡大の必要性を語る。
 まさに定石通り、危険信号が点りはじめた。戦争への足音が聞こえてくるようだ。

『八月十日よ、永遠なれ』 大人は近現代史(明治・大正・昭和初期・十五年戦争)を満足に学んでいない

 青春小説の「八月十日よ、永遠なれ」が発刊されたあと、読者から数多くのコメントをいただいています。 ことしは昭和100年、戦後80年の節目にふさわしい作品です、若い世代に読んで欲しいですね。こうした感想が多い。紹介します。


 高校二年生の男女六人が魅力的です。楽しいです。若者たちの意欲的で、前向きで、すがすがしくて、一気に読みました。日本の近代史が高校生の視点ですから、わかりやすく、すんなり理解できました。
 二度読むと、明治時代から太平洋戦争までの、日本の政治と軍事と戦争との関連が理解できる小説です。わかりやすい日本史の教科書でした。

             ☆

 他方で、「私たちは学校で、近現代史を習っていません」という内容がことのほか目立ちました。
「小中学校の社会科・歴史は、石器時代から江時代までていねいだけれど、明治維新のあとの、教科書の時間切れで、飛ばされてしまった」

「日中戦争や太平洋戦争(15年戦争)は、教科書の最終日に40分ほど、ごく短く触れた程度で、記憶に残っていない。大正時代や昭和初期など教わったのかな、という感じです」

「日本史は大学受験として、歴史用語の暗記だけです。江戸以前の時代が重点的に出題される傾向で、近代史がないがしろにされてきた。だから、明治時代以降、どうして戦争国家になったのか。それがよくわかっていません」
 
 ある統計によると、二十代以上の方々の約75%が小・中・高で日本の近現代史を学び足りなかった、と感じているようです。
 とくに50代以上の方々は、「太平洋戦争や日中戦争をしっかり習った記憶がない」と感じる人が多いようです。それというのも、終戦と同時に、神話、皇国史観の歴史そのものが否定されました。ですから、歴史教師は「明治時代の大日本帝国憲法制定のあとは、なにをどう教えてよいのかわからない」という教育の混乱期に突入します。
 そのまま、教科書そのものが、戦後の教育改革で試行錯誤し、今日に及んできたのです。教え方のわからない教師は、いまだに、明治初期で授業を終えている、という現実があります。

 やっと、2022年には19世紀からの近現代史「歴史総合」が全国の高校の必修科目として登場してきたのです。それは世界史と日本史を統合したものです。

             ☆

 高2の男女六人の「歴史クラブ」の高校生たちは、物語のなかで、明治・大正・昭和初期、さらに日中戦争・太平洋戦争を探究していきます。かれらは一年の時に、近現代史「歴史総合」を習っていますから、ふつうに海外から日本の政治・経済・軍事を見ていきます。

読者からは、「高校生といっしょに、海外が当時の日本の軍国主義をどのように見ていたか、それが学べました。海外の視点も豊富です。当時の日本は海外から軍事主義、侵略主義の批判の目で見られていた国家だったのだと、よくわかりました」という感想も寄せられています。

「これまで広島・長崎の原爆は被爆者の立場でしか見ていませんでした。高校生たちが、アメリカの立場も探究しているので、公平感を感じます」

 今は、ウクライナ戦争、中近東、台湾海峡と緊張が高まっています。核戦争の危機も、背中合わせです。日本がどのような態度で対峙するべきだろうか。
 この人類の危機の中で、私たちは過去とおなじ道を歩まない。それには日本人のすべてが、過去の悲惨な戦争を正しく学んでいないとおもいます。

「八月十日よ、永遠なれ」が、世界中の人達が、先行きに強い懸念を持っているとき、よい小説が出てきたと、歓迎してくれています。 
 作者として、この青春小説を一読すれば、ごく自然に明治以降の日本の歴史が学べます、と補足したい。


 戦争はただの過去ではないのです。「国を守る」といいながら「軍人政権を守る」ことばのすり替えでした。国破れた終戦ともに、勇ましかった軍人たちは戦争責任も取らず霧消してしまった。そして、日本史で近現代の歴史すらも、真実を教えない、つたえない、という結果を生み出しました。

 80年前に来た道、おなじ轍を踏まないことです。大勢の方々が近現代史を知ることは、将来の日本人の生命・安全を守ることにつながります。

「良書・紹介」 出久根達郎著『恋の石ころ』 = 戦後80年の人生がここにあり

 2023年の秋から出版された「出久根達郎のエッセイ」シリーズが、手もとに8冊ある。これこそ世の大勢の方に読んでもらいたい。第1冊目「千字の表うら」から、そのおもいが強かった。想う気持ちのまま、今日に至っておる。

 「一千字」シリーズの延べ四冊は、一冊ずつ、古今東西の名作に対する、出久根達郎の鋭い眼力と豊かな感性による論評がなされている。わかりやすく、読者の心が引き寄せられる。見出しがとてつもなくうまい。度肝を抜かれた。ただ驚愕するばかり。
 比べて私(穂高健一)は、出久根達郎が推薦する名作の図書で完読したものはかぎられている。本音を明かせば、完読、深読みした名作など一作もないのだ、といったほうが正確だろう。
 それゆえに、出久根達郎の「一千字」シリーズは凄すぎて、このHPで「良書・紹介」として記事を書く前から、私にはどうにも手が付けられなかった。
 
出久根・一千字シリーズ.JPG

 それでも、あえて私が強引に、このシリーズを良書として紹介するとなると、作中の名作を羅列し、ひたすら間接法でうわべを記すにとどまる。それだと、出久根達郎の筆の精神が伝わらない。作者や読者にたいして失礼にもなる。
 歳月は光陰矢の如し。あっという間に7冊が手元にたまってしまった。この間にも、圧倒されるばかりで、紹介できず心苦しかった。

                 ☆

 出久根達郎の近著『恋の石ころ』が八冊目として私にとどいた。2025年6月30日発行てある(写真の下段・右から2番目)。ことしは戦後80年だ、出久根達郎の人生80年が絶妙なる生々しい筆で描かれた作品である。

 弟一章  石をかえす
 第二章  私の東京物語
 第三章  恋の石ころ

 かれの幼少時からの展開だけに当然ながら文章が平易だし、とても読みやすく、ページを捲るたびに臨場感に満ちていた。楽しかった。一気に読むともったいないなと思うも、私とすれば同世代だけに世情・世相もわかるし、親しみ深く、おなじ目線であり、一晩で読まされてしまった。

                 ☆

 かれは茨城県北浦村という田舎の、極貧の家庭で生まれ育っている。とはいえ、終戦後は全国津々浦々の家庭は、いずこも食糧難で貧しいから、みんな明るい生き方ができた。子どもらは自然のなかで、遊び方をよく知っている。

 山野にいけば、いまは雑草といわれようとも、当時は貴重な食糧だ。無収入・無銭でも生き永らえた。父親が印刷業を廃業し、小説・俳句など投稿のみで生きている。それを克明に描いている。
「この出久根家の貧乏家庭は品質が高く、味があるな」。さすが直木賞作家の父親だと感銘した。やや変わり種でも、そういう生き方ができた時代なのだ。
 
                ☆

 中学を卒業すると、達郎少年は金の卵といわれた集団就職で、東京・月島の古本屋の店員として住み込みで働く。作中ではこの昭和三十年代のエピソードが、筆の上手さで、平明に快く推し進められていく。
 やがて、恋をする。読者としては、達郎青年は独身時代には、どんな女性と交際したのか。奥さん以外の女性とは? 興味津々で目を凝らすも、映画館の銀幕に映し出される女優の列記で逃げられてしまう。ここは「夫婦ケンカ」を避けたのだろうか。まあ、当然だろうな。

 ユーモラスなのは、求婚を承諾してくれた記念に、彼女の希望で「三越劇場」で高倉健の『八甲田山』を観たことだ。たしか零下四十度という酷寒の猛吹雪なかで、明治の軍人たちが訓練中に大量遭難する、という実話が映画化されたもの。深読みもすれば、若き頃の達郎青年はどこか高倉健に似ていたのかな。だから、この映画を記念に観たかったのかな。

 結婚後は、「カミさん」という呼称だ。これは巧い。ぴたり決まっている。......細君とか。女房とか、今流のママとか、となれば、作品全体に幻滅を覚えるだろう。このカミさんが登場するたびに、きわだって作中から彼女が立ち上がってくる。読者として、次はいつ登場するのか、とめくるページに期待してしまう。

              ☆

 独立して杉並区内で5坪という狭い古本屋を開業する。本が売れない。夫婦で食べていくのも難儀だ。「一人で食べられなくても・ふたりは食べられる」。夫婦はともに創意工夫をし、古本の出張販売、手書きの通信販売などで活路を見出す。しだいに登りつめていく。やがて、直木賞の受賞になる。

 サクセスストーリーは、おおむね鼻持ちならないのが常だが、『恋の石ころ』はさわやかに読めるからふしぎだ。出久根達郎の生き様の底辺が苦労人だから、ごう慢さがない。周りにはやさしい。作家として大成功しても、庶民のなかに溶け込んでいる。それがなせる業だろう。

 今、テレビや新聞などメディアは「戦後80年特集」で人物紹介が多い。これらジャーリズムの取材ものよりも、直木賞作家のみずからの筆による、リアルなショート・エッセイの連続作品のほうが、はるかに好感度が高く、楽しめるといえる。
 

 【関連情報】

出久根一千字シリーズ、 2.JPG 発行所 : 藤吾堂出版

 〒395-0045
飯田市知久町3-50
TEL・FAX 0265-22-1646

【原爆80年】 長編歴史小説「八月十日よ、永遠なれ」 生い立ち(作家の裏舞台)について

 新著「八月十日よ、永遠なれ」が、2025年6月27日に全国一斉に販売されます。この作品の成り立ち、つまり作家の裏舞台は、読むうえで参考になるかとおもいます。その経緯などを簡略にご説明いたします。

                  ☆

 一年前に出版社(広島・南々社)から、「2025年は広島原爆八十年ですから、それに関連する長編歴史小説を原稿用紙(400字詰め)400枚で、高校生も読めるものを書いてください」という書下ろし小説の依頼をうけました。
 日清・日露戦争にさかのぼり、なぜ戦争国家になったのか。太平洋戦争がなぜ止められなかったのか。なぜ、広島・長崎に原爆が落とされたのか、という点の要望がありました。


 私は、十九世紀から二十世紀の近現代史は得意とする分野であり、躊躇(ちゅうちょ)するものはない。日本史と世界史との関連性なども、深く知りえていると思っている。
「ただ、むずかしい要望だな。高校生でも読めるとなると、難解な歴史をどのように、平たく書くべきか」
 私は深刻に苦慮しました。

 明治・大正・昭和へと数多く海外戦争や出兵があります。国内の政治・経済・軍事なども複雑多岐です。難解な時代を解き明かす。歴史に精通した人ならば、専門用語も次々につかえる。
 しかしながら、高校生にも読めるとなると、戦争や事件やクーデターの呼び名は変えようもないし。地名、人名などすべてルビを打つわけにもいかない。いくら簡素にして明瞭に書いても限度がある。

            ☆

 大人の読者も、小中学校で習った社会科・歴史は石器時代から明治維新のころで終わりです。せいぜい大日本帝国憲法の成立くらいである。高校で日本史を選択していなければ、わが国の近現代史はほとんどわからない。これが実態です。

 さりとて、高校で日本史を選択したひとも、縄文時代から始まり、明治時代からの授業は駆け足だ。大正デモクラシー、シベリア出兵、ワシントン条約などはちらっと聞いた程度です。昭和の金融大恐慌、満州事変、国際連盟脱退など、世界との関連など教わっていない。
 
 学校で習う日本史は、現代でたとえれば、アメリカのトランプ大統領の影響など度外視しており、日本人による日本の政治です。海外戦争は敵国・相手国の事情がとても重要です。だが、泥沼の日中戦争にしても、中国の国内事情など、日本史では教えていない。ことごとく、日本史は世界とリンクしていない歴史しか習っていないのです。国際感覚はおそろしく貧しく無知に近いのです。
           ☆

 私は数か月も、あれこれ思案した。
「いっそうのこと、主人公を高校生にしよう。彼らの青春小説としよう」
 そこにたどり着きました。
 登場人物の主役は、高校二年生・十七歳の男女六人と設定しました。それは大胆な決意でした。というのも、この年齢は思春期で、恋愛に興味もつ。異性を意識し、敏感で、傷つきやすいし、繊細である。暴走もするし、男女が心を傷つけあう、失恋すれば、自殺もできる年頃ですから。

 作家はその心理を的確に描ききる必要がある。そこで、さわやかな恋心もくわえた17歳の男女の青春物語としました。楽しく、愉快に、時には涙し、読んでもらう。六人の個性を前面にだす。恋心を追えば、ごく自然に歴史が学べていた、という展開にしました。
 題名は「八月十日よ、永遠なれ」と決めました。それを持ち込んだ出版社は、「えっ、八月十日に何があったの」とおどろきました。

 広島原爆は八月六日、そして長崎原爆とソ連軍の満州・千島侵攻は八月九日、ポツダム宣言受諾は八月十四日、昭和天皇の終戦の詔書のラジオ放送は八月十五日である。
「八月十日は、読んでいただければ、わかりますよ」
 出版社は一読して、なるほどね。高校らしい斬新な結末だ、とすぐさま出版が決まりました。
毎日新聞 広告.JPG

    
  • 新聞広告(全国紙)です。左クリックすれば、拡大して読めます
  •  現在、世界中に核兵器が一万二千発ある。プーチン大統領がウクライナ侵攻から、核兵器の脅しをかけ続けている。高校生六人の男女は「歴史クラブ」を立ち上げる。そして、いかにして、核兵器を一発も使わさせないことができるか。奇想天外、逆転の発想、若き柔軟な頭脳で、かれらは取り組んでいく。その結果が、八月十日にたどりつくのです。

     これまで私は、知人・作家仲間ら延べ数十人から、「八月十日はなんの日なの」と質問されました。一人として、ぴたりと言い当てた人はいません。

     理由は簡単です。私たちが習った日本史は、限られた日本だけの小さな範囲、つまり「狭隘な範囲」でしか太平洋戦争を 見ていないからです。 
     現代のトランプ政権を見るように、当時のルーズベルト・トルーマン大統領の政権を日本側から真剣に直視していたならば、米国の最も重大な会議が八月十日だったとわかるのです。


     2022年から高1の必修科目「歴史総合」(日本史と世界史をドッキング)を習った現代の高校生たちは、アメリカ、イギリス、ポツダムなど海外から当時の軍国主義の日本を見る目が養われているのです。地球規模からみれば、太平洋戦争の終結とは東西冷戦の始まりです。かれらはそこから「八月十日」を掘り当てるのです。

     その内容は、読んでからの楽しみにしておきましょう。

    「新刊案内」 穂高健一著「八月十日よ、永遠なれ」 ことし(2025年)6月27日 全国一斉販売します

    作品名 : 「八月十日よ、永遠なれ」

    著者 :  穂高健一

    出版社 : 南々社

    四六判 288ページ 定価1600円+税160円

    発売日 : 2025年6月27日(金)
    186746044.webp 

     日清・日露戦争から、太平洋戦争へ、戦争の真実に迫る高校生たちの物語です。

    ・日清・日露戦争はだれが仕掛けたのか?
    ・どうして太平洋戦争はすぐに終わることができなかったのか?
    ・なぜ広島に原爆が落とされたのか。
    ・アメリカ・トルーマン大統領は、広島の原子雲の写真を見せられて、『原子雲の下に女と子どもがいるのか、そんなばかな』と絶句した。それは......

    歴史書と青春小説が融合し、「近現代史が」小説で学ぶことのできる「書き下ろし歴史小説」です。


    中国放送(RCC)ラジオに、穂高健一氏「広島城・護国神社をたどる」に出演  山澤直行

     RCC(中国放送)のラジオ番組の【週末ナチュラリスト】は毎土曜の朝に、岡佳奈さんが広島の旬な話題と幅広いジャンルを、流行に敏感なリスナーのために送る4時間の生放送です。

     2025年03月29日(土曜日)に、歴史作家の穂高健一さんが「広島城・護国神社をたどる」に出演しました。
     
     ナレーターの岡佳奈から、まず放送の趣旨のリードがあります。

    「広島城三の丸が今日、オープンしました。この機会にと、広島城、そして護国神社を、番組おなじみ歴史小説家の穂高健一先生と散策しました。大鳥居、石垣、天守閣、二の丸、護国神社をめぐり、お話を伺いました。」
    IMG_2545 広島城.jpeg


    「ナチュラリスト文化部」をクリックすれば、放送内容の全文が読めます。

     放送の最後には、
    「今回は駆け足でのご紹介となりましたが、広島城や護国神社には、歴史を感じられる場所・景色がたくさんあります。この機会に改めて、触れてみてはいかがでしょうか?」と岡さんが皆さんに足を運んでくださいと、呼びかけています。

    【関連情報】

    岡佳奈さんのHP

    ジャーナリスト
    小説家
    カメラマン
    登山家
    わたしの歴史観 世界観、オピニオン(短評 道すじ、人生観)
    「幕末藝州広島藩研究会」広報室だより
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