地中海のマルタ島を訪ねて=100年前の彷徨(3)
マルタの近衛兵はソフトな感じだ。長く植民地支配に甘んじていたらしく、刺々しさはない。マルタの治安はすこぶる良好である。
バックなど路面において撮影していても、不安感はない。日本とおなじ治安の良さを感じる。
イタリア・ローマを悪くいうわけではないが、観光地には小銃を持った軍人が要所、要所に立って警戒している。ホームレスの物貰いの老婆を怒鳴りつけていた。あの嫌悪感はマルタにはなかった。
「騎士団長の宮殿」の学芸員を訪ねてみる。ふたりの学芸員が応対してくれたが、第一次世界大戦の資料はないという。バレッタの市街地には、探し求める高間完が通っていたmr.Dimeche一家に該当する本屋もないと話す。
実際に、それらしき本屋は街中になかった。事前のマルタ観光局の説明通りだった。
高間完の目線で、マルタ人の気質とか、町を知りたいと、バレッタの街なかを歩きまわった。最先端の海岸にいくと、観光馬車の客引きがいた。30ユーロだという。ひとことで言えば、浅草の観光人力車の類だった。
「戦争博物館(Malta at War Museum )にいきたい」というと、知らないという。本当かな。地図でスリーマを示すと、ここらは大きな湾曲の対岸だから、バスで行っても30分は費やすという。たしかに、地図上では極端な深いリアス式海岸だ。
橋が架かっていなかった江戸時代に、左岸から右岸に行ってくれ、といわれても、簡単にはいけない。わたしなりに、地形からそう理解した。むろん、イギリス大英帝国の海軍の軍港として、地中海における最高の地形だったのだろう。
「フェリーに乗れば、簡単に対岸に渡れるよ」
海上から100年前の軍港をみてみたかったわたしにすれば、念願の船に乗れる機会がおとずれたのだ。それならば、と馬車に乗った。
馬の蹄(ひずめ)が、カタコト・カタコトと鳴る。高間完たちは海軍の軍人と言えども、乗馬の訓練は受けているだろう。スリーマの軍港から、バレッタの本屋に向かうときはボートだろうが、ときには乗馬で移動することもあったのかな、と思う。
マルタ人に訊いても、ここらの詳細はまったくわからない。当時は軍人の移動すら軍機密だろう。
ここがフェリー乗り場だという。閑散としていた。少女が次のフェリーを待っていた。発着時間表もあったので、馬車の案内は間違っていなかった。
次第に客が集まってきた。ほとんどが観光客だが、船賃は生活の足として1,5ユーロ(日本円で約220円)と安かった。
日本海軍の駆逐艦が、100年前に、このスリーマ港のイギリス基地に入港していたのか、とおもうと、特別な感慨が持てた。
上陸すると、坂道を徒歩で10分ほどでマルタ戦争博物館に着いた。受付で、訊ねると、
『第一次世界大戦のころは、マルタは植民地でした。戦争関連資料は現地にはありません。イギリス・ロンドンで調べないと出てきません』
まさしく、そうだろう。第二次世界大戦のとき、日本は朝鮮を植民地にしていた。朝鮮人に、日本帝国海軍の動きや資料などわたっているはずがない。そう思えば、すべて納得だった。
受付嬢が「日本の作家が100年前のマルタ人を探しに来た」といい、奥から女性学芸員を呼び出してくれた。とても喜んでくれた。
彼女は難解な用語は避けてくれたり、言い回しを変えてくれる。結果は皆無だが、高間完のスペルを教えてほしいとか、わたしのメールアドレスとかを訊き、日本海軍の高間完がわかれば、連絡をしてくれるという。
地中海派遣では犠牲になった日本軍人がいる。かれらが眠る墓地へと向かう。戦争博物館前のバス停で、路線バスN03だと教わった。近くまで行ったけれど、閑散として案内板もなく、目標物もないし、通行人も皆無だし、とうとう断念した。
高間完の新しい発見はなにもなかった。
明治・大正・昭和の戦争の政治・経済などからみた起因はそれなりに知識はある。だが、戦場となると、戦争賛美になるようで、書く気すらもないし、軍艦名すら関心がなかった。わたしとすれば、高間完という将校と民間人との心の交流が知りたいのだ。相手は本屋さんなのだ。
恩師の伊藤桂一氏は戦記物で直木賞を取っているけれど、わたしにすれば、戦争に対する考え方と体質がちがう。
日本に帰化した外国人作家C.W. ニコル著「特務艦隊 」は、日英同盟をもとに日本海軍が、地中海に艦隊を派遣した、戦場そのものを扱っている。成田からローマへの往路の飛行機で斜め読みしていたが、とおく足元にも及ばなかった。
墓地は見つからないし、タクシーはないし、復路でやってきたバスに乗りこみ、バレッタに帰ってきた。
夕方、フェリー乗り場では、2隻の大型客船の同時出航の風景が見られた。
目の前で、入航時とは真逆の180度旋回し、豪快に出航していく。ふと思いついて、動画に収めた。
マルタ島・バレッタ港から出航する大型客船が狭い航路だけに、ど迫力である。
【つづく】