寄稿・みんなの作品

【寄稿・エッセイ】 藤の花見物=里山 景

【作者紹介】
 里山景(さとやま けい)さんは読売日本テレビ文化センター・金町「公募のエッセイを書こう」の受講生です。エッセイ歴は十年余です。旅エッセイ、日常エッセイを得意としています。


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藤の花見物 文・里山 景

 
                      


 2年前のことだった。都内で、『丸の内フラワーウイーク2009』が開催されていた。「足利フラワーパーク」の園長さんは女性樹木医の第1号といわれて、藤をバックにしたコマーシャルのテレビに出ていた。園長さんの講演が新丸ビルで行われるというので、私は聞きに行った。

 園長さんは背のスラリとした、藤の花のように美しい人だった。藤の花が、フラワーパークで見事に咲いていることを知った。藤は1度に咲いてしまうのではなく、薄ピンク、紫、白、黄色、と順々に咲いていく。
 5月17日までは藤祭りをしている。夜9時までライトアップをしていると語っていた。

 ぜひ、藤の花を見てみたい。思い立ったらすぐ実行。5月の連休明けに、友の運転する車で出かけた。よほど有名なのか、観光バスが連ね、乗用車も多く、周辺の道路は渋滞していた。広い駐車場は満車で、係りのおじさんが交通整理をしていた。
 
 どうにか車を止めてから、入場券を買って園内に入った。少し歩くと、幹がくろぐろとして 太い藤の木があらわれた。パンフレットに記載されているように、600畳敷きの藤棚には80センチの花房が垂れている。樹齢は140年とのこと。

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【寄稿・エッセイ】ハポンさん=久保田雅子

【作者紹介】

 久保田雅子さん:画家、インテリア・デザイナー。長期にフランス滞在の経験から、幅広くエッセイにチャレンジしています


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                作者のHP:歳時記 季節と暦の光と風・湘南の海から


 ハポンさん  久保田雅子


         
 スペイン語ではJAPON(日本)と書いてハポンと読みます。
 スペインのアンダルシアの田舎町コリア・デル・リオにはハポン姓の一族が住んでいます。現在は7~800人です。ハポン(日本)さん達は、自分たちの先祖はサムライだと信じています。
 サムライとは伊達正宗の命で渡航した、支倉常長(はせくら つねなが)がひきいる慶長遺欧使節団です。長い旅の間に、病気またはなにかの事情で日本への帰国を断念し、その町にとどまった誰かと考えられています。


 支倉常長の苦難の渡航に関心をもっていた私は、平成8年、彼らの渡航に使用された復元船ができたと聞いて、真っ先に見学に行きました。
 宮城県石巻市に慶長使節船ミュージアムがオープンしたのです。

 それは仙台藩主の伊達正宗が建造させた木造の外洋航海型帆船です。復元船サン・ファン・バウティスタ号は、180名を乗せて太平洋を2往復した船とは思えないほど小さくて(約500t)おどろきました。内部は水夫の生活がわかるように再現された展示になっていました。工夫された造作に、当時の日本の造船技術の高さに感嘆させられたものでした。

 支倉常長は正宗に初めてのヨーロッパ外交使節を命じられると、この船で石巻(月の浦)を出港(1613年)しました。太平洋を横断してメキシコのアカプルコに到着すると、陸路を歩いて横断してからまた船で大西洋を渡ります。

 スペインのセビリアに到着してからは、ふたたび徒歩でイタリアのローマへ向います。このときに長期に滞在した町が、セビリアに近い小さな町コリア・デル・リオです。

                
            

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[寄稿・エッセイ】夫の読書会=三ツ橋よしみ

【作者紹介】

三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「上手なブログの書き方」の受講生です。児童文学から大人の現代小説に転身しました。


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                     作者HP:恵比寿 代官山 中目黒 美人になるランチ


夫の読書会      文・写真 三ツ橋よしみ


「晩ごはん、いらないよ」
 そう言って、夫は出かけて行きました。
 きょうは月に一度の「夫の読書会」なのです。会場は御茶ノ水の小さな喫茶店で、5,6人が参加するそうです。
 夫の一郎は、旅好き、山好き、マラソン好きです。パソコン脇の本棚には、旅、山、温泉関係の雑誌がいっぱい。「金魚の飼い方」「メダカ・おたまじゃくしの飼い方」といった本も並んでいます。根っからのアウトドア人間です。そんな人間がいそいそと「読書会」ですって。どうなってるんでしょう。
 「なにね、会社も定年になったことだし、今までやらなかったことを始めようと思ったんだ。たまに小説を読むのもいいかなって。でも、何を読んだらいいかわからないから『読書会』なんだ」


 ふん、わたしには、読みたい本がわからないってことが、わからないですが……。そういう人もいるんですねえ。
 わたしはといえば、多読、早読みの、活字中毒なのです。書店で新刊をチェックし、話題の本は必ず購入します。もちろん、ネットで本探しもしょっちゅうです。読み終えた本は、こまめに中古店に売りに行き、帰りに文庫本を買ってかえります。いつも手元に読みかけの本がないと、落ち着かないのです。


 夫の読書会の、一冊目は横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」でした。一郎はまずネット書店のアマゾンで新品を取り寄せました。アマゾン、デビューです。人気のある作家ですから、ブックオフに行けば、いくらでもあるでしょうに。一郎は書店に出向いて、本を買うことさえおっくうらしいのです。沢山の本に圧倒されちゃうのかもしれません。

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【寄稿・エッセイ】土筆を摘みに行こう=里山景

【作者紹介】
 里山景(さとやま けい)さんは読売日本テレビ文化センター・金町「公募のエッセイを書こう」の受講生です。エッセイ歴は十年余です。旅エッセイ、日常エッセイを得意としています。

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土筆を摘みに行こう  文・絵 里山景

 友から土筆を摘みに行こう、という誘いの電話があった。
 「えっ、摘んでどうするの」
 「煮て食べるのよ。決まっているでしょう。」
 「食べられるということは、知っているけれど食べたことないわ。」
 
 4月ののどかなある日、東急線「たまプラザー駅」で友達2人と待ち合わせた。駅前は桜並木だ。満開は過ぎて、桜吹雪となって、道路の橋に花びらが積もっていた。

 多摩川の土手あたりで摘むのかと思っていたならば、ある花農家の畑のなかだった。
 「この中にやたらと入っていいの。」
 「ちゃんと断っているから大丈夫よ。それに私はここのお得意さんだから。」
 そういえば彼女から芍薬の花をたくさんもらったことがあった。ここの畑の花だったのだ。

 生えている、生えている。畑一面にツンツンツンと。とる前に友からの注意あり、
 「頭が青いのを選んで取るのよ。白くなって開いているのは硬いからね。」
 「土筆の頭って煙が出るからちょっと、いやよね。」
 「その頭が一番おいしのよ。料理したのを持ってきているから、味見さしてあげる。」
 手のひらに載せてもらう。初めて食べるけど、どんな味がするのかな。ちよっと苦いが意外と美味しい。

 「袴を取ってさっと洗い、油でいためて、酒、みりん、しょうゆで味付けして出来上がり。簡単な料理でしょう。さあ、たくさんつみましょう。」
 足の踏み場もないほど、はえている。青い頭を選びながら、手は早くなる。取るといううことは楽しいことだ。瞬く間にビニール袋はいっぱいになった。
 友の説明がまた始まる。
 
「土筆にかぎらず苦いや辛い植物は活性酸素からの害を減らしてくれる。だから春にふきのとうや山菜を食べるのは、体にいいことなのよ。」
 元小学校の先生だけあって、説明がわかり易い。説明はまだ続く。

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【寄稿・詩】スーパーマンの孤独――《孤独はいつも黄金色》 =望月苑巳

2010年9月、国際ペン東京大会が開催されました。望月苑巳さんが「詩の部会」のアンソロジーに載せた作品を寄稿して頂きました。

 望月さんは日本ペンクラブ「会報委員会」の委員です。現在はジャーナリスト、詩人、映画評論家として活躍されています。


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                                英語版の詩


                               写真提供:望月苑巳さん

スーパーマンの孤独――《孤独はいつも黄金色》     望月苑巳

スーパーマンといえばヒーローの元祖だ

誰が何と言おうともぼくのヒーローだった

空がとべたらいいな

凄い力持ちだったらいいな

不死身だったらいいな

そんな願いを叶えてくれたから

ヒーローだったんだ


飛べないスーパーマンに向かって

子供たちは「飛べ!飛べ!飛べ!」と叫ぶ

こぶしを振り上げ叫んでいる

そこでヒーローは仕方なく苦笑い

それから

泣き顔になる

「どうしてスーパーマンが泣くの?」

そして今度は子供たちが泣き出す番だ

針金で吊られていたヒーロー

真実はそんなもんさ


悲劇と喜劇は背中合わせ

戦争と平和が隣り合わせと同じように

それに気付かない人たちが

大人になって戦争を始める

こぶしを振り上げて

ヒーローはいつだって悲しいものだ

真実という器には

いつも孤独だけが

チャプチャプと注がれている


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【寄稿・写真】北関東の花の名所を巡り=久能康生

 学友は忘れた頃に、音信があるもの。「学友会」(小説家コーナー)の記事でも、折々に登場する、元教授から寄稿・写真とキャプションがふいに送られてきました。

 戦後の、世のなかが貧しい頃、彼は苦学高校生として新潟県の写真屋に住込みで働きながら、4年間の夜学に通い、そして東京の大学に進学した、という経歴があります。

 感受性の強い10代に、からだで憶えこんだ写真技術をもっています。
 寄稿された掲載作品は一見して、どこにでもある平凡な写真に思えます。だが、凝視すると、撮影がどこか一味も、二味も違っています。


 “足利フラワーパーク”を有名にしたのは、藤の巨木です。全体に、まだ2分咲き状態です。健気に早咲きしたのが、中堅どころと思える、この1本です。


“太田の芝桜”で有名な公園で、気に入ったのは、新芽を輝かす欅と群生するポピーでした。


             花ミズキが青空に映えて見事です。

「こでまり」はポピュラーですが、これは「おおでまり」です。

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【寄稿・短編小説】ネット掲示板「共働きの友」=佐久間重雄

      ネット掲示板「共働きの友」(縦書き・PDFで読まれる方)


「共働きの友」=佐久間重雄

  

 残暑の名残をとどめた書斎は、深夜になってもむっと熱気をはらんでいた。パソコンの起動音がして、室内に光りが広がった。慣れた指がマウスを操作し、ウェブサイトを開いてログインする。掲示板が表示され、投稿フォームに文字が打ち込まれていく。


パンダ子
はじめましてパンダ子といいます。
編集者と主婦という仕事を両立しながら頑張っています。
今回初参加です。よろしくお願いします。

Mrシェフ
パンダ子さん。はじめまして。
奇遇ですね。実はぼくの妻も出版社に勤めているんです。あなたと違って、仕事第一という女でしてね。事実上、ぼくのほうが家庭の主夫みたいなもんです。まあ、料理は好きですけどね。こちらこそよろしくお願いします。

パンダ子
それでニックネームがMrシェフなんですね。
実はわたし、料理は大の苦手。妻として失格ですね。家事なんかも本当はあまり好きじゃありません。料理のこと、いろいろ教えてもらえたら嬉しいです。


Mrシェフ
人に教えるだなんておこがましい。ふつうの保険外交員です。
料理が苦手だからといって妻失格ということにはなりませんよ。これから男も女も同様に家庭のことをやるべきなんです。ぼくなんかわりと家事とか好きですけどね。
パンダ子
保険の外交員をなさっているんですよね。毎日、外回りとかで大変じゃないですか。
料理や家事もこなしているなんて、わたし尊敬してしまいます。

Mrシェフ
尊敬なんて言われると、お恥ずかしい。
実は会社の業績が悪く、残業を大幅にカットされ、たいがいぼくのほうが先に帰っているんです。そんな成り行きで、ぼくが家事をやるようになっただけですから。

パンダ子
保険の仕事より家事のほうが得意だったりして。 
お作りになった料理を食べた家族の評判はどうなんですか?
得意な料理がありましたら教えてください。

Mrシェフ
ときおりいまの仕事がいやになります。
口下手ですし、押しは弱いし、汗っかきで、今の季節、外を歩き回るのは正直つらいです。すみません。グチになってしまいました。
得意な料理は、わりとスイーツなんかです。きのうはマンゴープリンを作ってみたんですが、我ながら美味でした。自画自賛。


パンダ子
マンゴープリンはわたしも大好きです。
お子さんはいらっしゃらないんですか? お子さんのおやつにマンゴープリンなんて最高ですよね。専業主婦になるのも、けっこういいかもしれませんよ。

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【寄稿】故・吉村昭は名著で、三陸大津波を警鐘していた=久保田雅子

 東日本大震災の大津波で、一部報道によると、岩手県田野畑村の「吉村文庫」が流失している。作家の故・吉村昭さんと奥様の作家・津村節子さんご夫妻が、自作の書籍を中心に800冊を寄贈したもの。貴重な夫妻の初版本も含まれていたという。場所は、三陸鉄道の北リアス線・島越(しまのこし)駅舎内である。


 私は吉村氏の作品が大好きだ。けれども、私はこの報道に接したとき、たくさんの人が大津波に流されて、膨大な数の人々が行方不明の時に、いくら貴重な文庫でも、この際は取るに足りないことだと思った。まして、吉村さんの作品の「三陸海岸大津波」(文春文庫)のことも報道されていないし。

 数日後、ある疑問がふと生じた、なぜ「三陸海岸大津波」が大きく報道されないのか、と。吉村さんは先人の被災体験を緻密に取材し、警鐘を鳴らしていた作品なのに、と。
 と同時に、先人の体験が生かされず、大勢の死傷者や被災者が出てしまった、それが残念で、被災者が気の毒に思いました。


 同書を紹介したい。吉村昭さんによる、生存者の聞き取りから、津波襲来の状況、被害の巨大さ、救援活動などについて詳しく書かれている。

 明治29(1896)年の明治三陸地震、昭和8(1933)年の昭和三陸地震、そして昭和35(1960)年のチリ地震のことが記されている。それぞれの被災時の資料を集めるなど、こまかな取材がなされている。

 

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【寄稿・小説】 森田哲郎「最高の夕食」

 額の汗をハンカチでぬぐいながら、駅ビルを登る。待ち合わせの時間までは十分余裕があるが、急ぐに越した事はない。妻の友人のつてでコンピュータ会社へ中途採用の口ができたのだ。今日は最終面接らしい。
 不況のこの時勢、必要なのは人とのつながりだと実感する。もうこれであてのない履歴書を書く必要はないのだ。
待ち合わせ時間ぴったりに来た妻の友人は、僕と目を合わすと気まずそうな顔をした。嫌な予感がした。

 「非常に申し訳ないのですが」
 派遣先との調整がうまくいかず、募集人員が削減されたらしい。彼は淡々と事情を話した。僕には文句の言える筋合いはないので、じっと聞いているしかなかった。職を得られなかったというのに、彼の誠実さに関心してしまったくらいだ。

 しかし、明日からどうやって生活していけばいいのだろう。三十代に入ると、募集は激減する。二十代に数年、腰掛けでサラリーマンをしていた僕にとって、再就職は難関である。求人誌を読みながら、何か取り返しのつかない状況になったと思ってしまう。

 以前、ささいなことで会社を辞めてしまった。それを後悔しはじめるのである。一度そのことが頭をよぎると他のことを考えられなくなる。気分は悪くなり、些細な妻の言動にも腹を立てるようになり、喧嘩をする。

 そんな状況だから、妻が提案してくれた今回の話は願ってもいないことだった。すべてが好転すると思っていたのに。また妻に八つ当たりする僕になるのだろうか。そんな弱さにかなり落ち込む。しかも僕は酒がまったく飲めないので、アルコールで気を紛らわすことさえもできない。もっともアルコールを飲んでも事態が変わるわけでもないから、幸いなことかもしれないが。

 アパートに帰るのが億劫になった僕は、別れると、階下にある本屋に寄った。まず僕が向かうのがベストセラー作家のコーナーだ。そのなかでも僕は分かり安い物語を好む。あまり小説で深く考えさせられたりするのは苦手なのだ。ただでさえ毎日頭を悩ませているのに活字を追ってまで落ち込みたくない。
 僕が手に取ったのはスパイアクションものだった。洒落た文体で、逆境に置かれた主人公の強さが語られていく。

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【孔雀船より転載】バルチック艦隊見ゆ ─《鋼鉄の色は薄墨》望月苑巳

出港前夜。
軍艦三笠の水雷管長に電報が届く
恐る恐る開くと
「ハハキトク、スグカエレ」の文字が
幽体離脱のように浮かび上がる

陸では
港を出てゆく軍隊と
駆けっこをしているバカがいる
一説には
彼は蝶を追いかけて
堤防に紛れ込んだのだというが定かではない

今なら電話一本で済む連絡なのに
危篤も葬式も
時間が時間を食っている時代だから
むなしさもゆったりと訪れるのだ

水雷管長は故郷へ帰っただろうか
バカは堤防から落ちなかっただろうか
それとも日本海へ向かったのかも知れない
電報のことを無視し
蝶を目隠しし
バルチック艦隊を目がけて
水雷を発射するために
幽霊のような愛国心を発射するために

いま蝶はバルチック艦隊のマストに止まっている。


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