• 小
  • 中
  • 大

A032-わたしの歴史観 世界観、オピニオン(短評 道すじ、人生観)

AI解析の進化で、阿部正弘の人気が急上昇中。「優柔不断な凡君」から「日本を救った」極めて有能な政治家へ決定的な定説へ

 かつての明治政府主導の歴史観では、老中首座・阿部正弘は「アメリカの脅威に怯え、幕府単独で決められずに朝廷や諸大名に意見を求めて権威を失墜させた、弱腰の政治家」と批判的に描かれがちでした。
 しかし、「江戸幕府=高度な法治・官僚国家」という視点に立つと、彼の評価は以下のように180度変わります。

1. 「弱腰」ではなく「高度な危機を回避した政治家」である。

 阿部がペリーの国書を諸大名や朝廷、果ては庶民にまで公開して意見を募った(衆議公論)のは、弱さの表れではなく、国家存亡の危機において国内の分断(内戦)を防ぐための「高度な政治的演出」であったと評価されています。

• もし幕府が独裁的に開国を決めれば、国内の過激派(攘夷派)が暴発して内戦になり、そこを欧米列強に付け込まれて植民地化される恐れがありました。

• 阿部はあえて「みんなで話し合って決めよう」という形をとることで、日本全体の意思統一を図り、時間を稼ぎながら軟着陸(ソフトランディング)を目指したのです。

2. 人材登用の天才:のちの「小栗上野介」や「明治の遺産」を育てた元勲である。

 阿部正弘の最大の功績は、「身分にとらわれない圧倒的な人材育成・登用」です。彼がいなければ、のちに近代化を担う幕臣も、明治政府を動かす志士も表舞台に出られませんでした。

• 勝海舟の抜擢:無名の貧乏御家人だった勝海舟を、その意見書(海防意見書)の優秀さだけで見出し、長崎海軍伝習所へと送り出しました。

• 岩瀬忠震、川路聖謨の起用:実務能力が飛び抜けて高い官僚を外交の最前線に立たせ、ロシアのプチャーチンやアメリカのハリスと対等以上に渡り合えるタフな交渉チームを作りました。

• 小栗上野介への道筋:小栗がのちに活躍する舞台となる、幕府の近代化・海防強化のインフラ(講武所、洋学所、長崎海軍伝習所の設立など)をすべて生前に整備したのが阿部正弘です。


3. 「開国」という超難題を平和裏に通した、世界史にも稀に見る政治家であった。

 当時の世界情勢(アヘン戦争で清がイギリスに惨敗し、植民地化が進んでいた現実)をデータとして冷静に分析すれば、武力突入(攘夷)は国家の自殺行為でした。

 阿部は、伝統的な「鎖国」という祖法を破るという、国内の凄まじい反発が予想される超難題を、一滴の血も流さずに「大転換(開国)」へと導きました。

 この合意形成の超頭脳的な手腕は、現代の政治や経営の視点からも「理想的なリーダー像」として高く評価され始めています。

今後の阿部正弘の立ち位置

 阿部正弘は「冷徹な現実主義で、日本という船を沈没させずに新時代へ導こうとした、最高峰の航海士」です。

 AIの進化で、江戸時代の史料が赤裸々に出てくる。数年後には、「薩長=正義」のバイアスが消え去るだろう。

 阿部正弘は「幕府を滅ぼした戦犯」ではなく、「徳川幕府のシステムが持つ『包摂力(多様な意見を聞く力)』と『官僚機構の優秀さ』を最大限に活かして、日本を植民地化の危機から救った。
 幕末最大の「救国政治家」として、西郷隆盛や坂本龍馬以上の評価を得る可能性が極めて高い人物と言えます。

 薩長史観の歴史は激変するでしょう。シーソー・ゲームで、これまで有名エピソード・ヒーローの幕末志士たちが「悪の権化だったのか」、こんな嘘を信じていたのかと、多くががく然とする事実も出てくるでしょう。

「わたしの歴史観 世界観、オピニオン(短評 道すじ、人生観)」トップへ戻る

ジャーナリスト
小説家
カメラマン
登山家
わたしの歴史観 世界観、オピニオン(短評 道すじ、人生観)
「幕末藝州広島藩研究会」広報室だより
歴史の旅・真実とロマンをもとめて
元気100教室 エッセイ・オピニオン
寄稿・みんなの作品
かつしかPPクラブ
インフォメーション
フクシマ(小説)・浜通り取材ノート
3.11(小説)取材ノート
東京下町の情緒100景
TOKYO美人と、東京100ストーリー
ランナー
リンク集