【転載・詩】 色彩にこだわっていた春の四連詩=尾世川正明
孔雀船・Vol.82より転載
作者:尾世川正明さん 千葉市在住
「尾世川正明詩集」(土曜日美術社出版販売刊・1400円)
土曜日美術社:新宿区東五軒町3-10
【関連情報】
孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738
写真:滝アヤ
色彩にこだわっていた春の四連詩 尾世川正明
*
生きることを休むための扉
その扉は無地の木でつくられている
ベンガル州の森のなかに質素な土の家があって
その奥に扉はあった
晴れた二月のその朝は扉の周囲に
西インドのきよらかな光がさしこんでいた
扉の表面は透明で翅のような光で覆われていた
訪れた若者はその扉に魅せられると
石でできた顔のない彫像になった
*
チューリップの茎
チョーリップのハナの下は長いという
庭で測ってみると十センチはあった
わたしの鼻の下よりはずっと長い
イスラムではチューリップはアッラーの象徴
イスタンブールのモスクで
壁のモザイクのなかを満たしている赤い花
くりかえされるチューリップの文様
アッラーは忙しい
*
扉を愛するひとのための扉
扉を愛する人が行きつけのは
十五世紀の貴族が作ったレンガの館
石の壁は一つずつわずかに色が異なる桜色
厚い木の扉は南フランのエルコラーノ・レッド
壁に埋めこめられた窓は空を映したラビスラズリ
向かい側もうひとつの窓にはオークルのカーテン
それはブルージュの穏やかな一日
2011年のイースターの朝
*
銀の馬車が走る深夜
描かれた屏風のなかで桜の花びらが舞う
明け方までずっと床の中で目覚めている老人
頭のなかを駆け抜ける車輪の音を聞いている
馬車はどこからきてどこに行くのか
墨に流し込まれた眠られぬ性欲
曙に菜の花が咲く土手の道を過ぎ
河口に広がる沼地のほそい道を走り過ぎて
はるかなる避地をめざしてゆく