東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(鯉とかもめ 022)

 学校帰りの高校生が、夕日に顔を染めて橋の欄干から覗き込んでいた。
 
 澱んだ川のなかには、一メートル前後の黒っぽい鯉が泳ぐ。ずいぶん太っている。3、40匹はいるだろう。戯れているように群れている。鯉の背びれが時おり水面をかすめる。

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東京下町の情緒100景(町工場 021)

 路地は曲がりくねっている。奥まったところが、町工場地帯だ。

 二階建ての一階が工場だ。奥から旋盤の音がひびく。職人が油汚れの姿で金属片を削っている。ダライ粉が、面白いようにニョロニョロわき出てくる。

 機械は休まず、職人の手も生活のために休まず。旋盤の音は止まらない。
 
 どんな製品ができるのだろうか。それだけでは製品にならず、正確にはなにかしら組み立て部品だろう。出来上がりはきっと極小の部品。職人の腕が競えるミリ単位のものだろう。

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東京下町の情緒100景(夕日 020)

 晩秋の空の下で、夕日が西に傾いた。浮雲の一つひとつが、茜色の濃淡で、個性豊かな表情をつくる。川向こうの町並みが奥行きをなくした、シルエットを作りはじめた。

手前の川面には、燃える落日の帯が縦長できらめく。此岸まで近寄る。護岸道路を行きかう通行人の顔が、夕日で赤く染まる。

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東京下町の情緒100景(檻の中 019)

世の中が荒んできたせいだろうか。下町の児童公園の砂場に、子ども用の鉄製の檻が完成した。罪のない子供を収監するわけでもなさそうだ。

 幼子は先刻から砂場で窮屈そうに遊ぶ。砂遊びに飽きても、かんたんには檻の外に出られそうにもない。

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東京下町の情緒100景(キロ塚 018)

 ここは海まで左岸8キロの小名木川。荒川、中川、綾瀬川が合流地点する。海から1キロごとの表示があるから、立地がつかみやすい。


 かつては石標だった。一里塚とも呼ぶべきものだろう。いまは洒落た掲示板になった。『夢虹色あらかわ』と色彩も派手だ。現代版のキロ塚だともいえる。


 キロ塚は上流の埼玉県まで、三十数キロにわたり記されている。キロ塚も場所によっては風采が違う。さらに荒川源流まで表記されているかとなると、わからない。

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東京下町の情緒100景(ママと一緒 017)

 ふだん私、いつも鍵っ子なの。でもね、土曜の午後は特別な日なの。おもちゃ工場で働くママが、
「お昼は、外で、なにか食べましょ」
 と自宅に帰ってきてくれるの。だから、楽しいの。玄関で靴を履いて待っているの。でもね。迷ってしまうの。なに食べようかな、と。

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東京下町の情緒100景(孤独 016)

 人間は孤独が好きだ。都会の喧騒から逃れたい。学校の成績の重圧から解放されたい。静かな場所がほしい。独り静かに、人生を見つめなおしたい。そう考えない人はいないだろう。

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東京下町の情緒100景(路地裏の酒場 015)

 私鉄駅前から、脇道に入った路地裏には、モツ煮込み、焼き鳥、大衆酒場、お好み焼き、割烹などが並んでいる。路地から路地へとつづく。

 酒飲みにはたまらないほど面白い店が多い。間口は狭いし、奥行きもない。店構えには気取りなどみじんもないし、「はいよ。焼酎ね」と活気ある店員の声にも年季が入っている。まさに庶民の酒場だ。

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東京下町の情緒100景(駅前の露店 014)

 私鉄駅前の朝の風景が変わってきた。乱雑な放置自転車が撤去されつづけてきた。このところ自転車の数少なくなった。駅前の小さな空いたスペースに自然発生の『市』がたつ。成田方面から来た、行商のおばさんが九時半になると、駅改札から出できて、路上に店を広げる。

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東京下町の情緒100景(朝顔 013)

 下町に似合う花は何かしら。それは朝顔だろう。そんな夫婦連れの会話が聞こえる。
窓に簾(すだれ)がさがる。朝顔が背伸びし、庇まで這い上がっていく。可憐な紫の花を咲かせる。
 

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