登山家

これが有名な丹沢のヒルか 丹沢山麓・自然観察=佐治ひろみ

 丹沢山麓・自然観察=佐治ひろみ                         

 期日…10月25日(土)  晴れ

 メンバー…(L)市田淳子、後藤美代子、栃金正一、脇野瑞枝、佐治ひろみ

 コース…秦野8:35→蓑毛大日堂9:00~蓑毛自然観察の森「緑水庵」9:35~石庄庵11:30/12:50~実朝首塚・ふるさと公園14:30~くずはの森14:55/15:45→渋沢駅16:30

 久しぶりの丹沢である。お天気も晴れて、気分も上々だった。

 秦野駅に8:30に集合だったが、ダイヤの乱れで、35分発の蓑毛行きバスに乗れない人もいたので、最初の見学地の大日堂で待つことにした。

 大日堂は、下車したバス停から2分もかからない所にあり、仁王門に2体の木造仁王様が鎮座している。奥の大日堂には、平安時代後期の大日如来が扉越しに見られる。
 今まで大山から蓑毛に下山することも多々あったが、まったく知らなかったので、きょう立ち寄ることが出来て良かった。

 大日堂の庭でジョウビタキの観察をしていると、次のバスが到着し、全員が揃って次の自然観察の森「緑風庵」に出発した。


 緑風庵はバス通りを少し下がった水車小屋が目印だった。かつて車中から眺めてはいたが、同庵に入るのは初めてだった。
 この森はクヌギやコナラや杉林の傾斜地になっていて、野草や鳥たちが見られるそうだ。茅葺の古民家で少し休んでから、山の中を歩きはじめた。リーダーの説明で、秋の草花や実等を見て回る。

 奥の探鳥の森に向かって、じめじめした枯葉の斜面を歩いていた時、足に違和感があった。…ズボンの裾をまくり上げると、ナント、ヒルが2匹吸いついて、1匹は靴下の中に潜り込もうとしていた。
 エ~ッ、これが有名な丹沢のヒルか! たまたまGさんが塩を持っていて、パラパラかけてみると、コロッと落ちてしまった。
 とにかく森の出口まで戻り、それぞれ足の点検をしたが、それ以外はいなかった。まさに自然の体験ができて良かった。
 
 そんなことから、緑風庵は早めに切り上げ、昼食の「石庄庵」に向かう。地元のそば粉を使った蕎麦は美味だった。私達の頼んだ蕎麦会席で、お腹は一杯になり、後半のふるさと公園へと歩く。

続きを読む...

勘違いが事故につながる 飯縄山(飯綱山)=藪亀 徹

飯縄山(飯綱山・1917m)=藪亀徹
                                   
登山日:215年5月23(土)~24日(日)

メンバー:L佐治ひろみ、市田淳子、渡辺典子、中野清子、脇野瑞枝、藪亀徹(6名)

コース:長野駅(バス)~飯綱登山口バス停~南登山道~天狗の硯石~西登山道分岐~飯縄山~西登山道分岐(西登山道)~林道~戸隠神社中社~ペンション・タンネ~戸隠森林植物園~
鏡池~奥社~ペンション・タンネ~森林植物園越水ロッジ入口バス停~長野駅

 東京駅発6:28(5人)~大宮駅(1人)合流~長野駅に到着8:08。

 私にとって長野駅に降りたのは40年ぶりである。善光寺が7年に一度の御開帳と重なり、駅前は賑わっていた。
 8:30、駅前のバス停にはすでに多くの人が列をなしていた。心配していた座席の確保が、3台バスが来たので安心した。約1時間余りで、飯縄登山口バス停に到着した。

 9:45に、南登山道を出発した。緩やかな森林の登山道で、さっそく小鳥の鳴き声や花が迎えてくれた。
 一の鳥居から登る登山道は、現世、来世の道標として十三体の石仏が安置されていて、それぞれに標高が表示されていた。標識代わりになり、良い道しるべになった。

 11:10頃、最初の休憩予定の場所に着く、その寸前に事件が発生した。複数人の行動につきものの、1人見当たらないのに気が付く。一番後ろを歩いていた私は、見かけていない。前を歩いていると思うが、なかなか追いつかない。

 11:28、天狗の硯岩で展望が開けた。

 12:24、遠くに北アルプスが見えてきた!

 12:39、西登山道分岐点に到着した、この辺は景色が良い。花や遠くの景色の写真を撮りながらゆっくり登る。

 途中2mの鎖場が一か所あるが、ゆったりとした登山道で、湧水が途中2か所あった。最後の尾根で女性から声がかかり、
「すにいかあ倶楽部の方ですか?」
「そうです」
「連れの方が、山頂で待っています」
 ここで、やっと安心した。もし、山頂にいなかった場合どうしようと、ずっと悩んでいたが、ホッとした。もし、山頂にいない場合の状況を考えたらゾッとした。

 脇野さんは山頂に1時間早く着いたみたいだった。話を聞いたら、前に歩いている人が連れの人と勘違いして、一生懸命追いつこうとひたすら歩いたという。後ろの方は考えなかったそうです。
 山登りは、勘違いが事故に繋がる場合があるので、お互い十分に注意しましょう。

 13:15に山頂、ここまで3時間30分予定より45分オーバーしている。山頂は360度のパノラマが利き、天気も良くて、遠くの北アルプスも見えた。
 山頂での昼食は美味しかった。

 14:00に下山を開始した、下りを始めて20分ほどすると、脚がつり始めてしまい、9か月登らなかったつけが、ここで出てしまった。

続きを読む...

眼下には奥多摩湖の絶景、鹿倉山= 武部 実     

鹿倉山(標高1288m)= 武部 実

登山日:平成27年7月11日(土) 

参加メンバー:L武部実、佐治みろみ、大久保多世子、岩淵美枝子、中野清子、諏訪 (計6人)

コース:奥多摩駅~バス~深山橋~大寺山~大マトイ山~鹿倉山~大丹波峠~丹波村役場~バス~奥多摩駅



 久々の晴れの土曜日とあって、奥多摩駅は登山客で大混雑だった。バス停も長い行列。無事乗れるか心配したが、鴨沢西行の臨時便が出て、我々は定時(8:35発)のバスに乗ることができて一安心。

 9:15、深山橋を出発。橋を渡って、すぐ右側には蕎麦屋の陣屋の屋号が見える。その横が登山口。最初から意外に急登だ。
 30度超えの天気予報であったが、樹林帯の登山は木陰の中を歩くので、少しは楽だ。水分補給をこまめに摂るようにして登る。

 10:40、突然、目の前には真っ白で大きな仏塔が現れる。雲取山や奥多摩の高い山から白い建造物がよく眺められたが、これが噂の大寺山の頂上(982m)だ。なんで、この山の頂上に36mもの高さの仏塔がと思うが、簡単に言うと日本山妙法寺が世界平和を祈って建立したという。初めて見た人はビックリすること間違いなし。

 10:50に出発。途中の標識に、マジックペンで書いたと思われる大マトイ山(1178m)が現れる。地図上では1178mとしか書いいないので、山名が不明だったが、これで納得できた。鹿倉山まで30分の標示。目標がはっきりすると、ガンバローという気になるもんだ。

 途中の斜面からは、さきほど登った大寺山の白い仏塔と、背後のどっしりした御前山、眼下には奥多摩湖の絶景が眺められて満足。しかし、30分たっても頂上は見えず、どうなってるのかと思いながら、ようやく45分かかって12:45に到着した。

続きを読む...

これが足慣らし? 秋の予行登山、岩場が多い乾徳山=山梨県

 東京を起点にした日帰り登山では、乾徳山(山梨市)は最も時間的にタイトな山岳に部類する。標高は2,031mで、山頂の領域には岩場が多い。鎖・ハシゴ、さらには急こう配の長いガレ場がある。
 
 この秋には仙丈岳の登山が計画されいる。

 足ならしだ、予行演習だ。

 この頃は、山岳最寄り駅から、登山者を見込んだバスなど皆無だ。

 5人でタクシーならば、まま、交通費の負担は少ない。単独行となると、きびしいものがある。

 林道は奥まで、車が入れない。平坦な道の長歩きをさせられてしまう。

 登山口で、顎があがる?

 ここから本番なのに。

 待望の水場だ。

 2か所ある。

 冷たい水は美味しいね。あまりの感動に、水場で、ペットボトルを置き忘れてきた。

 夏場の飲料水のない登山なんて、最悪、最低な状況に陥った。


 先頭で、ヘバツタの

 みんな遅いから、地面の虫と対話しながら、待っていたんだよ。

 ものは言いようだよ。頭は使いようだよ。

 富士山よりも、山ガールだよね。

 これが男という者さ。

続きを読む...

優しい風景と荒々しさの谷川岳に挑戦する=大久保多世子

谷川岳(1,977m)=大久保多世子

登山日:2013年9月28日(土)晴れ

参加メンバー:L佐治ひろみ、後藤美代子、栃金正一、武部実、関本誠一、大久保
 
コース:上毛高原駅―天神平―オキノ耳―1の倉岳―茂倉岳―駐車場―湯沢駅 

 JR東京駅に6:20に集合した。6:32発のたにがわ401号に乗り、7:53上毛高原駅に到着。バスは8:00発。ロープウェイで天神平に着いたのは9:10だった。

 身支度をして9:15出発。ナナカマドの真っ赤な実が美しい。10:00、熊穴沢避難小屋の前で水分補給。[土曜日+紅葉の季節]なので登山者も多い。
 
 ここからの登りはかなりハードで、大きな石や大きな段差の連続する。「よいしょ!」と声に出しながら、コンパスの短さを実感しながら登っていく。高度が増すにつれて、登山者の数も増え、ほとんど行列に近い。
 足場の悪い所では、下山する人とのすれ違いにも神経を使う。それでも予定より早く、10:30なオキノ耳に到着した。

 隣のピークまで進んで11:50~12:20は昼食。尾瀬方面の山々や動いて行く雲を見ながらの食事は最高だった。
 一の倉岳に向かって間もなく、ものすごく急な登りが目の前にドーンと現れ、弱音をはいたら、関本さんが、
「こんなの15分もあれば登れる、登れる」
 と励ましてくれた。


 半信半疑で登ったら、20分かからなかったので、人間の足の力を見直した気分になれた。オキノ耳を過ぎたら、出会う人もまばらで歩きやすい。
 好天に恵まれ、快適な空中散歩が続く。
 山頂は紅葉の最盛期だったが、霜でも降りたのか、あまり綺麗ではない。13:00「ノゾキ」という看板があり、恐々下を覗いた。断崖絶壁のものすごい岩場があり、残雪も見られた。
「上村さんや飯田さんは、あの岩場を登ったんだよ、すごいな」
 などと、しばらく岩登りの話で盛り上がる。


 13:30、一の倉岳に到着した。13:55、茂倉岳に到着。大きなドラム缶を置いたのかと思える避難小屋があったので、覗かせてもらった。
 座った状態なら、数人は入れそう。雷や雨の日は、助かるだろう。

 振り返れば、今日歩いてきた道がくっきり見渡せる。肩の小屋が豆粒のように見え、
「こんなに遠くまで歩いて来たんだ!」
 と口々に感嘆の声をあげる。

続きを読む...

神社はお参りしておくべきだった、大岳山=針谷孝司

大岳山(1267m)=針谷孝司

期日…2015年3月11日(火)  曇り時々晴れ

メンバー…(L)佐治ひろみ、武部実、中野清子、針谷孝司

コース…御岳駅8:58→御岳山駅9:30→御岳山→大岳山11:55→鋸山13:40→奥多摩駅16:30

 昨日の荒天も今日はまずまずの天気となった。
 青梅線の車中で全員がおち合い、御嶽駅からバスとケーブルカーで御岳山駅に到着した。身支度もそこそこに出発。
 御岳山神社までは蝋梅(ろうばい)が見ごろに咲き誇り、かすかな香りがただよう。東に開けるパノラマの中には新宿の高層ビル、更には横浜のランドマークタワーをはるか遠くに眺めながら、なだらかな舗装道に足を進める。


 町場通りでは、中野さんがみやげ物やの女将に声がけなどしながら、御岳山神社入り口に到着した。今日はスルーし、先に進む。ここで参拝しなかったのが災いとなったのか、後ほどハプニングが起きるとは、誰も予想できず、目指すは大岳山へ。

 芥場峠を過ぎると、ハイキング姿はいなくなり、登山道らしくなる。我々の口数は少なくなり、ひたすら大岳山を目指す。露岩にはクサリがついていて、片側が切れ落ちている場所もあるが、リーダーの佐治さん、武部さんはすいすい先にいく。中野女史は慎重に足を進める。

 大岳神社からはきつい急坂がはじまり、露岩にクサリのついた道を登る。
 先を行く武部さんが、なにやらきれいな小屋が見えているが、あれは大岳山荘なのか? 建替えたのかと、久しぶりに見る山荘の姿に懐かしさを感じているようだった。

 しかし、山荘に着くと、そこは廃屋のままで、洋館風の別館が幻かのような姿で、我々を迎えてくれた。 
 簡素な鳥居の大岳神社を過ぎると、きつい急坂がはじまり、雪が残るクサリのついた道を登ること20分。肌に汗を感じる頃、上に続く樹林には空の色が混じる。程なく大岳山頂上が現れた。

 あいにく快晴とは言えないが、1266mの山頂からは、丹沢山塊、富士山がはるかにそびえ、そしてすぐ隣には御前山がどっしりとある。
 いくつもの尾根が重なって全く素晴らしい展望だ。しばしパノラマを眺めて楽しみ、静かな山頂で昼食をとる。

続きを読む...

はなじょろ道(花嫁さんの道)を登る、高松山=石村宏昭

高松山(801m)=石村宏昭

日時:2014年7月20日(日)曇り

メンバー:L武部・飯田・岩淵・原田・市田・中野・赤羽(ゲスト)・石村(8名)

集合:小田急・新松田駅に8:55

コース:~(バス)田代向~はなじょろ道登山口~尺里峠~ヒネゴ沢乗越~高松山山頂~ビリ堂~さくらの湯~JR山北駅


 台風の影響もあり、今週はぐずついた空模様が続いた。
 天気予報が思わしくなく、とにかく、早めに下りてくれば雨にはあわないだろう、という判断で、8時55分、小田急線・新松田駅に集合した。9時5分のバスに乗車。田代向で下車する。
 案内板に従って林道を進み、ヒネゴ橋を渡ると、左には手製の鐘と,「はなじょろ道入口」の案内板がある。


 はなじょろ道とは、明治末期まで、沢虫地区と山北町の八丁地区を結んだ生活道である。と同時に、花嫁さんが通った道であることから、こう呼ばれてきたそうです。
 登山の安全を願って、静かに鐘を鳴らし、登山道に入る(9:35)。しばらく、杉林の中をジグザグに登って行く。杉の丸太の階段等で、よく整備された道が続く。尺里峠の分岐を過ぎ、40分程杉林を登りきると、「ヒネゴ沢乗越分岐」に着く。

 ここで、小休止をとる。天気が良ければ、ここから10分程の「富士見台」へでも、という気持になるところだが、360度の遠方は視界無し。休憩もそこそこに出発した。

 途中、鹿除け柵を横に見ながら、緩やかな坂をのぼっていくと、やがて、運動場のように広い、芝地の高松山山頂(801m)に到着する(11:35)。


 残念ながら、富士山は雲の中だった。眼下には大野山の牧場がのぞめるくらいだ。好天だったら、霊峰富士を目の前に臨む、すばらしい山頂なのだろう。ここで、昼食休憩とする。

続きを読む...

たまには茨城の山もいいですよ、吾国山=関本誠一

 吾国山(わがくにさん)(513m)
 日時:2015年2月28日(土)  晴れ時々曇り
 メンバー:L武部、佐治、関本
 コース:JR羽鳥駅(バス)⇒瓦谷BS~団子石峠~難台山~道祖神峠~吾国山~JR福原駅

 今日行くところは、筑波山の東側にある吾国山。関東百名山のひとつということでリーダーが計画。集合はJR常磐線羽鳥駅(8:40)。上野駅から約1時間半で思ったより近い。

 8:45発のバスに乗り、瓦谷バス停で下車(9:00)。ここから尾根上の団子石峠までは緩やかな舗装された車道を歩くこと約1時間。峠で小休止していると、尾根伝いに来るハイカーがいた。愛宕山から縦走している人たちの最適なコースになって、地元では笠間アルプスといわれているそうな……。
 峠から登山道に入りいきなり急登だ。一登りすると大きな岩が鎮座……。これが団子石とか。峠の名前もここから来ているそうな。さらに登りつめたところが、三角点のある団子山である。

 一旦下ってまた急登。登りつめたところが大福山。『美味しそうな山名が続くね』と言いながら、また急な下りと登りの連続である。登山道脇に高さ10mほどの巨石が……。屏風岩とか。

 登山道はよく整備されており、笠間トレイルの一部となっている。さすが『xxアルプスと言うだけのことはある』と言いながら登りつめた所が、本日の最高峰(553m)で、三角点がある難台山。

 山頂には数人のハイカーが休憩していた。山名表示板も設置されて、近くには筑波山、加波山が見えて、次なる山行に期待が膨らむ。
 難台山からの下りも急だ。急斜面を下り切ると、ようやくなだらかな登山道だ。スズラン群落地に下りる分岐を過ぎ、まもなく道祖神峠に出る。車の往来が結構ある舗装された道路に出る。
 道端には、道祖神の石碑がポツンとあるだけの簡素な峠だ。ここから、いよいよ今回の目的地の吾国山への登り。青少年のための施設・洗心館を過ぎると、息も切れそうなくらいの急登となる。山頂に近付くにつれ、徐々に緩やかになってゆき、石垣の上に祠がある山頂に到着した。(12:30)。

 集合写真を撮ってランチタイム。

 下山はJR水戸線(初めて乗ります!)の福原駅に向けて下り。山頂直下のカタクリ群生地を過ぎ『xx丁目石』を見ながらの快適な下りだ。標識に従って進み、福原駅に到着(14:30)。友部駅で常磐線に乗り換え、一路上野へ。

 時期が早かったので、お花がわずかしかなかったが、シーズンともなるとカタクリ、スズランをはじめたくさんのお花が見られるコースだ。茨城県の山は遠くに感じていたが、電車に乗ってしまえば、奥多摩に行くのと変わらないくらいことがわかった。
 たまには茨城の山もいいですよ。ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか……。

                記録・関本誠一(吾国山頂・祠前にて)

ハイキング・サークル「すにいかあ倶楽部」会報№187から転載

島崎藤村と日本山岳会=上村信太郎

 文豪・島崎藤村は、ある時期「日本山岳会」の会員だった、と聞けば意外に思うかもしれない。藤村が登山をしたということは年譜などにも記されていないし、そもそも何のために山岳会の会員になったのか解らないからである。

 藤村は明治5年(1872)、信州木曽の中山道馬籠(現在の岐阜県中津川市)に生まれた。明治学院卒業後、明治女学校、東北学院、小諸義塾で教鞭をとるかたわら、詩人として活躍。その後、不朽の名作『破戒』『夜明け前』などの小説を発表。そのほか、「日本ペン・クラブ」を設立して初代会長を務め、昭和18年(1943)に71歳で亡くなっている。

 明治38年(1905)10月、城数馬、小島烏水、高野鷹蔵、高頭仁兵衛、武田久吉、梅沢親光、山川黙の7人によって「日本山岳会」が結成された。これは、山岳に関する研究・登山の指導奨励・会員の親睦などを標榜する人たちによる我国最初の山岳会誕生であった。初期の会員には多くの著名人が名を連ねた。たとえば、植物学者の牧野富太郎、『日本風景論』の著者志賀重昻、民俗学者の柳田國男、後の外相藤山愛一郎、西本願寺の大谷光尊門主の三男大谷光明、岩倉具視の四男岩倉道俱、与謝野鉄幹、田山花袋、日本画の竹内栖鳳、等々。

 「日本山岳会」設立の翌年に藤村入会。会員番号は84。『破戒』発表直後である。日本山岳会の会報『山岳第二年第一號附録』の会員名簿に、本名の島崎春樹の名前がある。住所は、東京市淺草區新片町一番地(現在の台東区柳橋)となっている。

 山岳会創立会員の小島烏水は、藤村入会の直後に『山水無盡藏』(隆文館刊)を出版。その序文を藤村が書いている。これ以外、藤村が山岳会会員として何かしたという形跡は見られない。ではなんのために藤村は山岳会に入会したのだろうか。また、いったい誰が藤村に入会を勧め推薦人になったのであろうか。名作「千曲川のスケッチ」のなかで、水彩画家B君として登場している小諸義塾時代の僚友、丸山晩霞に入会を誘われたのであろうか。それとも自らすすんで目的をもって入会を希望したのだろうか。

 実をいうと、藤村と烏水は山岳会が結成されるずっと以前から知己の間柄だったのだ。そのことは、藤村没後、烏水が書き残した「藤村覚え書き」(大修館書店刊『小島烏水全集』第十二巻に収録)に記されている。小諸義塾当時、雑誌『文庫』の記者として知られていた烏水に藤村が手紙を書いた。学校の職員で文集を本にするので序文を書いてほしいという内容。烏水は序文を書き、後に『山水無盡藏』出版にあたり、今度は新進気鋭の藤村に序文を依頼したのだった。

 これらのことから、藤村が山岳会に入会した動機は、烏水に自分が推薦人になるからと勧められたから、と考えるのが自然であろう。
 こうしてみると、宣教師ウェストンに影響され、英国の「アルパイン・クラブ」を倣って創立された日本山岳会は、結成当初は文化人たちが集う社交場だったことがうかがえる。

(ハイキング・サークル「すにいかあ倶楽部」会報№186から転載)

 


立ちはだかる月の輪熊を想像させられた、丹沢・檜岳 =岩淵美枝子

 檜岳(ひのきだっか)(1167m)
 平成26年12月10日(水) 曇り時々晴れ
 参加者:L関本、武部、佐治、岩渕(4名)
 コース:寄沢登山口8:30~雨山峠10:30~檜岳11:40(お昼~12:30)~下山口14:00~寄バス停14:45

 今日は、渋沢駅8:00集合だった。目覚まし時計は4:00にセットし、5:00に家出る。渋沢駅から登山口まではタクシー。途中、薄っすらと白く霜の降りた茶畑の中をいく。運転手さんが近道を通ってくれたのだ。有難うございます。

 出だし、幸先いいなぁ。料金も3250円と、リーダーの予想していた金額より安かったし。
 さあ、身支度を整え、登山計画書をポストに入れてから、樹林帯の中へ。看板が、この森の紹介をしてくれる。色鮮やかな木々の写真、鳥、花、観ると、ここは豊かな森のようだ。
「成長の森」と表示された看板だった。なるほど手入れの行き届いた森である。バックには企業の応援あるのだろうか、トヨペット、タカナシ乳業の他、保全林の看板があった。ほんと嬉しくなる。

 森が豊かであれば、水も綺麗なんだろうなぁ。いいな、西丹沢って。以前は何年か前に行った。丹沢の大山三峰では、赤土で石ころを抱いたスギ林があった。思いだすと、あのスギの木たちが可愛そうになった。

 ここのスギ林は葉も緑も黒々として、下草も豊かに生い茂っている。
「いいな!いいな!」
 こんな所を、今日は歩けることに、幸せを感じる。

 先月21日、熊本から帰り、飛行機の中から富士山がみえた。ふわーっと白い衣を纏った日本一の富士山を、スマホでパシャり。何枚も撮りながら、山に行きたいと思う。9月の剱で捻挫して以来、、この頃は山らしき山は行ってなく、帰ったら絶対行こうと思った。
 鍋割山、棒の嶺、そして今日の檜岳、雨山峠コースを行く。

 雨山峠までは4.2キロ、2時間ぐらいかな。川原に出た、ここから渡渉が始まる。水かさは、殆んど無く、渡りやすい。大きな石ころの上を、バランスよく飛んでいく。

 7から8回くらい渡渉があったが、面白い。両岸を見上げると、ブナの落葉樹が、すっかり葉を落とし、我々4人にむけて、ここまで上って、登ってこれるかなぁと、上から見守っている。

 あまりの静寂さに、さっきゲートのところにあった、大きな月の輪熊のイラストの看板を思い出した。目の前に、がオーッと立ちはだかる熊の顔を想像すると、背筋がぞぞぉーとする。皆には教えなかったが、あきらかに熊の糞が墜ちている。
 糞は時間経っており、黒く涸れていた。だが、あの糞は熊にまちがいない。野犬の糞だよ、と自分に言い聞かせたが、怖い……。鹿の糞、ウサギの糞みたいなのも墜ちていた。

続きを読む...