歴史の旅・真実とロマンをもとめて

災害は忘れたころにやってくる=安芸大洪水:165年前

 およそ年表で書かかれた歴史作品には斬新さがないし、面白みがない。早いはなしが、官制幕末史の領域を出ていない。
「これが真実だ」と謳(うた)っていても、作者の頭のなかで、こねくり回しているにすぎない。作者が現地に出むいて新発見したとか、埋もれていたものを発掘したとか。なにかしら根拠となるものがないと、本を売るキャッチフレーズの真実だ。


 幕末歴史小説を書くには政治、経済、文化(庶民)、思想の4本柱という複合の目線が必要だと考えている。
 庶民がどんな目で、事象をみていたか。瓦版(かわらばん)もたいせつな資料である。

             ☆ 
  
 純文学が売れず、ジャーナリストで走り回っていた十数年まえ、私には格言となったことばがある。警視庁本庁4課の元課長と、警備元課長に取材したときである。

 捜査1課の課長よりも、警備課長のほうがエリートだと知って、おどろいたものだ。なぜなの? 1課はもはや死んでしまった人間をあつかう。
 警備課は政治家、外国のトップ、数年に一回のサミット警備をうけおうから、防弾チョッキだよ、と聴いて、なるほど、と思ったものだ。

 もう一つ、警察署長時代の話をしてくれた。
「白の捜査をしろ、と刑事課の課長以下に指図していましたよ」。どういう意味? これも首をかしげた。
「この容疑者は白かもしれない。その捜査をするのですよ。容疑者は黒だと信じて捜査すれば、冤罪(えんざい)になる可能性がある。人間はいちど思い込んだら、突っ走ってしまうからね。白の捜査が必要です」
 
 このときなぜか、歴史教科書も白の捜査が必要かな、とふと思った。まだ純文学に拘泥していたころで、私が歴史作家になると思わなかったころのはなしだ。

 幕末歴史小説と向かい合う今、「白の捜査」を座右のことばにしている。官制幕末史のこれはねつ造ではないか、と白紙にしてみる。
 そのうえで取材とか、文献とか、証拠を積み重ねていく。ひとつ作品には時間がかかるから、「儲かる作品は書けない作家だな」と仲間から冷やかされるけれど、笑ってごまかしている。

 ここ6-7年ほど老中首座・阿部正弘(備後福山藩主)を追っている。つい最近、国立国会図書館のアーカイブを引っ張っていると、「阿部正弘の日記」が明治時代に焼失していると知った。がく然とした。こんな重要な人物までも焚書なのか、と腹立たしかった。

 と同時に、官制幕末史がすべて白紙にもどせた。すると、ペリー提督がきた時から幕末史をスタートさせた巧妙な作為がみえてきた。

 嘉永、安政のころは巨大な自然災害が多発した。東海大地震、安政大地震、江戸大地震、青山大火災、丸山大火災、弘化3年の江戸大洪水などである。
 ペリー提督、ロシア・プチャーチン提督の来航だ。家慶将軍の死去、仁孝(にんこう)天皇が崩御した。
 この時代の瓦版はデェフオルメされているし、為政者の取締りの目を潜り抜けるために、巧妙な仕掛けまでしている。おもしろい瓦版がずいぶんある。

 
 わたしは広島県出身だから、「安芸国大水」(嘉永3年、1850年)が目にとまった。最近は広島といえば、山津波の災害だし、それと重なり合った。
 洪水を防ぐ土嚢(どのう)が間に合わず、米俵を使った。庶民が安堵して喜んだと記す。絵のなかの文面を紹介してみたい。

『二日より五日まで 海水引くことなく 毎日大汐の如し御家老  ■野孫右衛門゜上田水主様 古御両人御さしづニて 郡奉行 石井主計様。間宮四平様。小田刈大学様
 
 松原の土手をふせがるる土俵まに合ざる故 米俵にてふさぎ候は誠ニそく妙の御はからいを

 国■■■ よろこびあんどいたしける 』

 瓦版の文字は上記内容である。こうした庶民の瓦版から、165年経っても、人間はおなじ災害を受けているのだな、と思う。

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