A040-寄稿・みんなの作品

【孔雀船98号 詩】  眠れなくて 臺 洋子

しんとした階下の部屋のテレビをつけた

風そよぐ花畑の映像に 聴きなれない穏やかな旋律


四拍目に入る コッ という小さな音が

心地よく響く

音楽はやがてデクレッシェンドして消えたが

コッ コッ コッ の音だけは残っている

とても近しく聞こえるその音は

台所から響き

寸分の狂いもなくその音楽と溶け合っていた

時計の 秒針の音


誘われるように台所へ向かい

月明りの差し込むシンク 調理台 鍋の置かれた棚を見る


この場所に二人で立って料理を教えてもらった

義母(はは)はいつも「洋子ちゃんの慣れた切り方でいいよ」と

私の仕草に微笑んでいた

義母(はは)の自慢のコロッケには椎茸が入っていた

慣れない実家の台所で

丹精に漬け込まれた辣韭の瓶を倒してしまい

床にまき散らした時も

そのくらいのそそっかしさは大事と

途方に暮れる私を慰め 先に立って片付けてくれた

休日をみつけては帰る息子夫婦

遠くで暮らす嫁に

義母(はは)はいつも優しかった


この一年 帰省もできず面会もできないまま

義母(はは)は今日 荼毘に付された


台所に響く 静かな秒針音

ここへ誘ってくれたのは

「おかあさん でしたか」

夜は深くなり

何気ないやりとりが

浮かんでは刻み込まれていく


         二〇二一年 三月の終わりに


PDF縦書き  眠れなくて 臺 洋子

【関連情報】

 孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
  発行責任者:望月苑巳

 〒185-0031
  東京都国分寺市富士本1-11-40
  TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより
 

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