A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

駅のそば 筒井 隆一

 新聞に折り込まれてくる、土地、建物など、不動産販売の広告チラシには、必ず駅から徒歩何分、と書かれている。不動産の価値は、立地、用途によってもいろいろ違うが、便利な場所にあるのが、第一条件だからだろう。

 私は小中学校時代、練馬区東部の江古田に住んでいた。池袋から西武池袋線で三つ目、江古田駅から北に歩いて五分の、とても便利で住みやすいところだった。
 学生生活を終え就職した昭和四十年に、同じ練馬区の西北のはずれ、現在の大泉学園町に、一家で移り住んだ。そこは、両親がいずれ住み着くつもりで、求めておいた土地だった。周囲には麦畑、キャベツ畑が拡がり、雑木林の緑も多く、豊かな自然環境に恵まれていた。地目もまだ山林だったので、地目変更の手続きをして家を建てたのを覚えている。
 また、この地区は、開発者である西武鉄道グループが、一橋大学を誘致する構想で、学園と名前を付けたそうだ。大学キャンパスと高級分譲住宅との融合を目指して、整然と区画された宅地が続いていた。

 一方、私の偏見かもしれないが、自然が豊かということは、環境を守るために開発を規制した結果、文化的、社会的な発展が遅れることにもつながるような気がする。私たちの住いも、当時の風致地区の規制で、建ぺい率一割、隣地との間隔一・五mなどの制約を受けた。そして何よりの難点は、駅から遠いことだった。


 路線バスは、成増、朝霞、新座方面行きが、大泉学園駅から数分おきに走っており、乗れば十数分で自宅前の停留所に着く。深夜も西武池袋線の終電まで深夜バスが接続しており、バスの便は大変便利だ。
しかし近年、道路の渋滞が目立つようになり、常時ノロノロ運転が続き、目的地への出発、到着の予定が立てられなくなってきた。

 大泉学園駅まで歩くとなれば、私の足で四十分はかかる。歩くことは自力に頼っているので、目的地まで自分のペースを守れる移動手段である。最も信頼できる一方、限度がある。若くて元気のよい時、さらに時間に余裕のある時には、自身の健康増進も考えて、駅まで気軽に歩いたものだ。

 しかし、年を取ったり病気になれば、数分歩くのもつらくなり、老後に遠方に出かけるには他力に頼らざるをえない。車の運転は余計な神経を使い、最近は高齢者の事故が多いので、できれば避けたい。ある程度歩けることができるうちは、自分の足に頼り、併せ公共の交通機関を、利用するのが現実的である。そうなると老後は、電車や地下鉄の駅から近いところ、いわゆる「駅のそば」に住めば、行動範囲を安全に拡大することができる。

2021.10.10.tachiguisoba.jpeg そのようなことを考えていたら、「駅のそば」が、向こうから転がり込んできた。

 新宿の都庁前から6の字に都内を回り、練馬の光が丘まで走っている都営地下鉄大江戸線が、光が丘から大泉に向かって延伸されるという事業計画が、正式に動きだしたのだ。新しく、土支田(どしだ)、大泉町、大泉学園町の三駅が新設され、終点となる大泉学園町駅は、我が家から徒歩五分の所に計画されている。二〇二一年春現在、ルートとなる補助230号の用地取得は八割がた完了しており、数年後には新しい大泉学園町駅から都心まで、三十分程度で出られることになりそうだ。

 昨年十二月発表の「住みやすい街大賞21」(どれだけ権威のある賞か知らないが)で、埼玉川口に次ぎ、大泉学園町が二位に選ばれていた。住環境で五点満点のほか、発展性、教育・文化環境、コストパフォーマンスなどが、いずれも高得点だった。

 新しい駅ができれば、その交通機関を利用する利便性が上がるだけでなく、周辺の商店街も充実するだろう。

 今の大泉学園町も、私は大好きな街だが、駅が近くにできれば、美味しいレストラン、お洒落な珈琲ショップなどできて、さらに楽しく賑やかな街になっていくだろう。
 大江戸線延伸まで、元気に頑張りたい。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

「元気100教室 エッセイ・オピニオン」トップへ戻る