ジャーナリスト

「殿様、安芸の西国街道をゆく」、講演会(穂高健一 対談 粟河瑞穂)=10月6日(広島市)

【大名行列】

主催 広島市、海田町

共催 船越公民館

「浅野氏広島城入城400年記念事業」として、船越公民館、海田公民館、熊野神社で行われるイベントです。

殿様、安芸の西国街道をゆく

大名行列に扮した一行が西国街道を練り歩きます。


日時 令和元年10月6日(日曜) 12時~13時

オープニング 広島市船越公民館

船越町女性会民踊部による踊りあり

大名行列ルート 船越公民館 ~ 西国街道(旧) ~ 熊野神社(終点)

距離・時間 約1.3キロ 約60分 小雨決行

 大名行列 浅野家初代広島藩主 浅野長晟(あさの ながあきら) 松井一實・広島市長&西田祐三・海田町長、浅野家臣約20名、 一般行列120名   

 江戸時代の衣装に扮した行列を地域住民に観覧してもらうことにより、日々生活道として利用している県道が、江戸時代には、重要な西国街道であったことを知ってもらう、郷土を愛する心を育んでもらうことを目的としています。
 

【講演会】 (午前中)

 穂高健一&粟河瑞穂(聞き手)「幕末の広島浅野家が日本の歴史を変えた」(神機隊と浅野長勲から語る)


写真:聞き手の粟河瑞穂(あわかわ みずほ)さん 

 場所:船越公民館

 時間:10時~11時30分

 穂高健一のサイン会あります。


【歓迎セレモニー】

 海田童子による太鼓演奏ほか

 場所:海田公民館

 時間:13時~13時25分


【神楽公演】

 場所:海田公民館

 時間:13時45分~14時15分

 広島市安佐南区の上中調子(かみなかちょうし)神楽団による神楽公演
 


【かいた手しごと市】

 時間 10時~15時

 住民団体「かいた幸ぼう」によるハンドメイド、マッサージ、フード、ワークショップなどのブース出店

 場所:熊野神社


【詳細情報】
殿様、安芸の西国街道をゆく


【問い合わせ先 】

① 広島市安芸区役所市民部地域起こし推進課

所在地 〒736-8501 広島市安芸区船越南三丁目4番36号

(広島市安芸区役所2階) 連絡先 電話:(082)821‐4904


② 粟河瑞穂さんが手にされている、穂高健一著「芸州広島藩 神機隊物語」は、広島護国神社で取り扱っています。(在庫はあります)。
 電話: 082-221-5590

知られざる幕末の広島「神機隊」子孫が初証言 :  RCCテレビ放映

 9月23日(月・秋分の日)に、芸州広島藩の「神機隊」が旗揚げした志和盆地で、同隊の末裔の方々が西連寺の墓参を行いました。さらに八条原城(はちじょうばらじょう)跡などを訪ねました。

 RCCテレビが、同隊の軍医だった小川道甫の子孫・小川栄さんを追っています。2019年9月24日に、RCCで、テレビ放送「News6」


 午後から講演会が開催されました。主催は中国地方郵便局長協議会です。会場は神機隊が本陣としていた西蓮寺の本堂で、150人の参加者でした。

 冒頭のあいさつは、市長の高垣廣德さん、岸田文雄代議士・夫人です。今回の神機隊の講演、フォーラムの意義を語られた。

 

 穂高健一会『志和の知られざる幕末・芸州広島藩の活躍』が語りました。

 薩長芸軍事同盟の下で、広島藩に強い軍隊が必用となった。若者たちが中心となり、戊辰戦争に自費で出陣した。

 かれらは軍律正しく、民の安堵のために戦った。相馬、仙台軍との戦いで、大半が負傷しながらも、駒ヶ嶺のたたかで、中央突破した。そこから仙台藩が崩れて、落城なった。
 それを知った会津城は白旗を上げた。

 神機隊のすさまじい戦いが、戊辰戦争の決着につながった、と語りました。


 フォーラムに移り、軍医の小川道甫が曾祖父に当たる小川栄さん、中国新聞呉支局長の岩崎誠さん、司会進行で吉本正就さんで、戊辰戦争に出陣した神機隊について語りました。


 小川さんは、曾祖父の軍医が書き残した、高間省三の死を悼む詩を披露されました。

 岩崎さんは、ジャーナリストとして東北の神機隊の足跡を訪ね歩かれた、それらの様子を語られた。

  吉本さんは、会場の質問を受けて、神機隊と志和の関連をより細かく説明された。さらに、呉市の故武田正視さんが神機隊を発掘し、世に広められたと、その功績についても語られた。  

 
写真提供:土岡健太さん
 
【同テレビは約2週間ほど、無料で見られます】

① 2019年9月24日に、RCCで、テレビ放送「News6」


② 穂高健一著「芸州広島藩 神機隊物語」は、広島護国神社でも、取り扱っています。参拝の折に、お求めください。

 

日本上空は誰のもの。戦争の火種にならないか=歴史的な史観より

 戦争は大半が隣国との争いから起こっています。初期のころ、火種はまさか大戦争になるとは予想できないものです。
 第一次世界大戦は、オートリアの皇太子が、サラエボで一人の青年に射殺されたことが発端です。空前の9000万人以上の軍人が動員されました。終戦処理の問題からナチスドイツの台頭があり、21年後にして、またしても第二次世界大戦が起きました。

 
「あなたは、日本が近い将来、もし外国と戦争するとなれば、どこの国が予測されますか」
 こんな質問をむけると、多くの人が怪訝(けげん)な顔をします。別段、平和ボケを批判するつもりはない。ただ、危機管理は必要だし、戦争の火種はつねに消す努力する必要があります。

 尖閣がらみで中国、竹島にからんで朝鮮半島、北方四島の問題でロシアですか。
「米国と戦争する可能性が、最も高いのですよ」
 というと、
「えっ。そんな馬鹿な」
 という評定をされるか、一蹴されてしまう。

 日本の上空はアメリカ軍が支配しています。太平洋戦争の終了後も、日本の上空の制空権は奪われたままです。つまり、横田、三沢、岩国、那覇など、制空権はアメリカ軍にあり、私たちの上空は植民地のままです。
 
 東京オリンピックを前に、羽田空港の新発着ルートが拡大する予定です。ただ、横田基地の制空権(横田空域)があり、狭い幅のなかで、かなり無理した飛行が求められます。
 新宿の高層ビルの上空、渋谷の繁華街、東京タワーの横から、羽田空港へ急角度で進入してきます。

 富士山の横から広々とした進入路をとれない。それは厚木空軍基地があるからです。米軍空母と行き来する艦載機のルートがあり、わが国の空でありながら、日本の民間機が独自に利用できないのです。

 私たちの記憶から消えていないのが、羽田発の日本航空の御巣鷹山事故です。尾翼の故障だったという。大惨事でした。

 羽田新ルートで、嵐、風雨、霧、夜間、鳥など、万に一つの事故。管制塔とのITの不備、海外から飛んでくる飛行機も含めて、パイロットの過労、格安飛行機のコストダウンからの整備不良などから、国内外の旅客機が一機でも、新宿の高層ビルに旅客機が追突したら、どうなるのでしょうか。

 ニューヨークのマンハッタンの9.11事件が生々しく横切ります。

 単なる大騒ぎですまなくなってしまう。日本人の感情として、日本上空の制空権を返せ、という批判になるでしょう。

 アメリカ軍が素直に返還するのでしょうか。アジアの防空システムから、返還できないと言えば、国民感情として、「はい。そうですか」となるのでしょうか。
 むしろ、敵愾心から、横田基地を力で奪い返せ、というナショナリズムがわき起こる可能性も否定できません。自国の空が他国の軍隊に支配されているのは不合理だ、太平洋戦争の終戦が未処理だ、侵略されたままだ、屈辱だ。
 歴史認識からすれば、被害者意識が1945年から、さらにさかのぼる可能性もあるかもしれません。 

               ☆ 
  
 第二次世界大戦が終わり、東京裁判が行われた。A級戦犯で、満州(まんしゅう)事変(じへん)の首謀者(しゅぼうしゃ)だった石原莞爾(かんじ)が『戦犯第1級のペリーを呼んで来い』と放言します。
 まわりのアメリカ記者がなぜか、と問います。『鎖国主義で結構(けっこう)だと言っているのに、ペリー提督が平和日本を脅(おびや)かして、世界の荒波のなかに曝(さら)してしまったからだ』と語り、あ然とさせました。

 日本は明治時代から教育で、ペリー砲艦外交(ほうかん・がいこう)に屈して開国させられたと教わっています。そして、日米修好通商条約という不平等な条約を結ばされた、と被害者意識を植え付けられてきました。
 日露戦争に勝ったのに、アメリカの仲介でロシアから賠償金が取れなかった。ワシントン軍縮条約で屈辱(くつじょく)をうけたうえ、日英同盟が破棄させられた。日独伊三国同盟、満州国の建国すべてにわたって、アメリカは反対する。
 満州問題からアメリカは仮想敵国(かそうてきこく)となってきた。国際連盟脱退におよび、アメリカの石油禁輸から、ABC経済封鎖された。
 アメリカが日米交渉でハル・ノートを示し、満州事変以前にもどせ、と迫ってきた。もはやアメリカに言われるままになっていられない。「国民総意で、やるしかない」、「日米戦争は宿命だ」と結びついたのです。

 明治以降の日本人は、幼少のころから、アメリカにたいする被害者意識が教え込まれてきたのです。それは石原莞爾(かんじ)のみならず、軍人政治家、軍人、国民の一般的な認識でした。当初、国民の殆んどが米国との戦争に歓喜しました。

 現代でも、同一史観から、真珠湾攻撃はやむを得ない戦いだったと考える人は多くいます。さらには戦争を早く終わらせるためだと言い、東京大空襲、広島・長崎の大量の民間人を無差別に殺した。アメリカ流のていのよい口実だ、と批判の目をむけるひとは少なからずいます。こうした歴史的な被害者意識が、日本人の心の奥底に現存しているのです。
 
 戦後の74年間の日米は蜜月でも、羽田空港への新ルートで大事故でも起これば、160年前のペリーの砲艦外交で蹂躙(じゅうりん)されてから、米国の言われるままだ。横田基地を力で奪い返せ、自衛隊をつかえ、安保条約の破棄だ、と一気に結びつきかねない。

 ひとつ間違うと、火が点きやすい日本人の気質です。ナショナリズムが国論になってしまう。こうした被害者意識の歴史認識をしておかないと、危険です。

 自衛隊は動かずしても、一般人が横田基地に侵入する。米軍が阻止する。日本人が実弾で射殺される。わずかな期間で、国内の騒擾(そうじょう)が、沖縄、岩国に連鎖し、政府の対応しだいで、戦争に発展しかねないのです。

 北方問題でも、ロシアとの戦争を謳(うた)う代議士がいます。辞職もせずに、議席をもっています。

 政治は民のためにある。国民の財産と生命をまもる。そのためには外国と戦争しないことです。危機を予測し、早めに手を打っておく。それが利巧な政治です。
 日本の上空の制空権は、日本に返却してもらう交渉は始めておく。アメリカで、大統領とゴルフをしながらでもよい、本気で、この問題に取り組みべきです。

「歴史は繰り返す」この格言は肝に銘じるべきです。東京で、制空権の奪還問題で、米兵と流血事件を起こしてからでは、手遅れになる危険性がとても高いのです。
 ひとつ航空機事故から、日米の歴史が一気にペリー提督の黒船まで戻らないためにも、強国のアメリカでも、主張すべきものは主張する。
 それが政治家がよくつかう、政治に命をかける、ということばの実行です。
 

志和の知られざる幕末・芸州広島藩の活躍=神機隊創設150余記念

 芸州広島藩の神機隊の320人が自費で、戊辰戦争に出兵してから150年が経ちました。『神機隊創設150余記念事業』として、隊員名簿から末裔(まつえい)をさがし、9月23日の秋分の日に本陣だった西連寺で、墓参していただこう、という企画がなされました。

 当時の隊員名簿から、多くの方々が末裔さがしに労を惜しまず、きょうに及んでいます。

 岸田文雄代議士の奥さんの(一族)先祖、軍医だった小川道甫さんの末裔・小川栄さんなど多々、わかりはじめています。
 きょう現在、進行形です。
 
 9月23日(月・秋分の日)は午前中の10時~12時は、神機隊の末裔の方々に、西連寺の墓参、さらに訓練地の和田山・大行事原、八条原城(はちじょうばらじょう)跡などを訪ねていただく予定です。
 RCCテレビ・ラジオが入ります。
 FM東広島など

 午後の13時00から講演会『志和の知られざる幕末・芸州広島藩の活躍』がおこなわれます。サブタイトル「幕末・日本最大級の戦闘部隊である神機隊は、なぜ志和で創設されたのか?」
 講師:穂高健一
 会場:西蓮寺 
 入場料は無料
 主催:(財)中国地方郵便局長会
 後援:東広島郷土史研究会
    西志和まちづくり自治協議会
    幕末芸州広島藩研究会

 なお、車の駐車場は、近くの西志和小学校のグランドを利用してください。西蓮寺まで、送迎があります。
 
『概略』
 志和盆地(東広島市)には1200人の神機隊が駐屯していました。本陣は西連寺(さいれんじ)です。そのなかから精鋭部隊が上野戦争(彰義隊)、飯能戦争、さらには奥州戦争へと出陣しました。

 かれらは、戦場で凄まじい戦いを挑みます。その戦闘は、浅野家史『芸藩志(げいはんし)』にくわしく記載されています。昭和53年まで、その芸藩志が封印されていましたから、世に知られてきたのはつい最近です。
 かれらの活躍は、穂高健一著『広島藩の志士』、『神機隊物語』などで、小説化しています。



 戦場での死傷者は多く、負傷しながらも歩けるものは、わずか80人弱にまでなりました。命を亡くした神機隊の御霊は、広島護国神社に、高間省三(砲隊長)を筆頭祭神として祀られています。

 京都・東京・福島の現地に、かれらの墓石があります。こんにちでも現地の人たちに、花を添えられたり、厚く見守られています。
 それだけ、芸州広島藩の神機隊は、軍律を守り、日本人として民の安堵(あんど)ために戦っていたからです。

「鬼の官軍だとおもっていたら、兵士が家にやってきて、仏壇を拝ませてくれ、と手を合わせていた、……子どもを大切にしてやれ、戦争が終わったら、わしは安芸の国に帰る、達者でな、と立ち去った。あれは阿弥陀様の身代わりだ」と、ナカという若嫁の話が大熊町史「戊辰戦争余話」として書き残されています。

 南相馬では、西軍が没収した蔵の米が、農民が凶作のときの備蓄米だった。それを知った西軍は金で相馬藩に売り払った。しかし、唯一、神機隊は無償で相馬藩に返却した。自費で出陣してきた神機隊は、のどから手が出るほど、お金が欲しい状態だったはずだが、民にたいする略奪など一切しなかったのです。

 後世において東北人は薩長嫌い、官軍嫌いですが、ただ芸藩は別だったという。それは神機隊が浅野藩のエリートが立ち上げた、知的な優秀な部隊だったからでしょう。

 志和盆地の西連寺においても、神機隊の墓地があります。

 かれらの活躍を偲び、お彼岸の供養でお参り、講演にお出かけ下さい。

【関連情報】
志和の知られざる幕末・芸州広島藩の活躍・チラシPDF

第3回大崎上島「山の日」神峰山フォーラム2019 世界的な琴奏者・酒井悦子さんを招く 

 超党派議員で祝日「山の日」が決まった。それから4年目である。漸次、国民の祝日と定着してきている。
 広島県・大崎上島においても、『第3回大崎上島「山の日」神峰山フォーラム2019』が開催されます。


 離島なのに、なぜ山の日なの? その疑問から3回目である。島には名峰・神峰山がある。悲哀の地蔵さんが数多くある神峰山だから、山の日に、皆で祈ってあげよう。これがテーマです

 出演してくれる「酒井悦子」さんは、世界のサミットが日本で開催されるとき、昼食会で琴を演奏される。とても著名な方だ。酒井悦子の琴を聴こうとおもえば、クイーンエリザベス号、豪華客船・飛鳥などに乗船するのが手っ取り早いだろう。
 このメンバーとして著名な作曲家の菊地慶太さん、東京芸大出身の尺八演奏の豊嶋貞雄さんが共同出演してくれる。

 なにを隠そう。小説「神峰山」 を読まれて、「そんな悲哀のある神峰山ですか。琴や尺八を奏でて、お祈りしてあげたいです」と3人は無報酬で東京から来てくれるのだ。
 
 離島・大崎上島に移住されたキューバ音楽の奏者である三須磨さん夫妻、ディビット松井(バタ・ベル)、照井博恵(コーラス)たちは毎年出演してくれる。
 
            *

 超党派で国会で成立した法律だからと言い、昨年は寺田稔代議士が挨拶にきてくれた。ことしは寺田さんからバトンタッチで、新谷正義代議士が来島予定である。

 司会は、「丸子ようこ」さん。「NHK広島放送局の番組キャスタ」など12年間の経験があるプロアナウンサーである。この方も、「神峰山」を読んで涙しました、と無報酬で司会をしてくれる。

  著名な方々が、自費で参加してくれる。むろん、参加費は無料である。

  広島には、自費で戊辰戦争に参戦した「神機隊」がいる。私はかれら320人を歴史小説で描いた。こうした縁が回っているのかな、と思う。

「将来とは若者たちのもの」である。こうしたイベントは将来につなげるものである。大崎海星高校、広島商船高専の生徒による、学校の行事や催しの一端を語ってもらう場としています。


 令和元年8月11日出演者・曲目

〇キューバ音楽(2部構成)
1部 太鼓と奏でる神々の唄
 1 エレグア(儀式の始めと終わりを受け持つ)
 2 オバタラ(愛と創造の神)
 3 オサイン(病を治す薬の神)

三須磨 大成 (Vo・コンガ・バタ)
三須磨 利香 (Vo・シェケレ・バタ)
ディビット松井(バタ・ベル)
照井 博恵  (コーラス)

2部 キューバのポピュラー・ダンス音楽
 1 カチータ  おいでカチータ一緒に踊ろう
 2 ラグリマス・ネグラス  黒い涙
 3 神峰山(かんのみね)
 4 ボラレ
  
  
三須磨 大成 (ギター・Vo)
三須磨 利香 (Vo・コンガ・シェケレ)
ディビット松井(ベース)
照井 博恵  (コーラス)

〇邦楽演奏

 昭和歌謡ヒットメロディ
・見上げてごらん夜の星を
 ・鉄人28号
 ・日本わらべ歌
 ・それいけカープ
 ・瀬戸の花嫁・
 ・憧れのハワイ航路
 ・海ゆかば
 ・昔話メロディ

   酒井悦子  琴
   豊嶋貞雄  尺八
   菊地慶太  作曲

【関連情報】

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神田松鯉さんが、「人間国国宝」になる、快挙に乾杯

 神田松鯉(かんだ しょうり)さんが、7月19日の「文化審議会」で、重要無形文化財保持者=人間国宝にきまった。

 神田さんは講談界の大御所、重鎮である。
 かたや、日本ペンクラブ(PEN)のメンバー(企画事業委員会)でもある。2-3カ月に一度のPEN例会において、司会をつとめられている。
 声量が並はずれて優れているので、乾杯後のざわついた中では、一般的に司会者に耳を貸さない雰囲気があるけれど、神田松鯉さんは、そのなかでも会場の皆の目をむけさせる。さすが講談師だとおもわせる。
 アナウンスメントはとても、インパクトがある。

               *

 PEN会長の吉岡忍さんが中心になって、推し進めている全国各地で開催される『故郷と文学』(島崎藤村の生誕地の長野県とか)において、神田松鯉さんは文学作品を朗読される。
 1000人を超える大聴衆を作品のなかに誘い込んで、酔わせる。絶妙な抑揚と呼吸感で、ストーリーが運ばれる。

 かれこれ7-8年前になるが、PENが主催した世界フォーラム「環境と文学」において、神田さんが中国人ノーベル賞作家の莫言さん(ばく げん、モー・イエン)の作品(いにしえの中国農村の災害を描いていた)を朗読された。その時の、鶏の鳴き声「コケコっこー」は、とても、素晴らしく、いまだに耳の奥に残っている。
 招聘(しょうへい)された莫言さんの、それにたいする笑顔もすてきだった。

                 *

「神田松鯉の会」が、「お江戸日本橋亭」(中央区・2000円)で、折々に開催されている。招かれて、ことし(2019年)5月28日の足を運んでみた。
 超満員で、舞台の背(屏風・びょうぶ)の後ろまで、観客だった。これにはおどろかされた。お弟子の「神田松之丞」がとても有名になり、これまた講談ブームを巻き起こしていると、まわりのお客さんが語っていた。
 それに、20-30代の女性が講談師となっている。
 ここ10年間で、隔世の感がある。


写真の中央が神田松鯉(しょうり)さん。 写真提供:かつしかPPクラブ

 わたしは個人的に親しくさせていただいており、「立石飲み会」にも、毎年、来てくださる。そこには、楽しく談話される素顔の神田さんの存在がある。
「人間国宝おめでとうございます バンザイ!」と祝電をお送りしたら、ごていねいに電話をいただいた。律儀な人である。

 神田さんは人間味のあふれた方である。重く太い声で、観客の心を酔わせて、強い印象を与えている。
 群馬県出身の神田松鯉さんだから、国定忠治とか任侠ものも舞台で語られる。現代流で言えば、かれらは反社会的な存在かもしれないが、人情、義理、信愛など、現代人に忘れがちものをよみがえらせてくれる。
 
 人間を語らせれば、神田松鯉さんは最上級だ、と私はおもう。 
 
《関連情報》

(公益)落語芸術協会・神田松鯉

幕末彼氏伝 = 広島国際アニメーションフェスティバル実行委員会のお礼の挨拶

 メインテーマ「幕末彼氏伝 ~集え!広島藩の志士たち、伝説はここから始まる!」が2019年3月21日(祝)、JMSアステールプラザ(広島市中区加古町)1階の市民ギャラリーで開催されました。
 これは穂高健一著「広島藩の志士」(倒幕の主役は広島藩だった)を原作としたものです。主催者から、関係者や来客者、支援してくださった方々感謝のメッセージが寄せられています。

【メッセージ】

 おかげさまで、総来場者数は368名と多くの来場者があり、たいへんな盛会となりました。ありがたい事に、こんかいの関係者の皆さまからは、こちらが驚くような、ご提案を沢山、たくさん頂くことができました。
 そのたびに、担当としては勇気と元気をもらうことが出来ました。

 おかげさまで、当初の予定した何倍も良いものを実現することができました。すべて関係者のみなさまのご協力によるものです。本当にありがとうございました。

 会場の熱気もすさまじく……。わたし自身はサウナにいるような状態で、頭から湯気が出ておりました。

 同イベントでは、老若男女の来場者がありました。広島藩への関心の高さを感じることができました。
 とくに、中央ステージでのイベント時間ちゅうは、これ以上来場者が集まったらどうしよう、会場内がオーバーフローし、危険かもしれない……と、主催者のわたしは内心ヒヤヒヤしておりました。



 こんかいの「幕末彼氏伝 」にはイラスト、マンガ、演劇、アテレコ、さらにコスプレなどサブカルなコンテンツを活用いたしました。
 広島藩の歴史への興味関心を高める、その機会を創出する。その試みの第一歩を踏みだし、今後に大きな可能性を感じることができました。

 関係者・来客者のみなさまの温かいご支援、ご理解、ご協力があってこそ、ここまでの強いうねりとなりました。

「幕末彼氏伝 の打ち上げ懇親会においても、出演者の方、スタッフの方、みなさまの方から、今後もいろいろな創作をしていきたい、というお話もありました。
 今後も多彩なコンテンツが産み出されるのでは……と、胸がワクワクと高まっています。


 会場内でアナウンスしたとおり、こちらの写真はすべてネット、SNS等でのUP、拡散は自由です。

 こちらよりダウンロードしてお使いください。(期限は3月28日までです)。今後とも何卒、どうぞよろしくお願い致します。


 広島国際アニメーションフェスティバル実行委員会 事務局

  粟河瑞穂(敬称略)

【穂高健一の公演】

幕末彼氏伝・穂高健一氏講演ここから入れます

【幕末彼氏伝】第一話~第三話『大政奉還』の制作者たち=メッセージ(下)

 

「幕末彼氏伝」(広島)が、平成31年3月21日(祭)場所 JMSアステールプラザ1階・市民ギャラリーで実施された。
 古今東西、歴史を変えるのは若者だ。「歴史は真実でなければならない」と、広島の若者が、明治政府が歪めた歴史を正す。そのために燃えあがってくれた。
 それは歴史に関わる大きなしごとだといえる。

              ☆
  
 イベントの開催の直後、彼らからコメントをもらいましたので、紹介します。


 総合学園ヒューマンアカデミー広島校 金井さん。

 この度は、貴重な機会を頂きまして、誠にありがとうございました。

 当校の学生・卒業生たちも貴重な体験が出来大変喜んでおり、また多くの方に学生たちの活躍を見て頂く機会を設けられたこと大変ありがたく思っております。

 せっかく頂きましたご縁を大切に、マンガ化計画も追って、ご相談などさせていただきたいと思います。今後共よろしくお願いいたします。

 中久保涼さんは「幕末彼氏伝」で高間省三等のキャラクターデザインを担当された。

「幕末彼氏伝」のイベントお疲れ様でした。高間省三などのキャラクター制作についても、企画当初から色々とアドバイスや助言を頂き誠にありがとうございました。

 とても良いキャラクターが出来たと思います!

 なかなか、ここまで大きなイベントの制作物に携わることがないので、とても良い経験にまりました。自分の制作物がこうやって日の目を見る事は、とても嬉しくもあり、自慢になります。

 イベント中も、貴重なお話などを聞かせて頂きありがとうございました。
 今回のイベントを通して穂高様や多くの方々とお会い出来る良い機会となり、とても貴重な1日となりました。

 またご一緒できる機会があればと思います。

 漫画を担当の藤井(フジィFG)さん

 幕末彼氏伝にて漫画を担当させていただきました。大会当日は、たいへん貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

 私自身、教科書で教えてもらった内容でしか歴史を知らず、広島にこのようなすごい人物がいたのかと改めて勉強になりました。
 穂高先生の著書も改めて読み直し、さらに見識を深めていきたいと考えております。そして、このような活動に私自身携われたことを大変嬉しく感じております。

 これをご縁にお話を頂いております、漫画化を進めていけたらと思っております。またご相談させて頂くことも多いかと思いますが、その時はご指導のほど是非ともよろしくお願い致します。

 キャラクターやイラストを担当の中久保渉さん

「幕末彼氏伝」で綾・浅野のキャラクターやイラストを担当させていただきました。開催日はとても充実した一日でした。

 穂高先生ともお話でき嬉しかったです。こんかい幕末彼氏伝に関われて、本当に良かったと思っております。
 また、今後企画などでお会いする機会がございましたら、よろしくお願い致します。


 上口雅彦さん

 大会当日は遅くまでありがとうございました。上口ジョウグチです。初めての聞く話ばかりで、勉強不足ですが、とても興味深い貴重なお話ありがとうございました。

【穂高健一の公演】

幕末彼氏伝・穂高健一氏講演ここから入れます
 

【幕末彼氏伝】第一話~第三話『大政奉還』の制作者たちへのメッセージ(上)

 浅野家は名家である。豊臣秀吉の正室のネネは、浅野家から出でいる。初代の浅野長政は5奉行の筆頭(現代の内閣総理大臣)として、秀吉の指示の下で太閤検地と刀狩を起こった。

 戦国時代の群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の乱れた時代において、日本統一をおこなった実質的な最大の貢献者である。現在の土地台帳の基礎をつくった人物である。

 浅野家が紀州から広島に入封(1619年)してから、ことしで400年である。広島浅野宗家・初代の浅野長晟(あさの ながあきら)の正室は、德川家康の3女・振姫である。

 広島藩は外様大名だが、秀吉時代から德川家=浅野家はたがいに深い結びつきがあった。このことが浅野家と徳川家がともに幕末において、皇国(こうこく)思想から、世界史にもめずらしい無血革命といえる幕府の解体、『大政奉還』(たいせいほうかん)という徳川家が天皇家に政権返上をおこなったのである。

            ☆

 大政奉還とはなにか
 それは封建制度の士農工商の封建制を枠(わく)をはらい、身分にかかわらず、優秀な人材を政治の執政者(しせいしゃ)として選ぶ。こうした民主的な国家をつくることだった。つまり、立憲民主主義をめざしたのである。

 しかし、政権欲にかたまった薩長の下級藩士が、巧妙に鳥羽伏見の戦いを起こした。そして、「大政奉還」で目指した民主政権を転覆させてしまったのだ。ここに日本の不幸が起きた。

血で奪った政権は、かならずや対外戦争か内戦をおこす
 この格言通り、薩長の権力者による政権が太平洋戦争の終結までつづいた。日本・アジア人々たちがとてつもなく血に塗られた歴史となった。この歴史的な真実は否定できない。

           ☆  
 
 大政奉還の民主政権のまま150年推移できていたらならば、と悔(く)やまれてならない。2度と戦争を起こさせないためにも、幕末史の真実を知らねばならない。温故知新(おんこちしん)。そこから学ぶべきである。

 明治からの薩長政権にとって、幕末の広島藩・浅野家の平和思想にもとづく倒幕運動は目ざわりだった。
 なぜならば、広島藩が倒幕の主体だったとなれば、新政権にとって自分たちを都合よく、大きく見せるためには不都合だったからだ。そこで、浅野家の家史「芸藩志(げいはんし)」の封印からはじまった。
歴史は為政者の都合よくつくられる
 この典型的な事例である。

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 芸藩志が昭和53年に300部限定で出版されたのである。平成26年に穂高健一著「二十歳の炎」、その改訂版「広島藩の志士」、さらに「神機隊物語」として、幕末広島藩の活躍がよみがえった。

 広島藩・浅野家臣の若者が神機隊を起ち上げた。平和と戦争の狭間で、民のためにいのちを賭けた。大砲隊長の高間省三(浅野家の家臣)は、20歳にして浪江の戦いで死す。
 広島護国神社の筆頭祭神である。この若さにして、大神社の筆頭祭神。すごい人物が広島藩にいた。この事実を知り感動したのが現代の若者たちだ。

 平成のこの時代に、広島の若者が高間省三たちの生き方に感動し、「世に広めよう」と立ち上がった。燃えた。「幕末彼氏伝」の開催へとこぎ着けた。広島市が主催となった、文化庁の認定も取った。
「幕末彼氏伝」(広島)が、平成31年3月21日(祭)に実施された。

【穂高健一の公演】

幕末彼氏伝・穂高健一氏講演ここから入れます

【つづく】

広島藩の志士たち、伝説はここから始まる「幕末彼氏伝」=3月21日(祝)ー広島

 広島が燃えてきた。若者までも、幕末の広島藩に関心を持ちだした。

「なんだ、山口(長州)の奴ら、これまで薩長倒幕だと良い顔してきたが、あれは違うんだって。倒幕には長州藩は表立って関わっていなんだって。
 考えれば、貧乏百姓が松下村塾で1、2年学んだ程度で、それもわずか数年で、巨大な徳川家を倒せる力なんて、あるわけがないよな。考えるほど、嘘っぽい話しだ。
 日本史をごまかしていたんだ」

 広島市内で、幕末史の話題性が急激に高まりを見せています。

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 「二十歳の炎」(五刷)が改訂版として「広島藩の志士」(南々社)から発売されたのが昨(2018)年3月だった。ちょうど1年だ。

 毛利元就から原爆まで、広島には歴史がないと言われていた。江戸時代のこと、幕末のこと、およそ広島藩は無関係だと思い込んでいた。

「広島藩の志士」の帯『倒幕の主役は広島藩だった』、「150年封印された維新の真実が明らかになる」、『芸藩志』(げいはんし)に裏付けされた作品である。

 推薦者は日本ペンクラブ会長の吉岡忍さんだ。

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 広島人が次つぎに読みはじめた。RCC(中国放送)ラジオでも、「幕末史が変わる」と言い、特番を2度も流してくれている。今後も、さらに番組を組むという。
「広島藩の志士は、もはや広島人の必読書」ともいう方がいる。

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 こうした勢いを加速するように、若者たちが立ち上がった。学生が中心となった企画『幕末彼氏伝』が3月21日(祝)に広島JMSアステールプラザ一階、市民ギャラリーで開催される。開催10:00~18:00。なんと、主催は広島市、(公益)広島市文化財団、文化庁までも組み込んでいる。

 広島の燃える炎を感じる。
 
 広島藩の浅野藩主・家臣・農商の志士たちが、上下一体になり、巨大な徳川幕府に「大政奉還」をさせた。それはいったん徳川家が将軍家に政権を返す。そして、士農工商のなかから、有能な人材を衆議(しゅうぎ・会議)で政治をおこなおう。つまり、「立憲民主主義」をつくろうとしたのだ。

 当時は、だれも徳川家が政権を投げだすとは考えていない。広島藩は『倒幕』で藩論統一して、大勢がいのちを賭(と)して動いたのだ。一般言われる後藤象二郎の大政奉還よりも10ヵ月も早やかった。
 否、「芸藩志」には、後藤が広島藩の辻将曹から横奪(横取り)した、と記す。

「横取りしたのか、後藤が。それは広島藩に迷惑をかけた、後藤を殺す」土佐の中岡慎太郎日記にはそう記されている。「広島藩の志士」にはその場面も紹介されている。

「幕末彼氏伝」は、若者たちで盛りだくさんだ。

 ・「サブカル」幕末ステージ。殺陣、ダンスなどで、「高間省三」や「広島藩」をテーマにしたミニステージである。(13:30~)

 ・「幕末の広島藩とその志士たち」作家穂高健一(14:00~16:00)

 ・「キャラクターを作ってみた展」
   高間省三、辻将曹、浅野長勲などのキャラクター紹介

 ・「漫画にしてみた展」
   小説「二十歳の炎」から、名シーンを抜粋し、広島の学生等による迫力ある漫画を紹介

 ・「錦絵にしてみた展」
   アーティスト村上渚が神機隊の活躍シーンを錦絵で描きます。

 ・映像クリエイターSIMIZU R&D OFFICEによる『広島藩の志士』の一コマ

 ・写真入りパネル。現存する高間省三、辻将曹らの持ち物、手紙なども、

 ・広島の偉人 加藤友三郎元内閣総理大臣

 ・広島国際アニメーションフェスティバル紹介(パネルなどで)

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 世のなかの変革は若者がリードします。薩長倒幕が死語になり、「大政奉還」が世界史でもめずらしい、無血革命だった、と幕末史が変わっていくでしょう。

 ちなみに、その立憲民主主義の「大政奉還」をぶち壊した鳥羽伏見の戦いは、「薩摩幕府」をつくる西郷隆盛の陰謀だった、とも認知されるでしょう。

 歴史は為政者が都合よくつくります。しかし、国民はバカではありません。偽装・偽りはどこかで綻(ほころ)びます。
 事実は強い。歴史的事実は真実へと復元力があるものです。