寄稿・みんなの作品

道迷いでクモの巣とササやススキに難儀、扇山=松本洋子                                  

扇山(1138m)

日時:2012年9月15日(土) 晴れ

メンバー:L関本誠一、渡辺典子、武部実、石村宏昭、松本洋子  

コース:鳥沢駅(バス)⇒梨の木平~扇山(山頂直下:昼食)~君恋温泉~犬目~大田峠~梁川駅

 JR鳥沢駅に8:50に集合した。
 4~11月の土日のみ運行(9時発)のバスで梨の木平登山口へむかう。9時10分に到着する。登山口に「熊に注意!」の看板ありホントにいるのかな~?と言いながら、9時15分から熊鈴をつけて登り始める。
 最初は緩やかな登りで、30分くらいで水場に着く。滔々と湧き出る水を持参のペットボトルに入れてから、また登り続ける。

 ふたたび林の中の道をぐんぐん登っていき、急な坂を登り切り、分岐の標識には10時45分に到着した。ここが「大久保のコル」。無理をせずに小休憩をとる。

 右の道へと進路をとり、富士山の絶景が待つ扇山の山頂へとむかう。あともうひと頑張りだ。ここから扇山山頂までは、広くてなだらかな尾根道だった。

 何てことのない道のようだけれども、ただ歩いているだけで、胸の奥からわくわくしてくる。そんな道を快調に歩いていく。やがて林を抜け、突如として広場に出る。11:00に山頂に到着した。

 記念写真を撮る。晴れてはいたが、武部さんが楽しみにしていた富士山は見られずがっかり。

山頂は木陰がないので、もう少しを歩き、山頂から10分ほど下った登山道脇の木陰スペースにシートを敷いた。
地面が少し坂になっていたので、坐っているのにも気を使いながらの昼食だった。
 約30分の昼食休憩をとった後で、出発する。


 犬目に向かって歩いてたはずなのに、君恋温泉に出てしまう。
 不動尊の下にある滝のところは、アルミの階段があり、気をつけて登り、マイナスイオンを浴びながら進み、君恋温泉にたどり着く。
 煙突からわずかばかりの湯気らしきものが昇っていたが、これで温泉かと思うほどだった。

 県道に下山したあと、いったんは犬目(バス停)まで戻り、ゴルフ場の脇をとおり、大田下バス停にたどり着くも、13:33分発のバスには3分程遅かったために乗れず。
 やむなく歩いて20分位とかの近道(?)を行くことにした。

 大田峠を経て梁川駅へと向かう。いつ人が歩いたかわからないくらい、クモの巣とササやススキが生い茂った道なき道を進み、半分くずれている様なところも2、3ヶ所あったが、どうにか14:45に梁川駅へ辿り着く。
 大田峠~駅までのコースタイム20分のところ、40分もかかり、あまりお勧めのコースではない。結局は10分ちょっとの待ち合わせで、14:58発の電車に乗った。立川にて、反省会をしてから家路へと向かう。


       ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№159から転載

純白の富士山には感動、笹子雁ガ腹摺山 = 脇野瑞枝

笹子雁ガ腹摺山(1358m)

2012年5月19日(日)晴れ

メンバー:L佐治ひろみ、石村宏昭、大久保多世子、北山美香子、脇野瑞枝

コース: 初狩駅8:00集合、バス8:45発 → 新中橋9:10着 → 笹子雁ガ腹摺山10:40着 → 米沢山11:55着 ― 昼食 → 御坊山13:15着 → 大鹿山13:55着 → 景徳院15:05着 - バス15:37発 → 甲斐大和駅15:51発 → 帰路

 初狩8:45のバスに乗り、新中橋にて下車した。
 登山口から杉木立の中をしばらく登ると、そびえ立つ鉄塔の下に出る。鉄塔の右側を通り抜け、さらに登りつめて尾根筋に出ると、右手にはこれから登るだろう稜線が続く。
 藪の中、かなり急な登りを頑張ると、笹子雁ガ腹摺山(1357)山頂に着いた。

 まわりには、東国三葉ツツジ? の灌木が目立つ。山頂からの眺めは、続く山々と雪をかぶった美しい富士山とで最高です。
 10:40着。細い道を下って、やせ尾根が続き、三つのピーク、クサリ等を使ってかなりきつい。


 1時間ほどで米沢山(1357)山頂に着いた。昼食を取る。山頂は樹林に囲まれていて展望はありません。

 登り降りを繰り返し、間井沢ノ頭/トクモリ(1412)を過ぎると、西側がパッと開けて展望が良い。しばらく進むと、お坊山山頂に着いた。
 またまた一気に下がって大鹿峠に着く。
 樹林に囲まれ、道も狭く、いよいよ下山になる。目指す景徳院の道がちょっと見つけにくい。暗い樹林の中を一気に下って氷川神社を過ぎ、民家を通り抜けると、立派な山門が目に入る。景徳院です。
 この寺は徳川家康が建立している。二度の火災にあい、山門を残すのみとのこと。手入れが行き届いた庭園を見物した。

 15:37発のバスに乗り、15:51甲斐大和駅発にて帰路に向かう。立川にて反省会。

 全体に道が狭く、樹林の中で、アップダウンが思ったより激しかったように思った。笹子雁ガ腹摺山からの雪をかぶった富士山が素晴らしかったです。

 また、大菩薩山塊には三つの雁が腹摺山にあるが、いずれも雁の飛翔コースにあたるので名づけられたと思われます。
 笹子雁ガ腹摺山は大菩薩連嶺の最南端に位置しています。中央自動車道笹子トンネルはこの山の下を通っているそうです。
 リーダー佐治さん、ありがとうございました。
(なお、トンネルの天井板落下事故が起きたのは、この山行の7ヶ月後です)。

ハイキングサークル「すにいかあ倶楽部」会報№159から転載

【寄稿・(孔雀船)詩集より】 月を嗅ぐ犬と   脇川郁也

見えない何かを探して
水の声に耳を澄ませたように
犬が月を嗅いでいる
老いて死んでしまった大きな犬だ
その姿を見届けてから
ぼくは
凍った空から射してくる
しろい光に包まれて
死んだ犬のかたちに似せて
立ち上がる

明日には
月のうえに
もうひとつの月がのぼる
そんな晩は
秋の長雨ばかりが思い起こされて
滔々と流れる御笠川の汀にあって
記憶の中に立ちつくしてしまうのだ

まちがまだ眠っている時間に
ぼくたちは
冷たい風に吹かれながら
川べりを歩いて公園に向かった
ときに立ち止まり
周囲の気配を嗅ぎとろうとするおまえは
おもむろにしゃがみ込むのだった
おまえの糞から立ち上がる湯気も
風に消えた

夢にうなされて
悲しげに唸るおまえのことを思うと
ぼくの鼻が鳴るよ
川岸のふちにふと立ち止まれば
いまもそこにおまえの姿があるようで
ぼくは
鼻をうごめかすのだ

月を嗅ぐ犬は
尾を立て
耳を絞り
牙をむいている
ただ目だけが悲しみに満ちている


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

【寄稿・(孔雀船)詩集より】 鼓星(オリオン)通り  高島清子

その通りはここから始まる
緩い坂が降りてゆく先の先は
道がユニオン(団結)通りと名前を変えて続くのである


歩き出せばひんやりと湿った物の怪らしきもの
後をついて来る気配止まず
地霊の声さえ聞こえるではないか
その上ここには
よからぬカビ菌共が棲みついているらしく
肩先に吹いてきた風には
江戸のその先の時代からの匂いがした


追憶の道で回路に残る店は
大儀らしく薄目をあけて
生あくびを噛み殺しながら
この昼下がりをやり過ごしていて
人は歩くともなく歩いている


鼓(オリ)星(オン)通りユニオン(団結)通りとは
よくも名づけたものさ
なにさま田舎モダンの紳士が
オン繋がりで決めたのだな
オリオン通りから星は見えない
時折吹く風が天空からの冷気を送ってきて
夜はまた一際の寂しさが漂うのである


地方都市の今は
何処もこんなものさ
千軒町屋が廃れるのは
人が遠い山裾の方へ移住して行ったからだ
そしてみんな勤め人となって
休日にはデンタル農園でキュウリの棘に参っている
元はといえばみんな先祖は農家さん
次男以下ここには要らない者が
町へ出て行ったのだが
やがて土の匂いが恋しくなり
もっくりもっくりと収穫する根菜の
あまりの真実にたまげている


田舎に住もうというのは人の遺伝子の仕業
そして何という私の誤算であったのか
来てしまった此処は
空のみが広々と青く
オリオン座の鼓の音も時には耳に届く
不可思議な場所であった


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孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船 87号」 頒価700円
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【寄稿・(孔雀船)詩集より】 式部の身の上 望月苑巳

昼の月を折る
甍の上の虚構を折る
ペーパームーンね、と笑う
その人の心を折る
遠くから歌がひとつ
手鞠のように
耳元にころがりこんでくる
あなたは何でも折ってしまうのね
それならば、棘だらけのあの歌も折れるのでしょう
と、優しく残酷に笑う。


〽かーごめかごめ、かーごのなーかの鳥は
手際よく折ると
籠の中の歌はブラックホールのように
もう、そこから抜け出せない


人生は迷宮からできているんだよ
それがたとえ薄の穂先や
誰も住んでいない廃寺の中
あるいは、父母の血族が途絶えても


あら、鳥が可哀想
私と同じ身の上ね


骨のように細い筆で
その人は書き終えたばかりの
夢の浮橋に自分を閉じ込めた
関白様の誘いをていよく断った証として。


*「紫式部日記」に藤原道長からの誘いをうまくはぐらかした、という記述があることから紫式部は道長の妾ではなかったか、という説がある。



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孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

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【寄稿・(孔雀船)詩集より】 天空のポスト  北川朱実

志摩半島を迂回して登った
スカイラインの山頂には

夜明けと
真っ赤な郵便ポストだけがあった

この天体の不在届のような静寂

  どこへ帰るつもりだったんだろう
打ち上げられたトビウオを
思いつくまま砂浜に並べた人は

あれから
背中をまっすぐに濡らして

眼下に広がる街の病院で
うずくまる生きものみたいな
文字を並べ直している

何がおかしかったのか
淡く光る海岸を歩きながら
笑いころげ

よそ見した瞬間
遠く流れ出そうとした人

膨らんだり縮んだりしながら
速達便でやってきたあなたの詩集の

肩から背中から
まぶたから知らない太陽が昇ってくる

朝焼けを全部投函する

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孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

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【寄稿・(孔雀船)詩集より】 きみの島に川が流れ   須永紀子

レビヤタンに追われたきみが
逃げかえる島
平坦に過ぎる丘と
疎林のような森があり
以前は友人もいたが
長い無音が水を呼び
時間をかけて川になった


岸につながれたボートで
みんな向こうへ渡ってしまい
「じゃあ、またね
実のないことばが
ぱらぱら足もとに落ちてくる
鳥たちがそれをついばみ
「aui aui
代わりに蹴ちらしてくれる


ひとが消えても
川は川としてあり
島全体が湿って
忘れられた映画のポスターのようだ
下方に並ぶ小さな名前
「そんなひともいたね
ようやく思い出されるタイプの
きみは一人で
生きてきたように死んでゆく
ひそかに望んでいることが
ふるまいにあらわれる
暗幕と暗闇を好み
多くのものを遠ざけた
未来もまたそのようにあると思われた


けれど明日
レビヤタンに追いまわされ
島に逃げこんだきみは
鳥を友に、ボートに揺られて
向こう岸へ行くこともできる

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【寄稿・(孔雀船)詩集より】 孤独な手帳から  望月苑巳

お母さん
淋しい蚊が寝息の深いぼくを狙っています
でも振り払って助けてくれましたね
蚊だって生とつながりたくて、必死になっていたのに。
松阪木綿の表紙が美しい手帳に
そう書き留めてから半世紀
しんしんと淋しくなりました。

青年を脱ぎ捨て
影まですっかり痩せてしまったぼくは
こうして寒い歳をむかえたのですが
天動説が顔を利かせていた柳通りの縁日で
十円硬貨を握りしめて
金魚すくいに興じたあの夜のユウコちゃんは
どこにいったのでしょう。


父も母も、もう返ってくるはずがないのに
銀河をゼンマイのように巻き戻せば
淋しい蚊が慌てて線香の渦に巻かれ
クルクルと死に際のダンスをしています
だからあの日の露地裏に
ぼくの血がしたたるダリアが咲いていたのですね
お母さん。


でも青春という熱を出して
正しい骨格をした故郷の祭りは
戻ってくるのでしょうか
水のごとく生きて
風のごとく果ててください
そう乱れた文字で
ぼくの松阪木綿の手帳に書き留めた人。


ぼくは致死量の愛が欲しいだけなのに
孤独ばかりがしんしんと、
抱擁した分だけ降ってきますね
お母さん。


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【寄稿・(孔雀船)詩誌より】 トカゲ 坂多瑩子

トカゲが干物になっている
夏の日差しに炙られて

そんなのいっぱい持ってると
教科書のあいだから
見せてくれた男の子がいた


ページをめくると
丸い目が
ペタンといくつも
はりついて
みんな目をあけていた


あたしのトカゲはちっちゃくて
赤ん坊だよこいつ
あかるいアスファルトに 
へばりつくようにしていたけど
きれいな干物になっていた


炙られて
消えた
そんなにんげんもいたと
夏の写真に
日差しがあたっている


ちっちゃなトカゲは尻尾がなくて
そのうち忘れて
夏は終った


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 トカゲ 坂多瑩子 縦書き PDF


孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
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【寄稿・エッセイ】 ルンバちゃんごくろうさま = 遠矢 慶子

 朝、コーヒーを飲みながら、朝刊を読む。至福の時間だ。
 テーブルの横を、黒い、まんまるい円盤が、静かに、動き回っている。新聞からちらちらと眼だけ、動き回る円盤の行方を追ってしまう。

 私は、今までにどれだけの回数、掃除をして来ただろうか。掃除は機械がするから、簡単なことぐらいにしか思わない男性が多い。毎日の掃除は大変だ。
 ずっと専業主婦で来たので、掃除、洗濯家事全般は、あたりまえの主婦の仕事と思ってきた。
子供たちが巣立ち、夫と二人暮らしになって20年近く経った。夫は、リタイアしてから、私より暇で、うろうろしている。ソファーに座ってテレビを観、掃除機が通ると、足を上げるだけ、時には、ぼんやりと掃除機の動くのをじっと見ていたりされると、情けなくなる。

 二人には広すぎる家は、週一回掃除をすれば済むようになった。それでも重い掃除機をぶらさげて、二階に上がるのは重労働だ。
 「掃除機を二階に持って上がるのは、心臓に負担がかかるから、週一回でも、ヘルパーさんに頼もうかしら」
 と、夫に提案した。
「いいよ、それなら僕がするから」
 簡単に引き受けてくれた。二階は私の受け持ち、下は夫の受け持ちとして掃除機も二台にした。
 夫の掃除は、やたら丁寧で時間をかけ、ソファーを動かし、椅子をどけて、念入りだ。分業で曜日を決めたお蔭で、少し楽になった。

 昨年、終の棲家マンションに越すと、二人の掃除人も、二台の掃除機も必要はない。むしろ掃除機のしまい場所を確保するのが大変だ。

 暮れに、たまたま大型スーパーに行ったとき、自動掃除機のデモンストレーションに出会った。説明していた男性が、興味あり気に近寄った私に、ここぞとばかり、ていねいに説明してくれた。
「これが日経新聞の調査で、一番の人気です。あと二台しか在庫がないです」
 と、残る在庫の箱を指して言う。宣伝員の言葉につられて、買ってしまった。

「元旦の午前中にお届けします」「えー、元旦に?」
 今や、暮れも正月もない商魂たくましい時代には驚いた。
 年が変わると早々に、自動掃除機ルンバが届いた。
 松が取れてから、箱を開け、初運転となった。


 充電器のステーションを決め、まず充電する。リモコンで(自動)を押すと動きだした。35センチの黒い円盤が、左右に六個と、裏に付いたブラシを酷使して、ランダムに部屋を動き回る。壁や家具にぶつかると、方向転換する。
 夫と私は、バカみたいにルンバの後をついて廻っていた。
 我が家は、私の趣味で、置き敷きのキリムがあちこちに敷いてある。そのフリンジがブラシに巻き込まれて、「ピーピー」と助けを求め何か言っている。
 止めて裏のブラシに巻き込んだフリンジを、外してあげた。

 とにかく働きもので、ベッドの下に入ると、隅々まで丹念に動き回り、なかなか出てこない。心配してベッドの下を覗き込むと、ほこりまみれになって出て来た。
 動き回るルンバちゃんの後を、よちよち歩きの赤ちゃんを見守るように二人は、ずっと付いて歩いていた。

 1時間で掃除が終わり、充電器のステーションに戻って来た。
 ここで又すごい!
 2メートル位の所に来ると、くるりと後ろ向きになり、バックオーライで、ステーションに入って来る。何と2回仕切り直しをしてピタリとステーションに入って収まった。
「掃除が終わりました」と、声が知らせた。
 私は車庫入れが苦手で、年中曲がって駐車したりするのに、ルンバちゃんは完璧な駐車をするのに舌を巻いた。

 今までは週1回の掃除が、ルンバの動くのが可愛く、面白く、1日おきに掃除をしてもらっている。 
ずっと前に、近所に住んでいたアメリカ人に英語を習っていたことがある。
 そのミセスが、(私は掃除や家事は嫌いで、下手だからしたことがない。嫌なことを無理してやって時間を無駄にするより、プロに任せ、私は働いてプロをやとっている)と言っていた。彼女はハーバード大学出身の大学教授だった。

 ボタン一つで、機械が掃除をしてくれる時代だ。元気に百歳を目指すなら、老体にムチ打たなくても、そろそろ楽をさせてもらっても良いだろう。
 ルンバちゃん、今日もご苦労様、本当に助かるわ。