かつしかPPクラブ

生命力 (下)  浦沢 誠

葛西神社の「イチョウ」

 1185年(元暦2年)に、葛西三十三郷の領主・葛西三郎清重が、下総国香取神宮の分霊勧請し総鎮守としたもので、当初は香取社と称した。
 現社号は明治14年に、葛西三十三郷の総鎮守に鑑み改称した。御祭神は経津主命(ふつぬしのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、徳川家康公。例祭日は九月の第二土曜日である。


    全面道路から見える広場左側のオオイチョウ


 境内には、3株区指定の天然記念物の「イチョウ」推定樹齢300年がある。ほかにも区の保存樹木や保存樹林もある。


(写真:左)片付け中の権禰宜の中村さん     (写真:右)したたれを飾り付けた石の鳥居

 神職の位は、権禰宜(ごんねぎ)で、勤続8年目になる中村さん(30歳)に話を聞きました。
 
日本の神仏に関する伝統に魅力を感じ、この職業に従事しましたと話す。職階として、宮司、権宮司、禰宜(ねぎ)、権禰宜(ごんねぎ)の順になる。

 朝夕2回の礼拝は毎日行う。2月の初午の日が稲荷神社の祭りの日となる。昨日がその日に該当し、境内が参拝客で賑わいました。

 また正面の石の鳥居の「したたれ」は、33枚飾っていて、葛西三十三郷の総鎮守の形を保持している。他社にはないものと熱く語ってくれた。


金蓮院の「大羅漢樹:まき」



     (写真:左)山門の左奥に見える大羅漢樹 (写真:右)山門の脇の大羅漢樹

 金蓮院(こんれんいん)は、室町時代後期(戦国時代)、永正(えいしょう)年間(1504年~1520年)の創建。東金町三丁目の境内にある大羅漢樹(だいらかんじゅ)である。学名を高野槇(こうやまき)。
 推定樹齢500年。1829年(文政12年)の紀行文「十方庵遊暦雑記(じっぽうあんゆうれきざっ
き)」にも記載されている。


都立水元公園「伝五郎の松碑」

 

 伝五郎の松は小合溜に沿って造られた、公園(約92ha)の外溜河畔に植えられていた
(推定樹齢200年)。遠くに筑波山を眺められた。

 この場所には、今は記念碑と後継樹が植樹されていた。

 その場所から100m程南下した水元大橋の脇の水元内溜水辺では、ヘラブナ釣りの大
公望で今日も賑わっていた。

その一人で足立区から来た今尾覚一(あきかず)さん(69歳)を取材しました。
 伯父夫婦が水元に住んでいます。今日も車で来て、朝から釣りをしています。月のうち2
週間はここに来ている。釣り歴35年です。以前は釣り船がここの近くから出ていて、多いと
きで1日に120匹位を釣り上げたこともあった,と話す。


 池畔の伝五郎の松記念碑と後継樹ヘラブナ釣り人の今尾さん


あとがき


葛飾区内には、公共と民間の総樹木数が約1万2000本。保存樹林が平成24年3月末で、27か所約3万8000㎡ある。

  同区としては、これら樹木の保全支援事業を行い、幹の周長が1.5m以上の樹木について点検・診断を行っている。保存樹木・樹林に指定されると、保全に必要な費用の一部として、補助金が支給される仕組みが出来ている。行政支援を利用し、地球にやさしい樹木をいつまでも大切にしてゆきましょう。


 金蓮院の墓地のすみの野仏さま

【関連情報】

 環境部環境課推進掛から、下記の資料を準備していただき、今後の現地取材の手掛かりの一助とすることが出来た。感謝しています。


 1.葛飾区教育委員会・生涯学習部生涯学習課編 『葛飾の文化財』 平成8年2月29日発行
   
 2.平成26年度葛飾区緑化推進協力員会の施設見学会 『葛飾の名木・古木巡り』(区北部編)

 3.葛飾区の緑化『かつしかの緑の現状と協働で進めて行く、これからのかつしかの豊かな緑』 平成25年2月13日(水)

かつしかPPクラブの合同取材「わいわいフェスティバル」

かつしかPPクラブは、今年度(2016)の課外実習として、5月15日に、テクノプラザかつしで開催された第7回「かつしかで楽しもう・わいわいフェスティバル」で取材をおこなった。主催は葛飾アクセサリ工業会である。物品販売だけでなく、予想外にイベントが盛りだくさんだった。

 同クラブは、年間4回は各人がひとつテーマで、独自の視点で取材し、それを記事に仕立てている。そのうちの1回は全員が区内のイベントに出むき、取材活動をする。研鑚の機会のひとつとしている。

 

 主催者に共同インタビューをおこなう。

 メーカー直売ジュェリー、 葛飾区と親交の深い栃木県市貝町の「おいしいお野菜」という物販がおこなわれた。

 特別会場では、催し物がたっぷりだった。

 チャンバラ活劇は、 劇団名『SAKURA前戦』である。30分の熱気に満ちた舞台で、会場を盛り上げた。


 和太鼓実演の終了後、PPメンバーは、子どもたちや付添う親に取材する。


 「3分で整う和服の体験コーナー」
 
 指導者に、写真の撮り方で、モデルになってもらう。


 
文化琴の体験コーナーで、指導講師から取材する。

 どんな記事があがってくるか。それが楽しみである。

生命力 (上)  浦沢 誠


    葛西神社の境内を元気に走りまわっている少年と勢いのある樹林帯の対比。


『まえがき』

  葛飾区内の樹木の生命力に焦点を当て、同区環境部環境課へ行き、事前調査を行い、以前あった樹木(樹種と樹齢)や、現存しているものなどの現地取材を試みた。

現存する樹木で長寿命ものは、東金町三丁目の金蓮院(こんれんいん)にある「大羅漢樹(マキ)」で、推定樹齢500年だった。他にも東金町六丁目の葛西神社の「イチョウ」(同300年)など、区の天然記念物に指定されているものもあった。

  また、以前に存在していた都立水元公園の「伝五郎の松」(同200年)の植生場所も併せて取材した。
 

区との事前調査・打ち合わせ

 2016年(平成28年)2月1日(月)午前11時に葛飾区役所本庁舎4階の環境部環境課推進掛を訪ねた。事前の電話連絡だけで取材をした。

 下記の資料を準備していただき、今後の現地取材の手掛かりの一助とすることが出来た。感謝しています。


  取材に立ち会っている早坂係長と緑化推進係員の舘岡明日美さん


南蔵院「聖徳の松」

  南蔵院の現在地には、もと聖徳寺という天台宗の寺院があり、聖徳太子像を本尊としてしていました。明治維新の神仏分離令による廃仏毀釈運動によって荒廃したものと思われる。
  この「聖徳の松」は、太子堂に安置する尊像をはじめ、多くの石仏とともに残された貴重な遺産です。推定樹齢450年といわれる老松である。

  境内にはこのほかに江戸名所の「縛られ地蔵尊」も安置されている。

   本堂前の「聖徳の松」


    天台宗業平山南蔵院の山門正面

 お寺の敷地は、水元公園の水元内溜水辺から約1kmの閑静な住宅地の中にあった。
  


 大岡政談に登場する縛られ地蔵尊


 縛られ地蔵尊や水琴窟(すいきんくつ)・曼荼羅(まんだら)の庭があり、参拝者への配慮が感じられた。
  
 
半田稲荷神社の「イチョウ」と「クスノキ」

    
創建は、711年(和銅4年)と伝えられる。 1747年(延享4年)の火災で社殿や社宝の一部が焼失した。
「武江年表」天明3年の条によると「葛西半田稲荷修復勧化御免にて、江戸中の船宿へ施財を募る」と、修復への関心も高く、弘化2年の親社殿の上棟式には尾張中納言慶勝も参列して盛大に行われた。

  はしかと安産の神様として知られ江戸名所図絵にも描かれ、歌舞伎役者の信仰も集めた。

 「白狐殿」の周囲裏側にイチョウやクスノキの区の保存樹木がある。

        
       1日パス券を見せる真下さん


 参拝に訪れた真下共一(ましたきょういち)さん(67歳)に話を聞きました。

足立区一ツ家から柴又七福神巡りのあと夫婦でここに来ました。今年は正月から都内23区内の七福神巡りを全て終わらせる計画をたて、健康のために1日2万歩あるく方針を実行しています。
  必ず家内と一緒に行動しています、と熱く語った。


 区指定有形文化財の神泉遺構背面の石柵には、尾上菊五郎や市川団十郎の名が刻まれている。

【つづく】

地球環境保全と言うは易く、行うは難し《雨水タンク》=須藤裕子

   《ま え が き》 

 雨。
 多すぎれば洪水に、少なすぎれば干ばつになる。

「雨も溜めれば資源!」として作られたのが「雨水タンク」だ。そもそも雨が降った時、どのくらい溜まるものだろうか。
 福岡県庁のHPによると、貯水量は、屋根などの雨を集める集水面と降水量によって決まり、

   貯水量(L)=集水面積(m2) × 降雨量(mm) × 0.9(集水可能な割合)

 ちょっとした雨が1~2時間降れば、家庭用の200L程度の雨水タンクなら満水で、これには驚く。水循環から「雨水タンク」に関心が湧いた。
 見えたもの、見てこなかったものに気づく。


 葛飾区役所の正面玄関を飾る「パンジー」。奥の黒い箪笥用の物体は、200ℓの雨水を溜め、自動潅水装置として利用する「雨水タンク:雨びつ」だ。

 サンエービルドシステム(株)の商品で、飯を入れるおひつを模して、米も水も大切にする気持ちを込めている。

「葛飾区シニア支援センター」にも設置されている。蓋はさび付いているが、蛇口はピカピカだ。ここでは「掃除」や「洗車」、「植物への水やり」など日常業務の中で使っている。近所の人も利用している。

「ミニダム」を推進利用するために、施設内で引き継ぎを徹底し、申し送りされてきている。



 立石6丁目にある株式会社「後関(ごせき)製作所」の敷地内には、災害時に活用するための井戸を掘ってある。そのうえ、同敷地内に建設したマンションには、自販機を設置し、電気止まった時は、自動的に風力発電からの電気に切り替え、災害時に、提供できるようにしてある。

 同じ立石6丁目に、長屋風の木造住宅が並んだ、昭和にタイムスリップしたような一区画がある。

 通路には、古くなって劣化しかけたポリバケツが置かれている。ここは、マッチ1本で火が燃え広がりそうなところだ。それを自覚したかのような「防火用水」がある。

「雨水タンク:ミニダム」が持つ頑丈さ、大きさ、便利さ、美的なセンスはないが、住民の精一杯の防災意識を見た。



 住宅地の一角に、飛び出したような、元気な魚の彫刻がある。よく見ると、口元などはあまり緻密ではない。

 いったい何だろう。

 これは、「青戸地区センター」の入口に置かれている彫刻だ。2階の図書館で、若い職員に尋ねてみると「知らない」と言う。

 しかし、年配の女性職員が「雨水」を溜めているのだと教えてくれた。



 尻尾の蛇口をひねると、水が勢い(・・)よく出てきた。


 平成27年4月から新校舎になった葛飾区立中青戸小学校。219㎥もの貯留雨水を、トイレの水洗や散水に使う。
 その他、屋上の植物に自動潅水システムで散水している。


 青戸第2団地の中庭にも、雨水を貯留して使う設備がある。しかしながら、ハンドルを回しても水は出ない。
「数年前までは、水が出て子どもたちがよく遊んでいた。飲み水ではないため、飲めないよう石を高くして工夫もしてあるが、壊れてここ何年も出ていないし、修理もしていない」
 と、自治会長をしている福田雅さんが話されていた。





 木製で体裁のいい「雨びつ」2台の奥には、もう一つ、200ℓの「雨水タンク:ミニダム(商品名)」もセットされていた。

 雨水資源を有効利用する製品が、区役所のプランタや花壇を潤している。

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わがまち かつしか2016「 時の流れが見える」(下)=郡山利行

「 このフレンチサンドグラスはですね、古い西洋の本の絵を見て、自分で作り方を編み出したんですよ。 海外でも珍しいデザインで喜ばれるので、いろいろな方達が、外国への出張の時などに、これをお土産に使われています。たびたび注文があります 」
  と、金子社長は誇らし気に語った。


 10種類を超える、ハーフトーン(中間色)の砂を作り上げている、金子社長は、「ゆっくりと流れる砂を眺め、これまでの人生を振返ったり、せわしい日常では味わえない、癒しの時間を過ごしたりすることができるように、じーっと見つめて、楽しんでもらえる砂時計であればいいなと、今日この頃は願っています」 と、これからの思いを語った。


 金子社長の跡取り、勲さんは、昭和48年生まれの42歳。 父さんの仕事に入門して17年である。
 
 筆者 「社長を100点だとすると、勲さんは、何点くらいですか」

  社長 「・・・・・・・・・」

  勲さん 「落第ではなさそうですが・・・・・」

  筆者 「それじゃあ、65点ぐらいですか?」

  社長 「そうだなァ、まあそんなとこかなァ」

 勲さんには、にんまり、の会話だった。


『(有)金子硝子工芸 従業員全員(社長・奥さん・息子さん)』 


 砂時計作りに携わって50年の、金子社長には、多くの人達との出会いがあった。
 
 そして、そこでの様々な希望・要望に取り組むことが、自身の技術の向上につながることへの、あくなき意欲と喜びであることを、熱く語った。 


 4.金子さんの砂時計 

 2010(平成22)年に、(有)金子硝子工芸の砂時計は、葛飾ブランドとして、KATSUSHIKA町工場物語の、認定No.2202、認定品名 「ひょうたん型砂時計」 として認定された。「関連情報・参照」


【 5.編集後記 】

 金子さんご夫妻と息子さん、期日間近の大量注文製品の仕事の合間に、ご家族3人で、取材に快く応じて下さったことに、感謝いたします。ありがとうございました。


 この間に、砂時計の魅力にひきこまれた筆者は、どうしても世界に一つだけのオリジナル砂時計が欲しくて、三種類の砂を金子硝子工芸社に持参しました。
 5分、5分、30分の大きさで注文しました。
 約2ヶ月後の完成が、とても待ち遠しいです。


 『左から、鹿児島桜島の噴火降灰、南米チリ国イースター島の海岸砂、鹿児島薩摩半島吹上浜の我が故郷の砂』

                     撮影:2016年2月2日

                     文・写真 郡山利行

【関連情報】


有)金子硝子工芸HP

 参考図書

 葛飾町工場物語 第4回(平成22年度)認定製品ストーリー集:葛飾区 2012 

    


わがまち かつしか2016「 時の流れが見える」(中)=郡山利行

「30分から60分計が、私の所で作ることができる、最も大きな砂時計です」
 金子硝子工芸社の社長の金子實さん(69)は、原材料のガラス管と、加工が終った<ひょうたん>を手に取って見せてくれた。


2-3 砂入れ



 砂入れ作業前の、準備作業は、水洗い、乾燥、ふるい分けが基本であり、とても入念な作業である。
 砂の種類によっては、時計に使えるように調整するのに、苦戦することもある。


『社長の手作りの、ガラス製砂入れ工具』


 次は、円筒形・ひょうたん型のガラスに、所定時間分の砂を入れる作業である。
 砂を多めに入れて、規定時間で落下させ、残った砂を出すことを、何回か繰り返すことで、正確な砂時計にする。
「砂鉄の時計では、3分計なら3秒、5分計なら5秒までの誤差に納めるような精度を確保しています」
と、金子社長は力強く語った。


2-4 枠取付け

 砂入れが終ったガラスの本体を、 保護する目的もある木枠(金属枠もある)は、別会社が作った製品である。



 取付けは、ノギスを使って高精度で、組み立てられる。

 砂の準備作業にかかる時間と作業を別にすると、ガラスパイプの切断から枠の取付けで完成である。
 砂時計作りは、金子さんの工場では、1日に50~60個である。

 
『PCインターネットでの問合せや、注文のメッセージを確認する、金子社長』

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わがまち かつしか2016「 時の流れが見える」(上)=郡山利行

 1.はじめに 

 歳を重ねるほどに、月日が経つのが速く感じられるようになった。

 現役サラリーマン時代は、月日の流れを、日常的にはさほど強く感じなかった。ところが仕事から離れて、しばらく経過した今日この頃は、何でもない当日の行動予定を、いちいちはっきりと意識してしまうのである。
 それが時には、わずらわしく余計なことに思うこともある。



 『春季限定、桜シリーズの3分砂時計。 ガラス表面は、グラスリッツェンという技法で、描かれたもの』


 この時の流れの意識を、なんとか遠ざけて、ささやかなものにできないかと、筆者は思い悩んだ。
 そこで、時を刻む流れの代表的な物に気が付いた。
 砂時計である。 あの優しく美しい、そしてとてもか細い砂の流れである。ゆるやかな時の流れに身を任せて、時間の経過を忘れたくなる。

 時計のない生活の行動について、ドイツの作家E・ユンガーは、著書<砂時計の書>で、次のようなことを言っている。
『子供は、呼ばれるまで飽きるまで遊ぶ。 陽が沈み、夕闇と共に不気味さが、遊びの魅力にとってかわるまで遊ぶ。
 私達は魚釣りや狩猟をする時、種蒔きや刈り入れをする時、時計に従って行動はしない。
 私達は夜明けとともに起き、野獣を倒すまで、あるいは取り逃がしてしまうまで狩場を去らないし、また最後のわら束を荷車に積上げるまで、畑にとどまっている』

 葛飾区東立石4丁目在住の、砂時計職人、金子實(みのる)さんを取材した。


 社長の金子實さんは、1946(昭和21)年生まれ、69歳である。 自宅工場は葛飾区東立石の住宅密集地にある。
 ひょうたん型砂時計を作れる職人は、日本国内では二人だけである。もう一人は区内奥戸2丁目で同じ仕事をしている、社長の弟(治郎)さん。
 世界中でも数少ないのでは、との問いに対して、
「そうですね、イタリアあたりにひょっとしたら、何人かいるかもしれませんね」
 と、さらりと答えた金子社長だった。


 同社は、昭和23年頃に、現在地で社長の父親が創業した。
 砂時計を作り始めたのは、昭和30年代前半だった。先代社長が貿易会社の依頼で、米国向け3分時計エッグタイマーを製造したのが始まりである。
「父と母が夜中まで、砂を選ぶのに試行錯誤していました」
 と、帆布製の前かけ作業着姿の金子社長が、思い出を語った。


主な作業工程


2-1 材料
 
 砂時計にとって最も大切なのが砂である。 作業場の壁の棚は、実に様々な砂が入った、ペットボトル等でいっぱいだった。
 時計用に調整された、今でも使える貴重な材料である。


 『アフリカを旅行した人達からの、サハラ砂漠やその他各地の砂漠の砂』

 平成7年にTVの取材で、「粒子状になっていれば、大抵の物は砂時計にすることができます」 と発言したことで、全国から 「この砂で・・・」 と、オリジナル砂時計の注文が来るようになった。

 甲子園球場の砂、南洋戦地跡の砂、旅先の海の砂、ペットの遺骨などまで、さなざまな砂での注文を受けている。
 昨年は、梶田さんのノーベル賞受賞記念関連で、岐阜県のカミオカンデがある神岡鉱山跡の岩石を砕いた砂での、注文があった。

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翼の勢い・サッカー熱は高まるか =  櫻井孝江

 葛飾区は、映画「男はつらいよ」の車寅次郎や漫画「こちら葛飾公園前派出所」の両津勘吉、更に漫画「キャプテン翼」の大空翼を使った町おこしに力を入れている。

 キャプテン翼の名前が入ったサッカー大会まで、葛飾区主催で開かれることになった

 葛飾区と同教育委員会が主催したのは、「U-12ジュニアサッカー大会キャプテン翼カップ かつしか2016」である。

 正面スタンドの大会の優勝トロフィーは誰の手に渡るのか。

  関東の12チームが参加して優勝を争った。


                   
 
 予選が1月9日(土) 決勝トーナメントが翌10日(日)に、葛飾区総合スポーツセンターの陸上競技場で行われた。

 

 10日(日)には、キャプテン翼ゆかりの地の「物産展」が開かれ、有名人による「エキシビジョンマッチ」も行われた。

 鹿角市(秋田県)のゆるキャラと楽しむ光景。

「U-12ジュニアサッカー大会キャプテン翼カップ かつしか2016」の結果として、

  優勝 大宮アルデイージャジ

  2位  FCトリプレック渋谷ジュニア

  3位  Wings U-12
   
             
 この機会に葛飾区観光課が、作者・集英社と協力して作った地図を頼りに「キャプテン翼」の銅像巡りの取材も行ってみた。  

 立石から四つ木と歩くと、大変わかりやすい地図であったが、2か所でうろうろと探したり、人に聞いたりした。

漫画に出てくる人物が7人いる。

 大空翼は2つあるので、日向小次郎、石崎了、ロベルト本郷、中沢早苗、岬太郎、若林源三郎の8体の像である。
             

  足形は、地元の修徳高校OBで、元サッカー日本代表の北沢豪さんのものである。

 四ツ木駅の側にあると記しているが、見つけられず、駐輪場のおじさんに聞くと
「地元に住んでいるけど、見たことないねえ。薬局できいてごらん」

 と言われたので、さっそく、薬局で聞いてみた。

 奥さんがその場所まで案内してくれた。

 そこは記者が何度も探して行き来したところだ。
「漫画を描いた人は、この近くに住んでいたけど、(我が家の近くだったわ)今は、越してしまったの。金町の方とか?立石に事務所もあったそうですよ。」
 奥さんはが教えてくれた。


「これかせ銅像巡りですか?」
 奥さんに聞かれたので、地図を持って歩く人が他にもいるようだ。
 しかしながら、お天気の良い日であったけれど、翼のファンらしい人を見かけることはなかった。



 町なかに、サッカーの幟や看板はよく見かける。ただ、公園で目にしたのは、祖父と幼児との野球だった。葛飾地区はまだサッカーより野球が人気あるのかな。


 亀有まで足をのばしてみた。両さんの銅像の前で写真を撮っている。よくよくみると、中国からの旅行者が互いに写真を取り合っていた。

 漫画「キャプテン翼」が、同区内でも、勢いをつけるにはまだ時間がかかりそうである。

「かつしかPPクラブに激励のことば」青木葛飾区長に単独インタビュー = 郡山利行

「第2回かつしかふれあいRUNフェスタ2016」が、2016(平成28)年3月13日(日)に、荒川左岸河川敷の葛飾区堀切水辺公園をメイン会場として開催された。

 主催は葛飾区、葛飾区教育委員会、かつしかふれあいRUNフェスタ実行委員会などである。

 車いすの部では、スターターは青木区長だった。

 ふれあい健康RUN(制限時間なし)

① 1km:小学生以上から一般男女まで

② 3km:小学生以上から一般男女まで

③ 5km:中学生以上から一般男女まで

④ 10km:高校生以上から一般男女まで

⑤ 車いす1km:

ファミリーRUN2km


コースとしては、荒川河川敷道路がつかわれた。

 堀切水辺公園(スタート) ~ 荒川河川敷 ~ 堀切水辺公園(フィニッシュ)


チャレンジRUN

① 10km:イベント当日16歳以上の一般男女(制限時間:2時間)

② ハーフ:イベント当日18歳以上の一般男女(制限時間:3時間)


 開会式終了直後に、青木区長に短時間の単独インタビューをした。

「かつしかPPクラブの郡山です、写真を1枚撮らせてください」と、来賓席の椅子にまだ座っていた、区長の目の前でお願いした。 快く了解してくださった。

「PPクラブのみなさんは、いろいろな場所で活動していますね。ありがとう」
 同区長から励ましのメッセージをもらった。
 

一輪の桜花を見つけた。勝手に東京に開花宣言

 寒月を越えた。3月に入れば、とたんに春の時季を感じる。桜がいつごろ咲くのか、と気になってくる。下旬か、あるいは4月にもつれ込むのか。心待ちに予測してしまう。
 うす紅色の桜(そめいよしの)が満開になれば、寒い冬から心身が脱皮し、開放的になれる。それだけに、日ましにその期待がつよまる。

 多くの日本人は桜が好きだ。十月桜、寒桜、河津桜など、はやくに咲く桜の種類は数々あれども、青空を背にした絢爛繚乱のそめいよしの、湖水や川面に映るうす紅色の桜でないと、どうも納得できない。みな似た気持ちだろう。

 春うららな陽光の下で、葛飾区内の中川(一級河川)沿いに歩いてみた。黄色いレンギョウが暖かい陽の下で咲く、樹高が高いモクレンはあと数日で大きな紫の莟(つぼみ)を割って咲くだろう。

 奥戸・立石の中川(一級河川)には、観光名所になるほどの、延々とした桜並木など、もはや残っていない。古老の思い出話しか存在しない。護岸工事でとっくに伐採されている。
 それでも、申し訳ていどに5~10数本の並木が残存する。笹箒(ささぼうき)のような拡がった枝に、無数の小粒の芽をだし、その硬さはほぐれ、うすく色合いすら感じさせてくれる。

 ことしは3月下旬には間違いなく咲くだろう。でも、この季節の東京には雪が降るし、寒戻りになれば、開花はどうなるかな。私は桜の莟(つぼみ)段階から愛でている自分を意識した。


 同月5日(土)の夕刻、中川の散策から、葛飾区役所通りへと足をのばしてみた。立石駅方面から狭く曲がりくねった生活道路は、夕刻の買い物客でにぎわう。自転車がいきかう。子連れの主婦なども多い。

 葛飾区内でも、数少ない桜の名所の一つ。ソメイヨシノの大樹は老齢で、ごつごつした樹皮である。
「えっ、こんなところに、桜がついている」
 素朴な一輪の桜を発見した。

 目線の高さの巨きな幹に、極小の花弁が咲いていた。視るほどに華麗である。愛でた。

 気象庁の「開花宣言」の標準木ではない。もしそうだったとしても、頭上の枝でなく、大樹の茎に寄生するような咲き方だと、無視されるだろう。でも、この1輪が私の心に、春を呼び込んでくれた。