東京下町の情緒100景(夕日 020)
晩秋の空の下で、夕日が西に傾いた。浮雲の一つひとつが、茜色の濃淡で、個性豊かな表情をつくる。川向こうの町並みが奥行きをなくした、シルエットを作りはじめた。
手前の川面には、燃える落日の帯が縦長できらめく。此岸まで近寄る。護岸道路を行きかう通行人の顔が、夕日で赤く染まる。
晩秋の空の下で、夕日が西に傾いた。浮雲の一つひとつが、茜色の濃淡で、個性豊かな表情をつくる。川向こうの町並みが奥行きをなくした、シルエットを作りはじめた。
手前の川面には、燃える落日の帯が縦長できらめく。此岸まで近寄る。護岸道路を行きかう通行人の顔が、夕日で赤く染まる。
世の中が荒んできたせいだろうか。下町の児童公園の砂場に、子ども用の鉄製の檻が完成した。罪のない子供を収監するわけでもなさそうだ。
幼子は先刻から砂場で窮屈そうに遊ぶ。砂遊びに飽きても、かんたんには檻の外に出られそうにもない。
ふだん私、いつも鍵っ子なの。でもね、土曜の午後は特別な日なの。おもちゃ工場で働くママが、
「お昼は、外で、なにか食べましょ」
と自宅に帰ってきてくれるの。だから、楽しいの。玄関で靴を履いて待っているの。でもね。迷ってしまうの。なに食べようかな、と。
私鉄駅前から、脇道に入った路地裏には、モツ煮込み、焼き鳥、大衆酒場、お好み焼き、割烹などが並んでいる。路地から路地へとつづく。
酒飲みにはたまらないほど面白い店が多い。間口は狭いし、奥行きもない。店構えには気取りなどみじんもないし、「はいよ。焼酎ね」と活気ある店員の声にも年季が入っている。まさに庶民の酒場だ。
私鉄駅前の朝の風景が変わってきた。乱雑な放置自転車が撤去されつづけてきた。このところ自転車の数少なくなった。駅前の小さな空いたスペースに自然発生の『市』がたつ。成田方面から来た、行商のおばさんが九時半になると、駅改札から出できて、路上に店を広げる。
下町に似合う花は何かしら。それは朝顔だろう。そんな夫婦連れの会話が聞こえる。
窓に簾(すだれ)がさがる。朝顔が背伸びし、庇まで這い上がっていく。可憐な紫の花を咲かせる。
「泣かないで、先生が拾ってあげる」
保育園の先生が路面に両手をついて、なにやら探しはじめた。
「博ちゃんがわざと落としたの」
女の子は声をあげて泣く。
江戸時代から昭和の半ばまでは、本田、川端、原、という地名が存在していた。田んぼの蛙、ドジョウ、メダカを覗いたあぜ道の田園風景が画のように地名から連想できていた。いまはどれも洒落た地名にt変わってしまった。