東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(061 焼却炉)

 焼却炉の時代は終わってしまった。俺はかつて赤い炎で、町工場の廃材を威勢よく燃やしていた。あの頃は重宝がられたし、大切にされた。俺の目の前には、順番を待つ人たちの行列ができた。


 俺は朝から晩まで、いつも煙突からモクモクと黒い煙を吐いていた。炉内は1000度の高温だ。木材や紙だけでなく、釘でも溶かす力があった。自信に満ち溢れていた。

 残材を燃やす俺の心は、町を綺麗にする自負心で支えられていた。大量のゴミを燃やし、わずかな残滓(灰)にすれば、東京湾の埋立地の負担が減る。

『東京湾をゴミで埋めてしまうな』
 それが俺たち焼却炉仲間の合言葉だった。

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東京下町の情緒100景(060  愛犬)

夕暮れ前になると、犬を連れたひとが下町の河岸を散歩する。むかしも、いまも変わらない。でも、何かが変わってきている。


 かつて犬の散歩は男性が多かった。女性の姿となると、父親に連れられた少女たちだった。主婦は夕飯の仕度とか、大勢の子どもの洗濯とかで、とても犬まで手が回らなかった。余裕がなかった。

 このごろは核家族で、なおかつ一人っ子の時代だから、婦人が犬を散歩させる姿が目立つ。

 犬の種類も変化してきた。戦後の一時期はほとんどが雑種だった。残飯を与えて育つ番犬が主流だった。勇ましい犬、大型犬が好まれた。

TV時代になると、外国のTV映画に出てくるシェパードがもてはやされた。警察犬にも登用された。散歩するひとたちの間では、シェパードが自慢の種だった。

 近頃は大型犬が土手から消えた。座敷で飼うような、胴長で小さな犬が風靡してきた。尻尾はなくても、血統書付きならば、持てはやされる。みるからに犬のファッション・ショーだ。「●○ちゃん、かわいいわね」と、たがいに褒めあう。
 可愛さがすべてを象徴する。愛らしさが、言葉にしない暗黙の評価になる。

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東京下町の情緒100景(059  少年サッカー)

 細い路地で、ぼくたちは毎日サッカーボールを蹴る。この時間が一番楽しい。将来はJリーグだ。もっと、その上だ。

 独りチームだから攻撃、防御、すぐに入れ替わりだ。相手にスキを与えられない。うかうかできない。スピードが勝負だ。

 ぼくたちにはユニフォームなんて要らない。グラウンドや広場がなくてもいいんだ。狭い路地のほうが、コントロール力がつく。俊敏になれる。センスだ。

 南米の少年だって同じだ。レンガ造りの家々の路地裏で、ボールを蹴り、上手になり、ワールドカップのヒーローになっていく。路地裏から出た1億円、10億円プレーヤーは沢山いるんだ。僕たちは木造作りの家々の路地で、ボールを蹴る。地球の裏側の少年プレーヤーとおなじ条件だ。


 自転車に乗った人がくれば、カーブでシュートだ。まずい、自転車の荷台カゴに入ってしまった。これじゃあ、バスケットボールだ。

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東京下町の情緒100景(058 駅前広場)

 駅前はどこも町の顔のひとつ。下町も例外ではない。

 私鉄駅の改札を出れば、素顔の飾りっけがない、雑多な雰囲気の駅前広場がある。構図は不統一で、無造作で、まとまりがない。色調も、雑駁としている。駅前というよりも、野外ということばが似合う。下町のひとは安心感、落ち着きを感じるのだ。

 男子高校生が「証明写真ブース」から出てきて、商店街の方角に向かう。バイトの履歴書の顔写真を撮っていたのだろう。近くの路地裏の新築現場から工事人が駅前にやってきた。作業ズボンから小銭を取り出し、飲料自販機で、立て続けに缶コーヒーを買う。きっと仲間の分も頼まれたのだろう。


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東京下町の情緒100景(057 富士山)

 今年から4月29日が『昭和の日』となった。ゴールデンウィークのスタート日だから、東京全体がスモッグのない青空が期待できた。


 富士山からここ下町まで約150kmの距離だ。快晴で風が強く、空気が澄めば、下町からでもビルの隙間に、窮屈そうな富士山が見えることがある。
 とくに真冬の、透明感のある早朝とか、シルエットになる夕暮れ前とかは、富士山がいい雰囲気で観られる。

 過去にはタイミングが悪く、下町から見た富士山の写真が撮れず、100景にも掲載できなかった。


 朝10時過ぎだった。カメラを手にして中川の護岸に出かけてみた。川辺は春霞のように、やや透明感がない空気だ。失望というか、期待度が下がった。

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東京下町の情緒100景(056 惣菜屋さん)

 主婦って、大変。毎日の食事を考えるだけでも、疲れる。祖父母を入れて6人家族。下町でも、いまどきはめずらしい大家族。それぞれ食べ物の好みが違う。
 だから、大変。夕飯の仕度を考える時間になると、頭が痛い。

(今日の夕食は、何にしようかしら?)
 夕食の組合せをいろいろ考えてみるけれど、いつも頭のなかが白紙になったように、メニューが思い浮かばない。それでも主婦は考えなければならない。
  
 夕暮れ前になると、つい仲見世の惣菜屋さんに足を運ぶ。品数が豊富で、たいへん便利な店だから。

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東京下町の情緒100景(055 裏側の花道)

 高度文明によるモータリゼーションは、東京下町の街を分断した。幹線道路が縦と横に走り、升目を作る。一つの町が幾つものブロック割にされてしまった。隣近所ということばが死後になりそうだ。


 かつては田園のあぜ道だった。いつしか一車線の舗装道となった。だれもが水溜り、ぬかるみから開放された。雨の日が歩きやすくなったと、みんなして喜んだものだ。


 一車線の道は狭すぎる、車の通行には細すぎる、と言い出したものがいた。こうも狭いと、車がすれ違いの際、子どもが巻き込まれる、死傷事故が起こる前に拡張すべきだ、と声高にいうものがいた。子どもをダシにすれば、格好よくひびく。

『下町の道路は一車線で良い』と反対はできにくい雰囲気となった。
 声高の男たちが中心になり、陳情がくり返えされた。道はやがて二車線になった。他方で、車の交通量が年々多くなってきた。


 道路が直線的でないと、大型車がカーブを曲がりきれず、民家に突っ込む怖れがある。危険だといい、希望もしない民家が立ち退かされた。直線道になった。それもつかぬまのことだった。


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東京下町の情緒100景(054  小さな滝)

 下町の一角にはお洒落な滝がある。知っている? 知らないよね。人工の滝だけど、それなりの美観があるんだ。

 岩をかたどる壁面に、白糸の滝のように澄んだ水が落ちる。朝夕に絶えることなく、さらさら流れ落ちている。昼時にはそばに滝を感じるだけで、涼感はたっぷり。だから、ぼくたち若い連中には人気がある場所なのさ。

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東京下町の情緒100景(053 歩道売りの花屋)

 花屋さんが店内から色彩豊かな花を路上に運びだす。赤、青、紫、黄色の花を並べる。原色の鮮やかな花売場が即席で、路上にできてきた。運び出す大半がスミレだ。
 ベビーカーを押す主婦が、路上売場をのぞきこんだ。

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東京下町の情緒100景(052 ビルのリボン)

 下町の街並みが変化しても、まだ平屋建て、二階建てが密集する。突出したビルがあった。見上げると、ビルがリボンを結んでいた。リボンでなく、気取った蝶ネクタイなのか。いろいろ想像が膨らむ。

 ビルのショーウィンドーには数多くのおもちゃが展示されていた。遠いむかしは小さなおもちゃ工場だった。

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