A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

木霊(こだま)  廣川 登志男

 神社の奥に行くと、樹齢2100年といわれる大楠がドーンと鎮座していた。周りを歩きながらその年月を刻んだようなゴツゴツとした表面に触りつつ、普段はしない「家族の幸せと健康」を祈っていた。昨年お参りした。熱海の来宮神社の大楠だ。幹周りを一周すると寿命が一年延びると言われるように、樹木には、不思議と神の存在を匂わせる雰囲気がある。

 庭木を植える時に思うことは、単に緑が欲しいからといった動機も在るのだろうが、やはり、自然の中で生きる樹に癒やされ守られたいと思うことも大きな理由の一つだと思う。

 40年前に家を建てたとき、家相に詳しい家内は、表・裏の鬼門と玄関周りに邪気除けの樹を庭師に頼んだ。小さいときからお茶・お花に親しんでいたせいもあるのだろう。表鬼門には古木の白梅、裏鬼門には金寿木蓮、玄関は南天を入れた。そして庭には辛夷の樹を頼んだ。やはり、樹の神様に守ってもらいたい一心だったのだろう。


 6年ほど前、家内がバラを趣味にするようになった。庭のウッドデッキを囲むようにL字型のバラ用の柵を作った。高さ約3m、幅14、5mほどある。今ではその柵に、つるローズうららなどが、春に数え切れないほど色とりどりの花を枝びっしりとつけてくれ、暖かい日差しの中で、その華やかな色彩や優しい良い香りに癒やされる。

2022.3.22.001.jpg バラ柵づくりのためには、デッキ周りのカイヅカイブキ15本と裏鬼門に植えていた金寿木蓮を伐り倒す必要があった。長年、我が家を守ってくれていた木々に申し訳ないと、家内は心が痛んだのだろう。

「神主さんを呼んでお祓いをしようか」と、ボソッと言っていた。私は、「そんな大仰なことはせんでも良いよ」と気にもとめず切り倒した。

 しかし、半年ほど後の、秩父三十四観音霊場巡りをしていたときのことだ。八番札所の西善寺で急に心臓が苦しくなった。20分ほどじっとしていたら、幸いにも収まった。何とか運転して家にたどり着いた。
 その後、一ヶ月ほどの間に二回発作が起き、最終的にはカテーテル手術を受けステントなる血管拡張子を二本入れて事なきを得た。
 家内は、しきりにバラ柵造りで切り倒した樹の祟りだと言った。


 木を伐ったことによる災いらしき出来事は他にもある。


 二週間ほど前のことだが、部屋飼いのかわいい小型犬が急性白血病に罹り、あっという間に亡くなってしまった。その三ヶ月前に、玄関横にある邪気払いの南天を切り倒していた。 家内は涙に暮れていたが、ふと、「南天を伐ったのが良くなかったのかしら」と言い出した。
 確かに、今回の件といい、6年前のカイヅカイブキといい、何か不幸があるときには、その少し前に樹の伐採をしていた。

 以前より、「木には精霊が取り憑く」との話は知っていた。「木」に「霊」と書き、「こだま」と読む。インターネットで調べると、「でじかん」氏のブログ「木霊と樹木神」に詳述されていた。

 要約すると、
『木霊とは樹木の生命と一体になった精霊のことであり、樹木神とは樹木から自由に抜け出すことの出来る精霊をいう。木が伐採されると木霊は死んでしまう。何かの用に役立てようと木を伐採するときは「ヨキタテ」なる儀式を行って木の神の許可を得る。許可が得られなければ、伐採を諦めねばならない。これらの儀式は、伊勢神宮の式年遷宮でも行われている』
 むやみやたらに木を伐るのではない時でさえ、神の許しを乞う習慣があるのだ。

 今回の我が家の伐採は、「邪魔になったから伐り倒そう」という不純な動機だった。なるほど、木の神様のご機嫌を損ねたということだったのか。

 しかし、「祟り」というような不幸な出来事ばかりではない気がする。

 家を建てた時に植えた辛夷の樹だ。まだ若い樹だったが、幹の直径は二十センチもあろうかという立派な樹だ。植えた翌年には白い花を見事に咲かせてくれた。その翌年も見事なものだった。その夏、幼い長男に木登りはこうやってやるのだぞと、辛夷の木に登って見せた。するとどうだろう、なんと秋には枯れてしまった。
 当時、35歳の働き盛りにあった私の周りでは、大病で会社を休んだり、大怪我をしたりする同年代の人がいた。今にして考えてみると、「あの時の辛夷の木は、私が大病などせずに生きながらえるようにと、私に命をくれたのだろう」と思うようになった。

 樹に宿る「木霊」が、私たちの身の回りでいかに大きな影響をもっているかに、改めて気付くことができた。自然界はまだまだ大きな存在だ。樹と言わず、小さな雑草ひとつにも、謙虚かつ尊敬の念を持って生きていかねばならないと、強く思い知らされた。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

                         了

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