歴史の旅・真実とロマンをもとめて

横須賀港で、『戦争と平和』の定義にこだわってみた(2)

「平和とはなにか」の定義になると、むずかしい。 私は横須賀港を一望しながら、あれこれ拘泥(こうでい)して考えてみた。とくに、戦わない平和を思慮した。

 ベトナム戦争で、米国の20歳前後の青年たちが数万人も戦死した。ベトナム人の家族たちも大勢が戦禍で亡くなった。
 半世紀も経てば、短パン姿の米国女性がハノイ観光を楽しんでいる。あのベトナム戦争の犠牲者たちからすれば、あの戦争とは一体なんだったの? と墓地のなかで苦しんでいるとおもう。

 日本人もまったく同じだ。「数百万人も死んだ太平洋戦争って、いったい何だったのか」。横須賀で献花する老婆との一瞬の出会いから、「祖国のため」ということばも怖いな、と思った。

 ほとんどの戦争が終結すれば、なぜ、あんな戦争をしたのか、と決まって疑問におよぶ。戦わなかった方が、まだ犠牲者が少なかったとなってしまう。それが戦争の結末だ。


 人間には動物的な欲望の対立がある。国家間、父子、夫婦、兄弟すらも、人間どうしの対立におよぶ。感情の憤りに任せれば、それは本能であり、戦争の定義の原点になる。
 

 人間には野心(本能)による欲、利益、差別がある。時間の経過で、心理が変わる。結婚した時に、「家庭平和」を誓って祈っていても、その後の対立から離婚、破綻、子どもの家庭内暴力に及んだりもする。祈りや誓いには脆(もろ)さがある。

 

 
平和とは対立を非暴力で解決し、それを維持することである

 私はそう定義してみた。非暴力は口でいうほど簡単ではない。


【ケース・スタディー】

 某国から一発のミサイルの列島に着弾があった場合。
 きのうまで『平和を叫ぶ』ひとが、メディアや周囲の誘導で、祖国防衛のために即時交戦するべきだ、という政治家・軍人たちを支持する。つまり、戦争の加担者になってしまうおそれがある。


 外国から攻撃されても、戦わず、『非暴力の抵抗』をつらぬけば、多くの犠牲をともなう。こうした戦争を未然に防せげる交渉力は、教育によって養えるものだ。

① 高度の語学力とディベート力(論術力)のある、有能なひとを養成する。

② 倫理・道徳による話合いの解決能力を身につける。

③ 国際経済の秩序、社会協力という相互精神の能力を高める。

『教育は国家をつくる』。つきつめれば、『人間どうし話せば、わかる』という粘り強い交渉力、説得力をもった外交官、経済人、文化人が豊富な国家にすることである。


 私が所属する日本ペンクラブも一つであるが、国内には大小を問わず、数々の平和活動団体がある。「戦争抑止」、あるいは「戦争拡大に歯止めをかける」という役目を負った展開をしているはずである。

 訪日する外国人が多い現在、国際交流の視点が必要である。

① 外国人たちの参加型の平和活動にする。(飲食業で働くアジア人も多い)。

② 欧米、アジア人らを幹部の一人とした活動をする。日本人だけの独りよがりにならない。

③ 英語のみならず、少数民族の語学も身につけていく。(自動翻訳機器が発達しているし、片言でも通じる)。

④ 将来の海外連絡網の充実につなげていく。


 この連絡網がとても重要になる。日本がいざ攻撃されたとする。

『私たちは攻撃されています。血で悲惨です。某国の攻撃を止めさせてください』
 国民がみんなしてSNSで世界じゅうに発信していく。

 戦争を仕掛けてきたあいてに、「非武装の抵抗」とはこんな手段ではなかろうか。つまり、武器をもった本能の防禦でなく、理性と知性の抵抗である。


 庶民がかならずしも、最善の選択をするとは限らない。

 国内の戦争推進者たちは勇ましく勢いをつけてくる。「祖国のために戦う。非戦論のお前たちはきれいごとだ」という批判と罵声をむけてくる。
 きのうまで「平和を祈る」人が、戦争をあおる、おおきな声に動かされる。むしろ、それが正しいと判断する。

 私たちが非戦闘、非暴力の抵抗を貫けば、ナショナリストが敵となるだろう。それらと命がけで向かい遭わなければ、戦争抑止はできないときが生じる。

 人間には戦争(本能)と平和(理性)の血が流れている。環境によって、どっちの荷重が大きくなるかである。学びと、平和活動とで、理性という抑止の芽が伸びていく。
 
                       【了】

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