歴史の旅・真実とロマンをもとめて

台風18号 初の特別警報の滋賀県へ=一人の彦根藩士を求めて

 9月初めに、彦根へと出向くことに決めた。彦根城は、姫路城、松山城、松本城とともに国宝指定された、4城の一つ。訪問の目的は名城見学ではなかった。1866(慶応2)年の第二次長州征討の、芸州口の戦いで、最初の犠牲者となったのが、彦根藩の竹原七郎平だった。どんな人物だろうか。

 それを調べたくて彦根に出向いたのだ。

 9月15日は台風18号が中部地方を直撃した。前泊は名古屋だった。気象庁は滋賀、京都、福井の3府県に大雨に関する初の「特別警報」を発表していた。ホテルから見る景色は大荒れだった
 翌16日朝も、なお強い風雨だった。新幹線は乱れ、名古屋駅の改札口は入場制限である。在来線の各駅停車も不通で、駅員には開通の見通しなどなかった。
(ここで、あわてても仕方ないな)
 私はすぐに割り切れる性格だ。駅構内の一角で、パソコンを開き、ネットで幕末・彦根藩をよりくわしく調べてみる。

 同藩は井伊直弼が最も名だる人物だ。桜田門の変で暗殺された、その関連情報が多い。

 勝海舟が『幕末期の300近い諸藩で、家老らしい家老といえば、井伊家の岡本黄石(おかもとこうせき)と、芸州藩・辻将曹(つじ しょうそう)くらいで、あとは足軽連中に操られた無能者ばかりだった』と語っている。その認識はあったので。

 辻将曹は大政奉還を為した人物だ。彦根藩の岡本黄石にも興味を持ってみた。井伊直弼と対立していた。直弼が暗殺された後、岡本は藩政を握った。第二次長州征伐に積極的に出陣したけれど、被害が甚大で、彦根藩に大損害を与えている。このとき、竹原七郎平が最初の戦死者だった。

 名古屋駅から大垣まで電車が動きはじめた。とりあえず乗ってみた。
 車窓から見ると、一級河川は増水し、河川敷の公園の遊楽施設も沈んでいた。樹木なども水に浮かぶ光景になっていた。川の名前は確認できなかったが、中級河川の一か所が決壊し、田畑は水没していた。水害を見たのは初めてだった。

 大垣駅に着くと、6時台の始発列車「姫路行」の電光掲示板に表示されていた。11時過ぎに始発とはそう体験できるものではないし、なにかしら愉快な気分になった。ただ、大垣駅から先となると、電車はほとんど進まず、一時間に2、3駅程度だった。

 この頃、京都の嵐山付近は大洪水だった。

 午後2時になっても、3時になっても、列車は関ケ原付近の駅から動かない。挙句の果てには、米原駅から先の東海道線はがけ崩れで不通になった。もはや夕方4時過ぎだから、彦根城はもう閉門だろう。この日の訪問はあきらめた。

 米原駅タクシー乗り場には、タクシーは一台も見当たらなかった。待つ客人もいない。
(いつか来るだろう)
 私は気長に本を読みながら待っていると、後方にはずいぶん長い行列ができてしまった。やってきたタクシーは駅で客を降ろすと、予約があるのか、いずれも立ち去って行く。乗れる保証もないのにな……、私にはなにかしら後方に順番を作らせてしまて、皆に悪いな、という思いがあった。

 40分ほど待つと、タクシーが乗り場にやって来た。で、彦根に向かってもらった。
「特別警報が出ると、タクシーも営業できないんですよ。お客さんを乗せて事故ると、タクシー会社の責任になりますから」
 その警報は今回初めて気象庁が発令したものだ。稼ぎ時のタクシーも、午前中は営業できなかったとぼやいていた。多弁な運転手は、

「琵琶湖は大荒れですよ。こういう時は、ウィンドサーフィンの死亡事故が多いんです。海ならば塩水で浮上するけど、琵琶湖は淡水だから。一度沈んだら、そのままになるんです」
 湖底の地形などを語ってくれた。こうした知識は、何かの折に参考になるだろう。

 翌朝は快晴だった。彦根城博物館に出向いた。学芸員から竹原七郎平を聞くが、彦根でもあまり知られていなかった。

 竹原は使い番(つかいばん)の役職で、藩主の指示を伝える役柄だった。120石の知行取で、馬に乗れる身分で、禁門の変でも出兵している。


 台風18号の特別警報の中、彦根城まで来たが、これだけの情報だった。

 岡本黄石は現地でも評価が割れているのか。勝海舟が賛美するほど、人気はなさそうだ。

 第二次長州征討において、広島藩は出兵を拒否した。幕府側はずっこけてしまった。そこで、広島の先陣に代わり、彦根藩を指名した。
 鎧兜姿の竹原が馬に乗り、岩国側に宣戦布告を伝えるために、小瀬川(広島・山口県境の川)を渡りはじめた。このとき、長州藩から狙撃されたのだ。同日、彦根藩は総崩れになった。

 近々、山口県・岩国市に出向いて、この竹原をもっと調べてみよう。

 歴史は一人の人物を追いはじめると、台風を突いてでも出かけていく。奥行きはどんどん深くなっていく。それが歴史文学の妙かもしれない。


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