A020-小説家

文学賞受賞作品『炎』が日本ペンクラブ・電子文芸館に全文掲載

 2000年の「あだち区民文学書」の受賞作品『炎』が、日本ペンクラブ・電子文芸館に掲載されました。

 本の帯には、『社会小説・山岳小説・恋愛小説という現代小説の魅力を醸成する多彩な要素を存分に盛り込んだ力作』と選者の講評が載せられています。

 私は数多く、純文学、エンター、ミステリー、時代小説、歴史小説を書いて発表してきました。この『炎』は私の作品なかで、まちがいなくトップクラスだろう、と思っています。選者の評通り、3つのジャンルが組み合わさった、希少な作品です。

日本ペンクラブ・電子文芸館の掲載作品『炎』こちらをクリックしてください。 


【本文・冒頭】
 首にタオルをかけた大柄な赤松好夫が、病棟の裏手から、廃棄物専用の台車をひいてきた。 作業服の背中は地図を描いたように、汗でぬれて張りついていた。
 好夫は32歳で、眉の濃い角張った特徴のある顔であった。

 山麓の広大な敷地には、総合病院の白い棟が三つならぶ。病棟の一角から離れた、もはや背後には雑木林のみという片隅に、好夫がうけもつ焼却炉があった。巨象の体型よりもおおきな炉だった。銀色の煙突は、正門ゲート横の銀杏の大樹と高さを競うほどである。

 煙突から青い煙が淡い新緑につつまれた疎林の方角へとなびく。さらなる彼方には三千メートル級の雪峰の連山がそびえていた。

 あの峰ではいま遭難事故が起きて捜索隊がむかっているけれども、当の仙丈岳(せんじょうがたけ)はまるで知らぬ顔で屹立する。赤松好夫はいまレスキュー隊から出動待機の要請をうけている。

 かれは時おり仙丈岳の山容を見ていた。今回の遭難は稜線から滑落した事故で、広範囲な捜索ではないし、簡単に救助、あるいは遺体での収容がなされるだろうとみていた。

(登山者は春の岳やまを甘くみている)
 好夫はそうつぶやいてから、仕事のほうに気持ちを切り替えた。

 焼却炉がうなる音をあげている。ここ五年間ほど、かれはこの炉にたずさわってきた。この間に炉の癖や特徴をつかみ、音だけで完全燃焼に達した状態だとわかる。そのうえ、つねに炉内ろないの炎の状態をも読み取ることができた。操作盤をみると燃焼温度は920度をさす。ただ、病院の炉はきまぐれで時おり変調をきたす。それだけに気がぬけなかった。


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第89回 元気100エッセイ教室 = 心に響くことば

 映画を見たり、本を読んだり、ラジオを聴いたりする。心に響くことばがあれば、それは感動作品です。
「人間の心は、相手のことばで動く」

 ことばひとつで、その人の為なら死も厭わない。ことばひとつで殺意すら持ってしまう。ことばは愛情の表現になったり、凶器になったりします。このように、心を傷つければ、心に響くことばもあります。

 相手を生かすも殺すも、ことばしだい

 作品が盛り上がったときに、読み手の胸にジーンとしみ込むフレーズが、感動すべき、心に響くことばです。

・病気の子供を抱えた若い母親が、「この子を助けてください」と涙して訴えた。

・戦場の砲弾の恐怖のなかで、「おまえは生きて故国に帰れ、傷ついた俺をかまうな」

・過疎化の故郷に帰省した時、「誰かが村を守らないと、おまえらの故郷がなくなるだろ
う」

・父親に怒られるかと思いきや、「離婚は恥ではない。問題は次の生き方だよ」と優しく接してくれた。

・職場の鬼上司から、「男は誇りが大切だ、そんな仕事をしろ」と怒鳴られた。

 これだけでは心に響くことばだと言えません。懸命に生きる姿を描き切ったストーリー(流れ)が必要です。作品が盛り上がれば、心に響くことばが生まれます。心にとどめ置きたいことば、として強く印象に残ります。

・愛、惜別、信頼、努力、痛切な願い、絆、真剣、信念、叱責、危機、

 いずれも心に響くことばが潜んでいます。それを引き出すのが作者の技量です。

 作者には過去の体験のなかで、忘れ難い、心に響いたことばが必ずあるはずです。それを素材にして、エッセイを書いてみてください。
 感動作品が生まれる土壌(ネタ)があります。

第88回元気100エッセイ教室=エッセイで平和の教科書づくり

 私たちは後世になにを残すか。何を読んでもらうか。明治時代からの曾祖父、祖父、親の代まで、戦争による暗い負の社会だった。

 団塊の世代でいえば、物心がついた時には、焼夷弾などによる廃墟の町だった。戦争孤児、原爆孤児、満洲引き揚げ飢えで死んだ子たちも大勢いた。生き残った私たちは食べ物も、衣服も満足にない社会がスタートだった。

 そこから懸命に生きてきた。誰もが誠実に働き、新幹線、家電、自動車、環境汚染処理、通信、あらゆる分野で最先端の技術と文化を世界に提供してきた。一方で、私たち市民は税金を通して、先人が犯した外国への負の賠償を支払ってきたのだ。決して、政治家のポケットマネーではない。

 戦後70年間、私たち日本人は武器で外国人を一人も殺さず、これだけ高度に発達した社会を構築してきた。自慢できる70年間なのだ。
「戦争なくして、なぜ高度の平和な社会が作れたのか」
 この優れた社会をエッセイで書き残すことが、後世への平和教科書になる。それが教えられる世代なのだ。


「世界一の品質をつくる」
 日本じゅうが燃えた。企業戦士、エコノミックアニマルという批判はあったが、GNPトップクラスの大国になった。
 成功・成就する裏には数倍の失敗があり、多くの倒産もあった。企業には栄枯盛衰がある。個々人においても、いくどもの挫折、葛藤、仲間との言い合い、仲間との軋轢、あるいは職場環境に悩み、苦しみ、うつ病や自殺などを出してきた面もある。さらには子育てを妻に押し付けた家庭犠牲の精神すらあった。
 それでも日本人は戦争せず、世界一流の製品をつくり、平和国家を築きあげてきたのだ。
平和70年と言われるが、経済が主導で、平和国家をつくってきた。どちらかといえば、政治は経済の後から付いてきた。だから、平和が作れた面がある。

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よみうりカルチャー「文学賞を目指す小説講座」メンバーと合宿=房総

 小説講座の合宿が5月の連休を利用して、2日間行われた。年初、よみうりカルチャーセンターの小説講座の受講生から、「先生、合宿をしませんか」と提案があった。世間が休みの大型連休・5月か、8月ならば、いいよ、と返事しておいた。

 私が30代のころ講談社フェーマス「小説講座」で、伊藤桂一氏と出会った。その後の同人誌「グループ桂」の活動を通して、伊藤先生らとなんどか合宿した記憶がよみがえった。集中した時間で、濃密な授業ができた。

 別途、同人誌「ちょき舟」にも入っていたので、そこでも小説仲間との合宿があった。朝日カルチャー小説講座生が立ち上げた同人誌だけに、レベルが高かった。合宿では朝から晩まで、仲間の作品を時間をかけて論議できた。実に、有意義な合宿だった。

 これらふたつの合宿が筆力を一気に高めてくれた。

 こんかいの場所は、受講生の森田さんが千倉の別荘を提供してくれる。宿泊代がかからない分、それをバーベキューや飲食代にまわせる内容だった。幹事は山田さんだった。

 早朝の出発は苦手なのだ、私は前泊で千倉にむかった。5月2日(土)は5月連休の最初で、内房線は混み合っていた。

 夕暮れ前に、千倉駅に到着すると、森田さんが迎えにきてくれていた。

 海岸の散策にでた。やさしい湾曲の海辺だった。

 私は波静かな瀬戸内の島育ちだ。太平洋の沿岸にくると、荒々しい波の光景を期待する。
 
 この日はそれに反して静かな磯辺だった。

 見わたしても、釣り人は少なかった。

 磯から海に突きでた堤防で、20代の男性が『ブレイクダンス』を踊っていた。そばでは彼女が一眼レフで撮影する。
 
 私は近づいて、「とても、素晴らしいダンスだね。撮影させてくれませんか」と声掛けした。男性は快く応じてくれた。「ムービーですか、スチールですか」と問う。

「デジカメのスチールです」と答えた。ダンスはハイスピードである。一眼レフと違い、デジカメではシャッター速度がダンスに追いつかず、鈍い。

 妙技のタイミングが捉えられず、ワンテンポ狂ってしまう。懸命に踊ってくれた若者には申し訳にないな、と思う。
 

『ブレイクダンス』が不本意だったので、若者たちにふたたび声掛けして、ツー・ショットを撮らしていただいた。

 ここまで協力してくれたのだから、礼儀として名刺をお渡しした。

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庶民が歴史をつくる = サクセス・ストーリーを書こう

 政治家は歴史を歪曲し、原点をよく見せようとする。
 作家は歴史年表とフィクションで事実のように書く。そして、特定の人物が世のなかを大きく変革した、と物語をつくる。

 この二つをもって正確な歴史が後世に伝えられない。

 坂本龍馬が日本を洗濯した、幕末を大きく動かした、と歴史作家が書けば、それがまるで事実のように捉われてしまう。
 それはあり得ないことだ。たった一人の人物で、世のなかが変わるほど、庶民はバカではない。大勢のひとが歴史を動かし、変えていくのだ。


 坂本龍馬がいろは丸事件を起した。沈没船には金塊と最新銃を数百丁積んでいた、と大ウソを言い、紀州藩から8万3000両をだまし取った。10両の窃盗でも獄門の江戸時代に。紀州藩の家老は切腹寸前まで及んでいた。明治になり、執行されなかった。しかし、船主の大洲藩の家老は、龍馬のために切腹した。
 張ったり屋の龍馬なる人物の性格にも問題がある。


 船中八策は存在しない。龍馬は大政奉還にまったく絡んでいない。土佐藩の船のなかで、大政奉還を考えたという。これこそ作家の作りものだ。

 龍馬は薩摩藩がらみで、長崎にすむ密売人・グラバーと交流を深め、幕府が禁止していた鉄砲・銃弾を西日本を中心とした各藩に売った。みずから運輸業の海援隊をつくり、密かに運ばせていた。
 それら武器が、明治政府樹立後の戊辰戦争で使われ、大勢の日本人が死んだ。大勢の日本人を死に至らしめた「死の商人」につきるのだ。

 薩長同盟といわれるが、実在しない。木戸が小松帯刀・西郷隆盛と話し合った。潔癖症の木戸が、長州の言い分を覚書・メモ程度に手紙にしたため、龍馬に送った。立会人として裏書きをしたにすぎないのだ。
 薩長同盟の成立など、ばかげた作り事だ。鹿児島から、薩長同盟の存在を裏付ける書簡など発見されていない。あるはずがないのだ。

 そもそも長州藩は禁門の変で朝敵になり、小御所会議で明治政府ができるまで、長州人は京都に入れていない。入れば、会津・桑名軍、新撰組などに問答無用で斬られた。これは歴史的事実だ。
 長州は倒幕になんら関わっていないのだ。つまりは、龍馬は倒幕に関わっていないのだ。


「龍馬の精神で政治を行おう」
 そんなことを言いだす政治家がいる。それは実態のない薩長同盟を信じ、小説上の活躍を現実だと錯覚しているのだ。

 幕末には民衆に大きな力があった。徳川を倒したのは庶民だ。たとえば、「ええじゃないか」運動が起きた。大衆は荒れ狂った。
 各地が無政府状態に陥り、経済政策ブレーンをもたない徳川慶喜には手におえず、皇国思想から政権を天皇に還した。


 現代に置き換えればよくわかる。
 東京・大阪で、大勢の庶民が荒狂い、インフで価値が殆どない紙幣を路上でばらまき、企業になだれ込み、書類を待ち散らし、コンピューターを打ち壊す。つまり、現代の打ちこわしだ。職を失った大衆が道路に溢れて、通行すらできない。
 それらエネルギーが全国の地方都市や町村まで拡大していく。

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第86回 元気100エッセイ教室 『書き出し、結末、勇気』について

「なにをどう書いても良い」
 と語る指導者がいる。
 その実、自由気ままに書けるものなら書いてみろ、という奢りが根底にある。
「話すように書きなさい」
 ベラベラ喋るように書かれたら、読み手はたまったものではない。お付き合いで負担を感じながら読んで、結末で下手な演説を聞かされた気分になる。
 そして、作品自体に失望してしまう。

 おなじ素材でも、名文もあれば、駄文もある。
 小中学生のとき、我流で作文を書いた。
 ……花は美しい。河口湖に映る富士山はきれいだ。10月の空は抜けるような青空だった。土佐の海は広い。木の枝で蝉がミンミン啼いている。
 こんなありきたりの表現で、独創性が低い文章でも、先生は上手ねと誉めてくれる。これで、作文が巧いと信じ込んでいる人は多い。
 
『書き出しで、読者に逃げられるな」
 この基本が教師から教えてもらっていない。
「結末で、読者を失望させるな』
 読後の余韻のつけ方すら、教えてもらっていない。それなのに、作文が上手だったから、エッセイや短編小説が書けると、世の多くは錯覚している。

 作者の心が表現できる、創作の勇気がなければ、良品など書けない。一度巧い作品がかけても、それだけのことだ。次が期待されても、我流で書いて失望させてしまうのがオチだ。

 エッセイを学ぶ。つきつめると、「書き出し」と「結末」の技法の習得と、自分の過去の醜さや失敗など包み隠さずかく「勇気」である。

 人間は誰しも恥をかいている。失敗もしている。罪悪もある。それを本音で赤裸々に描く精神がなければ、感動作品をかく技量は身につかない。親せき・縁者、妻子に、恥部を読まれても、「これが私だよ」という勇気である。

 読者は利巧だから、小手先の嘘やつくり話は文脈で見破ってしまう。巧くごまかせたと思った瞬間から、それは駄作なのだ。

読者を引きこむ、書き出し

① 動きのある描写シーンから書く(映画を見るように)

② 最初の一行で、次が知りたくなる。二行目で、さらに次が知りたくなる

③ 思わずエッセイ空間に引き込まれていく。(同じ体験の境地にさせる)

④ 私の履歴、家族の説明、初めから結末がわかる(退屈感を与えてしまう)

巧い結末のつけ方

① 最後まで、糸がぴんと張っている。

② 続きがあるように、後方は思い切って切り捨ててしまう。

③ 言いたいことは書き切らず、腹八分目で留める。

④ 形を整えて締め括ると、「作品よ、さようなら」読後感がない印象を与える。

第14回歴史文学散策(下)=小石川は江戸時代の史跡の宝庫だった

 

 3月20日の歴史散策はソメイヨシノがまだ咲かず、東大・小石川植物園のわずかな桜花にも感動していた。


「この石碑はストレート過ぎて、どぎついわね」
「東大の理系らしいわよね」
 こんな会話が飛び交った。


 種子植物にも精子が存在する。 それは世界的な発見だった。 昭和31(1956)年に60周年の記念碑が建立された。樹齢は約300歳と推定されている。



 小石川植物園で、歴史作家の山名さんが、丸い鉄製のマンホールを指した。なにかしら? ミステリー作家の新津さんが写真に撮る。これも作品の創作に役立つかも。犯人が逃げ込むとか……。

 マンホールには「帝大」と明記されていた。となると、戦前からの仕様だ。
 相澤さん(PEN広報委員長)もおもむろに撮影に加わった。


 次なる史跡は、慈照院だ。初代の辰巳屋惣兵衛(たつみや そうべえ)、通称・平井辰五郎が眠る。

 江戸の町人だった辰五郎は、踊りが大好き人間だった。祭礼となると、かれは女装して面白おかしくおどった。
 その名が売れると、大名邸の宴会の余興にも招かれた。自分の遊戯のためだといい、金は受け取らなかったという。

 天明8年には、仮面をつけて巫女(みこ)のまねをする狂言神楽を考案した人物である
 

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第14回歴史文学散策(上)=小石川は江戸時代の史跡の宝庫だった

 日本ペンクラブの歴史好きの仲間による、「歴史散策」は14回目を迎えた。こんかいは吉澤さん(PEN事務局長)が、長野県で開催される島崎藤村(初代会長)のイベント関係が多忙で、欠けていた。

 このところ全員の集合写真は、飲み屋が多かった。ついては、東京・文京区の小石川植物園の園内で、プロカメラマンらしき人物に撮影してもらった。

 3月20日13時、集合場所は茗荷谷駅(地下鉄丸ノ内線)だった。

「穂高さん遅れなかったのね」
 10数回のイメージはしっかり根付いていた。

 最初は、林泉寺の「大岡政談のしばられ地蔵」だった。

 葛飾区にも「しばられ地蔵」がある。関連はわからないが、私の受講生が素材にしている、と話した。


 次なるは深光寺(小石川七福神のひとり)である。滝澤馬琴の墓所だった。

 歴史小説作家の山名さんが、キリシタン燈籠を詳しく説明してくれた。巧妙に、十字架とマリア像が組み込まれていた。人間の知恵はすごいな、と思った。

 彼女はこの1月に、BS「細川ガラシャ」の1時間番組のメイン・ゲストで出演していた。切支丹にはとても詳しい。彼女への講演料がゼロ円で、現地で聴ける。それがこの歴史散策のメリットか。


 切支丹坂から、切支丹屋敷跡に出むいた。
 
 相澤さん(PEN広報委員長)と井出さん(PEN事務局次長)が、史跡の一つひとつを見逃さない姿勢で、真剣に文字を読んでいた。

 茗荷坂(みょうがざか)の周辺は高級住宅地が多い。

 先の佃島の歴史散策で、新津さん(女性ミステリー作家)が高級マンションを素材に使った。近々、売り出される。
「編集者から、やけに詳しいですね、そう言われたのよ」と披露していた。作家はつねに取材の精神なんだ。  

 こんどは、次作はここらの高級住宅地で出てくるね、と語り合っていた。

 ソメイヨシノがまったく咲いていない。「播磨坂さくら並木通り」を行く。

 春の黄色い花は品種が紛らわしい。みなは童心にもどって、木々の花の名を言い当てていた。


 東大・小石川植物園に入った。徳川慶喜は水戸斉昭の子として、この小石川植物園で生まれて、この近くで終焉した(立ち寄ってきた)。ともに文京区内だった、と清原さん(PEN会報委員長)が教えてくれた。

 日本を代表する文芸評論家で、歴史物評論の著作も多いし、実に詳しい。

 慶喜は1913年11月22日に亡くなっている。「関東大震災は1923年(大正12年)だから、その10年前だな……」
 遠い幕末の人物だと思っていたが、我われ世代の少し前まで生きていたんだ。


 ニュートンのリンゴの木。興味を示す新津さんに、「ミステリー小説のトリックで、信州林檎にすり替わっているのかな」と揶揄(やゆ)した。
 彼女は長野県・大町市出身だ。 

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出久根達郎さん『半分コ』で「芸術選奨」文部科学大臣賞=再掲載

 文化庁が3月12日に、第65回芸術選奨の受賞者を発表した。直木賞作家・出久根達郎さんが『半分コ』で文部科学大臣賞を受賞されました。

 この「穂高健一ワールド」で紹介した、推薦図書『半分コ』を再掲載いたします。


【推薦図書】 Kindleサイズ「短編集 半分コ」=出久根達郎


 Kindleサイズの紙の単行本とは考えたものだ。持ち運びが良い。満員電車でも、簡単に読める。なにしろ流行の先端を行っている。
 液晶画面でなく、紙面で読める。あらたな読者層を広めるだろう。


 出久根達郎著「短編集・半分コ」が三月書房かせ出版された。定価は本体2300円である。

 Kindleサイズの出久根さんのアイデアか。それとも出版社か。後者ならば、編集か、営業か。そんな興味もわいてくる。ご本人に訊いてみたいが、想像にとめておこう。その方が楽しい。
 
 直木賞作家で、現代では第一人者の短編小説集だ。軽妙に手軽く読める。気にいった題名から読めばいいだろう。

 人生半ばを迎えた主人公たちが、ふと過ぎし日を想う時、その何気ない言葉やしぐさに心の内を垣間見る。……どこか懐かしく、そしてほろ苦い16の小さな物語。

 『掲載作品』
    半分コ
    饂飩命
    赤い容器
    母の手紙
    十年若い
    お手玉
    空襲花
    符牒
    紀元前の豆
    名前
    薬味のネギ
    校庭の土
    こわれる
    腕章
    桃箸
    カーディガン     

出久根達郎さんが『半分コ』で「芸術選奨」の文部科学大臣賞を受賞=再掲載

 文化庁が3月12日に、第65回芸術選奨の受賞者を発表した。直木賞作家・出久根達郎さんが『半分コ』で文部科学大臣賞を受賞されました。

 この「穂高健一ワールド」で紹介した、推薦図書『半分コ』を再掲載いたします。


【推薦図書】 Kindleサイズ「短編集 半分コ」=出久根達郎


 Kindleサイズの紙の単行本とは考えたものだ。持ち運びが良い。満員電車でも、簡単に読める。なにしろ流行の先端を行っている。
 液晶画面でなく、紙面で読める。あらたな読者層を広めるだろう。


 出久根達郎著「短編集・半分コ」が三月書房かせ出版された。定価は本体2300円である。

 Kindleサイズの出久根さんのアイデアか。それとも出版社か。後者ならば、編集か、営業か。そんな興味もわいてくる。ご本人に訊いてみたいが、想像にとめておこう。その方が楽しい。
 
 直木賞作家で、現代では第一人者の短編小説集だ。軽妙に手軽く読める。気にいった題名から読めばいいだろう。

 人生半ばを迎えた主人公たちが、ふと過ぎし日を想う時、その何気ない言葉やしぐさに心の内を垣間見る。……どこか懐かしく、そしてほろ苦い16の小さな物語。

 『掲載作品』
    半分コ
    饂飩命
    赤い容器
    母の手紙
    十年若い
    お手玉
    空襲花
    符牒
    紀元前の豆
    名前
    薬味のネギ
    校庭の土
    こわれる
    腕章
    桃箸
    カーディガン     

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