ジャーナリスト

地球のかなたに奏でる国際派の箏(こと)演奏家(下)=酒井悦子さん

 箏(こと・以下は琴)の音が嫌いだというひとは、全国津々浦々をさがしても、まずはいないだろう。日本人のこころの琴線(きんせん)にふれる和の世界だから。


 
 琴を奏でる精神は、華道(お花)、茶道(お茶)、あるいは歌道(詩歌)ともつうじている。ともに古来の作法が伝わり、奥の深い芸への道である。

 しかし、酒井悦子さんは、琴を形式的な世界の継承だけにとどめていない。新しい文化とのコーディネート(文化の複合)をおこなう。彼女は、その創造的な活動にたいして実に前向きで、意欲的である。それが酒井さんの魅力の一つである。


 彼女は聞けば、非日常の空間や希少な世界に足しげく、わが身をはこぶ。
 そこから得られた体験や知識が、彼女の頭脳から新たな企画として演出されていくのだ。 つまり、創造の世界に生きている意欲ある女性だ。


「私はとても知りたがり屋です。興味があれば、すぐに突き進みます。私に合致するか、しないか、あるいは私にとって面白いのか、面白くないのか、ともかくやってみないとわからない、という考えです」


 具体的な実例を訊ねてみた。

「わたしは、東海道五十三次を歩きました。江戸・日本橋から京都・三条まで、完歩しています。もちろん、一気でなくて、仕事の合間にすこしずつ歩いて五十三次をつなぎました。それぞれの宿場町で、江戸時代の参勤交代の情景などを想像したり、箱根峠では水の飲み場がなかったけれど、当時のひとは急な坂道で、喉が乾いたら、どうしたのかしら、と考えてみたり。歴史の検証はとても楽しいものです」

 ほかには?

「これは趣味ですが、山岳の奥地にある、小さな古城の山城が好きです。とくに、石垣の魅力に惹(ひ)かれます。崩れた石垣がちょこっと残っていると気持ちがすっとー入っていきます。石垣の積み方がお城によって、時代によってちがいます。それが好きです」

 特に好きだった城郭はどこですか。
「林城(はやしじょう・長野県松本市)です。車も入れないほど、山奥の細道を行きます。その城は信濃国守護の館でした。武田氏により破却され、そのまま廃城となっています」
 酒井さんによれば、曲輪、土塁、石垣などの遺構が残っているという。

 大宰府の近い大野城は、日本一の大規模な古代山城である。百間石垣(高さ8m×基底部幅9m×長さ180m)が見事である。

 酒井さんは、こうした古城を仕事の合間に訪ね歩いている。否、しごとの一環だろう。

 三橋道也の古城とか、滝廉太郎「荒城の月」がありますね。古城を歩いた想いが曲に反映されますか。

「意識、無意識を問わず、古城に立った想いをこめて演奏する私がいます。とくに荒城の月ではその想いが強いです。この曲は外国でも人気があります」

 荒城の月は、暗くて物悲しいメロディーに思えますが、

「たしかに華やかな曲でなくて、陰旋法(いんせんぽう)です。しかし、外国の方でも、すごく聞き入ってくださる曲です。こころにひびく旋律なんでしょうね」
 どの国にも、栄えて消えた貴族社会や王族の歴史があるのだから、栄華盛衰がひびくのだろう。
  
 彼女の今後の取組みとして、海外での筝の普及活動を訊いてみた。

「今年(2017)は、オーケストラのタスマニア・シンフォニーチューバ奏者とコラボいたしました。来年も2018年の1月もコンサートに訪れます」(右の写真は、それを報じた新聞)

 海外で演奏だけでなく、「琴教室」とか開かれているのですか。

「いいえ。外国で琴を聴いてもらうことはできても、現地のかたがお琴を習うことは、とても難しいのです」

 指導者が育っていないとか、そういう理由ですか、

「もっと物理的な壁です。たとえば、琴の弦の糸が一本切れたとしますよね。オーストラリアの現地で修理はできない。日本から「お琴屋」という特殊技能をお持ちの職人さんを呼ばなければならず、それではメンテナンスがとても高いものにつきますから」

 なるほど。それでは外国の琴教室は無理ですね。

                   *

 インタビューを通して、酒井さんと凡庸なひとの違いを考えてみた。

 多くの人は、東海道五十三次、古城を訪ねてみたい、音色の素晴らしい琴を習ってみたい、という願望や憧れはある。しかし、そこにとどまって行動に移されていない。

 酒井悦子さんは6歳の時に絵柄の美しい好い着物がきられるし、まわりの子はだれも筝を弾いていない、という素朴な気持ちで、琴の世界に入られた。
 いまや外国から来賓された国賓などのレセプションで、日本を代表する曲を筝で奏でる。外国の演奏活動では、日本を代表する国際派の奏者である。

 師匠の言葉『努力は裏切らない』が、まちがいなく輝く源泉となっている。

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酒井悦子さん・プロフィール


                    写真提供=酒井悦子さん

                                                【了】 

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