A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

花をつけない樹   廣川 登志男 

 昨年の秋に、久しぶりに和食の店で家内と食事をした。ここの和食膳は地域では有名で、美味しい食事をしながら日本酒で一杯やるのが私流だ。茶碗蒸しも、勿論出された。中には緑色のギンナンが入っている。美味しく頂いたが、そのとき、以前感じた疑問を思い出した。イチョウの花を見たことが無いがどうやって実を付けるのだろうか?

 どんな樹木でも、草花でも、実を付ける前に花が咲く。そして花粉を受精し、実となる。しかし、私自身、イチョウの樹を何度も見ているが、花らしいものは見たことがない。友人達に聞いても、「実がなるのだから、花は咲いているんだろうな。でも見たことないよ」とか、「イチョウに花なんてあるのか?」とも言われる。

 既に四月も半ばを迎える。桜の花吹雪も終わり、葉桜になりつつある。きっと、来年の桜の花を咲かせる準備に取りかかり始めるのだろう。数年前に、桜の蕾はいつ頃出てくるのかと、近くの公園で観察したことがある。それほど早い時期に出るはずはあるまいと思ったが、一応、葉桜となった頃から、1,2週間ごとに、同じ枝を詳細に観察した。七月初めだったと思うが、蕾と覚しきものが観察できた。まだ散ってから三ヶ月しかたっていない。桜が満開になる来年の3月ころまでの間、蕾として準備期間に入ることを知った。

 今回も、桜と同様に、イチョウがどのように花をつけ、受粉という命の継続を図るのか調べるため、定点観察を行うことにした。
銀杏.jpgイチョウには、ギンナンができる樹とできない樹がある。これは、イチョウに雄株と雌株があることを示している。そして、雄株には雄花、雌株には雌花がつくのだろう。地元の真舟中央公園にはイチョウの樹が多い。よく行くので、ギンナンのなる樹がどれか分かっている。そこで、ギンナンのなる雄株と、ならない雌株をそれぞれ2本ずつ選び、かつ、それぞれ枝を二つ決めて、散歩のたびに観察した。


 最初に見つけたのは1,2センチで直径5ミリほどの小さなネコヤナギの花のような、尾状でふっくらとしたものだ。雄株にあったので、これが雄花だろうと思い、家にある、厚さ3センチほどの樹木図鑑で調べた.

 雄花の写真が載っていた。今回見つけたものは、間違いなく写真の雄花だった。隣の写真には雌花が載っていた。添え書きによると、雌花は非常に小さく、萼や花弁などなく、1センチに満たない細い花柄の先に2ミリほどの胚珠を二個つけるとあった。しかし、そのような雌花は一度も見つけることはできなかった。咲く時期が違うのかと思ったが、図鑑には書いていない。そこで、インターネットで調べることにしたが、内容は図鑑と同じようなものだった。

 今回、いろいろと調べ、実際に雄花も観察できた。やはり実を付けるのだから花が咲くのは当然のことだ。そして、3億年ほど前に生まれたイチョウという樹木が、最古の現生樹種として現在まで生き残ったしぶとさは、それなりに環境に適合してきた証拠なのだろう。
そういえば、那須に旅行したときだ。楓の老木から面白いかたちの葉っぱが落ちてきた。正月に遊ぶ羽根つきの羽根を小さくしたような形だった。以前、知ったが、これは楓の種子だ。そろそろ枯れる頃になると、種子を作り世代交代の準備をするのだという。このときも、樹高が高いせいか、咲いている花を見ることはなかった。しかし、種子を作るのだから当然花も付けているのだろう。

 人間には見えない形で、樹木も生き残るために必死に頑張っている。生物というものは、どんなものでも、目に見えない隠れた努力をしている。人間は生き残るために何をどりょくしているだろうか。

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