登山家

尾瀬・燧ケ岳

 三平峠越えの尾瀬道は紅葉の盛りだった。 IT関係の仕事に携わる30歳前後の青年ふたりと、3人パーティーによる、一泊山小屋泊まりの尾瀬行きだった。

 大清水から入った、10月10日は歩きはじめから雨が降ってきた。かえって紅葉と黄葉が洗い流されたように、艶やかな色合いとなった。丸太の組みした階段、どこまでもつづく木道には真新しい落ち葉が張り付いていた。

 最高点の三平峠を越えると、樹林越しに尾瀬沼が見えてきた。さらには双耳峰の燧ケ岳はが屹立する。東北随一の山で貫禄がある。燧ケ岳の稜線が両腕で沼を抱えてといるような山容だ。峠から下りきると、山小屋の集落がある沼辺だ。
 一級河川の標識が立つ。「なぜ、ここが川なの」という疑問が生じた。解決できないまま沼沿いの道をさらに進む。休憩室のベンチ周りは賑やかだ。沼山峠からの楽なコースをやってきた大勢のハイカーたちだ。景色はいいが、人の数は多すぎる。

 けさは夜明け前の五時起きで、上野駅からの新幹線、高崎からの在来線、沼田からの定期バスを使ってきた、長い道のりだった。正午ともなると空腹だった。まわりの騒々しさに耐え、昼食にする。丸太椅子から見る沼地は、夏はニッコウキスゲの宝庫だが、いまの草地は枯れ色に染まる。


 沼尻に向かう。雨が止みそうにはない。明日の天気を信じる。勢いのよい団体が追いついてきた。抜い抜かれた。走行会などのランニングチームだろう。腰の入った歩き方だった。広葉樹がどこまでも燃え、小刻みなアップ・ダウンの木道がどこまでも続く。

 見晴の山小屋群が白樺の林に見えてきた。雨にかすむ至仏山の稜線が尾瀬ヶ原を包み込むように両手を広げていた。

 温泉小屋には3時45分に着いた。山小屋の従業員は、3人の『三条の滝』見物に難色を示した。一般には往復2時間は必要。夕食は6時までに終了。5時半までに帰ってくるからと軽い押し問答があった。
「見た感じ、健脚そうだから」と従業員が折れた。

 ペースが速すぎた。若者の一人から、スピードを緩めてほしいといわれた。疲れが出たころであり、5時半を意識する私には焦りがあった。

 三条の滝は豪快だ。堪能してから、山小屋に向かう。来週には鎖を外す工事による通行止めの予告が出ていた。ふり返ると、西方の雲の切れ間から、夕焼け空が顔を出す。あすの晴れが確信できた。

 小屋では食事で空腹を満たし、温泉で疲れを癒す。談話室は三人だけだ。ストーブを囲み酒宴だった。

 翌朝の出発は予定より1時間の遅かった。木道の霜が氷結し、靴裏が滑る。慎重にも慎重を期す。見晴から燧ケ岳の急斜面を登る。急なだけに、高度差を稼げるが、息が荒くなる。やがて稜線に出ると、眼下には尾瀬ヶ原が広がる。やや霞がかかる。遠景の山々は鈍くかすむ。それでも、同行の2人は十二分に感動していた。

 燧ケ岳の山頂に登りついた。3人は缶チュウハイで乾杯。過去には山頂でビールだった。缶チュウハイにはほど好い甘さがあり、咽喉にも、糖分補給にもって好いものだと新発見できた。急斜面の登りで、炊事の水を飲料水に切り替えたので、山頂のラーメンは作りは中止。沼尻で昼食と決めた。

 山頂から尾瀬沼に向かって直滑降の下りだ。しかし、途中で稜線に入ってしまい、ルートを外はたために、引き返す。20分のタイムロス。大清水から沼田行バスの時間が考えると、昼食を抜くか、タクシー利用の二者選択だった。当然ながら、昼食は抜けなかった。

 沼尻でラーメンを作る。そして、沼岸を回った。携帯電話で撮影中に、私は転倒した。危うく尾瀬沼に、そのまま滑り落ちるところだった。熊笹につかまり、難を逃れた。打撲の腕が内出血で腫れてくるのがわかった。痛みを耐えた。

 三平峠から大清水に下り、タクシーの相乗りやバスを使いながら、沼田駅に着いた。列車待ちの1時間は駅前の中華店で飲んだ。店主に勧められた日本酒は実においしかった。

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