A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

スズメ 廣川 登志男

だいぶ昔のことだと思うが、都会のスズメが姿を消しつつあるとの記事を思い出した。

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私が小さかった頃は電線に鈴なりになるスズメをよく見たし、家の周りに少しは残っていた空き地で、米粒を蒔いて笊籠でスズメを捕ろうという人もいた。品川区の都会育ちではあったが、スズメは身近な鳥だった。

五年ほど前に、家内がバラ園芸を新たに始めた。新しい趣味を始めると、トコトンその道を究めたい性分なので、いろいろと頼まれごとが増えるのは間違いない。しかし、それにうまく付き合うことが夫婦円満の鍵だと、私は思っている。

さっそく、家内から話があった。隣家との境に植えていた、十五本のカイヅカイブキが大きくなりすぎたので、それを伐採して、そのあとにバラの棚を作りたいという。もちろん、それに付き合って、私は根元からの切断を、家内は絡み合った小枝の処理を行う。我が家では、新たに作るような大きな外仕事は夫婦共働で行う。設計や力仕事は私で、多少力が必要でも単純作業なら家内がすることになっている。

高さ3m、幅13mのバラ棚も共働で作った。立派なものが完成し、今では、七十数本のバラの木が育って、玄関までのアプローチとデッキ以外はバラ一色になっている。盛期には、色とりどりの花が咲き誇り、庭中が良い香りで満ちるまでになった。

昨年、家内が、棚に這わせているツルバラの剪定を終え、枝だけになった棚の隙間に針金製の四角い受け台を取り付けた。そこに、二つに割ったミカンなどを入れている。野鳥をおびき寄せようとしたのだろう。

昔の庭は和風だったが、小鳥がよく来て囀っていた。家内はそれを思い出したのかもしれない。もともと、鳥の趣味もあって、メジロやヒヨドリ、それにムクドリやシジュウカラが来ていると、結構、鳥博士になって楽しんでいた。しかし、バラの木を植えてからは、美味しい実のなる果樹木がなくなってしまい、小鳥を見かけなくなっていた。

ミカンの効果が効いたのか、少し大きく灰色のヒヨドリがミカンを啄みにくるようになった。四,五月はヒヨドリの繁殖期だが、この時期は縄張り争いが激しく、他のヒヨドリやメジロなどが近づくと激しい攻撃で追い払う。そんなヒヨドリだが、繁殖期を過ぎた五月頃からピタッと来なくなる。あれほどうるさく鳴いていたのが嘘のように静かになってしまう。

小鳥と言えば、私にはせっかく懐いていたスズメを追いやった苦い思い出がある。

四年前だったか。二階の書斎にある北側の換気口にスズメが巣を作った。年に三,四回、卵を産み、子育てをする。ヒナが孵り飛び立つ前までチュンチュンとうるさくさえずるが、普段はほとんど気にならない。それどころか、ツガイの親が隣のベランダに飛来して巣を眺めているのが窓から見える。ヒナが心配で見張っていたのだろう。子を案ずる親心が感じられ、気持ちがほぐされたのを覚えている。

しかし、鳥の巣に虫が湧くことを知り、枯れ草が敷き詰められた巣を、昨年二月にきれいに掃除した。それでも、春になると、たまに二羽のスズメが隣家のベランダに来てこちらを窺っていたが、しばらくすると来なくなった。考えてみれば、親スズメが子育てに利用していた巣を無残にも取り壊してしまったのだ。「かわいそうなことをした」と、心が痛んだが仕方が無い。


小鳥たちは果物では寄って来ないと家内は悟り、今年になってから別の場所に直径20cmのエサ台をセットし、古い無洗米をそこに入れた。すると、ほとんど来なかったスズメが、古米の匂いを敏感に察知したのだろう。翌朝、裏の家の軒に、エサ台に向いて鈴なりに並んだスズメがいた。
さらに、多くのスズメが台周りに陣取り、五,六羽がエサ台に入り、満員状態でエサを啄むようになった。以来、よく見ていると、面白い行動をしているのに気がついた。

 空になった台に新たにエサを入れると、暫くしてその匂いで、一羽が裏の家の軒先にやってくる。徐々に増えていくが、警戒心が勝るようですぐには台に近づかない。

そのうち、一羽が台近くのバラ棚に降り立つ。辺りをキョロキョロした後、安全だと納得したのか、台に飛び込みエサを啄み始める。すると、残りの多くのスズメも安全を確信したようで、我先にと台の中に入ってエサの取り合いが始まる。

その一団が十分食べたと思われる頃合いに一羽が飛び立つ。すると一斉に、その一団が飛び去ってしまう。程なく、先ほどと同様に一羽が先着し、さらに十数羽となってエサをむさぼる。どうも、群れはいくつもあるらしく、それらが順次同じ行動をするようだ。これほど多くのスズメがどこに隠れていたのだろう。

スズメの巣を取り壊したことへの後悔や、都会のスズメが少なくなった記事に胸を痛めていたが、思いがけず鈴なりのスズメを見たり、さえずりを聞いたりしたことで、ありがたいことに、何かホッとした気分に浸れるように、今はなっている。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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