【転載】『詩集・花鎮め歌』 利根川の川音 = 結城 文
作者紹介=結城 文(ゆうき あや)
日本ペンクラブ(電子文藝館委員)
日本比較文学会、
埼玉詩人会、日本詩人クラブの各会員
日本歌人クラブ発行
『タンカジャーナル』編集長
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関連情報
結城文詩集『花鎮め歌』
発行所:(株)コールサック社
〒173-0004
東京都板橋区板橋2-63-4-509
☎03-5944-3258
FAX03-5944-3238
利根川の川音 結城 文
利根川の向こうに
トンネルから出てくる汽車が見える
玩具のように小さい機関車
音はなにも聞こえない
天にまでひびくように
川音は絶えることがないのに
川の向こうには
音のない世界がひろがっていて
夢のなかの風景さながらーー
白い川石が
るいるいとして広い川原
父がいて母がいて弟がいて私もいた
大きな石り前での一葉の家族写真
父も母も和服姿
弟も私も短い着物をきて
脛がみえているのは川遊びのためかーー
たぶん蟹をさがしてのことだろう
あやまって父の右足の親指に
石を落してしまった
みるみる黒くなっていった父の爪
どうしよう
叱られる
父は何事もなかったように平然としている
一言も触れずゆったりと立っていた
利根川の川原の蟹は小さくて
石のような色
砂のような色
川の向こうでは
反対側から汽車がきて
トンネルに消える
汽車は玩具のように小さくて
汽車の音も車両のひびきも聞こえない
パントタイムの中の景(けい)
秋の光をたたえながら
利根川は
ごうごうと家族を包んでいた
古い写真の底からきこえてくる
利根川の川の音