寄稿・みんなの作品

【寄稿・写真】これぞ、熱演・芸人たちの顔=滝 アヤ

                     源 吾朗


              

                      がまの油売り口上と、切れる刀と、
                      さらにたくみな話術で、観客を魅了する。


                     柳家 小団治


             

                   トリ(最後)の話術は観客をたっぷり喜ばす



           

                     風雅 こまち
                  音体操で、会場のみなさんと体を動かす


         

                  プリンセス オーロラ
                 女性のマジックは、美しさでごまかす。

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【寄稿・エッセイ】ハチ=久保田雅子

【作者紹介】

 久保田雅子さん:画家、インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験から、幅広くエッセイにチャレンジしています。

                [ハチ] 縦書き・PDF


                作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から


 ハチ  久保田雅子


 若いころに読んだ本を読み返すと、年のせいか、まるで読んでいなかったかのように、記憶がなくておどろくことがある。
 映画鑑賞もおなじだ。先日見た<ハチ公物語>などは、以前に見たと思っていたが、まるではじめて見るようだった。冒頭の秋田犬の出産シーンなどは、印象的だったはずなのに、まるで記憶になかった。
 あまりにも有名な映画なので、私は観た気になっていたのか。実際は観ていなかったのか。曖昧である。いずれにしても、よく知っている話なのに、あらためて感動させられた。
  私が子供の頃も犬を飼っていた。生まれたばかりの子犬を育てるために、母は近所の大工さんに犬小屋を注文した。やがて、わが家の庭には子供の私が立って入れるような大きな犬小屋が出来た。みんなで大笑いした。まもなく子犬はハチのように成長し、その小屋が体形にちょうどよくなった。
 だが、あるとき、仲良しだった愛犬は狂犬病になった。昔は犬に予防注射をしなかったのだろうか? 母がおそるおそる長い棒の先に毒をぬった肉を、犬にやっていたのを覚えている。かわいそう、むごい、というよりも、子供の私には狂犬病の方がおそろしかった。そして、殺された。

 私の子供時代はハチのように屋外に犬小屋があって、犬はそこで寝ていた。
 今の時代は、犬小屋を見かけない。犬はみんな家のなかで飼われている。人々が、マンション生活になったせいかもしれない。人間と犬の関係も変わってきている。

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【寄稿・エッセイ】一枚の写真=久保田雅子

【作者紹介】

 久保田雅子さん:画家、インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験から、幅広くエッセイにチャレンジしています


                一枚の写真PDF

              

                作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から


 一枚の写真  久保田雅子


 衝撃をうけた一枚の写真に、先日、ある雑誌でまた出会ってしまった。
 すっかり忘れていた、その写真の題名は、<焼き場に立つ少年>である。
 昭和20(1945)年に長崎で撮影されたもの。
 元米軍従軍カメラマン、ジョー・オダネルの有名な写真だ。
 撮影は夕方遅い時間だろうか。あたりは薄暗い。10歳ぐらいの少年が焼き場の前で、はだしで胸をはって立っている。その背中にはたすき掛けで幼子をおんぶしている。その子は首をうしろにのけぞらせてぐっすりと眠っているようだ。少年は唇をきつくかみしめてじっと前をみつめている。
 
 やがて白いマスクをした焼き場の男たちが近づいておんぶ紐を解いた。オダネルはこの時、はじめて幼子が死んでいることに気づいたという。男たちは焼き場の熱い灰の上に幼子をそっと横たえた。少年は燃え盛る炎をじっとみつめていた。燃える炎が静まると、少年は無言で去って行った。
 オダネルは軍の命令で被爆地の記録撮影をしていたが、許可なく人を写すことは禁じられていた。けれどもあまりにも悲惨な被爆地の状況に、写さなくてはならない強い衝動にかられて人を撮影していた。焼野原を背景に晴れ着を着た幼い少女の写真、ガレキのなかで笑っている子供たち……。撮影した写真は極秘にアメリカへ持ち帰り、自宅のトランクに封印して保管された。

 私には写真でみる長崎の焼野原が、東北の大津波の後とダブって見える。


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【元気に百歳クラブ】49回エッセイ教室の素顔=森田多加子・石井志津夫

写真:森田多加子さん

撮影:4月10日、東京・新橋新橋の「生涯学習センターばるーん」

文:石井志津夫さん作「プロジェクト成功の条件」から


49回エッセイ教室の素顔   写真・森田多加子 文・石井志津夫

 元気に百歳クラブのエッセイ教室では、毎月15名以上が参加し、穂高健一講師によるレクチャが行われる。毎回・課題(ショート・エッセイ)と、提出作品の合評、講評、意見交換で、切磋琢磨を続けている


 森田さんが、発足当初に首都圏の会員にながした優しい案内が、このエッセイ教室のすべてを言いあらわしている。

『毎月1回エッセイを学びましょう。ちょっと書いてみたいけど、文章が苦手だと思っている方、書くことは大好きだけど、もう少し何とかならないか、とお考えの方もぜひご参加ください・・・まだ書けない、という方もぜひ聴講においで下さい。楽しみながら、文章の達人になりましょう』


 スタートから5年間。途中から参加した、青山さん、筒井さん、白川さん、友寄さん、樫塚さん、遠矢さんの作品はベテランメンバーもたじたじになるほど、レベルを超えている。

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【寄稿・エッセイ】ベリー・グッド・ボーイ= 星乃 うらら

【作者紹介】
 星乃 うららさん : 主婦暦は30年以上です。昨年から「よみうり日本テレビ文化センター・金町」(公募エッセイ教室)を受講して1年4ヶ月です。俳句暦としてはかつて2年あまり。日頃のストレス解消として、「健美操」という体操、現代琴などをおこなっています。

【作品紹介】
 文芸社「たび・旅・Journey!」に掲載された入選作です

                     縦書き・PDF


ベリー・グッド・ボーイ= 星乃 うらら


 旅をしていると、海、湖、川など、水の満ちた風景たちに心魅かれる。癒され好きの私は、そこに遊覧船、川舟などを見つければまず近寄っていく。

 夫と二人で、千葉県佐原のさわら舟に乗り、川くだりをしてきた。十二月初旬だった。世間では年の瀬で、大掃除でも始めようかという時期だ。世の流れに逆らって、小京都といわれる柳と川の町をのんきに歩いてきた。かつて、水郷のあやめ祭りの帰途、この町に立ち寄っている。鰻重を食べて満足して以来の佐原歩きだった。


 町の中心を流れる小さな川は、小野川というそうだ。川端に柳が続き,冬枯れの細枝がしなやかに風に揺れる。昔ながらの白壁土蔵が陽で輝く。浮世を忘れて、そぞろ歩くにはぴったりの町だ。
 小さな川に小舟が客を乗せて上り下りし、絣もんぺのおばちゃんがのどかに櫓をあやつる。舟の上にはなんとこたつなどもしつらえてあるようだ。

「今度こそは、さわら舟に乗りたい」
 と夫が言った。
 春来た時は発着所の行列を見てあきらめていたのだ。今回は師走の冷たい川。さすがに並ぶ人は少ない。チャンス到来だ。二人の呼吸も合い、乗ることに決めた。
「さあさあ差し向かいでこたつに足を伸ばしなさいな」
 発着所の世話人のおじさんはとても威勢がよく、靴脱ぎの場所なども教えてくれた。

 冷たい空気をぬって、こたつで暖を取りながらゆらゆらと下って行く。お舟の心地好さは格別だ。川の水は思ったよりきれいで、川幅も広く感じられた。船頭のおばちゃんが、舟をこぎながら佐原の歴史を教えてくれる。この時だけはちゃんと頭に入り、しっかり佐原の人となった。

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【寄稿・エッセイ】 藤の花見物=里山 景

【作者紹介】
 里山景(さとやま けい)さんは読売日本テレビ文化センター・金町「公募のエッセイを書こう」の受講生です。エッセイ歴は十年余です。旅エッセイ、日常エッセイを得意としています。


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藤の花見物 文・里山 景

 
                      


 2年前のことだった。都内で、『丸の内フラワーウイーク2009』が開催されていた。「足利フラワーパーク」の園長さんは女性樹木医の第1号といわれて、藤をバックにしたコマーシャルのテレビに出ていた。園長さんの講演が新丸ビルで行われるというので、私は聞きに行った。

 園長さんは背のスラリとした、藤の花のように美しい人だった。藤の花が、フラワーパークで見事に咲いていることを知った。藤は1度に咲いてしまうのではなく、薄ピンク、紫、白、黄色、と順々に咲いていく。
 5月17日までは藤祭りをしている。夜9時までライトアップをしていると語っていた。

 ぜひ、藤の花を見てみたい。思い立ったらすぐ実行。5月の連休明けに、友の運転する車で出かけた。よほど有名なのか、観光バスが連ね、乗用車も多く、周辺の道路は渋滞していた。広い駐車場は満車で、係りのおじさんが交通整理をしていた。
 
 どうにか車を止めてから、入場券を買って園内に入った。少し歩くと、幹がくろぐろとして 太い藤の木があらわれた。パンフレットに記載されているように、600畳敷きの藤棚には80センチの花房が垂れている。樹齢は140年とのこと。

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【寄稿・エッセイ】ハポンさん=久保田雅子

【作者紹介】

 久保田雅子さん:画家、インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験から、幅広くエッセイにチャレンジしています


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                作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から


 ハポンさん  久保田雅子


         
 スペイン語ではJAPON(日本)と書いてハポンと読みます。
 スペインのアンダルシアの田舎町コリア・デル・リオにはハポン姓の一族が住んでいます。現在は7~800人です。ハポン(日本)さん達は、自分たちの先祖はサムライだと信じています。
 サムライとは伊達正宗の命で渡航した、支倉常長(はせくら つねなが)がひきいる慶長遺欧使節団です。長い旅の間に、病気またはなにかの事情で日本への帰国を断念し、その町にとどまった誰かと考えられています。


 支倉常長の苦難の渡航に関心をもっていた私は、平成8年、彼らの渡航に使用された復元船ができたと聞いて、真っ先に見学に行きました。
 宮城県石巻市に慶長使節船ミュージアムがオープンしたのです。

 それは仙台藩主の伊達正宗が建造させた木造の外洋航海型帆船です。復元船サン・ファン・バウティスタ号は、180名を乗せて太平洋を2往復した船とは思えないほど小さくて(約500t)おどろきました。内部は水夫の生活がわかるように再現された展示になっていました。工夫された造作に、当時の日本の造船技術の高さに感嘆させられたものでした。

 支倉常長は正宗に初めてのヨーロッパ外交使節を命じられると、この船で石巻(月の浦)を出港(1613年)しました。太平洋を横断してメキシコのアカプルコに到着すると、陸路を歩いて横断してからまた船で大西洋を渡ります。

 スペインのセビリアに到着してからは、ふたたび徒歩でイタリアのローマへ向います。このときに長期に滞在した町が、セビリアに近い小さな町コリア・デル・リオです。

                
            

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[寄稿・エッセイ】夫の読書会=三ツ橋よしみ

【作者紹介】

三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「上手なブログの書き方」の受講生です。児童文学から大人の現代小説に転身しました。


                     たて書・PDF
                         

                     作者HP:恵比寿 代官山 中目黒 美人になるランチ


夫の読書会      文・写真 三ツ橋よしみ


「晩ごはん、いらないよ」
 そう言って、夫は出かけて行きました。
 きょうは月に一度の「夫の読書会」なのです。会場は御茶ノ水の小さな喫茶店で、5,6人が参加するそうです。
 夫の一郎は、旅好き、山好き、マラソン好きです。パソコン脇の本棚には、旅、山、温泉関係の雑誌がいっぱい。「金魚の飼い方」「メダカ・おたまじゃくしの飼い方」といった本も並んでいます。根っからのアウトドア人間です。そんな人間がいそいそと「読書会」ですって。どうなってるんでしょう。
 「なにね、会社も定年になったことだし、今までやらなかったことを始めようと思ったんだ。たまに小説を読むのもいいかなって。でも、何を読んだらいいかわからないから『読書会』なんだ」


 ふん、わたしには、読みたい本がわからないってことが、わからないですが……。そういう人もいるんですねえ。
 わたしはといえば、多読、早読みの、活字中毒なのです。書店で新刊をチェックし、話題の本は必ず購入します。もちろん、ネットで本探しもしょっちゅうです。読み終えた本は、こまめに中古店に売りに行き、帰りに文庫本を買ってかえります。いつも手元に読みかけの本がないと、落ち着かないのです。


 夫の読書会の、一冊目は横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」でした。一郎はまずネット書店のアマゾンで新品を取り寄せました。アマゾン、デビューです。人気のある作家ですから、ブックオフに行けば、いくらでもあるでしょうに。一郎は書店に出向いて、本を買うことさえおっくうらしいのです。沢山の本に圧倒されちゃうのかもしれません。

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【寄稿・エッセイ】土筆を摘みに行こう=里山景

【作者紹介】
 里山景(さとやま けい)さんは読売日本テレビ文化センター・金町「公募のエッセイを書こう」の受講生です。エッセイ歴は十年余です。旅エッセイ、日常エッセイを得意としています。

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土筆を摘みに行こう  文・絵 里山景

 友から土筆を摘みに行こう、という誘いの電話があった。
 「えっ、摘んでどうするの」
 「煮て食べるのよ。決まっているでしょう。」
 「食べられるということは、知っているけれど食べたことないわ。」
 
 4月ののどかなある日、東急線「たまプラザー駅」で友達2人と待ち合わせた。駅前は桜並木だ。満開は過ぎて、桜吹雪となって、道路の橋に花びらが積もっていた。

 多摩川の土手あたりで摘むのかと思っていたならば、ある花農家の畑のなかだった。
 「この中にやたらと入っていいの。」
 「ちゃんと断っているから大丈夫よ。それに私はここのお得意さんだから。」
 そういえば彼女から芍薬の花をたくさんもらったことがあった。ここの畑の花だったのだ。

 生えている、生えている。畑一面にツンツンツンと。とる前に友からの注意あり、
 「頭が青いのを選んで取るのよ。白くなって開いているのは硬いからね。」
 「土筆の頭って煙が出るからちょっと、いやよね。」
 「その頭が一番おいしのよ。料理したのを持ってきているから、味見さしてあげる。」
 手のひらに載せてもらう。初めて食べるけど、どんな味がするのかな。ちよっと苦いが意外と美味しい。

 「袴を取ってさっと洗い、油でいためて、酒、みりん、しょうゆで味付けして出来上がり。簡単な料理でしょう。さあ、たくさんつみましょう。」
 足の踏み場もないほど、はえている。青い頭を選びながら、手は早くなる。取るといううことは楽しいことだ。瞬く間にビニール袋はいっぱいになった。
 友の説明がまた始まる。
 
「土筆にかぎらず苦いや辛い植物は活性酸素からの害を減らしてくれる。だから春にふきのとうや山菜を食べるのは、体にいいことなのよ。」
 元小学校の先生だけあって、説明がわかり易い。説明はまだ続く。

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【寄稿・詩】スーパーマンの孤独――《孤独はいつも黄金色》 =望月苑巳

2010年9月、国際ペン東京大会が開催されました。望月苑巳さんが「詩の部会」のアンソロジーに載せた作品を寄稿して頂きました。

 望月さんは日本ペンクラブ「会報委員会」の委員です。現在はジャーナリスト、詩人、映画評論家として活躍されています。


                                日本語版の縦書き


                                英語版の詩


                               写真提供:望月苑巳さん

スーパーマンの孤独――《孤独はいつも黄金色》     望月苑巳

スーパーマンといえばヒーローの元祖だ

誰が何と言おうともぼくのヒーローだった

空がとべたらいいな

凄い力持ちだったらいいな

不死身だったらいいな

そんな願いを叶えてくれたから

ヒーローだったんだ


飛べないスーパーマンに向かって

子供たちは「飛べ!飛べ!飛べ!」と叫ぶ

こぶしを振り上げ叫んでいる

そこでヒーローは仕方なく苦笑い

それから

泣き顔になる

「どうしてスーパーマンが泣くの?」

そして今度は子供たちが泣き出す番だ

針金で吊られていたヒーロー

真実はそんなもんさ


悲劇と喜劇は背中合わせ

戦争と平和が隣り合わせと同じように

それに気付かない人たちが

大人になって戦争を始める

こぶしを振り上げて

ヒーローはいつだって悲しいものだ

真実という器には

いつも孤独だけが

チャプチャプと注がれている


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