A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(駅前の露店 014)

 私鉄駅前の朝の風景が変わってきた。乱雑な放置自転車が撤去されつづけてきた。このところ自転車の数少なくなった。駅前の小さな空いたスペースに自然発生の『市』がたつ。成田方面から来た、行商のおばさんが九時半になると、駅改札から出できて、路上に店を広げる。

 背負った大きな荷がまだ降ろしきれないうちから、大勢のひとが取り囲む。新鮮さが自慢の商いは大繁盛だ。まさしく、古代からつづいた『市』の復活なのだ。

 露店のおばさんの人気にあやかり、兄ちゃんがライトバンで行商にやってくる。荷台で果物を売る。時には路上に並べる。スイカ、桃、巨峰、梨とやや季節の終わり目の果物が目立つ。産地で投げ打った品を買い集めてきたのだろう。
 こうした商品は完熟しているから、食べるのもその日のうちだ。

 スーパーは季節が速すぎる。早生を食べるよりも、完熟した果物のほうが美味しいに決まっている。夜の仕事が似合うような兄ちゃんが、「おいしいよ」と不器用な手つきで、梨を剥く。試食を勧める。「おいしいだろう」と味覚を押しつける。あまり商売上手な口上とは思えない。それでいいのだ。気持ちを買うのだから。

 サンダル履きでやってきた住人が、露店で野菜や果物を買う。まさに売り手も、買い手も自然発生的な下町の『市』だ。今朝もにぎわっていた。

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