寄稿・みんなの作品

【寄稿・詩集「そらいろあぶりだし」より】 扉  中井 ひさ子

 私は運動嫌いである。しかし、食べることは大好きである。それゆえ太る。これでは困ると、スポーツジムの会員にだってなった。でも会員証を使ったのは、二年間のうち数えるほどだった。
 もう女はやめましたと、太るにまかせていた。
「運動しなきゃだめでしょ。だめでしょ」
 娘が口やかましく言い出した。どうも、介護の不安を感じてきたらしい。
「倒れたらすぐ病院に放り込むよ」
 毎日のようにおどかされ、やっと重い腰をあげた。

 とりあえず毎日一時間ほど歩くことにした。歩くならば一番好きな時間帯の夕暮れ時である。
 灯りがにじんでいる。人々は足早に互いに無関心である。車の往来が激しくなる。街路樹の欅が時々ため息をつき揺れる。この空気のなかにすっぽり入り込んでしまう。時空の違う世界に来たと感じる瞬時である。

 いろいろな人と出会う。思いもしないことがおこるのだ。
 夕陽が沈み、青に少しずつ灰色を流し、空が深さを増していくと、青梅街道沿いにある三階建てのマンションが浮かび上がる。ゆるやかな光のなか、横に五軒の扉が整然と並んでいる。    
 いつも何故か懐かしく見上げながら通っていた。

 二階の右から三軒目の扉が開き、男が一人出てきた。ふと、立ち止まった私に右手を上げている。父だ。こんなところに住んでいた。私は目を凝らしもう一度見据えた。やはり、少し照れたような顔をして父がそこに立っていた。
「どこにいくの」
 思わずでた言葉。
「お前に会いに来たんだ」
「珈琲でものむかい?」
 昔のままのおだやかな口調だった。
 マンションの下の小さな喫茶店に入り、窓際の椅子に座った。父は、嬉しそうだ。
「ここの珈琲、意外に美味いんだ」
 珈琲はやはりブラックだった。ゆっくりと味わい口にする飲み方も懐かしい。私が珈琲を好きになったのは、父に連れられ外出した時、いつも喫茶店に寄ったからだった。なんだか、それが日常から外れているようで、とても楽しかった。ちょっぴり、おとなになった気分だった。
「変わらないね、元気だったと聞くのも変だけれどね」
 少し照れくさく、笑いながら珈琲を口にする。
「そうだな」
 父も左手に持つ珈琲カップを見ながら苦笑する。
「何か用事があった?話したいことでもあったの」
「別に、ふと思いついたんだ」
 遠い目をして答え、美味しそうに珈琲を飲みほす父。
「じゃあな」
 と、マンションの扉の向こうに消えた。
 七年前に逝った父は相変わらず無口だった。
 あそこに父が住んでいる。扉を見上げていると、再び扉が開き塾のカバンを持った男の子が飛び出し、私には目もくれず走り去った。
 あれからも、毎日マンションの前を歩いている。体重は少しもかわらない。

扉 中井 ひさ子
縦書きPDF

イラスト:Googleイラスト・フリーより

 【関連情報】

 詩集 「そらいろあぶりだし
 作者 : 中井ひさ子(なかい・ひさこ)
 定価 : 2000+税 
 発行 : 土曜美術社出版販売
   〒162-0813 東京都新宿区東五軒町3-10
    ☎  03-5229-0730
    fax 03-5229-0732 

【寄稿・詩集「そらいろあぶりだし」より】ハッピーエンド 中井ひさ子

 どうしても来れなかった渋谷に来ました。
 夕日を滲ませた雑踏は私をもっと独りにします。気付くと貴方といつも待ち合わせた喫茶店の片隅に座っていました。

 奈良から東京に出たての私は友達に誘われるまま、貴方の写真展「海兵隊について」を見ました。歴史や政治的なことは解らなかったけれど、兵士たちの瞳に惹かれました。

 少年兵士のキラキラ光る目、老兵士の濡れて光る目が、私の中にある目と重なり合ったのかもしれません。
 次の日どうしても、もう一度兵士の瞳に逢いたくてそっと見に行き、貴方に見つかり何故かうろたえた私が思い出されます。

 最初のデートで半年後に仕事の為二年間スペインに行くと聞かされ、私は顔を上げることができませんでした。時間のある限り逢いました。

 身振りよく貴方は「ニカラグアの荒野で小屋の中に入ったら、一面大トカゲが張り付いていて慌てて逃げ出した」ことなどをお酒を呑みながら話し、笑わせてくれました。
 スペインからの手紙で、地下鉄の中で君とそっくりな女の人に出逢い、どきりとし感動しましたとの言葉に、ただただ嬉しく何度も読み返しました。
 また、昨日は何十キロメートルも走ってから、忘れ物に気付きホテルに引き返しましたに、一緒にため息をつきながらも、顔がほころんでしまいました。 
 なのに、貴方はスペインからポルトガルに行く道で事故に遭った。愛用のライカと共に。
 写真集「スペインの鼓動」を残して。

 貴方の電話番号消えません。でも、押せません。鳴り続けるベルの音が恐いから。
 外の風がはいって来るたびに振り返っています。
「恋はハッピーエンドでなければだめだよ」
 深い目をして、いつもさらりと言ってくれました。
「やあ、ごめん、ごめん、待たせて」
 そのドアーを開けてください。
 黒皮の椅子も木のテーブルも変わっていません。
 

ハッピーエンド 中井 ひさ子 縦書き・PDF

イラスト:Googleイラスト・フリーより

 【関連情報】

 詩集 「そらいろあぶりだし
 作者 : 中井ひさ子(なかい・ひさこ)
 定価 : 2000+税 
 発行 : 土曜美術社出版販売
   〒162-0813 東京都新宿区東五軒町3-10
    ☎  03-5229-0730
    fax 03-5229-0732 


 

「張作霖を殺した男」の実像  桑田冨美子 

 『関東軍講究参謀・河本(こうもと)大作・大佐はなぜ爆破を敢行したのか?」。昭和3(1928)年6月4日未明、中国軍閥の雄・張作霖を乗せた列車が奉天郊外で爆破され、張作霖が爆死します。河本大作の孫娘が、豊富な資料をもとに、その事件を単行本にされました。
「張作霖を殺した男」の実像」(文芸春秋企画出版/文芸春秋・1500円+税)、ことし(2019年)8月30日の出版です。

 当初から、「これは日本軍の仕業ではないか」、と昭和天皇に詰問された、当時の田中義一内閣総理大臣は、うやむやに、曖昧な弁で言い逃れした。「君は信用ならない」と昭和天皇に叱責されて、田中内閣は総辞職しました。かれは病んで早くに病死した。

 戦後、東京裁判での田中隆吉元陸軍少将が、河本大作による爆破工作だと証言します。これがきっかけで世に知れ渡ります。
「満洲事変、ひいては日中戦争に至る導火線に火をつけた男だ」、とてつもない大事件を引き起こした。「河本大作は幕末志士きどりで独断で蛮行に及んだ」と悪評におよんだ。

 著者の桑田冨美子さんが、河本大作に貼られたこの「大悪人」のレッテルに疑問を呈します。爆薬をしかけた実行犯は関東軍、首謀者で、その高級参謀・河本大佐でした。桑田さんはそれを認めたうえで、祖父の「独断」でも「満洲制圧を目指したもの」でもない、関東軍や東京の参謀本部の指示があったと実証していきます。

            *
 
私(穂高健一)がカルチャ―教室で指導する『小説講座』で、桑田冨美子さんは受講生だった。
「祖父の河本(こうもと)大作の史料が、一杯あるんです。実姉の清(きよ)が、研究していて、それが中断し、わたしの処にまわってきたのです」
 貴重な史料の一部をみせてもらい、これを作品化するとよいですよ、と勧めた。
 当初は、小説の技法が中心だったけれど、内容が斬新で、歴史の通説を覆す一級史料が多々あった。
 張作霖爆死事件のあと、陸軍中枢の幹部たちから、謹慎中の大作に送った激励・慰労の書簡などもあった。大作が家族や知人らに送った手紙、大作の活動の記録など、多くの秘蔵資料が、習作中の桑田さんが筆を執られて、教室で作品の一部として出されていた。

             *

 日本ペンクラブの会合で、当時・会長だった浅田次郎さんに、「受講生で、河本大作の実孫で、とてつもなく、資料があるのです」と、彼女の指導方針を兼ねて、相談してみた。「日中戦争に関する重大な事件です。その資料があるならば、作品化して、ぜひ、世のなかに出すべきです。長期保存場所も考えると良いですね」と話されていた。浅田次郎元会長は、戦前の中国関連作品には卓越した作家である。

 それら浅田さんのコメントを桑田さんに話して聞かせた。彼女はそこで勇気をもらったようだ。
 私は「河本さんから「愛する妻へ」と書きだす、当時の軍人がここまで記される、とても人間の魅力があるかたです。だから、軍事、政事だけでなく、家族愛も含めて、総括的に人間を描かれたほうがよいですよ」と指導してきた。
 
 桑田さんは、戦前は「満洲某重大事件」といわれた関係者、家伝の秘蔵資料、研究書・論文などを探し、しっかり読みこんでいた。感心させられていた。指導する私自身も、勉強になった。

 余談だが、私が幕末小説の執筆を知っているので、「わたしの夫の親戚は、薩摩藩の小松帯刀なんですよ」と桑田さんが話していた。それにはちょっとおどろいたものだ。「張作霖を殺した男」の実像」の書籍には、河本大作の妻(久)の親戚筋として、河野洋平、河野太郎がいる。日本の歴史・政治にかかわる家系だな、と思った。

 なお、私は講師として初期の「小説作法の基本」を指導したのみで、『「張作霖を殺した男」の実像』の著作は、桑田冨美子さんの力と出版社・文芸春秋社で完成させたものである、と明記しておきます。


【購入関連情報・アマゾン】
「張作霖を殺した男」の実像」(文芸春秋企画出版/文芸春秋・1500円+税)
 

【孔雀船 94号 詩】 尊厳 福間明子     

夜のとばりは平行線に

この香は花橘か

風に乗って闇をすくいからめて

心に届くまでにしばしの時を       

心を開くまでにしばしの時を

さりげなくという時期ではありません

すでに時は迫り来ています

すぐそこにあるのは底知れぬ畏怖



黄金律の素敵な季節

坂道の途中で見つけた満開の白い花

胸いっぱいにその香を吸い込んで

振り返ってみたのです

懐かしいものがよみがえってきて

抑えきれないほどあふれてきて

すべては遠い過去のことなのですが

過去とは限りません


いま一度風に心をのせます

何処まで運ばれていくのでしょう

自由という予想もできないものに寄り添われて

運ばれていくのがわかります

わかる気分が欲しいと思うのです

それから尊厳の意味がこころよく響くあたりに

待たれているように思うのです

ほのぼの明けの彼方に

尊厳 福間明子・縦PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船 94号・詩】 泉のあるところ 小林 あき

そこは

白い光で

まるく明るいところ

まわりは

深い闇のところ



私の産まなかった子どもたちの

いるところ


広げて干す

なにかの毛皮は

あたたかそう


ひとつ

もいでかじれば

ひと日が

満たされる果実の木もあり


すまいは洞窟

どの子も

岩山のてっぺんを

見あげることはないのです


兄弟姉妹のむれ

長男は父がわりですが

他のむれとの

戦いはなく


長女は母がわりですが

新たな血を求める略奪婚

そのために

さらわれることもなく


原始をくらす子どもたち

産まなかった私としては

洞窟わきの

泉の水に

安堵します


朝と

夕の

ちょっとした雨

そのおしめりも

ありがたいでしょう


私は

庭の

水まきが

おっくうになりつつ

あります


泉のあるところ 小林 あき 縦書き・PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船 94号・詩】  水性の夜 船越素子

一番星がのぼって

教え子が物語をとどけに来た


>
静かな彼女だ

うつくしい夕暮れの風とともに

静かにてわたす

物語も静かに

静謐な室内で綴じられる


暴発も 諍いも 騒乱も

ここでは

何もかもが

呼吸の音も消えいるように

霧散していく

送り出された

ふたりの少年は

はるか時空をこえ

彼らのスペースシップがすれ違い

たがいを呼びあう


彼女の物語は

痛ましいほどに美しい

やさしい人々が

やさしさの傷を負い

レモン水のかけられた

かきごおりのように溶ける

水性の夜の 

再生や降臨が

その先にあるのか

誰もとわない


だから ゆっくり

ページを繰る

あたたかな飲み物と

膝掛けを用意し

ひとり

星降る夜の

星をさがして

教え子に届けようと

思いついたのだ


          『ALLO:ALLO』(フナキトキコ著 北方新社)によせて


水性の夜 船越素子・縦書き・PDF
   

【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

写真:Google写真・フリーより

【孔雀船 94号・詩】 心の時計   望月苑巳

誰が作ったのかブリキの風見鶏が

曇天にふらちな時計台

つらくなって首に縄をかけたぼく

窓から見えるのは

カラカラと死にそうな音を出して

目を回している無様な姿でした。


母さん、知っていましたか

この世で一番小さな時計は

まだ生まれていない赤ちゃんの心臓だと、

寺山修司という高名な詩人が言ったということを。


時計台がどろりとかしいで

どきどき分針がよれると

カチリと合うはずの世界もよれてしまうのです

そのせいで平和の時を刻むのも

戦への道を刻むのも

この二つの針の仕業にされてしまったのです

ただ文字盤に刻まれた記憶だけが

赤ちゃんの心臓と共鳴して。


キナ臭い国になってしまったのに

母さん、ぼくにくれた鼓動をありがとう。

この心の時計は

幸せになるために使います

だから首の縄は外すことにします

母さんの時計を大事にするために。


心の時計 望月苑巳・縦書き PDF


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

【孔雀船 94号】 助走 吉貝甚蔵  

切れ切れの風景を積みあげるキミへ

断片を紡ぐ長い長い物語へと溺れていくキミへ

ボクは貝の化石を孕んだ変成石灰岩を贈る

朝 地平を撫でる雨が降り始める前に

浮き石を踏み岸へ渡ろう


葦の原を縫う遊歩道で

ことばをそっととりかわそう

流れる小石に名前は紛れ

駆け抜けるを消していく

ボクらがいつもいた場所だから

広場のスケッチも描いておこう

集まるために移動した

そこにいたのはボクらだった

はずだった

のは

今キミが物語に帆船を浮かべたからだ

そこからキミは

あの日の星の炸裂を消滅を

見つめる

戸惑うのは

肥大する恒星が惑星を飲み込むからだ

苛立つのは

時間が距離を裏切るからだ

躊躇うのは

ここにいないキミがここにいないボクと

そこにいるからだ 

そこ 広場は 立体ではなく

奥行きのある 高さのある 平面であり続け

草原であり砂漠でもあってただ茫洋と狭く

雨音それとも虫の音

細胞が入れ替わる音は聞こえるわけもなく

電子の流れが音をたてることはないのだが

不在のボクらが平面を移動していく

うつろうと呼べば漂うと応え

たちまちと言えばつかのまと返す

物語が流れていく

ボクらは繰り返す

駆け抜けないための助走を

助走 吉貝甚蔵 縦書きPDF

【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

齋藤貢詩集『夕焼け売り』抄 = 現代詩人賞 受賞作品

【齋藤貢・プロフィール】

現代詩人賞 

略歴


1954年福島県生まれ。茨城大学卒。国語の教員として県立高校に勤務した。


 東日本大震災と原発事故が起きた2011年は、事故を起こした福島第一原発から北へ約14ロ、警戒区域となって立ち入りを禁じられた福島県南相馬市小高区の高校に勤務していた。


 1987年に詩集『奇妙な容器』(詩学社)で、第四十回福島県文学賞。詩集には『竜宮岬』(2010年 思潮社)、『汝は、塵なれば』(2013年 思潮社)など。


 詩誌「歴程」、「白亜紀」、「孔雀船」、「コクリコ雛罌粟」の同人。福島県現代詩人会理事長。いわき市在住。


夕焼けについて       


不意を打たれて

身構えることすらできなかった、と。


背後から振り下ろされた刃で

深い傷を負ったひとよ。


暮らしを置き去りにして

あれから、ここでは

草木のような息を吐きながらひとは暮らしている。


弔いの列車は

小さな火を点しながら

奪われてしまった一日を西の空へと運ぶ。


車窓に幾たび、夕日が沈んだことだろう。


列車は、沈む夕日のかけらを拾い集め

苦しみを、ひとつ。

悲しみを、ひとつ。

乗客は、息を吹きかけて西の空で燃やそうとしている。


あの日から、この世には痛みも、悲しみもない。

掻き毟られたはらわたのように

怒りや憎しみが黒い袋に詰めこまれて

町の至るところに放置された。

駅舎には

黒い袋をたくさん積んだ貨車が

今日も、出発の時刻を待っている。


片道切符を持って改札口に入ったのは

津波にのみこまれ帰らぬひとだろうか。

ホームを離れて、ふわりと

列車が動き始めると

乗客は、車窓からこちらに手を振る。


やがて、西の空で

列車があかあかと燃えてしまうと

苦しみは薄らいで

わずかにこころは軽くなる。

止まっていた時間が動き始めて

あの日が、少しだけ遠のいていく。

耳を澄ますと

列車の汽笛は、死んだひとの魂のように

ひゅうひゅうと、こころを叩く。


ふるさとは

あかあかとした火に包まれ

今も、夕焼けのように燃えているのだろうか。


夕焼け売り       


この町では

もう、夕焼けを

眺めるひとは、いなくなってしまった。

ひとが住めなくなって

既に、五年余り。

あの日。

突然の恐怖に襲われて

いのちの重さが、天秤にかけられた。


ひとは首をかしげている。

ここには

見えない恐怖が、いたるところにあって

それが

ひとに不幸をもたらすのだ、と。

ひとがひとの暮らしを奪う。

誰が信じるというのか、そんなばかげた話を。


だが、それからしばらくして

この町には

夕方になると、夕焼け売りが

奪われてしまった時間を行商して歩いている。

誰も住んでいない家々の軒先に立ち

「夕焼けは、いらんかねぇ」

「幾つ、欲しいかねぇ」

夕焼け売りの声がすると

誰もいないこの町の

瓦屋根の煙突からは

薪を燃やす、夕餉の煙も漂ってくる。


恐怖に身を委ねて

これから、ひとは

どれほど夕焼けを胸にしまい込むのだろうか。


夕焼け売りの声を聞きながら

ひとは、あの日の悲しみを食卓に並べ始める。

あの日、皆で囲むはずだった

賑やかな夕餉を、これから迎えるために。


寒い火

悔しい、と。

微かに唇から

寒い火が、ひとすじ零れ落ちた。

それから

新しい名が与えられて

あなたは、ひとの世からそっと抜け出した。


抜け殻には、火がともされ

手垢のついていない玄玄の、天のことば。

それに

真新しい絵の具を

この世にひとつ残したまま

さようならも言わずに、あなたは自らを脱ぎ捨てた。


あの日

海には、しんしんと雪が降って

強風も、吹き荒れていて

凍えながら

悔しい、と漏らした最期のひと言。

抜け出すときの、あなたのこのことばが

いまでも、頭から離れない。


 燃えていながら/寒い火というものがある *


この詩人の目にも、末期の火が青白く見えていたのだろう。


火が、ほんとうに寒いのは

それが、取り返しのつかない火だったからだ。


少しうつむ俯き、ゆっくりと目を閉じる。

それは、あなたに会いに行くための厳かな作法。

ひとの世では、あなたの名を口にすると

あなたの匂いも手触りも面影も、昔のままに立ち上がるのだが

いのちの火は、舌の上で青白く凍えている。


今も、行方知らずの

ふくしまの空に、絵の具で引っ掻く。

あの日の、炎とひかり。

それもまた、なんと悔しい

寒い火に包まれた故郷の景色であることか。


* 三谷晃一詩集『野犬捕獲人』より


草のひと        


あの日

うつわ世界の縁が突然に欠けて

こらえきれずに

水は苦悶して、あふれる波となった。


ちぎれた空から落ちてくる水。


避難せよ。直ちに、避難せよ。


土に生きる草のひとは、迷っている。

ここからどこへも動けずに、ためらっている。


どのようにすればよいかもわからぬまま

父と母は、遠い山を越えた。深い川を渡った。

幾度も、幾度も、後ろを振り返りながら。


草は土地に根づくものだから、

草のひとのこころは、千々に乱れている。


かつて、ここには無数の甍がならび

集落の賑やかな日々が

草木のようにそよいでいたはずなのに。

今では、放置されたまま

触れることもできぬ土地になってしまった。

朽ちていく時間が

夕焼けのように思い出を焦がしている。


あの日から

死んだひとはこうべ頭をたれて戻ってくるが

その声は、嘆きや悔恨に満ちて

ひとを眠りにつかせない。


だから、草のひとよ。

もっと声高に語れ。

ここで安らかに眠るためには

声を荒げて、何度も言わねばならぬ。

汚れた土地を放置して、無防備に

この地を置き去りにしているのはいったい誰か、と。


その無念を、ひとよ。

喘ぎ声でよい。

限りなく遠くまで聞こえるように

いつまでも、語り続けよ。


草の声や地の声が

遠いひとのこころを激しく揺らし

やがて、死んだひとの魂を鎮めるまで。


桃色の舌を垂らして               


毛皮に身を包み

桃色の舌を垂らして、地をさまよう。


おれは、愚かな一族の末裔である。


嗅覚は鋭くなった。

足腰も衰えてはいない。

敵を、瞬時に嗅ぎ分け

捕獲することもできる。


涎を垂らし、牙をむく

無頼な野生も

どうにか、近ごろは身についてきた。


けものの滅びの味覚を

桃色の舌でめ愛でながら

死と戯れて

いのちの切れ端をひと息に呑み込むのが

おれの快楽。


それは、罪深いことだろうか。


けものの快楽に身を委ねて

野蛮なおのれを、生きる。

けものには

あたりまえの日常が

今のおれにはある。


牙をむくから

殺戮されるのだと

教えてくれたのは、どこのどいつ誰だったか。


たとえ、牙をむかなくても

文明の野蛮は

けっして殺戮をやめないだろう。


愚かなけものだ、おれたちは。

その先に、いのちの未来があると信じている。


愚かな末裔だ、おれたちは。

けものの毛皮で身を包み、荒い息で涎を垂らしながら。


桃色の舌が、ヒリヒリと焼けるように痛い。

決して抜けぬ棘のように。

二度ととりかえしのつかぬ悔恨のように。


【縦書き】

 齋藤貢詩集『夕焼け売り』抄 PDF 縦書き

【孔雀船93】 永遠の春  齋藤 貢 ( 2019年度・現代詩人賞の受賞者)

背後から

おいと呼ばれて

振り向きざまに

鈍い痛みが下腹部に走った。

無数の刃が、高波のように

防波堤を越えて

からだの入り江に

槍のように突き刺さっている。

見えない相手の

喉元や顎のあたりを

両手で押し返して

必死に振り払おうとするが

肩の力が抜けてしまって

だめだ。

だれかを呼ぼうとしても、声にならない。

身をそらそうとしても

からだが動かない。

歯を食いしばって

こらえているが

そのとき

唐突に、大きな海の膝が抜け落ちて。

永遠の春が

しびれるように、皺よって。

防災スピーカーの男の声は

北へ逃げるようにと告げている。


狼狽する春の背中を抜けて

重く沈んだ悔いが

空からみぞれのように降ってくる。

屈辱が

仰向けになって、道端に倒れ伏している。

あの日まで、ずっと

高い鉄塔と

排気筒のむこうには

ひねもすのどかな春がたたずんでいたのだが

いまにしておもえば

それは

痛みも、真実のことばも

何ひとつ言わない春にすぎなかった。

阿武隈の寒い雲から

逆さまになって墜ちていく春。

見えないし、匂いもしない

新しい恐怖が

ぐいぐいとからだの岬のふかいところまで

からだの堤防を越えて

押し寄せてくる。

いつのまにか

根こそぎ、こころまで奪いとって。

 ☆ 齋藤貢さんは、2019年『夕焼け売り』で現、代詩人賞を受賞されました。 おめでとうございます。

 永遠の春 齋藤貢PDF・縦書き


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738