登山家

日本山岳会・「101会」に入会

 日本山岳会は一昨年、創立100周年を迎えた。『日本山岳会百年史』の発刊と、皇太子殿下(会員)も参加した盛大な記念式典が行われた。翌年に入会した会員たちが、「101会」(諏訪吉春代表)を立ちあげていた。そのメンバーは国内登山およびネパールトレッキングで活躍している。

 今年度の日本山岳会通常総会が、19日、麹町の弘済会館で開かれた。引きつづく懇親会で、「101会」の存在を知ったのだ。

 日本山岳会は毎年、新入会者にオリエンテーリングを行う。全国から新会員が東京に集まる。そして、活動が紹介されるのだ。この日に、「101会」が結成されたという。

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雪山の八ヶ岳登山計画

 今回の雪山登山は、PJ3人による、取材を兼ねた雪の尾瀬を予定していた。地元村役場に雪の状況を確認したところ、『いまは自粛願っています」という入山禁止。
 
 そこで、八ヶ岳の硫黄岳に決めた。テント設営で苦労せず、酒を持って山小屋に泊まる。取材の一方で、飲んで語ることにした。

 一番楽しみにしていたのが、小田編集長だった。能登半島地震が発生し、3日間の現地取材に飛んだ。仕事のやりくりつかなくなり、八ヶ岳登山はキャンセルとなった。

 八ヶ岳登山は、肥田野PJと2人でいく。車を使わないので、主稜の硫黄岳を越え、反対側の本沢温泉ルートをも二案としてもって行くことにした。登山計画書ができたので、いちおう掲載する。
 登山が終われば、登山報告と写真と差し替える。

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日大医学部爆破事件の容疑者・医大生のミス

 事件は14日の早朝に、大学構内で発生した。約一週間後の20日の夜、警視庁の捜査関係者は容疑者の逮捕状を請求した。
 ガスボンベイを使った時限装置付の犯行であり、一つ間違えば殺傷事件及ぶ。捜査関係者はこの間に報道規制を敷ていた。翌21日、警視庁は事件を発表した。


 同事件では、事の推移から、容疑者逮捕の捜査協力の一端を担う立場になってしまった。PJニュースの記事にすれば、ジャーナリストの公平性が失われるので、それは避けた。


『穂高健一ワールド』にきてくれたひとには、容疑者・医大生のミスを紹介することにした。『ジャーナリスト』のなかに、同タイトルで掲載している。

秩父の山は、ハイカーで賑わう。

 秩父武甲の丸山(930メートルに)は、ハイキングクラブの新年会登山だ。16日はまさに春陽射しで、陽気の良いハイキングが楽しめた。1月にもかかわらず、六組のパーティーと出会った。


 出かける前はいつも、低山だし、歯ごたえがない山登りだと、つい侮ってしまう。西武線・芦ヶ久保から二時間あまりで、山頂に着く。

 山頂展望台からは、武甲山のみならず、南アルプス、浅間山、赤城山、谷川連峰などの雪峰が遠景の屏風となる。
 視線を手前に引けば、秩父盆地が箱庭のようだ。高崎市街地、伊勢崎市街地など幅広く見渡せる。この景色は見事なものがある。山は標高ではないと、いつもながら思い直す。


 最大の狙いは、『木の子茶屋』での新年会。炭火を使った、鹿、イノシシ、椎茸などのバーベキューだ。この日ばかりは執筆を忘れて、秩父の銘酒やワインを楽しむ。

雪山は、夏山よりも安全だ!

 12月13日、14日と2日間は、PJ仲間の肥田野さんとともに、『真白き富士山を観ながら、冬山登山』というテーマだった。目的のもう一つは、肥田野さんに雪上基礎訓練を授けることだった。

 肥田野さんとは春先から丹沢、大菩薩、尾瀬などともにしてきた。この間、地図と磁石の使い方はしっかり指導させてもらた。山に登る人で、9割は地図と磁石は使えない。それが実態だ。肥田野さんにはそんな登山者になってもらいたいので。

 登山歴を積み重ねてきた肥田野さんには、今回の登山は冬山だから、ピッケルと6本爪のアイゼンを購入してもらった。やがて真冬の北アルプス、八ヶ岳になれば、さらなる装備が必要だ。(10爪のアイゼンとか、防寒の完全装備とか、テント装備とか)。
 今回の最大の目的は、冬山の必須条件のピッケルとアイゼンを使うことに絞り込んでいた。

 私は雪山が大好きだとよく語る。山々の樹木は落葉し、見通しがよい。空気が澄んでいる。天気予報もパターン化している。状況が読みやすい。すると、
「冬山は怖い。大丈夫ですか?」と質問される。
「夏山よりも、雪山のほうが安全ですよ」
「えっ」とおどろかれてしまう。

 夏山は夕方になれば、雷だ。稜線に入ると、逃げ場がない。これは怖い。岩場での落石は避けきれない。石が散乱銃のように襲い掛かる。一発頭に当たれば即死だ。これは二十歳代のとき、前穂高の岩場で経験した。死を覚悟した。

(人間は死の直前にこんな淋しい気持になるんだな)、という想いが脳裏を横切った。間一髪のところで助かった。落石の恐怖がいまやトラウマになってしまった。

「それに較べ、雪山は転落しても、ピッケルが使えば、即時滑落を停止できる。雪崩のルートを避ければ、安全だよ。夏場とちがって、水の心配がない。雪をバーナーで溶かせば水が作れる」
「そうはいっても怖くないですか。冬は大勢が死んでいる」
「死者が最も多いのは、中高年の夏山登山じゃないかな。次が秋。10月頃は夏山の軽装で登って、雨に打たれ、真冬なみの気温で凍死する。しかし、冬山に登るひとは完全装備。凍傷で死ぬこともない」
「でも、新聞にやTVでみるかぎり、大勢が遭難している」
「一度の事故ると、たしかに大量遭難になってしまう。マスコミにとってはドラマチックな報道ができる。実際のところ、ベテランしか冬山に入らないし、入山比率からしても、遭難の実数は少ないと思う」

 こんなやり取りはあっても、冬山は侮れない。夏山よりも緊張感はある。ただ、雷や落石は運を天に任せるだけになるが、ピッケルとアイゼンを使いこなせば、自分の力量で滑落停止もできるし、身を守れる。むろん、地図と磁石はしっかり使いこなせることだ。

 今回の登山は予想に反して富士山の周辺の山に、雪がまったくなかった。雪上訓練にもならず、2日目は富士山に登ることに決めた。
 五合目までの富士スカイラインは閉鎖。富士吉田からの一合目までの林道ルートも冬季通行止め。片道4キロは舗道をひたすら歩くはめになった。

 富士山の6合目半で、やっと雪にめぐり合えた。低気圧の影響で凄まじい突風が吹く。それよりも、タイムアウトで、帰路に着いた。

 これらは肥田野さんが記事に書くことになっている。

尾瀬・燧ケ岳

 三平峠越えの尾瀬道は紅葉の盛りだった。 IT関係の仕事に携わる30歳前後の青年ふたりと、3人パーティーによる、一泊山小屋泊まりの尾瀬行きだった。

 大清水から入った、10月10日は歩きはじめから雨が降ってきた。かえって紅葉と黄葉が洗い流されたように、艶やかな色合いとなった。丸太の組みした階段、どこまでもつづく木道には真新しい落ち葉が張り付いていた。

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鳳凰三山は新品の登山靴で、快適登山

 10月27日は午後は新橋で『エッセイ添削教室』の講師。二次会では受講生と酒を呑みながら、作品のフランクな合評を行う。それから帰宅、登山スタイルに着替え、小田編集長と待ち合わせる調布に向かう。

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シーズン終了間近、紅葉は今が見ごろ=秋の尾瀬

◎ 記事は肥田野正輝さん、写真は穂高健一と肥田野さん

PJニュース:シーズン終了間近、紅葉は今が見ごろ=秋の尾瀬(上)


◎ 記事と写真:肥田野正輝さん

PJニュース:シーズン終了間近、紅葉は今が見ごろ=秋の尾瀬(中)


◎ 記事と写真:肥田野正輝さん

PJニュース:シーズン終了間近、紅葉は今が見ごろ=秋の尾瀬(下)

穂高連峰(写真)

山の仲間が、穂高健一のために、穂高連峰の文と写真を提供してくれた。

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台風北上で、女峰山の登山は断念。紅葉ハイクに切り替えた

 早朝5時15分。次女(既婚)から電話が入った。「女峰山は止めない」という内容だった。TVの天気予報だと、日本列島の南に停滞する秋雨前線が、台風北上の影響を受けて、午後から大雨だという。 
 こちらはもはや登山服に着替えた後だ。女峰山はアプローチが長く、日帰り9時間の行程で、雨となると、登山歴が4年の娘には厳しいものがある。

「奥日光から、戦場ヶ原でも歩いてみよう。日光行の電車に乗りなよ」と娘を誘い出した。そんなやり取りから、ひと電車遅れた快速に乗った。

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