2週間ぶりに銀座に出たので、ヤマハ銀座店四階の管楽器売り場に、立ち寄ったときのことだ。
カウンターで、『フルートワンポイントレッスン』と印刷されたチラシを見つけた。
「受講の枠に、まだ余裕がありますか?」
「はい、2月15日(日)の経験者向け最後の時間に、2名だけ空きがあります」
レッスンは一時間刻みに組まれており、講師は武蔵野音大を出た30代の女性だ。初心者と経験者が交互に受講し、日々の演奏の悩みにワンポイントのアドバイスをする、とチラシには書いてあった。3人1組でレッスンを受け、料金は一人1000円と割安なので、あと先を考えず、申込んでみた。
40数年前にフルートを吹き始めて以来、今も同じ先生から月に一度、個人レッスンを受けている。仕事の忙しい時期に、半年~1年の中断は何回かあったものの、私の習いごとの中では一番長く続いている。師匠にとっても、私が最古参の弟子になってしまった。
著名な演奏家として高い評価を受け、指導者としても豊富な実績があり、心から尊敬、信頼できるレッスンをしていただける。
「そのような素晴らしい指導者についていながら、何を今さら他でレッスンを受けるの?」
と言われそうだ。私の持って生まれた、浮気こころ、悪戯こころが、頭をもたげたのだろう。
長年習い続けている師匠と違って、この講師がどのような指導をするのか、知りたい。「武者修行」、「腕試し」という気分だ。他の指導者の教え方、考え方を知り、我が師匠の素晴らしさを、あらためて確認できればよいのだ、と勝手な理由をつけて、当日ヤマハのスタジオに乗り込んだ。
定刻、楽器売り場横手の小スタジオに、受講生3人が集まった。半年ほど前から、月2回個人レッスンを受けているという40代の女性と、トランペットのケースを抱え、他の管楽器にも興味があるという30代の男性だ。
その場限りのこととはいえ、彼らはどれだけの経験と、力量があるのか分からない。最初は少々緊張したが、3人で順に音出しし、簡単な旋律を吹いたのを聴いて、私の方が少しばかり年季が入っているな、と思い一安心した。
「筒井さんが、今困っていらっしゃることは何ですか?」
「やはり70代半ばになると腹筋が衰え、肺活量もめっきり減ります。今までのように息が続きません。音量が落ちるのを承知で吐き出す息を減らし、吹き続けるのでしょうか。それとも目立たぬよう、頻繁に息継ぎをするのですか」
「筒井さんの音色には輝きがあるし、音量も豊かなので、今のままで心配することはないと思います。遠慮なく、息継ぎの回数を増やせばいいんですよ」
私に対してのワンポイントレッスンだ。言ってほしかったことを、そのまま指導され、今の私に対する、的確なアドバイスだと感じた。他の2人も、唇への楽器の当て方、指使いの間違いを、指摘されていた。
このような単発的なレッスンに参加するのは、昔少し吹いていたことがあり、時間ができたので、また始めてみたい、という人が多いようだ。
何か新たに始めてみたい、再開したい、と思いながら、そのチャンスに恵まれない人は、結構いる筈だ。その人たちにとって、このワンポイントレッスンは、新たなもの、もう一度やってみたいものと取り組む、腕試しの、とてもよいきっかけになると思う。
また、指導者は、一言ほめて本人のやる気を引きだそうとしている。それが、本人にとっては再挑戦する動機付けとなり、レッスン教室の発展、拡大にもつながる、と感じた。
常日頃、私が師匠から指導されているような、長所を伸ばし、短所を改善する、きめ細かくゆとりのある指導は、時間的制約もあり、ワンポイントのレッスンではとても無理だろう。しかし、何を習うにもよいきっかけと、的確な指導者にめぐり合うのが一番大切なのだ、とあらためて分かった。
私にとって、尊敬する師匠に習い続けられるのは、本当に幸せだ。これからも師匠の下でレッスンを続け、今まで指導されたことを、まとめあげる時期だと再確認した、この日のワンポイントレッスンだった。
【了】