A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(070 修理工場)

 津々浦々には自動車の修理工場がある。車が走るところには、必ず痛々しい事故が発生する。下町も例外ではない。
 空地を利用した修理工場では、油汚れの修理工が傷ついた車をなおす。新車もあれば、中古車もある。フロントガラスの飛散、バンパーの破損、ボディーの傷など多種多様だ。

 乗用車はアクセル一つ踏み込めば、豹、ピーターなどの野獣より速く走れる。なおかつ長く距離が延びる。
 天が人間に与えた平衡感覚、スピード感覚となると、人間が両足で走れる範囲までだ。それを超えた速さになれば、あらゆる感覚が狂い、神経が高ぶる。だから、運転が粗雑になったり、乱暴になったり、疲労蓄積から運転中に眠ってしまったりする。そして、事故を起こす。

 修理工場に、またしても傷を持つ車がやってきた。持主は工員に事故の状況を語る。「後ろから追突された。相手が前方不注意だから、一方的に悪い。こっちはまったく悪くない」と話す。
(責任は相手だけとは、本当だろうか?) 
 車の事故となると、人間はなぜ罪を素直に認めないのだろうか。人柄のよい人でも、きまって相手のドライバーに非があるという。自責を語るひとは殆どいない。どこまでも被害者だと強調するのだ。まして、謝罪のことばなど聞けない。

 豹、ピーターよりも俊足となる車は、人間の良心まで奪うのかもしれない。車よりも先に、人間の心の修理工場が必要なのかもしれない。

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