東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(081 アーケード街)

 歴史ある商店街だ。けさも天井の明り取りから、朝陽が射す。10時には両側にならぶどの店も開店だ。ふだん着姿の買い物客がやってくる。いつもの同じ光景である。

 歳月をさかのぼれば、昭和50年代まで、下町随一の商店街だとまでいわれた。遠くから電車に乗って買物客がやって来た。日曜日の夕方ともなると、買い物客が多く、満足に歩けなかったくらいだ。

 いつしか大型スーパーの影響から、遠方からの客が少なくなった。商圏が縮んでしまったのだ。それでも、徒歩や自転車の客はここを贔屓にしてくれる。だから、老舗もがんばっている。時代の流れだとは、決してあきらめていない。

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東京下町の情緒100景(080 青い電車)

 最寄り駅の上り線には、青い電車が静かに入ってきた。ホームの乗客たちは思わず、めずらしさに目を見張る。ことのほかホームが華やかにみえる。

 乗客たちは時おりの情景だけに、一度立ち止まり、『BLUE SKY TRAIN』の車体をじっと見つめる。青い車体は洒落ている。なにかしら夢の世界に運んでくれるような気持ちになる。

 東京・下町には田舎がないひとが多い。だから、青い寝台列車に乗って帰省したとか、上京してきたとか、故郷と結びつく話題はほとんどない。でも、遠い旅をした記憶は数々ある。

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東京下町の情緒100景(079 猫)

「東京の下町には猫が多いんでしょ」と訊かれた。注意して、観察したことはない。ふだん道路を横切る猫とか、屋根に寝そべる猫とか、児童公園でプラプラしている猫とかは折々に見かける。どのていど猫がいるのか、見当がつかない。

 地方には飼い犬が多く、都会には野良猫が多い。この差は歴然とあるようだ。
 閑散とした田舎町だと、番犬に役立つ。隣家との距離があることから、犬が吠えても、近所への迷惑になりにくい。東京の下町となると、住居地は密集地帯だ。近所付き合いは残っているが、犬が吠えれば、別ものだ。苦情が舞い込む。となると、まわりからギクシャクしてくる。ペット好きは座敷犬か、猫をかわいがることになる。

 猫の写真を撮りに界隈(かいわい)に出かけてみた。壁際とか、室外機とか、納屋の横とかに、猫がうずくまっている。首輪をつけた飼い猫はじっとしている。野良猫はさっと逃げ出す。好い被写体になる猫が見当たらない。

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東京下町の情緒100景(078 焼肉店)

 街なかには華やかな表の顔、素顔の裏の顔がある。それぞれ好みがあるだろうが、下町の散策は路地とか、裏道とかがお勧めだ。
 そこには下町の素朴な飾らない町の姿がある。

 私鉄駅前から脇道に入ってみた。さほど込み入った道ではない。商店街が2方向に延びていた。信号を渡った。そのさきの通りから見える一角には、ジンギスカン料理の店舗がある。

 いつもながら、看板の動物たちの絵がかわいい。ひつじ、鶏、馬、それぞれが思いのまま遊んでいる。これらの動物の顔を見るたびに、魅入ってしまう。 
 この店がオープン時から、お客に愛されてきた動物たちだ。

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東京下町の情緒100景(077 消えた商店街)

 もう何十年前だろう。荒川に近い路地には小さな商店街があった。庶民の生活を支える店が路地の奥へと並列していた。八百屋、肉屋、乾物屋、雑貨屋と一軒ずつ軒を寄せ合う。過当競争。そんな言葉はここになかった。店と店が共存できた時代だった。
       

 もはや何十年前だろうか。朝になると、牛乳、新聞配達などの自転車が商店街の路地を走り抜けた。目を覚ませた店主たちが、店舗の表戸を開ける。「おはよう」となり近所と挨拶する。そして、路地の奥まで打ち水してから、商品を並べていた。

 あの子どもらはどこの空の下で暮らしているのだろうか。小学校から帰ると、親からもらった五円玉、十円玉で駄菓子、ラムネなどを買う。男の児はチャンバラごっこ、女の児は地べたにロウセキで絵を描く。男女が仲良く縄跳びもしていた。

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東京下町の情緒100景(076 夜の川)

 夏の夜は橋の上で、涼味を取る。団扇も扇子も要らない、心地よい風が吹き抜けていく橋の欄干に顎をつけて、川面の光の戯れを眺める。情感あふれるものがある。

 夜の川にはなぜか深遠な世界がある。黒く磨かれた川面に、総合グランドの強い光の柱が伸びてくる。さざ波と戯れているのだろう、反射光が神秘に艶かしく揺れる。

 闇色の土手では、子どもらが花火遊びする。突如として、小さな閃光がしゅるる、シュルルと夜空に向かう。ぱっと炸裂し、川面で花咲いて消える。しばらく間合いがあった。赤い火花の花火がまたしてもシュルル、しゅるる、と勢い上昇する。パンーんと闇夜のなかでひびく。花の文様が川面に映る。一瞬の開花だった。

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東京下町の情緒100景(075 太陽)

 朝の陽がかなたの水平の雲帯を燃やす。下町の神社の境内が明るくなってきた。掃き掃除をする人、境内を通勤の道にする人。それぞれが声をかけていく。

 太陽が境内の樹木の枝葉に絡みながら、強い彩色で昇ってくる。射す陽光は眩しく、威厳に満ちていた。ご来光の太陽、輝く太陽、だれもが素直に手を合わせる。

 太陽は躍動とか、明るさとか、明日への期待とか、さまざまな祈りと結びつく。万物共通のものを感じる。古代人の遺跡を発掘すれば、「太陽」が何らかの形で描かれたり、信仰のシンボルとなったりしている。

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東京下町の情緒100景(074 鯉)

 中川に架かった奥戸大橋の上から、淀んだ朝の川面を覗き込むと、きまって全長1mほどある大きな鯉が泳ぐ。30匹は下らないだろう。いや、50匹はいるだろう。豪快な群れだ。


 十数年前は、中川にも鯉釣りの人がいた。鯉は特殊な餌で釣る。玄人肌の釣り人たちだった。このごろはまったく見かけない。皆無となった理由は簡単だ。
 橋上から鯉に餌をやる人が多いからだ。鯉に可愛がる人がいる側で、それを釣り上げたならば、動物保護団体と喧嘩するようなものだ。

 欄干から人がのぞきこむと、鯉が群れてやってくる。水中からでも、ひとの気配がわかるらしい。餌を期待して、その数がたちまち増えてくるのだから、驚きだ。

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東京下町の情緒100景(073 大鍋)

 駅舎の階段を下りきると、徒歩3、4歩。ハイジャンプでもとどく場所に、流行る精肉店がある。夕方になると、買い物客が少なくとも10人前後が並ぶ。揚げたて「コロッケ」を買うために待っている。店員3人ばかりが忙しげなく働くが、客は途切れることがない。


 商店街の周辺には呑み屋、食べ物屋、食堂など行列する店は多い。「コロッケ」を売る店では、ここが最右翼だろう。

 朝方はどこの店も準備中の札を吊るす。精肉店の店員がヘルメットをかぶり、店内から大鍋を運び出し、原付バイクに積み込んでいた。一言声をかけてから、カメラを向けた。
「なにを撮るんだ? おれか?」
 店員は怪訝な表情だった。
「違う。鍋だよ」
「これか」
 こんなものがめずらしいのか、好きなように撮影しろ、という態度だった。

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東京下町の情緒100景(072 やぐら太鼓)

 駅前アーケード街には、浴衣姿の男女が歩く。浴衣の帯に団扇を差す、粋な姐さんもいれば、長老の姿もあった。

 路地からは太鼓の音が流れてきた。下町っ子の心にひびく、『東京音頭』だ。誰もが浮き浮き顔だ。

 リズミカルな曲に誘われて、路地に入ってみた。映画館の跡地が小さな公園。ゲートには『納涼大会』。中央の高い櫓からは四方に提灯が吊り下がる。寄付した店の屋号が一つひとつ光を放つ。大きな商店街だけに、その数が多い。

 やぐら太鼓の音が勇ましい。男女が二組で叩く。民謡や音頭がくり返し流れる。

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