忘れられない = 吉田 年男
入り混じった花のかおりで目がさめた。「レオ」の写真がたくさんの花でうずまっている。白を基調にした花は、書道教室に来ている子供たち、散歩仲間(イヌ友)、ご近所の方などから、いただいたものだ。写真のまえは花でいっぱいになっている。愛犬「レオ」は、16歳の誕生日を待たずに死んだ。
12月初め急に体調を崩した。下痢をする毎日が続いた。見るみる間に痩せた。5キロあった体重は、片手で持ち上げられあるくらいに軽くなってしまった。
正月三が日は、往診をたのんで点滴を受けた。いっこうによくならない。点滴をすればするほど状態が悪くなった。点滴をやめてみた。レオの表情が変わった。楽になった感じがした。点滴をやめる前は、水も飲めずにいたが、一人で水飲み場に行って、飲めるようになった。
人間であれば気分の良し悪しは、顔色をみて状況を察し、話をして気持ちを確か会うことができる。しかし、このようなときでも言葉でのコミュニケーションはできない。それがもどかしい。
それでも直観的に気持ちは通じるものだ。鼻の湿り具合、身体を触った感触、目の表情、毛の艶などで体調が判断ができた。点滴をしている時よりも点滴をやめてからのほうが、確かに体調がよくなっている。レオの「少し楽になった感じ」がなによりうれしかった。
あと1か月でレオは誕生日を迎える。体調がこのまま順調に回復してくれることを、妻と一緒に願った。近所の公園をしっかりした足取りで歩いていた散歩中のことや、食事を美味しそうにしている時の情景が思い浮かんだ。
正月明けの夜、事態は急変した。午前1時を少し回っていた。いままで聞いたことのない鳴き声を発した。悲鳴にも似た声であった。
妻があわてて毛布にくるんで抱きかかえた。手足が小刻みに痙攣をしている。なにが起きたかまったくわからない。
泣き止まない。泣いているというより、泣き叫んでいるという感じだ。レオを毛布ごと妻から受け取り、赤子をあやすように揺らしながらレオの背中をさすり続けた。寒かったので、急いでジャケット着込んだ。ジャケットの腕の周りがレオのよだれで濡れた。
敵に襲われてしまうという警戒心から、野生の動物は弱みをみせないという。レオは、野生ではないかもしれない。それでも大声を出して泣き叫んだ状況は、ただ事ではなかった。
くるしくて苦しくて耐えきれなかったのであろう。痛みが少し治まったのか、明け方になって眠った。それから小康状態が続いたが、誕生日を前に死んでしまった。耐えきれずに泣いた、あの時のレオの声が忘れられない。